羊飼いの暮らし──イギリス湖水地方の四季 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 早川書房 (2018年7月19日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
- / ISBN・EAN: 9784150505288
作品紹介・あらすじ
イギリスの湖水地方で600年以上続く羊飼いの家系に生まれた著者が、美しくも厳しい自然と共存する伝統的な羊飼いの生活を綴る
感想・レビュー・書評
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イギリスのシェフィールドという街に半年ほど滞在したことがある。シェフィールドに滞在する前にもイギリスに行ったことはあったが、仕事でロンドンに行っただけのことであり、ロンドン以外の街、また、イギリスの田舎の光景を目にするのは初めてのことだった。それは、目を奪われるとても美しい光景だった。
シェフィールドの郊外には、ピークディストリクトという名の国立公園が広がる。街を出るとすぐに緑に覆われた丘陵地帯が広がる。日本のような深い森はあまり多くなく、牧草地帯だ。そこに、羊が放牧されている光景もよく見かけた。日本にはない美しい光景をとても好きになった。
シェフィールド滞在中に、本書の舞台になっている湖水地方に小旅行に出かけたこともある。ピークディストリクトと同じく、とても美しい場所だった。
本書は、湖水地方で羊を中心とした牧畜を営む筆者が、湖水地方で牧場を営むことがどういうことなのかを、四季に渡っての、また、子供時代から今までの経験を綴って示した本だ。そこには、激しい喜怒哀楽の全てがある。
私がピークディストリクトや湖水地方で見かけたのは、のんびりと草を食む羊たちの群れだった。その群れを維持することが、どれだけ大変なことなのかを初めて知ることが出来た。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読み始めてから心の中がざわついてしょうがなかった。
理由は訳者あとがきと解説を読んで腑に落ちた。
都市生活を楽しんでいると思っているが、心の奥底では、何かが足りないと感じているのだ。
表紙に惹かれて手に取ったが、思わず、これまで読んだ本の中でもかなり上位に来る本だった。
訳者あとがき
「私たちが本書から受け取るのは、現代の生活から失われた、圧倒的な生の息吹である…私たちはあらためて自らの生き方を問い直すことになる」
解説
「著者は、多くの人が『こう生きたい』と心のどこかで願っている生活を静かに継続させている。その事実は、ある種の憧憬と共に、人の心をゆるやかに温めてくれるのだ。」
訳者と解説者の文章も好きで、
読みたい本がまた増えてしまった。 -
イギリス湖水地方の600年以上続く家系の羊飼い。
オックスフォード大学で学んだ著者が、一家の歴史と生活を、
厳しくも豊かな地域の自然と共に綴る。
Hefted 夏 秋 冬 春
イギリス湖水地方は世界有数の観光地であると同時に、
地域に住む者たちの生活の場でもあります。
特に、遥か昔から営まれていた羊の放牧。
羊飼いの家系に生まれた著者による、地域の歴史、家族の歩み、
共同体の有り様、そして羊と共に歩む生活等を綴っています。
夏秋冬春と、巡る季節の中で営まれ、語られるのは、
牧歌的なんて言葉が夢のような、実際の厳しい羊飼いの生活。
羊に寄り添うことの過酷さ。その中での祖父との絆と祖父の死。
中等学校を中退してからの自暴自棄、父との諍いと和解。
読書による開眼がオックスフォード大学へ至る道を築く。
ロンドンでの職務体験で、過酷な生活の都市住民の、
風光明媚な場所に逃避したい気持ちを知る。
口蹄疫の悲劇と再生。農場はすべての始まりであり、終わり。
父の病と子どもたちの成長。そして繰り返される四季と生活。
Heftedは、羊の群れをフェルの共同放牧地に定住(ヘフト)させると
いう意味だそうですが、湖水地方の住民たちの帰属意識であるとも
考えました。著者自身も大学で学び、外の世界を知り、
ユネスコの仕事をこなしながらも、農場へ戻り、羊と共の生活を
送る日々。そこが自分の場所だから。私の人生だから。
羊飼いの仕事と生活の詳細と、どんな土地であろうと
生活する者たちの歴史と有り様を知ることの大切さを
教えてくれる、奥行きの深い内容で良かったです。
また、ビアトリクス・ポターの伝記を読んでみたいとも、
思いました。 -
むちゃくちゃおもしろくて、途中で本を置くことができず、久しぶりにガツガツと貪り読んだ。
タイトルだけ見た時、牧羊とか酪農に興味のある人向けのニッチなニーズを狙った本なのかなと思ったけど、この本が訴えていることはもっと時空的に広範囲にわたっていて、何よりも今後の社会の在り方を考える上で外せない問題点を指摘していると思う。私は全然知らなかったけど、サンデー・タイムズやAmazonでベストセラーになったというのもうなずける。
まず、導入部の「Hefted」の章で、著者の言わんとすることと、その展開の仕方にすっかり魅了されてしまった。最近とみに思うけど、英語圏の人の論理の進め方はほんとにうまい。導入部でちょっと笑える具体的なエピソードをちりばめながら、端的にこの本がどういう方向へと進むかを伝えている。この章だけでも独立して完成されていると思った。始まりから数ページにして、すでに激しく心揺さぶられてしまった。
「Heft」という語は、イングランド北部の方言だそうで、羊たちを高原の牧草地に慣らし、定住させる、という意味だとか。湖水地方の厳しい自然の中で育つ羊たちは、子羊のときに母羊から自分の属する場所、属する山を教え込まれて育ち、決してほかの場所に移動しないんだそうだ。その帰属意識は非常に強くて、1、2年ぐらい別の場所で過ごさせても、元の山に戻すと、羊たちはまっすぐに自分の居場所へ戻っていくという。
著者の経歴を見ると、オックスフォード卒、となっていたので、読む前に私は勝手に、幼い頃から勉強好きで頭が良く、一流大学を出て一流の頭脳労働についたが、都会生活に疲れ果てて故郷の村に戻って父の仕事を受け継ぐ話なのかな?と予想したのだが、途中で、事実はそれとはまったく逆だと分かった。彼ははじめから自分の生まれた場所と家族の仕事に強いアイデンティティ、帰属意識を持っており、それはまるで土地の羊たちと同じくらい確固として彼の中にある。実際、高校の卒業資格試験には落ち、ドロップアウトし、嬉々として家業を手伝い始める。(途中で学校をやめて家業を継ぐことは当時土地の人間にはごく普通のことだったようである)
ではオックスフォードはどこで登場するのかというと、その後彼が直面した様々な諸問題からの逃避というか、解決策というか、選択肢を広げる方法、みたいなものがオックスフォードを目指すことだったようです。
そこへ至るまでの学問への「目覚め」の過程も感動的。
私自身は田舎暮らしを当然のように「未来のないもの」と切り捨てて都会に出た典型的な人間だったので、逆の人もいるのか、と本当に驚いた。
湖水地方には大昔に一度訪れたことがある。
友人がツーリスト・インフォメーションに置かれていたハイキング案内を見つけて、二人で2コースくらい歩いたが、この案内書が素晴らしかった。手書きの、簡単だがなんとも言えずほのぼのとしたタッチの地図が描かれていて、この地図がないと進むのをためらってしまうような、狭い農道や石垣で区切られた草原を歩くことができた。途中で、まさにピーターラビットそのものの野ウサギも見た。
その時の私は著者がたびたび俎上にあげる「典型的なツーリスト」の一人で、確かに、地元の人たちがどのように暮らしているのか、ましてや羊飼いの暮らしについてなどは、その旅行では一度も考えなかった。
羊を見ても背景の一部にしか見えず、羊飼いというのは「アルプスのハイジ」のペーターで、一日のんびり草原で寝ている子供、というイメージで、まさかあの美しい湖水地方の風景を何世代にもわたって作り上げた人たちだという認識はもちろんなかった。
でも、地図を頼りに、ところどころにある小さな石段を登って石垣を超えながら、「この石垣と石段は何のためにあるんだろう? 石段は地元の人が自分たちのために作ったはず」と思ったのを強く覚えている。
この本を読むとあの石垣を作り、メンテしている人たちの暮らしが生き生きと描かれている。
ほんとにおもしろかった。
著者の仕事への愛をひしひしと感じた。
でも想像を絶する大変さ。
羊飼い=ペーターののんびりしたイメージはあっという間に消え去った。(そういやペーターも、羊に危険が迫った時はキリッ!となってテキパキ働いていたけども)
著者をオックスフォードへと導いていった根本原因である社会の趨勢というか、効率社会の波、そういうものばかりを優先すると、あの風景はあっという間になくなってしまう、という危機感は、耕作する人のいない田畑を持て余している故郷を持っている私にとっても目をそらしている事実でもあり、考えるのが恐ろしいことである。
よく「手つかずの自然」っていうけど、そういうのは、ほんとは人の手がきちんと入っていて保たれるものなんだよなぁ。でも、私は農作業のことは何ひとつ知らないし、最低限どんな手入れが必要なのかもわからない。
<おまけ>
著者のツイッターにアップされている羊(たぶんハードウィック種)の顔を見て、「何かに似ている!」と激しく思った。
なんだっけ?と考えていたのだが、分かった!
「カードキャプターさくら」の「ケロちゃん」にそっくり。キュートで、極寒の冬をものともしないたくましさを持つ生き物とは思えないおトボけ感。 -
#読書記録 2023.1
#羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季
#ジェイムズ・リーバンクス
#ワシントン・ポー シリーズのミステリを読んで、湖水地方の自然に興味を持ったので本書を読んでみた。自分の中の湖水地方の牧歌的なイメージが覆った。
過酷な自然と対峙しつつ、数百年前から変わらない牧羊の仕事を続ける親子三代の物語。彼らの生活は自然という大きな存在の一部であり、何世紀も続く羊飼いの伝統を守り繋ぐ鎖の一つでもある。
湖水地方の美しい景観や様々な動物たちの様子が、随所に具体的に描かれる。生まれ育った場所への、著者の限りなく深い愛情を感じる。
#読書好きな人と繋がりたい
#読了 -
湖水地方と言えば、「ピーターラビット」「ワーズワース」といったキーワードが浮かぶが、実は素朴な人々の暮らしが広がっているわけで、実際に、ウィンダミアの中心部からレンタカーで少しドライブすると、いわゆる「観光地」ではない風景を見ることができる。
著者は、代々羊飼いの家系に生まれて、最初の章で出てくる暮らしは、日本の田舎の農村でもありそうな雰囲気すら感じて、失礼ながらこのようなちゃんとした文章を書くような人物が育つような流れには思えない。そこからの展開も面白いのだが、一方で、羊飼いであるというルーツも忘れなかったというのも興味深かった。 -
なんでこの本を選んだのか全然分からないんだけど笑
羊への愛が深いな。読み手の私まで、羊の事が気になって仕方なかった。
湖水地方の季節の移り変わり、各季節の美や苦、それが羊、羊飼いへ与える影響、わたしが生きている世界とは全く違う暮らしを見れた。
この本選んで良かったな。 -
エッセイという感じ?かと思ったら、羊飼いとして生きた人々の長い物語を読んでいる気分になった。
この本を取らなければ知らない事を知ることができたと思う、例えば羊の品評会がある事、そこでそれぞれの農場が評価される事、群単位での売り買いもある事、そして羊が思ったより自然に死んでしまう事、繋がりが何よりも大切な事など。
単純に読み物として面白かった、、下手に押しつけの考えや少しの虚栄心のかかった文章もなく、淡々と事実と事象を書いてくれて、非常に読みやすかった。