怠惰の美徳 (中公文庫)

著者 :
制作 : 荻原 魚雷 
  • 中央公論新社
3.82
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本棚登録 : 793
感想 : 20
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  • Amazon.co.jp ・本 (307ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784122065406

作品紹介・あらすじ

なんとか入学した大学の講義はほとんど出席せず、卒業後に新聞社を志望するも全滅。やむなく勤めた役所では毎日ぼんやり過ごして給料を得る。一日に十二時間は眠りたい。できればずっと布団にもぐりこんでいたい……。戦後派を代表する作家が、自身がどれほど怠け者か、怠け者のままどうやって生きぬいてきたのかを綴る随筆と七つの短篇を収録する文庫オリジナル編集。真面目で変でおもしろい、ユーモア溢れる作品集。

感想・レビュー・書評

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  •  昭和17年の「防波堤」以外は1947(昭和22)年から1964(昭和39)年にかけて書かれた梅崎春生の、随筆/エッセイおよび、それが小説的形態を取った作品を収めたアンソロジー。
     読んでいるとユーモアがあってなかなか笑える文章が多い。このような文章の雰囲気は、昔大好きでよく読んでいた北杜夫さんのエッセイにも通じるものがあり、やはり戦前戦時の日本文学の随筆とは違っていて、太平洋戦争から東京大空襲・敗戦を境として明らかに世代・文化の断裂が生じていたのだと改めて感じた。
     ことに「猫と蟻と犬」にはとても笑った。
     さて著者は一時期以来身体が弱く、また神経症なのか、やる気の出ず朝から晩まで横臥しつつ、悔いの気分に支配されるようなことがあって、自身は「軽鬱病ならぬ軽々鬱病ではないか」などと称している。
    「怠惰」を大切な人間性の一つとして考える梅崎は、1958(昭和33)年の時点で、受験競争に関連し、
    「この競争というやつは、とかく人間を非人間的に育てるものである。」(「あまり勉強するな」P.147)、
    「官僚というものの非人間的なつめたさ、中にひそむいやな立身主義などの一因は、その構成分子の役人たちが、学生時代に凄惨な協奏をしてきたからではないのか。」
    「青年よ、あまり勉強をするな! 勉強が過ぎると、人間でなくなる。」(P.148)
     等と書いている。この怠惰の思想はなかなか魅力的だ。度を超えて競争原理がすべてに行き渡り今では世は殺伐とし非人間的な事件が大量に起きまくっていることは確かだ。怠惰や非能率を悪として忌んできた社会倫理のもとで、人は他者に対しあまりにも非寛容で、すさんだ精神を呈している。梅崎春生も、まさか世の中がここまで酷くなるとは予想できなかったろう。

  • 【滝なんかエッサエッサと働いているようだが、眺めている分には一向変化がなく、つまり岩と岩の間から水をぶら下げているだけの話である。忙しそうに見えて、実にぼんやりと怠けているところに、言うに言われぬおもむきがある。私は滝になりたい】(文中より引用)

    何もしないことの素晴らしさを説いた表題作品を含む短編小説集。何もしない、何もしたくない人間の目に映る社会の厳しさやおかしさを見事に捉えた一冊です。著者は、海軍体験を踏まえた『桜島』で注目を集めた梅崎春生。

    なにかと心がささくれ立つニュースや出来事が多い毎日に効いてくる処方箋のような作品。肩の力をふっと抜くことのできるエッセイ調の小説の数々が、現代の心性にもピタリと当てはまっているように感じました。

    推薦作として読みましたが確かに良かった☆5つ

  • 観察力の鋭い人だなと思う。
    庭の蟻の生態とかよく見てる。同じように世の中の色んな人もよく見てる。
    それにしてもどうして「のんびりいこうよ」派はいつの時代も批判の的で、「前向いてグイグイ行くぞ」派がよしとされるのかなぁ。

  • 怠惰というものは誰にでも思い当たる節がある感情で、大抵は自分の怠惰を目の当たりにすると後悔で胸が痛くなる。私も洗濯物はすぐ干せずに同じものを何回もまわすし、図書館で借りた本を毎回延滞するというような典型的な怠惰癖を持っているが、梅崎春生の怠惰は一味違う。
    この本は自らの怠惰もしくは怠惰と共に過ごした人生や生活、思想などに思いを巡らせた随筆となっており、梅崎の人生を垣間見るようですごく面白い。
    一日中床に臥せっている日もあるし、病気で安静に秋までは酒を飲むなと医者に言われたのに、なぜか旧暦の秋から酒を飲めば良いかとなって8月初めには嗜んでしまう。でもそんなに怠惰なのにちゃっかり妻と子供がいるところもなんだか腹立つ。
    梅崎のどうしようもない面も好きだが、ところどころに戦中戦後の日本社会に対する熱を感じる文章と感情が散見されて、そこにすごく心を動かされる。
    特に、「世代の傷跡」「衰頽からの脱出」「人間回復」。これらが令和の日本社会にも通じる言説で身震いした。私の感じていた澱を綺麗に言語化してくれた短編だった。今の日本も否定したくないし歴史の全てを肯定したくはない。けれども明治維新以来の日本の近代化による成長から二度の大戦とその内の敗戦を経た日本を「未熟な完成形」と呼称した梅崎の感覚は全てが間違いでないなと納得せざるをえない。
    他はユーモアで包んだ回想や日記が多く、真剣に読むというよりクスッと笑ってしまう短編も多く、梅崎の他作品も是非とも読みたくなった。
    歴史や文化は繰り返すという。それが良い時代もあれば、傷痕をひらいて今度こそ国が滅びてしまう時もある。先人が残したその時代の感覚を今一度呼び覚ますことが今生きている私たちにとって大切なことではないだろうか。いつまでも先を生きてくれている人たちが残した声に耳を傾けるべきである。

  • がんばらない。楽していい。たっぷり休め。戦争するな。日本すごいって勘違いするな。年寄りの言うことは聞かなくていい。

    今の時代こそ、梅崎文学が必要。

  • 私には少し難しかったようで、読んでいて途中眠くなった。だけどところどころくすっと笑えたり、戦時中の話なんかは胸が苦しくなったりした。でも結局なんだかよくわからなかった。

  • 飼い猫がなくなったとき、触れる気になれず、うちから外に運ばれていくのをやり過ごすだけの話がやけに記憶に残っています。

  • 「怠惰の美徳」という表題とはところどころかけ離れたアンソロジー。

    並行して読んでたエーリッヒ・フロムの「生きるということ」とクロスオーバーする部分も。

    戦争が終わり産めよ増やせよで人口過剰になった日本で、作者は女子供を押しのけねば電車に乗り込めないと嘆く。電車に乗れなければ会社に行くこともできないから、仕方ない。
    戦争を通して感じていた―自分が生きるためなら他者をも食らう―エゴイズムにほとほと嫌気がさし、もーやめようぜと弱弱しくつぶやく。布団の中で。

    ぼくの今の気持ちにはこっちのほうが近いかもしれない。
    <自分が俗物であるという意識、どんな背徳無惨なことでもやれるという気持、これほど私を力づけてくれるものはない。>

    「百円紙幣」「防波堤」もおもしろかったし、小説も読んでみたい。「突堤にて」が気になる。

    <防波堤で殴り合った男も、日曜日の客を素人とさげすんだ男も、あるいは餌を盗んだ子供も、彼が自らの人生に打ち込むべき熱情を、他の低いものとすりかえているのだ。熱情を徒労にすることによってのみ自分を支えて生きて行かねばならぬ彼等の心情が、常に私の心を暗くして来た。>

    <自分の内部のものをむりに明確化し図式化することは、往々にしてその作家の小説をだめなものにしてしまう。むりに見積もらない方が賢明であるとも言える。自分の内部の深淵、いや、本当は深淵でなく浅い水たまりに過ぎないとしても、それをしょっちゅうかき廻し、どろどろに濁らせて、底が見えない状態に保って置く必要がある。底が見えなければ、それが深淵であるか浅い水たまりであるか、誰にも判りゃしない。自分にすら判らない。自分にも判らない程度に混沌とさせておくべきである。その混沌たる水深が、言わば作家の見栄のよりどころである。作家という職業は虚栄心あるいはうぬぼれが強烈でなければ成立しない職業であって、それらを支えているものがその深淵であり、あるいは深淵だと自分が信じているところの水たまりなのである。>

  •  随筆+短編小説集。自身を怠惰だと自嘲しているものの、著者が生きていた時代背景を考えつつ本書を通読すると、怠惰であることが許されない世相を、必死の努力で怠惰に生きていた、ということがひしひしと感じられる。若い時には西欧の芸術に遊んでおきながら晩年に俳句や擬古文に耽る先人たちを嫌悪し、「私は日本人であることよりも、人間であることに喜びを感じたいのだ」(p99)と宣言する『哀頽からの脱出』、戦時中にも居酒屋の開店待ちをする行列が出来ていたことがわかる、当時の横寺町の名物酒場であったお店の客層の描写も楽しいルポ『飯塚酒場』、怠惰であることからの著者なりの決別の過程が描かれた『防波堤』が読み応えあり。

  • 「防波堤」が特に印象に残りました。波の音が今にも聞こえてきそう。

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著者プロフィール

梅崎春生

一九一五(大正四)年福岡市生まれ。小説家。東京帝国大学国文科卒業前年の三九(昭和十四)年に処女作「風宴」を発表。大学の講義にはほとんど出席せず、卒業論文は十日ほどで一気に書き上げる。四二年陸軍に召集されて対馬重砲隊に赴くが病気のため即日帰郷。四四年には海軍に召集される。復員の直後に書き上げた『桜島』のほか『日の果て』など、戦争体験をもとに人間心理を追求し戦後派作家の代表的存在となる。『ボロ家の春秋』で直木賞、『砂時計』で新潮社文学賞、『狂い凧』で芸術選奨文部大臣賞、『幻化』で毎日出版文化賞。一九六五(昭和四十)年没。

「2022年 『カロや 愛猫作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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