- Amazon.co.jp ・本 (467ページ)
- / ISBN・EAN: 9784152091819
作品紹介・あらすじ
人類がいなくなった海辺で、スノーマンは夢うつつを漂っている。思い出すのは、文明があったころの社会。スノーマンがまだジミーという名前だった少年時代。高校でめぐりあった親友クレイクとかわした会話。最愛の人オリクスとのひととき-。誰がこんな世界を望んでいたのだろうか。そして、自分はなにをしてしまったのだろうか。カナダを代表する作家マーガレット・アトウットが透徹した視点で描き出す、ありうるかもしれない未来の物語。
感想・レビュー・書評
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マッドアダム三部作、最後の『マッドアダム』が出てしまったので、読まねばなるまい。
熱帯のような気候。廃墟となった都市に遊ぶ無邪気で美しい理想的な人間クレイカーたち。一人生き残り孤独と飢えに苦しむスノーマン。ピグーン、ウルボッグ、ボブキティンといった怪しい動物か跋扈する。エボラ出血熱のような短期間で死に至る病が猖獗を極めたあとの、奇妙な静けさ。
不気味だけど美しくて非現実的でうっとりする。
表紙にボスの「快楽の園」が使われているが、まさにこんな雰囲気。これを思いついた人は素晴らしい。
タイトルもいい。オリクスは日本人一般は通常「オリックス」と呼ぶ動物の名前だが、「オリックス」とすると、野球のイメージが湧いてしまうし、動物のオリックスも想像できる。でもオリクスだと、なんだかよくわからない。クレイクもクレイグなら名前らしいけど、クレイクって何?となる。(クイナの一種)絶妙な不思議さがある。このタイトルを見て、オリックスとクイナのことだとすぐわかる人は多くないだろう。
そして、これは人間の呼び名(ハンドルネーム)なのである。
『侍女の物語』と同様近未来ディストピア。
人間の都合にあわせて遺伝子組み換えの動植物を開発が行われている。肉を取るためだけの頭のない足が12本あるニワトリ、一斉に熟すコーヒー豆など。金持ちは気をつけてできる限り摂らないようにしているが、貧乏人は安いこれらの遺伝子組み替え食物を知らぬ間に食べている。今だってそうで、この世界は我々の世界と地続きなのだ。
奇怪な生物を次々と作り出しながら、人間の欲を憎む天才科学者クレイク。
貧しさから売られて性的虐待を受け入れている美少女オリクス。
そして、物語の語り手、スノーマンことジミー。
宗教、創世神話、科学の暴走、文学、言語、芸術、欲望と愛憎。簡単には語り尽くせない小説で、さすがアトウッド、としか言えない。豊穣なイメージと、巧妙な語りを堪能した。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ーー壁に囲まれた空間で育った挙句、自分もそうなった。物事を締め出したのだ。(p.226)
テクノロジー、イデオロギー、経済格差、学力格差。「壁」とは文明そのものだと言ってよい。
壁の内側で眠っていたのは、ジミーだけではない。
『1984年』のその後を描こうとした、と作者は言っている。わたしにはむしろ、『ナウシカ』の手前に見えた。クレイクは墓所の造り主。大海嘯と巨神兵としてのバイオ・テロ、そして、この世界にナウシカはいない。いるのは、卵から孵った「おとなしい人類」だけ。
そして、どんなディストピアにおいても、最後の良心は読書人であるのが不思議。最初に駆逐されるのも本であるのが、本当に不思議。 -
主人公はスノーマンと呼ばれている。正体のわからない浮浪者みたいな印象。周りには人間のように人間でないような生き物たち。野生動物の危険を避け、食べ物を探して野宿をする暮らし。スノーマンは世界が変わってしまったと言う。
なぜこうなったのか、こうなる前はどうだったのか、スノーマンの回想で綴られている。
変わってしまう前もすでにかなりの閉塞感な終末感はある世界。貧富の差が拡大し、富のある側は、閉鎖された安全なエリアで、警備されながら暮らしている。その外のスラムで膨大な数の人間がウイルスなどに晒されて暮らしている。
スノーマンは富のある側に生まれるが、才覚には恵まれず、階層を落ちていく。一方、親友は天才として描かれている。優秀だが、他者への共感力は低いとして、変人として描かれる親友は、同じように優秀で共感力の低い仲間を集めて何やら研究している。その研究内容は、人間を滅ぼして世界に最適化した新人間を作ると言うもの。性衝動も動物並みにすれば失恋の悲しみは無くなるのだ、など、いろんな動物の都合のいい形質を集めた人類を作って、それに世界を委ねるために今の人間減らすつもりだった様子。その目的知らずに、病の治療だと思って手伝っていた少女を、主人公は愛していた。
ウイルスがばら撒かれ、それを知った時に、世界は大混乱に襲われ、親友もその少女も命を落とし、主人公は1人で生き延びる。生き延びた世界で、新人類に出鱈目な創世のストーリーを語り、自分を受け入れてもらう。
しかし、新人類は、親友が消したと語っていた性質を残していたことがわかってくる。(階層社会をつくりそう、宗教を作りそうなど)
それにショックを受けながら、怪我をして命が危ぶまれる中で、他の生き残った人間に出会えるところで終わり。その後が気になる終わり方。 -
ディストピア三部作の第1作らしい。
貧富の格差が増し、金持ちのエリートは囲いにしきられた区域に住んでいた世界。しかし、あるとき伝染病が蔓延し、世界は瞬く間に破滅におちいってしまう。
ただひとり生きのこった〈スノーマン〉が、日々をどうにかしのぎながら、かつてジミーと呼ばれていた自分の半生と、人類がここに至るまでの経緯を回想する物語。
どうも致死性のウイルスは、ジミーの親友であった天才科学者オリクスが開発して世界中に配布したピルに仕込まれていたらしいのだが、それが事故だったのか意図されたものだったのかもよくわからない。
でも2003年に原作が書かれたこの作品が、実際にコロナ渦を経験した20年後の今読んでも、絵空事どころかきわめて現実感をもって迫ってくることに驚かされる。 -
本書「オリクスとクレイク」と「洪水の年」ともうひとつで三部作なのだが、まだ最後のは翻訳されていないので現在2部の「洪水の年」までしか読めない。
本書の終わり方に完結感がないので、続けて「洪水の年」を読んでそれはそれで正解だったのだが、なんだか微妙な気持ち。
また「洪水の年」を読み始めると、諸々を「オリクスとクレイク」で確認しなおしたくなるので手元にないとな、と思ったり。
ディストピア設定が緻密ですべてが実在するかのよう。
人物設定もしっかりしているのでどの部分も背景や今後を知りたくなる。
クレイク自身についての小説があったら魅力的なのに。
ヨウムのアレックスについては知っていたので嬉しかった。
ほかにもそういうお楽しみがあるのかもしれない。 -
現代作家の書くディストピアSFってこんな感じになるんだな・・・
怖い、というよりはどこかもの悲しい・・・・・・ -
スノーマンはずっと誰と話しているんだろう。
ジミーは「言葉にしがみつけ」と自分に言い聞かせ、色んな言葉を頭に思い浮かべることで平静を保とうとする。
動物に近く赤ん坊のように無垢で美しいクレイカーたちの好奇心と、彼らに物語を話し聞かせるスノーマン。
言葉によって物事を理解、共有し、独自の習慣などをつくっていく人類と同様のプロセスが感慨深く、またとても危うく見える。
神話の裏側を覗いているよう。可哀想なスノーマン。