地下鉄道 (ハヤカワepi文庫 ホ 2-1)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151201004

作品紹介・あらすじ

過酷な境遇を逃れ、自由が待つ北部をめざす奴隷少女コーラ。しかしそのあとを悪名高い奴隷狩り人が追っていた。傑作ついに文庫化

感想・レビュー・書評

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  • アメリカの黒人差別を描いた名作といわれる小説は、描かれる物語の過酷さに加えて、人間の暗部、そしてアメリカという国の暗部まで切り込むような、凄まじい作品が多いと感じます。

    この『地下鉄道』も、そうした作品の系譜を継ぐ凄まじさが伝わってくる。自由を求めたコーラが行き着いた土地の数々から、差別の根の深さ、アメリカという国の抱えた矛盾までも透けて見えてくるようです。

    19世紀のアメリカ。南部の農園で奴隷として暮らしていた黒人の少女・コーラは、新入りの奴隷の少年・シーザーから、黒人奴隷を逃す“地下鉄道”を利用した、逃亡計画に誘われる。二人は逃亡を決意するが、奴隷狩り人のリッジウェイが二人の後を追い……。そして、コーラは各地で黒人の現実を知っていく。

    地下鉄道というのは、史実的には黒人の逃亡を支援した組織の隠語のこと。しかしこの小説では、文字通り地下鉄道は鉄道として登場し、コーラたちは列車に乗り込み、黒人差別が厳しいアメリカの南部から、奴隷制が一足早く撤廃された北部へ向かいます。

    物語の序盤で描かれた農園での過酷な生活と逃亡劇。そこから協力者の助けの元、地下鉄道で文字通り自由へ向かって走り出す姿は、自由の象徴としてとても分かりやすい。
    作品の文章や話の雰囲気も硬質なのですが、この場面は映像として鮮やかに浮かんでくるよう。このイマジネーションだけでも、とてもユニークで、どこかロマンチックな予感を感じさせる。

    北部に至るまでにコーラが訪れることになる、アメリカの各州。初めにたどり着いたサウスカロライナでは、コーラたちの農園があったジョージアとは違い、黒人に対しても先駆的な考えを持っているようで、コーラたちもここで仕事を見つけ、徐々に生活の場を築いていきます。このままここに居つくべきか迷うコーラたちですが……

    州を超えるごとに形を変えていく物語。しかし、その根底にあるものは変わらない。一見ユートピアに見えた場所も、一歩足を深く踏み入ればそこには強烈な差別意識が息づいている。そして、新しい生活を築こうとするコーラの後を追うリッジウェイの存在は、現実的な脅威として、そして奴隷時代の過去として、コーラにまとわりつき安息を壊していく。そして地下鉄道自体の存在にも危機が迫り……

    舞台が変わってのノースカロライナの章はかなり過酷。匿ってくれる人は見つけたものの、黒人は見つかり次第処刑され、匿った人物も無事で済まないということから、コーラはほぼ一日中屋根裏に隠れることに。そこから覗くことができる公園では、夜な夜な、黒人の処刑が行われ……

    奴隷を逃すため、全米に張り巡らされた地下鉄道、という、寓話的でロマンチックなアイディアが中核にありながらも、物語自体はなかなかに希望が見えない。ようやく見えた希望や、穏やかな平穏も、裏切られ、崩壊する。そして地下鉄道自体も危機に陥る。これもまた、今の象徴なのかもしれない。

    映画だったか報道だったかは忘れたけど、黒人男性が白人警官の前を歩くとき、どうしても緊張してしまう、みたいな話を見た覚えがあります。当時は若干オーバーに思ったものの、最近の情勢なんかを見ていると、それはもはや冗談に受け取れない。平穏に暮らしていても、運が悪ければその平穏が一瞬に崩れる。それは現実としてあるのだろうし、その現実の象徴としてこの『地下鉄道』という小説もあるような気がしてなりません。

    一方で単に白人批判に終わらないのも、この小説の力だと思います。白人、黒人以外にも、移民やインディアンなどの先住民族のパワーバランスや歴史も、物語の中に織り込み、そうした歴史を描くことでアメリカという国が誕生時から持ち合わせる、闇を描き、また別の場面では黒人間の意見の対立も描く。

    国家の暗部、あらゆる人間の持ち得る闇と対立。それも描くから、物語は単に白人は悪、黒人は被害者、という図式ではなくより重層的になっていく。

    コーラ以外の人間にも幕間ごとに焦点を当て、その人物が抱える様々なかたちの差別意識を露わにしたり、あるいは自由を求める人、愛を求めた人の輝きや哀しさを表したりと、そういう点でも素晴らしいと思いました。特にコーラの母の真実が分かるシーンは印象的。

    アメリカでピューリッツア賞をはじめ7冠を受賞し、ニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルなど様々な有力紙誌で年間ベストブックに選出された作品だそうですが、その輝かしい実績もうなずける。それだけ迫力に満ち溢れた小説です。

    一見天国に見えるところでも、地獄は地続きで存在していて、地獄に見えるところですら、より深い闇がある。それは今のアメリカの人種間の状況も表しているのかもしれないし、人間すべてが抱える、敵や他人と判断した人に対する残酷さ。判断されてしまった人たちの過酷さと絶望までも、表しているのかもしれません。

    『地下鉄道』は世界に対し、おぞましいけれど忘れてはならない過去と、そして本来あるべき今の姿、未来に作らなければならない世界の姿を思いだせるような、そんな作品だと感じます。

  • 綿花農園に数多く囲われている黒人奴隷たち。その農園主からの過酷な体罰から逃れるため、たびたび奴隷たちが逃亡を図るも、一人の女性を除き逃げ落ちた者はいない。そんな逃亡者を母にもつ奴隷少女が一緒なら、逃亡できる運にも恵まれるのではと、奴隷の青年に一緒に逃亡をすることを、少女は持ちかけられます。

    見つかれば見せしめとして体罰の末に命を奪われ、その協力者にも残酷な仕打ちが待っています。
    逃亡手段は、地下に張り巡らされた秘密の地下鉄道。はたして、それに乗り継いで、南部から脱出することができるのか、というお話し。

    過酷な労働、残虐な農園主、自警団、そして執拗に追い詰める奴隷狩りを生業とする白人など、どこにも安寧など存在しない閉ざされた世界。まるで農園単位にディストピアが存在していたかのよう。話し自体はフィクションでも、そのような人を人と思わない風潮が、ほんの約150年前の南北戦争当時まで普通であり、現代でも人種差別について、ニュースで報道されるのを見聞きします。それにしても、『アンクル・トムの小屋』を超える描写に、人間の残忍さを垣間見た思いです。

    黒人奴隷が、いつから、どのように、どれだけの人数が、どのようにして、どれほどの期間にわたって大西洋を渡り、どのような扱いを受けてきたか…そのような過酷な歴史に対して、もう少し知っておくべきなんだなと、改めて気付かされました。

    なお、地下鉄道とは、実際にあった奴隷制廃止論者の組織のコードネームです。当時、まだ地下鉄は走っていませんでしたが、この小説ではあたかも実際に地下鉄が存在しているように書かれていて、ストーリーに幅を持たせることに成功しています。

    ピュリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞を受賞

  • 奴隷制について日本ではその手触りについて触れることは、ほとんどなくなってしまっているようだ。

  • 19世紀アメリカ。現実にあった〈地下鉄道〉という黒人奴隷解放支援組織を実際の鉄道に置き換えてジョージアの奴隷少女コーラの逃亡劇を描いたフィクション。ファンタジーのような設定だがそんな甘い話ではない。逃げるコーラを追いかける奴隷狩人リッジウェイ。コーラと共に逃げる仲間は捕まり、彼女を助けた白人も殺され、コーラも捕まり、しかしまた地下鉄道に乗って逃げる。希望を感じさせるラストだが当時の黒人に真の希望はあったのか。どこまで行けば逃げ切れるのか?トンネルの中を逃げるように、漠然と北部に逃げるしかないのだ。しかしそれでも時代から逃げないと本当の安心はできないのだ。ユダヤ人にとってのホロコーストと同じではないか。
    黒人を奴隷化した暗黒の時代を真摯に受け止めながらもその過去を消してしまいたいという作者の想いが伝わってくる。子供の頃に、アレックスヘイリーの「ルーツ」で受けた衝撃を思い出す

  • アフリカで生まれ、父母を亡くして奴隷商の手に渡り、アメリカ南部の綿花畑で死んだ祖母。10歳の娘を残し、ひとりで農園から逃げた母。そして18になったコーラもまた、残忍な白人が営む農園を飛びだした。逃亡者を待っていたのは、黒人を北部にある自由州まで連れていくため、地下に張り巡らされたトンネルの中を走る蒸気機関車〈地下鉄道〉だった。しかし、農園の〈所有物〉であるコーラを、奴隷狩り人は執念深く追いかけてくる。安寧の地はどこにあるのか、なぜ彼女とその“家族”ばかりが逃げ続けなければならないのか。19世紀の黒人奴隷の目から見たアメリカの姿をデフォルメしつつ、現在も残る差別の心理を描いた歴史エンターテイメント。


    まず文章が上手い。余分な装飾がなく、どの比喩もぴったりと嵌っていて、詩的でありながらストイックなほどエモーションに流れることがない。作中コーラは目を覆いたくなる悲惨な場面に何度も何度も、嫌になるくらい何度も遭遇し、当然泣いたりくずおれてしまうのだが、それを語る文章自体が涙に濡れてしまうことはない。
    けれど物語の展開はサービス精神旺盛だ。蒸気機関の黎明期に地下鉄を走らせるというアナクロニックな設定はやっぱりワクワクすると同時に、作中コーラが何度も思いを馳せる「地下のトンネルを掘り線路を敷いた人びと」こそが、現実の奴隷解放運動に尽力した人びとの比喩となっている。コーラが逃亡する州の描写もときにSFのディストピアふうに、ときにホラーふうに誇張されているとはいうものの、特定の人種を絶えさせる目的で強制的に避妊手術をおこなうことや、被差別民同士の対立を煽って密告をさせたり、街中で私刑をおこなったりなどは、20世紀を通じて、そして今になってもさまざまな地域で続いていることを私たちは知っている。
    キャラクターもまた魅力的だ。コーラをノース・カロライナへ乗せていく運転手の少年や、奴隷狩り人のリッジウェイと奇妙な絆を築いているホーマー少年はディケンズやマーク・トウェインの小説からやってきたよう。インディアナの理想郷のようなヴァレンタイン農園でランダー氏がおこなう演説はキング牧師を思わせる。そしてその最期はマルコムXのようだ。アメリカとアフリカン・アメリカンの近現代史がコーラの道程に濃縮されて再現されている。
    白人のキャラクターももちろん重要な役割を果たす。地下鉄道の駅を守るのは白人でなければできないからだ。ときには駅と地下鉄道の秘密を守るため、彼らも奴隷制支持者のようにふるまわなくてはならない。ノース・カロライナの駅長マーティンとその妻エセル、そしてマーティンの父で元駅長の故・ドナルドのエピソードでは、矛盾を抱えた弱い人間が、それでも誰かを救おうとするギリギリの尊厳のようなものを描いている。私は特にエセルのどうしようもない人間味にリアリティを感じて、彼女の章の“正しくなさ”に涙が出そうにもなった。
    また、コーラが女性だということも大きな意味のあることだろう。初潮が来るなり農園の奴隷仲間からレイプされたこと、手術で出産できない体にさせられそうになること。奴隷狩り人の仲間に体を狙われて、逃亡する隙ができたと考えること。かつてレイプされた経験があることをロイヤルに謝ってしまうこと。差別を受ける人種の少女であるがために幾重にも搾取される苦しみ、痛みが描かれている。コーラはとても強いが、深く傷ついてもいる。甲高い叫び声ではなく、闇を直視して深く掘り進む地下鉄道そのもののような低く声で、尊重されるべきものが尊重されない世界の異様さを訴えかけるのだ。
    終わり方もシンプルながら現代に接続させていて上手いと思った。アメリカはいつになったらアフリカン・アメリカンの“故郷”になれるのだろう。

  • 文庫落ちにて再読。

  • 奴隷の少女が地下鉄道に乗って自由への逃亡を始める。関わった人々はぞくぞくと悲しい最後を遂げる。それでも逃げ続けることが微かな希望となる。

  • 一言で言うと読まない理由ナシくらいの凄い小説。風景や感情の描写が素晴らしく、数日間彼女達の世界に引きずり込まれ、本当に奴隷解放前のアメリカにいた感覚になりました。残酷なシーン多いので、まだ多感な子ども達にはオススメ出来ないかなぁ。色々世界の歴史を勉強したりした、人種差別に関心ある酸いも甘いも経験したオトナなら読んで損なし。しかしながら、巻末の解説にもあるように、ハラハラドキドキのエンターテイメント性もあって一気に読めちゃうのもすごいんだよね。
    芸術性高く、心に傷がつくのでそこは要注意かも。(実際のアマゾンプライムのドラマは怖くてみれませんでした)


  • 毎週この数時間だけは、自分で自分を所有できる。
    アジャリー より

    「この国にあるものすべて、誰が作った?」
    ジョージア より

    選挙の日に投票する者は、五分の三ではなく一票と数えられるはずだ(下院議員の選出において黒人は3/5人と数えられた)。
    ノース・カロライナ より

    この領土を家と呼んでいたのがどの部族か知らないが、インディアンの土地だったことは知っている。そうでない土地がこの国にあるだろうか?
    テネシー より


    Moonlightのバリー・ジェンキンス監督がAmzon Studioで映像化すると聞き、観る前に読了。
    重いテーマながらも、文章は小気味良く、ときに詩的に、ときに切実なメッセージとなり読み手に訴えかけてくるようでした。
    章のタイトルは人名のタイトルと地名のタイトルを往復する形式。地下鉄道という隠語、暗号名をファンタジックに、けれども生々しく切り取っています。
    解説の円城塔さんが書かれていた『差別の撤回への願いに貫かれている』という言葉にもはっとさせられます。駄目な為政者がたまに言う発言の取り消しというのは馬鹿な話で無理なこと。それは行動、人の行いもそうです。過去は消えない。言ったこともやったことも消えない。できるのは、悔い改め認め、正しい行いへと導くことでしか贖えないことでもあり、それは差別という行為にも当然あてはまること。
    また、本作では黒人奴隷内でのヒエラルキー的なものも描かれていました。老人や心身を壊した者、そういった弱者が確かにいて、その多くは女性だった。フィクションですのでどこから本当なのか、というとわからない部分もありますが、どこの農場も仲良くやっていた、とはなかなか考えられません。そこには序列や排斥があり、割を食う者もいれば、中には甘い汁を吸う者もいた、とも考えられます。


    フィクション、エンタメ作品として描かれていますが、小説のみならず近年の海外作品は、読み手のリテラシーを問われる部分が大きくあるように感じています。歴史的な背景を読みとって、その時代に何があってどういう暮らしがあったのか、という知識がある大前提で作られているものも多くあります。BLM前後、アフリカ系アメリカ人に対する差別への関心が高まる中、差別という言葉の持つ意味を再認識した人も少なくないはずです。
    ただその中で、ある種の『ジャンル』、ただのテーマとしてでしか作品に対して向き合えない、消費(商業的には消費活動は大切ですが)するだけの対象としてでしか見れない感想や意見の数も増えてきたようにも感じます。それが歴史に対する無知によるものなのか、ナラティブに対する異常なまでの期待なのか、危惧とまではいかないまでも不思議に思ったりもします。
    どちらにせよ懐の深い小説であると同時に2作続けてピュリッツァー賞を受賞するくらい現代のリアルが詰まった作品でした。


  • ピュリッツァー賞,全米図書賞,アーサー・C・クラーク賞受賞は伊達ではない.傑作です.
    舞台は南北戦争よりも更に前の19世紀前半で,南部の黒人は家畜以下の扱いで辛酸をなめていた.本当に家畜以下で,本当につまらない理由で凄惨な殺され方をしてしまいます.
    そんな中,ジョージアの奴隷コーラが「地下鉄道」の助けを借りて北部に逃亡するお話.逃亡する,と簡単に書いたが,行く先々で次々にトラブルが起きます.関わった白人も黒人も,みんな殺されてしまいます.
    「地下鉄道」とは隠語で,黒人を保護して逃がす実在の組織だが,これを「本当に地下に鉄道が走っていた(19世紀前半に!)」という設定にしたところが味噌.
    p.201の最後から2行目は「シーザーの腕を」じゃなくて「サムの腕を」ですよね.

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