ホット・ゾーン: エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々 (ハヤカワ文庫NF)
- 早川書房 (2020年5月22日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150505592
作品紹介・あらすじ
ワシントン近郊で死のエボラウイルス発生! 政府・医療関係者による決死の制圧作戦が始まる。世界250万部の傑作ノンフィクション
感想・レビュー・書評
-
エボラウイルスの恐怖。映画「アウトブレイク」のモデルとなった話。
●感想
「どんな死に方が一番嫌か」一度は皆さん考えたことがあるだろう。火あぶりや溺死は苦しいだろうなぁ、なんて映画を見ながらぼんやり考えていたが、具体的に「最悪の死にざまベスト1」が更新されてしまった。それが「エボラウイルス感染症によって死に至る」ことである。本書の掴みは強烈で、「初めてエボラウイルスによって死に至った人」がパンデミック映画のシーンさながらに緊張感を持って語られる。この本書の1章だけで、映画一作品分の価値がある。多分、妊婦さんは読まない方がいい。それほそエボラウイルスへの感染から、死へのプロセスは恐ろしいものだった。嘔吐、高熱に始まり、身体中の細胞・内臓が破壊される。目や歯茎、皮膚の無いあらゆる部分が破壊され、血を垂れ流す。本人は、すがる思いで病院にかけこみ、尽き果てる。それはもはや「人間爆弾」と言っていい。そこでは肛門、口と身体中の穴という穴から出血する。患者の体液一滴には何億ものエボラウイルスがのさばっていて、次の宿主を求めて増殖を続けている...。とまぁ、パンデミック映画さながらのストーリーが展開する第一章。ここが一番面白い。それ以降は、エボラウイルスを巡る研究のヒヤリハット物語。そして最後はアメリカの片田舎で突如エボラウイルスのホットゾーンが発生。制圧のバイオハザード作戦が展開する。どれもノンフィクションエッセイの題材として面白い。実際にその場に居たくはないので、本として読みたいものばかり。
2019年5月30日の厚生労働省の発表では、エボラウイルスに効くワクチンの存在が、信頼性の高い研究によって証明されたという。「2015年に11,841人が参加した試験で調査が行われました。ワクチン投与群の5,837人で、接種後10日以上にわたりエボラ患者は記録されませんでした。一方、ワクチン非投与群では接種後10日以上経過して23人の患者がでました。
rVSV-ZEBOVワクチンは現在の2018-2019年のコンゴ民主共和国におけるアウトブレイクでも使用されています。
結果の初期解析では、このワクチンは極めて効果の高いことが示されています。」https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/20190729.html
エボラウイルスとの戦いを経て、ようやく人類は防御策を確立しつつある。しかし、解説の岩田氏も指摘する通り、人間と感染症の戦い自体に、終わりが来ることは決して無いのだろうが...。 -
捕食者だ。
生き物が病気になり、それを治癒させるのは薬や外科的手術ではない。
病気を治すのは元々ヒトに備わっている様々な免疫系ないしは生の本能、すなわち自己治癒力であって、医療者はそれを促進させる存在に過ぎない。
医療者が自己の万能感や無力感に飲み込まれないために、そして実際、疾病の治療機序はこの自己治癒力に拠るところが大きい。
しかし、このエボラウィルス(フィロウィルスというべきだろうか)はヒトの免疫系を瞬く間に喰い尽くし、「崩壊」させ、さらに感染を拡げるために大量出血という手段で「爆発」させる。
気付かないうちに、或いはほんの少しの油断という間隙を突いて、襲いかかってくる。
そのありようは効率的に、より多く少ない手間で喰いつくしてやろうという意志をもった捕食者のようだ。
この恐るべき捕食者を電子顕微鏡で捉えた写真が挿入されている。p.139/424-425
これらは印刷されたただの写真に過ぎない。
それでも触れたくない。
これに触れれば、爪の間から、目から入り込み、身体の内側からじっくりと、しかしあっという間に喰い尽くされてしまうのではないかと心気的不安に襲われてしまう。
そして、感染症の恐ろしさは気付かぬうちに、市中の汚染は爆発的に拡大し、知人・友人も感染しているのではないか、という心気的な、或いはパラノイアを助長する。
『その顔は能面のように硬直し、体中の孔から血が流れていた。血は檻の下の金属の受け皿にも落下していた・・・・・・ポタッ、ポタッ、ポタッ。』P.359
恐るべきことにこのエボラウィルスとCovid-19には類似点もあるようだ。
もちろん、エボラとコロナでは系統が異なるだろうがしかし、免疫系を深く傷付けるという点では似ているだろう。
だからこそ、HIVやエボラに用いられた薬をCovid-19にも治療薬として類推適用しているのかもしれない。
Covid-19がどこまで予見可能だったのかはわからない。しかし、既にエボラ出血熱の危機に見舞われた際、備えを万全にしておくという知見は得られていたはずだ。
これは欧州のみならず、毎年新しい感染症の流行に見舞われるアジアでは尚更、準備と迅速な対応が必要だったのは間違いない。
『”チャンスは日頃準備を怠らない人間に訪れる”』P.176
残念なことに日本を含めた多くの国でこの準備は不十分だった。
そこで黒死病、天然痘流行の頃と同じ原始的手法をとった。
「逃げる」ことだ。
都市を封鎖し徹底的に接触を避けることで捕食者から逃れようとして、それは成功と失敗と一進一退の戦況だ。
日本の場合、縦割り行政、政策立案者たちの忖度や事なかれ主義、文書の隠蔽といったこの社会の悪しき面が表出してしまった。
米国型のCDCを設立すべき、といった議論もかつて、そして現在唱えられてはいる。
しかし、行政は社会を映す鏡でもあり、形だけ日本版CDCをこしらえてもうまく機能するとは思えない。
特に、平時・危機対応時問わず最前線に赴く高度な教育と訓練を受けた学位取得者、専門職の地位が極めて低いこの社会では尚更だ。
米国でさえ、CDCとUSAMRIIDとの縄張り争い(迅速に妥協できるのが米国)、戦闘行為ではないので消毒作業に危険手当は付かない云々があるのだ。
米国でさえ、だ。
従って、ただこしらえを作るだけでなく、この国の行政から考え直す必要があり、これは20年は必要だし、その間にこの国は衰退しているだろう。
この本でも、新しい感染症の発生と爆発的な拡大に至る原因は地球環境・気候変動、未開地の開拓など、ヒトの生存圏の拡大であるとしている。
グローバルサプライチェーン。
00〜10年代にかけて拡大され、整備されたこの鎖から解き放たれた生産、物流、購買、そして生活を送ることは不可能だった。
しかし、空路・海路・陸路と道を作ったおかげで、ウィルスの移動も容易となった。
それだけでなく、より安価な人件費、より安価な原材料を求め、開発が行われる。
ソフトな帝国主義・重商主義だ。
特に、10年代から中国はとてつもない勢いで交易圏を広げ、特にアフリカの開発は猛烈だ。
そして、世界経済が滞った時、最初に犠牲になるのはアフリカ諸国だ。
80年代から90年代にかけてエボラ出血熱の流行時に村落が消滅したように、現在も生活を失う最初の人はアフリカの人たちだ。
やがて、新興国からOECD加盟国へ伝播して、日本も同じ道を辿る筈だ。
各国で経済水準に違いはあれど、最初に苦しむのは貧困層、社会的弱者になるだろう。
従って、危機にあって連鎖を止めるには、下支えこそが川の上流となるはずだが・・どうだろうか。
エボラはどうやらエボラ川流域、エルゴン山のキタム洞窟まで遡る事ができるようだ。(マールブルクウィルス)
Covid-19は武漢が最初のホットゾーンとなった。
しかし、このウィルスが本当に、真にどこからきたのかはわからない。(2020年6月2日)
動物、哺乳類なのか爬虫類なのか、昆虫だろうか。それとも研究所やマッドサイエンティストからのリークなのだろうか。
根源を辿るハンティングは憶測の域になり、陰謀論にまで逸脱している。
Covid-19がもたらしたのは感染症そのものの症状と死だけでなく分断やパラノイア、心気不安までをもたらしている。
生体の破壊だけでなく、経済や文化芸術、良心といった生活まで破壊されつつある。
相互不信感は人種差別を助長し、行政の横暴とデモ、暴動と略奪に至っている。
この本はSF小説のような物語としての面白さがあるノンフィクションだ。
綿密な取材と科学的裏付けに基づいて書かれている。
だからこそ、もう一度読んで理解する事もできる。
即ち、文化芸術活動としての読書を通じて、書店業・物流業の収入となって、店舗を維持し労働者を幸福にさせる。
もう一度読み、理解を深め、次の準備とするためには生データを収集し、保存し、研究者らが自由に用いる事ができるようにしなければならない。
残念なことに、このCovid-19にあってエビデンスは恣意的に操作され、貴重な生データは破棄されているのかもしれない。
果たしてその行為は国民・人類を守れるのだろうか。
敵は批判者や特定の人種、ましてや己の自己愛を刺激する情報ではない。
捕食者だ。
-
単行本が流行ってた時はホラーというかグロっぽいと思って読んでなかったのよね。コロナ騒動もあり、文庫化を機に読んでみた。
いやはや、冒頭やっぱり描写キツいやん、グロいやん、と思ったけど、その点だけで言えばそこがピークであとはエボラ封じ込めの人間ドラマよね。とはいえ防護服に穴が見つかった時の恐怖の描写とかは迫り来るものあり。 -
ナショナル・ジオグラフィックが完全ドラマ化した『ホット・ゾーン』の原著。
1989年。アメリカの首都ワシントンD.C.にほど近いヴァージニア州レストンの研究施設で、フィリピンから輸入されたカニクイザルが大量死した。USAMRIID(アメリカ陸軍感染症医学研究所)は、その死因が当時は致死率90%と言われた「エボラ出血熱」であることを突き止める。1970年代に中央アフリカで発見されたエボラウイルスによる感染症「エボラ出血熱」が初めてアメリカ本土で確認され、専門家たちが戦慄したレストン事件。
ナラティヴ・ノンフィクションの醍醐味を存分に楽しめる一冊。翻訳も解説も文句なし。これだからハヤカワノンフィクション文庫は大好きだぁー -
エボラウイルス制圧に関するノンフィクション小説。丁寧に事実が重ねられていくからこそ生まれるなんともいえない恐ろしさ。想像以上にこのウイルスは凄まじい!
Michael Crichtonの本が好きな人は、この本も気に入ると思う。勉強にもなるオススメの本。 -
ノンフィクションの、しかも翻訳だったのに、次に何がどう展開していくのか、ハラハラした気持ちで最後まで読みきってしまった。
感染症に関心が高まっている中で、それに対処する人達がどんな考えで何をしているのか、わずかでも分かったような気になれて良かった。
200726 -
-
葡萄森兄夫さん
こちらにもお邪魔します。
これは昔読んだことがあります。
多分私にとって初めてのバンデミック読み物。
>ノンフィクシ...葡萄森兄夫さん
こちらにもお邪魔します。
これは昔読んだことがあります。
多分私にとって初めてのバンデミック読み物。
>ノンフィクションの白眉。
本当にそうです!
これがとても良かったので、同じ作者が書いたウイルステロ小説「コブラの眼」も読んだのですが、やはりノンフィクションの「ホット・ゾーン」のほうが良かったなあ。
それではお邪魔いたしました。2022/01/07
-
IDESコラム |厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/se...
IDESコラム |厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/column74.html