ただの眠りを (私立探偵フィリップ・マーロウ)

  • 早川書房
3.16
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感想 : 9
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150019518

作品紹介・あらすじ

フィリップ・マーロウも72歳。探偵はとっくに引退、ホテルのテラスでマルガリータを飲み、カードを楽しむ日々を送っている。保険屋を名乗る怪しげな男たちの依頼で十年ぶりに仕事に復帰するが、なぜ今になって彼に仕事が……。新鋭が描く、1988年のマーロウ譚

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  • フィリップ・マーロウ、七十二歳。メキシコ、バハカリフォルニア州にある崖の上に建つ家で家政婦と犬と暮らす、引退した元私立探偵。他の作者によるマーロウ物の第四作。第三作であるベンジャミン・ブラック作『黒い瞳のブロンド』も読んだが、少し違和感を感じた。まあ、仕方がないだろう。誰もチャンドラーのようにマーロウを描くことはできない。それが分かっていても、こうして、その後のマーロウを描く者が次々に現れる。誰もが自分のマーロウを思うさま活躍させてみたいのだ。

    悠々自適の隠居暮らしを楽しんでいる老人の家を二人の男が訪ねてくるところから物語は始まる。二人は保険会社の者で、マーロウに調査を依頼に来たという。山ほど借金のある実業家が夜の海で溺死し、警察の書類も揃っており、保険金は未亡人に支払われた。ただ、事故が起きたのはメキシコで、死体はその地で火葬されていて、保険会社としてはそこに何か問題はなかったのかあらためて調べたい、というのだが完全に疑ってかかっている。

    ついては、メキシコ在住でスペイン語に堪能な元私立探偵がいいだろう、ということになった。以前のようにはいかない、というマーロウに危険なことはないから、と保険会社。実のところ退職以来、退屈していたマーロウは、その場で引きうける。経費付きで一日三百ドル。まずは、未亡人に会いに出かける。その未亡人というのがおそらくはメキシコの血の混じった混血美人で、歳はマーロウと同年輩の夫とは半分くらいの若い女。

    現地に飛んだマーロウは、そこで確信を得る。ジンという実業家は死んではいない。死んだのは別人で、同じ船に乗っていたリンダ―という男らしい。マーロウは、メキシコ各地を死んだ男に成りすまし、金に飽かして逃避行を続ける夫妻の後を追う。果たして、マーロウは無事使命を果たすことができるのか、とまあ、そういう話である。

    メキシコの寒村で人が死に、警察の書類では本人確認がなされているのに、実は死んではいなかったというのは『長いお別れ』で使われた手垢のついたトリック。マーロウでなくても、メキシコと聞いただけでまずは疑ってかかる。いくらハードボイルドでも、犯罪の核心部分にはもう少し手の込んだ工夫がほしいところ。その他にも、ちょっとこれは、と思わせる点がけっこう多い。

    ひとつひとつ挙げていくときりがないが、まずはマーロウが旅行に持参する探偵道具。盗聴器やらミノックスのカメラやら、オペラ・グラスといったがらくただ。一番おかしいのが、座頭市に倣った日本刀を仕込んだ仕込み杖。まあ、体裁は銀の石突きのある洋杖の格好をしているので、脚の不自由な年寄りの持ち物としては問題はない。しかし、銃ならまだしも、刀を振り回すフィリップ・マーロウというのはいただけない。「日本人読者にはなんだか嬉しい」などと訳者は本当にそう思っているのだろうか。

    次に気になるのが、ジンの妻ドロレス。一応誰の目にも美人だということになっているが、自分の年齢の半分ほどの若い女に、マーロウが本気で相手をするとは思えない。『さらば愛しき女よ』のアン・リオーダンの扱いを思い出せば、このマーロウは歳のせいで色ボケになっているとしか思えない。ましてや、その人物像にそこまでいれあげるだけの魅力がない。お世辞にも女性を描くのが巧いとは言えないチャンドラーでも、ドロレスよりはキャラの立っている女が何人もいる。

    さらには、若い頃とちがって金に困っていないマーロウが、何故、保険金詐欺を働いた夫妻を見逃すという条件で十二万ドルを手にするのか。金に困っていた時でさえ、マーロウは不正に手を染めることはなかった。薄汚れた街に暮らしてはいても、自分自身は汚れに染まることはなかった。清濁併せ呑む器量というのが老人の探偵にあってもいいとは思う。しかし、何故マーロウにそんな真似をさせる必要があるのか。全く納得がいかない。

    歳を食ったマーロウは、予想通り、かつてのようにタフじゃない。坂道を歩けば息を切らせるし、酒を飲みすぎると、店の者の手を借りて部屋に担ぎ込まれる始末だ。自分が動くというより、周囲の手を借りながら捜査するというのは老人探偵なら仕方がない。そういう点ではリアルさは感じる。相変わらず、つまらないことを口走っては相手を煙に巻くのもお定まりだ。ただし、ジョークが時代がかっていて相手に理解されないところが哀しい。

    歳をとったマーロウが思うように動けなくなった体に無理をさせながら事件を追うところは私だって見てみたい。そのアイデアは買う。老人力を駆使して、相手を油断させ、同じような年寄りと心を通わせ、話を聞き出す、こういうところはよくできている。しかし、肝心のマーロウの内部のこれまでに至る変遷が書き切れていない。多弁で内心を吐露したがるのは年寄りの常だ。それは良しとしよう。しかし、相手はあのマーロウだ。もっと食えない年寄りになっている筈ではないのか。少なくとも私の中のマーロウはそうだ。メキシコの風物はよく描けていて、そこは読んでいて楽しかった。

  • タイトルだけで選んでしまったが、チャンドラーの作品ではなかったんですね。
    マーロウってこんなアクティブで打算的かなとも思ったけど、最後に会いに行った人が誰かわかるとなかなか人情味がある。

  • レイモンド・チャンドラーの生んだ私立探偵フィリップ・マーロウは、多くのミステリー作家に愛されている。本書も老境に達したマーロウが登場するパスティーシュとして書かれた。 マーロウファンとしては読むしかない。

    探偵業は10年前に引退し、メキシコで余生を送る72歳のマーロウの元に、保険会社からの依頼が舞い込んだ。 溺死した富豪の件を調べて欲しいという。 久しぶりの調査に乗り出したマーロウは、若く美しい未亡人に出会うが....

    チャンドラーが生前に残したのは「プードル・スプリング物語」の最初の数章までなので、その後のマーロウがどのような人生を歩んだのかはわからない。 そこは読者が自由に想像して良いところで、イメージに合うかどうかを考えながら読むのも、本書の楽しみ方の一つ。しかし、文体はともかくとしてプロットには入り込めなかった。 老いたマーロウの心境は興味深く、ラストなどにマーロウらしさも残ってはいるのだけど。 あまりすっきりしない読後感だった。

  • ハヤカワのハズレ 訳かな?しんどい

  • 何度も簡単に見つけすぎだが、もうちょっと推敲したらと思える運び。

  • 探偵業を引退し、メキシコで悠々自適の日々を送るフィリップ・マーロウが主人公。言うまでもなくレイモンド・チャンドラーが創造したキャラクターだ。マーロウの新作が読める期待感と、老境に入った主人公への危惧が相半ばする状態で読み始めたが、結論から言うとまったく楽しめなかった。新作なのに古いという偽物感がつきまとい、展開も安易なうえ無駄な描写が多すぎる。マーロウじいさんも、ぼくのイメージとはかけ離れていた。ただのすけべ爺、ストーカーにしか見えなかった。

  •  いつまでも語り継がれ、愛される私立探偵フィリップ・マーロー。またの名をハードボイルドの代名詞。卑しき街をゆく騎士道精神。作者チャンドラー亡き後、遺構を引き継いだロバート・B・パーカーの二作『プー
    ドル・スプリングス物語』、『夢を見るかもしれない(文庫版で『おそらくは夢を』と改題)』、ベンジャミン・ブラックによる『長いお別れ』の続編『黒い瞳のブロンド』。そこまではマーローを如何に復活させるかを意図して書かれたもの。しかし本書は少し違う。

     老いたマーローの活躍をえがく本書では、マーローは72歳。足を悪くし、杖を突く。一線から身を引いてメキシコに隠遁していたが、保険会社から詐欺の疑いのある事故死を調査するよう依頼を打診され、それを受ける。全編メキシコ沿岸を舞台としており、同じ青空と太陽の光の中に生きるマーローとは言え、それはあの洒落た大都会ロス・アンジェルスではないのだ。

     ぼくが最初にマーローと出くわしたのは『大いなる眠り』。映画ではロバート・ミッチャムがマーローを演じ、キャデラックか何かを運転して、豪邸のファサードに向けて広い車回しを走るシーンが、小説とともに印象的だ。何故かハードボイルドに不可欠な存在としてぼくのイメージは<郊外の豪邸>がある。そしてそれは富と権力を誇るとともに大いなる秘密までが内包されているように見える。

     本書でも避暑地やマリーナ、ビーチ、といった陽光に包まれた大西洋沿岸のリゾート、今にも噴火しそうな火山と火山礫に覆われた山麓、多種多様のサボテンの群れが夕陽を遮る広大なメキシコの砂漠、などふんだんに舞台が変わる。老マーロウは車で、バスで荒野をゆくのだ。

     ハードボイルドに欠かすことのできない悪女は、これ以上ないほどに美しく魅力的で、多面的な様相を見せて探偵を惑わすし、怪しげな死体、その周辺をうろつく残忍な殺し屋、といったところも抑えている。

     何よりもマーロウの主観たる一人称が切り取る風景や人々の模様は、ハードボイルド文体でなければ表現のしようのない緻密と繊細に飾られ、レトリックの王道をゆく様々な作家たちの表情までが想起されるほどである。熱い太陽と砂の中で沸騰する血をそのままに、老探偵がおそらく人生で最後に引き受けたと思われる謎に挑んでゆく。

     ジン・ライム片手に「カンパイ」と日本語で言うシーンや、映画『座頭市』からの着想で用意している仕込み杖も活躍の場を求めてうずく、そんな日本贔屓も観られるのがこの作品。作者は世界を放浪し現在はバンコク在住の英国人、とあって、オリエンタルなものへの造詣が深い辺り、個性を出してきたとも思われる。

     老いた釣り人とウィスキーを傾け合うシーンに何とも言えない大人テイストを感じる。今は失われてしまった抑制の利いた文体によって物語られる世界に乾杯! 最後のページにじんと来る人は少なくなかろうと思われる。

  • チャンドラー読んだことないから元との比較はできひんけど、パッとせんなーという印象。

  • 最初1/3は、かなりだるい。放棄しようかと思ったあたりから、少し持ち直すが…
    老齢のフィリップ・マーロウをイギリスの作家が作り上げたものだが、大方のチャンドラー・ファンは失望したのでは。

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