七つの殺人に関する簡潔な記録

  • 早川書房
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (720ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152098672

作品紹介・あらすじ

1976年12月のボブ・マーリー暗殺未遂事件。犯行に及んだ7人は何者で、目的は何だったのか――真相は明かされず、米国の陰謀すら囁かれる事件をもとにした長篇小説。売人やジャーナリスト、CIA局員、亡霊までがうごめく、血塗られた歴史が語られる

感想・レビュー・書評

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  • おちょくってるのか。簡潔な記録だと。A5版七百ページ二段組。厚さ五センチ。重さ一キログラム超。まさに凶器レヴェル。放ったらかしにしてあった妻の実家の庭の草刈りをした後で手にしたら、手首が震えて床に落としそうになった。『JR』以来、厚手の本を読むときいつもやるように、机の上に足を載せ、椅子を後ろに倒して膝の上に置いてページを繰った。久しぶりの大物である。しかし、長大さに恐れをなすことはない。一つ一つの章は確かに簡潔で要を得ている。

    「ボブ・マーリィが逝っちゃった」と歌ったのは加川良だった。ボブ・マーリーが死んだのは一九八一年五月のことだから、おそらくその年の秋から冬にかけてのことだろう。町の小さな居酒屋の隅で額に汗を浮かべて歌っていた。当時、レゲエなる音楽には無縁でジャマイカが生んだ国民的歌手にして、カリスマ的な人気を誇るボブ・マーリーの曲を聞いたことはなかった。後にクラプトンがカバーした「アイ・ショット・ザ・シェリフ」などを通じて、その独特のリズムと生々しい詩の世界を知ることになる。

    本書は、そのボブ・マーリーが襲撃された実際の事件を核に、何かの理由で事件に関わることになった複数の人物の、当時とその後の人生を追ったものである。「七つの殺人に関する簡潔な記録」というタイトルは、ミック・ジャガーをスクープするよう『ローリング・ストーン』誌からジャマイカに派遣されたライター、アレックス・ピアスが、後に当時の関係者にインタビューして、ジャマイカ人関係者たちの動きを追った記事につけた題名である。

    「アイ・ショット・ザ・シェリフ」という物騒な歌詞からも分かるように、ジャマイカのキングストンは緊張感に溢れていた。当時民衆の大半は貧しく、複数のギャングのボスが牛耳るゲットーに別れて暮らしていた。政治家がやくざを使って選挙民を操るというのは、何も現代の日本に限られたことでなく、低開発国ではよくあることだ。ジャマイカもご多聞に漏れず、社会主義的な現政権が率いるPNPと、より保守的なJLPが鎬を削っていた。

    糞尿が下水を流れる劣悪な環境。身体を洗うためには共同で使う裏庭で衆人環視の中で水浴びせざるを得ない。政治家は自分たちに投票するゲットーだけに上下水道を配備、そうでない地域は無視するという、どこかの政府のような政策を露骨にとっていた。対立するゲットーのボスは配下のギャングたちを使い抗争に明け暮れていた、そんなとき、「歌手」がピース・コンサートを持ちかける。不毛な対立をやめ、力を合わせようというメッセージにボス二人は歩み寄りを見せる。

    ところが、コンサートを二日後に控えた一九七六年五月三日。リハーサルに余念がない「歌手」の自宅がマシンガンやピストルを手にした集団に襲われるという事件が勃発する。不幸中の幸いで、弾丸はわずかに「歌手」の心臓を反れ、命は助かる。純然たるミステリなら、犯人は明かさないのが定石だが、本書は倒叙形式で書かれている。襲ったのはコペンハーゲン・シティのドン、ジョーズィ・ウェールズ、とその手下の若い者たちだ。

    コペンハーゲン・シティを牛耳るドンはパパ=ローだったが、寄る年波には勝てず、対立するゲットー、エイト・レインズのドン、ショッタ・シェリフと獄中で和解し、ことを穏やかに進めようとしていた矢先だった。パパ=ローが右腕とも頼るジョーズィ・ウェールズはCIAから送り込まれたコンサルタントと気脈を通じ、パパ=ローを通さず勝手に事を起こそうと、薬漬けにした若手を鉄砲玉として送り込む。

    麻薬の密輸ルートをめぐるギャングたちの勢力争いは、ジャマイカだけを見ているパパ=ローたちの頭上をはるかに越え、アメリカのマイアミ、ニューヨークまでその勢力圏を広げていた。同じ頃、アメリカは、ピッグス湾の失敗以来、キューバの勢力が強まり、カリブ海諸島の国々やラテン・アメリカ諸国の左傾化がドミノ倒しのように広がっていくことを恐れ、政府への露骨な介入を進めていた。また、その裏側ではCIAをはじめとする裏の機関が各種勢力と手を結びつつあった。

    ケネディ暗殺に始まるアメリカの裏面史を麻薬の密輸をめぐって暗躍するマフィア、翻弄されるFBI職員、謀略を張り巡らせるFBI長官フーヴァーなどの実相を、これでもかというほど暴いて見せたのがジェイムズ・エルロイの「アンダー・ワールドUSA三部作」だった。これは、差し詰めそのジャマイカ版。暗黒描写もギャングたちの使う独特の言い回しも負けてはいない。しかし、過激な描写の裏に色濃く悲哀がのぞくエルロイとは異なって、この小説に哀歌は似合わない。

    主要な登場人物として、先述のパパ=ロー、ジョーズィ・ウェールズ、同じくウィーパーやギャングの面々がいる。それぞれの目論見から、襲撃に加わったり、その後始末に追われたりする。その裏で、ジャマイカの社会主義化を阻もうと動くCIAジャマイカ支部チーフ、元調査官、コンサルタントなど、アメリカ側の男たち。さらに、「歌手」と一夜だけの関係を持ったことがあるニーナ・バージェスがいる。襲撃事件の現場で犯人と目を合わしたことで国にいられなくなり、アメリカに逃げるが、相手はどこまでも追ってくる。

    事件の中心に位置するジョーズィ・ウェールズとCIAコンサルタントの対話や、擡頭してきた新勢力のユーピーの周りを読み解く冷静な分析はさすがに説得力がある。ただ、惜しむらくは人間的な魅力という点で、これら確信犯には迷いがなさすぎる。ジャマイカ脱出に賭けて身も世もあらず涙ぐましい奮闘ぶりを見せるニーナや、刑務所でカマを掘られて以来、自分の中に発見した性的嗜好と格闘しつつ、遂には身を亡ぼすことになるウィーパー(泣き虫)といった等身大の人物の方に共感したくなるからだ。

    大部な作品だが、主要な人物からほんの脇役に至る多種多様な人物が、入れ代わり立ち代わり、多視点的に事件を語る。事件に関わった者は、その後の地獄のような復讐劇の顛末を。また、事件に至る経緯を知る関係者は、偶々現場に遭遇した第三者には知る由もない、麻薬ビジネスの裏表を語る。テープ・レコーダー片手に証言を求めて監獄を訪ねるのは、今は「ローリング・ストーン」誌を離れ、一ジャーナリストとして事件を追うアレックス・ピアス。このピアスやニーナといった偶然事件に巻き込まれることになる人物の視点を重視することで、小説のノワール色が薄まり、別種の読者を獲得することができたのではないか。二〇一五年マン・ブッカー賞受賞作。

  •  700ページの大作、書籍というよりは壁もしくは鈍器といったほうが良い「七つの殺人に関する簡潔な記録/マーロン・ジェイムス」です。よくこんな本出す気になったな早川書房。しかも、中は二段組みで書かれており、正味2倍の容量。そして、忍び寄る老眼によってぼやけて見えるため、攻略難易度が異常に高いのが特徴です。いやー、時間かかりましたよ読むの。3か月はこれにかかりきりでした。
     ジャマイカの英雄、ボブ・マーリーにまつわるお話なのですが、(まつわるといっても本人は全部で10行くらいしかでてこない)、なんというか凄すぎて興奮が止まりません。「ナルコス・ジャマイカ編」とでもいえば良いのでしょうか。様々な登場人物が織りなす、スーパーバイオレンス群像劇。ドンパチとドラッグによる酩酊の中に潜む人間模様が深く、出てくるキャラクターの魅力がガルシア・マルケスmeetsNetflixとでも言いましょうか物語をグイグイとドライブしていきます。
     このボリュームだからこそ出せる小説の良さがここにはあります。人と人の関係が折り重なり、事件と事件が交錯し、場所と場所を移動し、時間と時間を繋げて、ディテールまでこだわり、多層で豊穣な物語にするにはこれくらいないと中途半端になってしまうでしょう。
     他の小説家もこのくらい長いのを読者無視して書きたいのでしょうが、編集やら出版社やらに反対されて折れてしまったりするはずです。そこをかいくぐってこのボリュームで出版されたことに拍手です。映画でいうと濱口竜介「ハッピーアワー」どころかタル・ベーラ「サタンタンゴ」くらいの重厚作品、皆さんたじろがずチャレンジしてください。本気で面白いです。

  • ジャマイカやばいとこじゃん..

    名前だけ中に浮いていたボブマーリーという存在の輪郭が、(かなりいい意味で)この読書を通じて明確になった気がします。

    現在のジャマイカはどうなってるんだろう。
    レゲエを聴いみようかな。

  • やっと読み終えた。それ以外なにも申すまい。69

  • いやぁ~、読みごたえがありました。
    百科事典じゃないんだから、もう。重すぎです!
    ・・・と文句言いつつ、この装丁、大好きなんですよね。
    背表紙が特に好き。背表紙を横書きにして、絵まで入れちゃうなんて、この分厚さだから出来ること。

    しかし、読んでいてけっこう頭が疲れた。
    たくさんの登場人物にそれぞれの視点から見えたことをしゃべらせて、ゆっくりと全体像を浮かびあがらせていく形式の物語なんだけれども、そういうタイプの物語の常として、話の焦点が絞られてくるまでにすごく時間がかかる。通常の本ならともかく、このボリューム。半分くらい読んでも(すでに400ページ以上)、ただのギャングの抗争劇にしか見えなくて、かと言って「歌手」の狙われた理由もそれほどミステリーでもないし、いったいこの話、何が言いたいの? もしかして、私、話についていけてない?・・・などと3部あたりで非常に不安になった。

    がしかーし、4部に入って、これまでの労力がどんどん回収されるかのように、「物語」が見え始め、トリスタン・フィリップスの独白部分でやっとカチリとパズルがはまった。
    ああ、これはジャマイカという、とんでもなくどうしようもない国への愛の告白本なのか!
    あの「歌手」は、あの国を、そしてあの国にいる人たちの気持ちを、今までで一番高く、それまでで一番遠くへ連れて行こうとした時代の象徴だったんだなあ。

    「わかるか、希望ってのは、ピカピカしてて新鮮なときには、色までついてるんだぜ?」
    「以前にカラーだったときがあるんだ、だがなくなっちまった。それがなんというか、ジャマイカらしい」
    「なぜオレの国がこれからもいつも、失敗しないようにびくびくし続けることになるのか、その400年分の理由をまるごと全部書いてくれだなんて。笑えるだろ」

    400年分どころか、たった15年分(1976年~1991年)でこのボリューム。(笑)
    そりゃ400年分となると、トリスタン・フィリップスの言うとおり、「一冊の本にはデカすぎるかも」ですな・・・。

    後半は、舞台がアメリカに移動するせいもあってか、ところどころで作者のジャマイカ愛が行間にあふれ出していて、今まで特に興味を惹かれたことはなかった国だったけど、ジャマイカに行ってみたくなった。っていうか、今日にでもジャマイカ料理が食べてみたくなった。最終章のジャマイカ料理の店での会話が素敵すぎる。
    こういう、異郷の地で自国の料理について思いをはせる瞬間の気持ちって、全人類、全民族共通で、どこの国の話だろうと、心の奥にごんごんと響いてくる。

    物語の大半はギャングの抗争に関することで、残虐な殺戮シーンもモノローグ形式だからか、実況中継風で、リアルじゃないリアル感(TVを見ているような感じ)で、凄惨なのにどこかユーモラスだったり哲学的だったりもして驚くのだけど、いわゆる普通の物語のシーン、つまり誰かと誰かの心がつながっていく過程などを描いても、この著者は芸術的にうまくて、ビックリした。(当たり前?)
    特に、ドーカス・パーマーの章。この章だけで一つの小説として完成している。私的に、今まで読んだ記憶喪失ものの中でベスト。
    ジョン=ジョン・Kの屈折した愛の告白も、殺伐とした現実との対比がたまらなかった。誰かを思うだけで、ひどい世の中が美しく見えてくる、って感じ。
    この作家の、こういう感じのもっと短いシンプルな小説も読んでみたいと思った。
    でも、「最新作はアフリカ版 "ゲーム・オブ・スローンズ" 」と書いてあったから、たぶん、この本以上に複雑長大かも・・・?

    ボブ・マーリーの曲が出てくるとYouTubeで検索しまくりで、曲に詳しい人はもっとこの本を楽しめただろうになぁ、と彼の曲をほとんど知らないことを残念に思った。
    しかし「No Woman, No Cry」はいつ聴いても名曲だなぁ。聴いてると優しい気持ちになる。
    唯一プリンスだけYouTubeなしで脳内再生できた。姉がレコードを持っていたから。(盤面がどぎつい紫色だった)
    当時は子供だったので、あのセクシーは全く理解できず、お笑いにしか見えなかったが、今は天才と分かります。この本のドーカスのアパートでプリンスを聴く場面、読んでいてすごく楽しかった。

  • 書店員を長く続けていると何度か立ち会う入荷した荷物の箱を開けた瞬間にビビっと感じる「これ面白そう!!!」。この本も目に入った時から危険なぐらい引き付けられた。ボブマーリー暗殺未遂事件!?刺激的なワードが躍る表紙はその文字以上に禍々しいほど極彩色なジャングルの情景。ジャマイカのぼんやりしたイメージが輪郭を伴ってゆく。判型からして凶悪。ずっしりとした重量感。思わず躊躇する価格。それでも手に取らずにはいられない1冊。

    物語は1976年12月3日に始まる。日本では昭和51年。ロッキード事件が巷を賑わせていた年末に遠く離れた中米の地でレゲエ・スターにしてジャマイカの英雄ボブ・マーリーが襲撃された。真相が語られてこなかったこの事件を元として、襲撃したギャング、裏で操っていた政治家、暗躍するCIA工作員、傍観するアメリカ人記者、不幸にして事件を目撃してしまった女性、さらには亡霊までも含めおよそ70名以上の人物が闘い、血に塗れながら「己が見た真実」を語った怒涛の一冊。現実におこった事件をもとに、語られなかった歴史を音楽のように、呪詛のように解き明かす。(古川日出男っぽくもBLUEHARBっぽくもある味わい)それぞれが騙るおのおのの真実。決して簡潔では無い凶暴な如き厚さに慄く「七つの殺人に関する簡潔な記録」は全5章からなる壮大なドキュメント。時系列順にそれぞれの章で起こった1日の出来事を奏でる。rhyme とcrime 暴力的な文章が淀みなく畳み掛け ボーダーすれすれの罵詈雑言 言葉のリズムが身体中をぞわぞわ這い廻る 均衡取れず歪む視界 遮るのは誰だ

    様々に語られる人物像 其々が騙る彼の真実 其々の歪んだエゴと愛 敬意が敵意になり 剥き出しになった狂気が暴力と共にページから臭い立つ リアルな差別 クリアな侮蔑 ページを捲る度に出てくる様々な人物達がゴリゴリのエゴイスティックな主観を呪詛のように吐き出し事件を彩る。
    レストインピース 欠けたピースを探してライムは続く レストインピース 平和を求めて酒を煽る たっぷりのロックにラム 最後にライムを絞り出す 鳴り響くのは レストインピース どん底は底を知らなきゃ始まらない。ラストピース平和を作る最後の欠片

    イメージだけの存在だった英雄の真実がクリアに浮かび上がる。
    紙の本の重さ以上にヘビーなジャマイカ近現代史

  • ある「歌手」の暗殺未遂事件について、様々な立場の人物の視点から真相を探ってゆく。
    膝の上に乗せるのにちょうどよい分厚さ。

  • わからないところも渾沌と感じるところもあるんだけど、どうしてかな、読んでる間楽しいんだよ。

  • 原題:A Brief History of Seven Killings
    著者:Marlon James(1970-)
    訳者:旦 敬介

    【書誌情報】
    価格:6,480円(税込)
    製造元 09809381
    ISBN 9784152098672

     史上初、ジャマイカ出身作家のブッカー賞受賞! 全世界が瞠目した、カリブ海文学の新たな金字塔!
    1976年12月3日、レゲエ・スターにしてジャマイカの英雄ボブ・マーリーがギャングたちに襲撃された。その日は、高まる政治的緊張を鎮めるためのコンサートの2日前であり、総選挙が控えていた。歌手は一命を取り留めるものの、暴力は加速する。国を二分し、やがてアメリカ合衆国をも巻き込んでゆく。襲撃したギャング、裏で操る政治家、CIA工作員、アメリカ人記者、事件を目撃してしまった女性、さらには亡霊まで、70名以上の人物が闘い、血に塗れながら己が見た真実を語る。
    現実の事件をもとに、語られざる歴史をつむぐ途方もない野心、禍々しくも美しいディテール、多彩に鳴り響く音楽的文体に、世界の文学ファンが狂喜した! ジャマイカ出身の作家では史上初のブッカー賞を受賞した巨篇。
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