赤い髪の女

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152098887

作品紹介・あらすじ

トルコの井戸掘りの親方と弟子。父と子のような彼らの前に、1人の女が現れた。女の赤い髪に心奪われた弟子は、親方の言いつけを破って女の元へ向かった。その選択が彼の人生を幾度も揺り動かすことになるとはまだ知らずに。稀代のストーリーテラーによる傑作

感想・レビュー・書評

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  •  トルコで初のノーベル文学賞受賞者となった小説家による2016年の小説。ギリシャの古典『オイディプス王』と、ペルシャの古典『王書』で共通して描かれるテーマが描かれる作品。読む前に悲劇、というのは知っていたけど、思ってたのとは違う形で悲劇が用意されていた。
     これも雑誌「英語教育」のアジア文学特集で紹介されていて読んでみたいと思ったが(「井戸掘り職人」なんて職業の小説、なんか東大の小説問題で出てきそう、とか思ったり)、この前のタイの小説、『パンダ』の時よりもインパクトが強く、この小説家の作品をもっと読んでみたいと思った。あとこの翻訳した人が本当に違和感ない日本語にしているところも読みやすい。
     (ここから多少、ネタバレに近いものがあります)悲劇、というのは知ってたから、どこで事件や事故が起こるのかを考えつつドキドキしながら読むけど、たぶんこういうことだろうな、という予想していて、そしたらそうじゃなかったのか、という驚きと、そういう悲劇が起こったのか、という展開だった。そして最後に、この設定全体がそうなってるのか、という驚き、そして訳者による解説で、実はタイトルや元になっている2つの古典についても実は…という事実があったりして、なんか作者に手玉に取られる感と、文学の読解って色々知ってないと難しいんだな、と思った小説だった。でも個人的に「どんでん返し」が楽しめた感があって、好き。あとは井戸掘り途中でやめられない、なんて認知バイアスのコンコルド効果ってやつだよなあ、とか、最後で語られる母の息子への思いってすごいリアル過ぎて、ある意味こっちの方が怖いかもな、とか関係ないこと思ってた。(24/02/12)

  • トルコ・イスタンブルに暮らす少年ジェムの父は、ある日、失踪する。
    ハンサムな父は小さな薬局を経営していた。父はかつて、政治活動をしていて拘束されたこともあり、今回もそれ絡みかと思われた。しかし、母の怒りはすさまじく、失踪にはどうやら政治以外の理由があるようだった。

    家計は火の車となり、ジェムは大学進学の資金を稼ぐため、危険な井戸掘りの仕事に志願する。
    親方は厳しくも温かく、ジェムはその姿に、どことなく父の姿を重ねるようになる。父と似ているわけではなかったが、「父性」の象徴であるように思われたのだ。

    井戸を掘る現場は、イスタンブルから遠く離れたオンギョレンという田舎の地だった。
    仕事が終わって、親方やもう1人の助手と街に繰り出したある日、ジェムは赤い髪の美しい女とすれ違う。女はジェムを親しげに見つめる。街で興行する移動劇団の団員だった。
    ジェムは年上の彼女に魅かれていく。
    実は彼女は人妻だったのだが、ジェムの初めての女性となる。

    水はなかなか出ず、施主からはあきらめるよう仄めかされた。けれども親方は頑として掘り続けた。もう1人の助手は引き払ってしまい、ジェムと親方は2人で作業にあたった。
    厳しい仕事、高まる緊張。
    そんな中、事故が起こる。ジェムは街に駆け下りた。赤い髪の彼女に助けを求めるつもりだったのだ。だが、彼らの劇団はすでにその地を去っていた。
    動転したジェムは、そのまま、故郷へ逃げ帰ってしまう。
    親方への負い目を心に抱えながら。

    長じて、ひとかどの人物になったジェムは、長く封印していたオンギョレンの思い出と向き合うことになる。それが悲劇の始まりだった。

    この物語の根底には、2つの古典的物語がある。
    1つはギリシャ悲劇の「オイディプス王」。父を殺し、母と寝ると予言された悲劇の英雄の物語である。予言を恐れた父王は赤ん坊のオイディプスを殺そうとするが、不憫に思った従者が羊飼いに赤子を託し、彼は異国で成長する。その後、予言の通りのことが起こる。
    もう1つはペルシャの詩人、フェルドースィーによる「王書」の中の勇者ロスタムの物語。ロスタムはかつて旅先でその地の王女と交わり、子をなしていた。あるものの奸計により、父と子は互いの正体を知らずに戦場で刃を交えることになる。一度は息子が優勢となるが、結果的には父が息子を討つ。そして若者が我が子であったと知るのだが、もう息子は虫の息だった。
    トルコを挟み、西と東で生まれた2つの物語。一方では息子が父を殺し、一方では父が息子を殺す。そこには運命的な力が働いており、人は逃れることができないのだ。
    過去を抱えるジェムはこの2つの物語の虜となる。
    さて、ジェム自身の物語は父殺しの物語なのだろうか。それとも息子殺しの物語なのだろうか。

    本作でもう1つ重要なのは、もちろん、タイトルの「赤い髪の女」である。
    彼女はジェムにとってのファム・ファタールなのだが、読み進めていくにつれて、それだけではない大きな役割を彼女が果たしていることが明らかになってくる。
    ロセッティの絵のような髪を持つ女は、父と息子、さらにその息子を結ぶ、1本の太い赤い糸でもあったのだ。

    西と東が交錯するトルコ。その地を舞台とする、神話的な味わいもある物語である。
    地の底に向かい、ぱっくりと開いた暗い穴。井戸を掘り進めるがごとく、深く、深く、張り巡らされた父と子の悲劇へと絡めとられる。

  •  面白かったです。
    「オイディプス王」「王書」と主人公がうまく絡み合って物語が進行していきます。なのに、読んでいて頭がこんがらがるということはありません。
     主人公の最後はまるで映画の予告編のようでした。

  • ファム・ファタールものって、肝心のファム・ファタールに納得がいかないことが多いので、あんまり好きなジャンルではないのだけど(女は男性作家の女性描写には厳しいのである!!)、この表紙の女性の写真が素敵で「赤い髪の女」ってタイトルにピッタリな感じなので、手が伸びた。

    あと、ついでに、最近エルドアンのおかげで何かとお騒がせな印象の現代トルコについても、訪れたことがないせいか全然イメージがわかないので、何かとっかかりになるといいなぁ、という思いもあって読んでみた。ニュースになるのはどうしてもネガティブなことが多いしね。(小説は逆にその場所への愛を感じることの方が圧倒的に多い。たとえネガティブな事件が描かれていても)

    舞台であるイスタンブルとその近郊の描写はやはりとても興味深かった。都市がわずかな期間にみるみる増殖していく様子は、トルコに限らず世界中にあることで、でもそれでいて東西が融合する都市、という旧来のイメージどおりな、トルコならではな描写もあって、文字から町の様子を想像するのは楽しかった。
    トルコの人たちにとっても、ボスポラス海峡の向こう側は西洋、っていう印象が強くあるんだなぁ。

    ファム・ファタールについては、まあいつもどおりで(悪い意味で)、あと主人公もなんだかマヌケな男だったから、なかなか話に乗れなかったが、マフムト親方のおかげで前半のダルさを乗り切ることができた。

    オイディプス王の物語は気持ち悪くて私は個人的に大嫌いで、だから、この話が持ち出された時は、題材として手垢がつき過ぎな感もあって「えー、またエディプス・コンプレックスの話? みんなその話、ほんと好きだね~」とうんざりした気持ちになったが、マフムト親方が一度聞いただけでこの話の「教訓」を言葉にした場面は非常に魅了された。なんておもしろいおっさんなんだ、と思った。

    その後、親方に何が起こったんだ?という謎をとにかく知りたくて、あとはぐいぐい読んだ。
    ちょっとしたどんでん返しなどあり、ミステリーとしてはなかなかおもしろかった。
    でも、また同じ作家の本を読みたいか、と言われると微妙・・・

    ただ、代表作と言われている「わたしの名は赤」はいつか読んでみたい。おもしろそう。

  • オルハンパムク「赤い髪の女」https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014326 久々のパムクやっぱり好き。エディプスコンプレックスを下敷きにした話で、いままで読んだ物に比べるとトルコ事情というか異文化要素は薄くて若干ミステリー味がある。決して明るい話ではないのに(オイディプスだし)なんでかあっけらかんと淡々と話が進んでいくのが不思議でおもしろい。表紙も素敵

  • イスタンブールのオンギョレンで物語は始まる。
    主人公ジェムの父、その恋人。母、赤い髪の女。
    物語が次々と進み思いもよらなかった結末へと。

    マフムト親方のその後がとても気になりつつ読みました。
    まさかね。

  • p11
    ところで話は変わるが、そもそも私たちがよく口にする「考える」という行為はいったい何なのだろう?

    p15
    辺りにはまだ甘い火薬の匂いが漂っている。

    p150
    イラン人は、西欧化するあまりに過去の詩人たちや物語を忘れてしまったトルコ人とは違うんですよ、と彼女は言いたかったのかもしれない。確かに彼らイラン人は詩人のことを決して忘れないから。

    p163
     つまるところ私は、頼りがいのある父親から、人は何をすべきで、何をすべきではないのかを教えて欲しかったのだ。

    p167
    私たちはいまさら勇者とかロスタムとかが出てくる古い物語を読んで喜ぶような世界で暮らしていないもの。

    p264
    どちらがどちらを殺したところで、私には涙が残されるだけなのだから。



    トルコのノーベル文学賞作家の本作。

    父と子、母と子、東と西、井戸と文明化、父殺しと子殺し、詩人と作家、罪と罰、いくつもの切り口で語れそうな作品。
    トルコの小説を読むのは初めて。
    キャリアの長い作家らしく、翻訳もうまいので、異国の匂いや情景や人々の暮らしが香ってくるかのような文章。
    第一部は寓話的な語り口、第二部で時の流れと静かに老いていく様子を淡々と描いている。妻と作った会社の名はソフラーブ。子が父を殺し、妻から取り上げるのは。
    途中出てきた夢に関する本は、ボルヘスかと想像したが不明。あとは、どちらが原点かわかりませんが、テヘランの死神に似た話もトルコに伝わっているのだな、と。
    死神に会った召使いはテヘランに逃げるが、死神はテヘランで会う予定だったと言う。運命からは逃れられない。むしろ運命に引き寄せられるように物語は進む。
    すべてが必然という小説としてはかなり緻密に、手堅く作られている印象を持ちました。偶然は男と女が出会うときに使われる。そして、それも運命。

    訳者あとがきの「赤い髪」の表記が地毛ではなく、染められた髪という解説も納得。ぼかされた邦題が良い塩梅です。

  • 父と息子。男と女。それを取り巻くトルコの政治的あるいは文化社会的な状況。イスタンブールの変貌ぶり。いろいろな要素を複雑に組み上げていて、ストーリーとしては読みやすいものの、内容的には結構ゴツゴツした印象。すぐには消化できない。もう何冊かこの作者の作品を読んでみたいと思う。

  • 父子殺しの話しをベースに、予想外の展開をしていく。
    赤い髪の女をもう少し全面に出しても良かったのかな

  • 井戸か・・・トルコ、欧州とアジアの間の空白地帯、時間の暴風、人は消えても町は残る。

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著者プロフィール

オルハン・パムク(Orhan Pamuk, 1952-)1952年イスタンブール生。3年間のニューヨーク滞在を除いてイスタンブールに住む。処女作『ジェヴデット氏と息子たち』(1982)でトルコで最も権威のあるオルハン・ケマル小説賞を受賞。以後,『静かな家』(1983)『白い城』(1985,邦訳藤原書店)『黒い本』(1990,本書)『新しい人生』(1994,邦訳藤原書店)等の話題作を発表し,国内外で高い評価を獲得する。1998年刊の『わたしの名は紅(あか)』(邦訳藤原書店)は,国際IMPACダブリン文学賞,フランスの最優秀海外文学賞,イタリアのグリンザーネ・カヴール市外国語文学賞等を受賞,世界32か国で版権が取得され,すでに23か国で出版された。2002年刊の『雪』(邦訳藤原書店)は「9.11」事件後のイスラームをめぐる状況を予見した作品として世界的ベストセラーとなっている。また,自身の記憶と歴史とを織り合わせて描いた2003年刊『イスタンブール』(邦訳藤原書店)は都市論としても文学作品としても高い評価を得ている。2006年度ノーベル文学賞受賞。ノーベル文学賞としては何十年ぶりかという

「2016年 『黒い本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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