ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

制作 : NHK「ゲノム編集」取材班 
  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140817025

感想・レビュー・書評

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  • CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)という言葉を聞いたことがある人はあまり多くはないかもしれない。2012年の研究に端を発するその技術は、遺伝子工学の世界では大きなブレークスルーとされている。開発者は、おそらく近い将来(それもかなり近い将来)にノーベル賞を取るだろう。iPS細胞を作製した山中伸弥教授をして、「この25年の中で、おそらく最も画期的な生命科学技術」と言わしめる技術である。
    本書は、NHKクローズアップ現代で取り上げた「ゲノム編集」取材チームが核となり、クリスパー・キャス9技術のこれまでの足取り、これからの展望をまとめたものである。タイトルはいささか大仰だが、しかし、あながち大げさすぎるとは言えない可能性を、この技術は秘めている。

    クリスパー・キャス9をひと言で言うと、極めて正確に、かつ簡便に、そして驚くほどの短時間で、ゲノムを編集することが可能な技術である。元々は細菌がウイルスから身を守る仕組みの研究から見出された。
    ゲノムとは生物が設計図として保有する遺伝情報全体を指す。ゲノムを編集するとは、その中の1つの遺伝子の機能を止めたり、あるいは外部から何らかの働きをする遺伝子を入れたりして、設計図を「いじる」ことである。
    クリスパー・キャス9以前の技術では、標的遺伝子を改変することはかなり煩雑で時間が掛かる作業だった。加えて、標的以外の場所が改変されたり、どの場所に改変があるか正確には不明である場合もあった。だが、クリスパー・キャス9は、さほど高い実験技術を持たない実験者でも、標的となる遺伝子を極めて正確に切断して働かなくしたり、目的の位置に遺伝子を組み込んだりすることを可能にした。

    まだ商業的に利用されている段階ではないが、この技術で、品種改良を行う試みが本書中で紹介されている。
    一般に、「遺伝子組換え」に対する嫌悪感は強いが、この技術を用いて作った食品が「遺伝子組換え食品」と見なされるかは実は微妙である。例えば筋肉を作る働きを抑制する遺伝子がある。この遺伝子を止めることが可能であれば、より筋肉量の多い動物が得られるはずだ。動物が元々持っていたこの遺伝子自体を止めるだけであれば、遺伝子を組み換えたことにはならない(少なくとも、法整備上は遺伝子組換えにあたらないとする国が多い)。cf.『日経サイエンス2016年6月号』
    この技術で起こる改変は、極めて正確であり、結果として得られるものは、従来の「品種改良」と同じである。狙った遺伝子のみを操作することから、従来型では含まれている可能性があった、別の遺伝子の改変を含まない。そのため、従来型よりも「安全」であると主張する研究者もいる。

    また、これまでの「遺伝子治療」では大きな成果が出なかったような疾患に対しても、クリスパー・キャス9を使った治療法が可能になりうる。HIV、血友病、がん、筋ジストロフィーなど、遺伝子と疾患の関係が判明しているものについては、臨床適用も視野に入りつつある。

    この先、この技術の問題点となりうる点は、長所でもある「簡便さ・迅速さ」だろう。結果的には品種改良の陰で起こっている突然変異と同じであっても、クリスパー・キャス9によって、「時間」の選択圧を経ずに、ことが起こるのはいささか危うい。滅多に起こらなかった変異が起こり、それが大量に出回り、予想もつかない弊害が起こることは十分にありうる。
    さらに大きな問題点は、技術の使用者がすべて、「善意」を持って、「常識的」に使用するとは限らないことだろう。それは例えば「マッド・サイエンティスト」だけではない。何らかの「儲かる」「カネになる」使用法が見つかれば、必ず思いもよらぬ「悪用」をしようとするものは現れる。
    そして前の2つにも関わることだが、使いやすい道具であるがために、さまざまな使用者がさまざまな使用法を思いつくだろう。技術的に大きく広がることで、プラスになることもあるが、マイナスになる可能性は小さくない。
    AIであれ、ドローンであれ、新しい技術には付きものだが、どういった適用可能性があるのか、なかなか見えにくいという問題がある。野放しにするのは危険すぎるが、かといってあまり規制を厳しくしていくと技術はそこで止まってしまう。いずれにしろ、便利な技術であることが広く知られている現状では、「使うな」というのはもはや無理だろう。
    進捗状況を注視しながら、適切な枷をはめていくことになるだろう。

    研究者からも、この技術を使用する「ルール」を整えるべきだという声が大きくなってきている。ヒト生殖細胞・受精卵に使用すべきでないという提言も出ている。が、その一方で、グレーゾーンに近いような研究も、すでに行われてしまっている。
    個人的には、この技術には少々危機感を持っている。暴走しないよう、社会全体での議論・見守りが必要だろうと思っている。
    そのために多くの人にこの技術を伝える入門書としては適切な1冊だと思う。

  • ゲノム編集に関して、素人向けに分かりやすく説明されている。遺伝子組み換え、品種改良と比較してゲノム編集のメリットがよくわかる。ただゲノム編集の技術そのものの説明は少なく、あくまで入門書。

  • 2020年のNovel生物学賞を受賞した成果であることはニュース等で報じられたとおりである。

    従来のゲノム編集や遺伝子組み換え技術はかなり運任せの作業であり、技術的にもかなり高度な作業であったようだ。
    そこで登場した、クリスパー・キャス9という方法は、狙った場所に任意の遺伝子を入れ込み、かつそのほかの場所には影響せずに編集できる、しかも簡単!最強の方法である。

    内容はNHKの理系素人が書いているので、ほとんどないと言ってもよいが、衝撃度合いはNHKが書いているので(良くも悪くも)よくわかる。

    クリスパーキャス9関連の書籍では、やはりNovel賞を受賞した本人が執筆した「CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見」のほうが良いと思う。

  • ゲノム編集関連のプレゼンを控えていたので付焼刃的に読んだ一冊。

    ドキュメンタリーチックな構成だったので、正直不要な部分もあったが、わかりやすく表面的なことはひと通り網羅されていたので、ちょうどプレゼンで似非知識をひけらかすのには程よい内容であった。

    しかしここで取り上げられている研究者が実際に今年のノーベル化学賞を受賞したんだから、そういう意味ではなかなか先見の明のある本だったのだとも言える。

    読みやすく実質的に数時間で読めたので、付焼刃的知識が必要な人におすすめ。

  • どうもこの手のNHK本は内容が薄すぎる。番組自体はすごく面白いんんだけどね、

  • Kindle

  • NHKの取材班による本。わかりやすく説明している。

  • 技術的なことと世界へのインパクトの部分がバランスよく書かれていてわかりやすかった。本書を読んでるだけでも研究開発のスピード感を感じ、こういった知識のアップデートの必要性を感じた。

  • ゲノム編集とは、遺伝子の中の狙った箇所を狙った通りに改変することができる新しい技術。
    クリスパーCas9という物質を媒体として使えば従来よりもはるかに簡単・正確にゲノム編集が可能になることが発見されたことで、近年研究が加速していて、すでにノーベル賞の有力候補と言われている。

    遺伝子組み換えとは似て非なる技術。
    遺伝子組み換えは、外から別の遺伝子を組み込むことで生物の性質を変化させる技術だが、場所を狙い撃ちすることはできなかった。そのため、何千回、何万回も繰り返し実験して、偶然狙い通りの場所に遺伝子が組み込まれるのを待つしかなかった。
    ゲノム編集では、編集する遺伝子の場所を狙い撃ちできるため、遺伝子組み換えと比べて圧倒的な効率化が可能。

    遺伝子組み換え技術は、厳格な規則の元で扱われている。最も避けなければならないことは、遺伝子組み換えを施した生物が自然界に出て野生の生物と交雑して環境中に広まること。これをコントロールしないと、生態系に予期しない不具合を招く可能性がある。遺伝子組み換え技術の使用は「カルタヘナ議定書」という国際協定によって厳しく制限されている。

    一方でこのように厳しい規制があるせいで研究が進まずイノベーションを阻害しているという意見もある。
    ゲノム編集は登場して間もない技術なのでこのような規制がまだ十分に整備されておらず、今も議論の最中という状況。

    ゲノム編集の危険性の一つとして、「ゲノム編集によって特定の遺伝子を破壊された生物」と「自然界で突然変異としてある遺伝子が破壊されている生物」の見分けがつかないということが挙げられる。
    つまり、ゲノム編集を使ったことが後から証明できないため、規制が機能せず悪用される恐れがある。

    ゲノム編集の応用技術「遺伝子ドライブ」を使うと、特定の遺伝子の偏った遺伝を誘発し、集団全体の遺伝子構成を変更することが可能とされている。例えばマラリアを媒介できない蚊を作って、何世代蚊の交配の末に、世界からマラリアを媒介できる蚊を駆逐する、というようなことが理論上可能らしい。

    (メモ)

    ヒトの体はおよそ60兆個の細胞からできている。その細胞の一つひとつには核があり、その核の中には46本(23対)の染色体が収まっていて、半分の23本は父親から、もう半分の23本は母親から受け継いだもの。(23対のうちの1対は「性染色体」と呼ばれ、XとYの組み合わせで性別が決定する。)この染色体を一つひとつほどいていくと、二重のらせん構造をした「DNA」が現れる。DNAはA(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)という4種類の塩基が並んだ構造をしていて、AとT、GとCが対になって二本鎖を作っている。そしてこの塩基の並びが情報として遺伝子となっている。ヒトの場合、塩基対の数は30億で、それによって表現されている遺伝情報(遺伝子)の数は約26000と言われている。この遺伝情報全体を指して「ゲノム」と呼ばれる。

    「遺伝子は過去の人類からの貴重な遺産であることを考えると、現在の社会において生活する上での不都合を理由に次の世代に伝えないという選択をするよりは、その不都合を受け止められる社会を作るべきだという考えもある」

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