戦火のマエストロ 近衛秀麿

著者 :
  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784140816820

作品紹介・あらすじ

ナチス政権下のドイツで、タクトを振り続けた日本人指揮者Maestro Konoye-。本書は、近衛秀麿にまつわる、次の三つの「謎」に光を当てる。一、ドイツを拠点とした「音楽活動」に秘められた謎。二、ユダヤ人の救済という「人道活動」に秘められた謎。三、終戦直前、アメリカ軍捕虜となった背景に秘められた謎。音楽家は、戦火の欧州をいかに生き抜いたのか-。その波乱に満ちた壮絶な生き様が明らかになる。

感想・レビュー・書評

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  •  NHK BSのドキュメンタリ番組(2015年8月8日放送)のネタ元。というより、番組そのものの書きおこし的な一冊か。

     近衛秀麿という、大戦前夜、1940年の内閣総理大臣を務めた近衛文麿の弟の物語。「近衛家」の伝統に倣い音楽の道に進み、戦時中はナチス占領下のドイツ周辺国で演奏会を開催、その音楽活動が多くのユダヤ人の命を救ったかもしれないという謎を追う物語だ。

    “「コンセール・コノエ」は、フランス人であれユダヤ人であれ、才能ある音楽家を戦争で失わせないための「シェルター」として結成された ― それが私の持論だ。”

     と、著者であもある映像プロデューサー菅野冬樹氏は語る。

    “秀麿とカールはナチの目を誤魔化すために、「親独」を装ったオーケストラをつくる必要があった。そこでオーケストラの名称に「近衛」の名を冠したと思われる。”

     氏は、ドイツ、アメリカ、イスラエルと、各地で公文書を調べ、秀麿がユダヤ人の亡命を付ける隠れ蓑として楽団を結成し、その窓口となるべく演奏会を各地で開催したとの推測を元に、当時の欧州でのコンサートツアーの足取りを辿っていく。

     謎解きの過程もなかなか興味深いのだが、そのうち話が秀麿のドキュメンタリというより、その謎を追う菅野冬樹のドキュメンタリになってしまっている点は惜しいところ。そうでもしないと番組としての尺に及ばないということもあったのかもしれないが、

    「映像プロデューサーを目指す私の、ライフワークとなるテーマとの遭遇」

     といった著者の力み、右往左往する調査っぷりの詳細は、正直ややうっとおしい。
     結局は、現時点の調査ではすべての謎が解明されてはおらず、著者の推測で終わる部分も多いのだが、なにしろ「ライフワーク」なのだから、今後の続報を待つとしよう。

     ともかく、近衛文麿という、小澤征爾の先人(ベルリン・フィルの指揮者として)の存在を知れたことは有意義だった。

  • NHK-BSの番組がきっかけ。
    近衛秀麿のユダヤ人救済の道のりを探し出すノンフィクション。
    断片はあるものの、結びつけるまでの確定が無いのがもどかしい。
    そんな探求者のジレンマも垣間見られる。
    確かに、かの大戦の悲惨さは、明らかに出来ない事実もかなりある。
    ベルリンの壁崩壊と民主化によって明らかになるものもあるけれど、
    長い年月が経ち、当事者が多くこの世から去っ今、
    難しい作業になってしまっている。
    インターネットで情報が得やすくなったとはいえ、
    やはり“人”があらゆる面で大事なんだな、と再認識。

  • NHK交響楽団の礎を作った人。戦犯容疑者として巣鴨へ出頭する前夜、
    兄である近衛文麿と最後まで話し込み、その死を最初に発見した人。
    戦後は演奏家やオーケストラの育成に努めた音楽家。

    兄・近衛文麿に比べ、弟・秀麿に関してはこの程度の認識しかなかった。
    戦後の実績にはもれなくゴタゴタがついて回ったひとだから、お貴族様と
    して気位が高かったのかな…なんて思っていた。

    そんな私の秀麿に対する認識を変えたのが、NKH-BS1で放送された
    本書と同じタイトルの番組だった。

    テレビ番組も良かったが、本書も優れたノンフィクションだ。先の大戦中
    のほとんどを海外で過ごした秀麿の足跡を丹念に追い、アメリカ国立
    公文書館やユダヤ人団体のアーカイブ、近衛家に残された文書を
    丁寧に調べている。

    「私は世界中のオーケストラを指揮しているが、ヨーロッパのどんな
    地方都市へ出かけても、『あなたが二人目の日本人だ』と言われて
    しまう」。

    指揮者・小澤征爾氏の話なのだが、ひとりめの日本人指揮者が近衛
    秀麿である。ベルリン・フィルを指揮した初めての日本人。そして、
    第二次世界大戦下のヨーロッパ各地で音楽活動を続けていた陰で、
    秀麿にはひとつの信念があった。

    ユダヤ人弾圧が続くドイツはもとより、ヨーロッパの優れたユダヤ系
    音楽家を救出したい。「命のビザ」の杉原千畝やシンドラーのように
    多数ではないものの、自身が身を置く音楽の世界で秀麿は出来うる
    限りの手段を尽くしてユダヤ系音楽家やその家族の亡命を手助け
    していた。

    ただし、ユダヤ人世界では国外脱出については関係者の名を明かさ
    ぬことが暗黙の了解となっていた為に、秀麿に救われた人々も多くを
    語りのここしてはいない。

    そうだよな。杉原千畝の「命のビザ」だって、注目されるようになったの
    は戦後大分経ってからだものな。

    著者が秀麿の足跡を追うなかで発見した「コンセール・コノエ」。秀麿
    が戦時下で結成したオーケストラは実は音楽家たちの逃亡を助ける
    為に結成されたものではないのか。

    確たる証拠はないものの、著者が辿って来た秀麿の足跡から推察
    するに、著者のこの推測はあたっているのではいだろうかと思う。

    ユダヤ系音楽家の救出と共に、秀麿にはもう一つの謎がある。ナチス・
    ドイツ崩壊後、進駐して来たアメリカ軍に自ら投降し捕虜になっている
    ことだ。

    「自分だけ助かろうとしたのではないか」との批判もあるようなのだが、
    戦争末期、アメリカとの和平を画策していた兄・文麿からの密命を
    受けて敢えて捕虜となったのではないか。

    この説を裏付ける資料がアメリカ国立公文書館に保管されていた
    秀麿の取り調べ著書から読み解いている章は圧巻だ。特に、秀麿
    の取り調べを担当したアメリカ軍中尉と秀麿との関係が明かされる
    部分では感動さえ覚える。

    近年、音楽家としての秀麿の実績が見直されているという。ならば、
    ナチス・ドイツがヨーロッパで覇権を握ったヨーロッパで、ユダヤ人を
    救った秀麿の人道活動にももっと光が当てられてもいいのではない
    だろうか。杉原千畝のように。

    戦後、秀麿の元にユダヤ系バイオリニストからメッセージが届く。

    「私たちは、あなたの行いを決して忘れないでしょう」

    沈黙を守りながらも、秀麿が手を差し伸べた人々の胸には感謝の
    気持ちがいつまでもあったのだろう。

    余談だが、ナチのゲッベルスに睨まれ不当に拘束された時、その
    ゲッベルスに食って掛かった秀麿。思い通りにいかないことがあると
    「僕は病気だ」と言って自宅や別荘に引きこもっていた兄・文麿より
    肝が据わっていたのではないかな。

    今年、一押しの国内ノンフィクションになりそうだ。

  • 世界的なマエストロ小澤征爾は語った。「どこの国の地方都市に行ってもあなたは二人目の日本人指揮者だと言われる」

    その一人目の指揮者こそ近衛秀麿だ。

    NHK交響楽団を創設し、日本にその礎を築いた立役者。潤沢な資金で楽譜を買いまくるところはさすが名門貴族、人脈も幅広く広げ、ついには東洋人として初めてベルリンフィルでタクトを振るうという快挙も達成する。

    ここまでは貴族のお遊びと言えなくもないのだが、この後の秀麿の気骨あふれる行動がすごい。

     ナチスドイツの台頭により次第に音楽の世界にも戦時色が色濃くなる。そしてついにはユダヤ人への迫害が始まり、音楽界の重鎮たちにもその害が及ぶようになる。

     同盟国の首相の弟、その立場を秀麿は最大限に活用する。というよりは彼らを救うことができる立場にいるのは秀麿しかいなかった。
     彼は亡命の手助けをし、ナチスの目を盗んで資金の国外移送にも協力する。バレたら国外退去は免れない。でもやる。友人を助けることにためらいはない。

     テレビでは伝えていなかったが、彼はその後、楽団を率いてドイツが占領した地域を巡回する。演奏会というのは表向きで、実は演奏家やスタッフをナチスの手から逃すためのカモフラージュだったらしい。これによって多くの演奏家、演奏家に化けた一般人とその家族をナチスの手から逃した。

     命のビザの杉原千畝もすごいが、彼が戦ったのが日本の外務省とソ連だったのに対し、秀麿が戦ったのはナチスそのもの。ナチスの法律に明確に違反した犯罪行為だから、命がけだった。

     彼が救った命が果たして何人くらいなのか、その全貌はわからない。少なくともいま明らかになっている数家族なんてことはないだろう。数百、数千規模にはなるかもしれない。

     こんな信念の人がいたことは、もっと広く知らしめなくてはいけない。

  • 法政大学校歌を作曲した近衛秀麿先生の生涯のうち、作曲家として活躍したヨーロッパ時代と、ナチスへの抵抗活動に関する内容。

    高貴な家柄であるが、ガッツある活躍に感動した。

    著者の細い糸を手繰り寄せで解明するプロセスもなかなか興味深かった。

  • この夏、NHKのBS1で放映されたドキュメンタリー番組の元になった本。戦時下のヨーロッパで、指揮者・近衛秀麿がユダヤ人救済や和平工作に尽力していたという知られざる事実を発掘していく、その様子がドラマチックに描かれている。ハリウッド映画の原作になりそうではあるが、近衛が聖人のように美化されている。
    それについては、生身の近衛について触れている大野芳の『近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男』(講談社)と併読した方がいい。
    その上でのドラマ化はアリだと思う。

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著者プロフィール

1955年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。映像、音楽等の企画・制作を手がけるプロデューサー。1993年、全米映画製作者連盟のライセンスを日本人として初めて取得。マルチメディア事業の展開、コンテンツ制作など、数々の分野で活躍。1970年代後半に、作曲家・水谷川忠俊氏(近衛秀麿の三男)と知り合った後、30年以上の間、近衛秀麿についての調査・研究を海外も含め行っている。

「2017年 『近衛秀麿 亡命オーケストラの真実』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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