ある明治人の記録 改版 - 会津人柴五郎の遺書 (中公新書 252)
- 中央公論新社 (2017年12月20日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (182ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121802521
作品紹介・あらすじ
明治維新に際し、朝敵の汚名を着せられた会津藩は、降伏後いかなる運命をたどったか。維新の裏面史を赤裸に描く回顧録。
感想・レビュー・書評
-
いくたびか筆とれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過して齢すでに八十路を越えたり。
柴五郎翁遺書冒頭の一文です
ハードSFの名作のあとにこれ、我ながら振り幅がエグいw
柴五郎とは
戊辰戦争で朝敵とされ新政府軍と戦い敗れた会津藩の生き残りであり、藩主松平容大と共に斗南藩(現在の青森県むつ市周辺)へと移住
寒冷地で極貧の生活を耐え抜き、陸軍大将にまで上り詰めた人物
清国駐留時の義和団の乱に於いて防衛戦の実質的な指揮をとり、その有能さと人柄から欧米各国からも尊敬された
そんな翁の戊辰戦争から士官学校までの半生を「遺書」という形で自ら綴ったものを編者が分かりやすく整えたのが本作です
まさに明治維新を会津の側、裏側から見た歴史的にも価値のある記録と言えます
明治を生き抜いた人が書いた文章ですので、冒頭の様にはっきり言って読みにくいんですが、なぜか非常に引き込まれました
うーん、読んでるうちにあんまり気にならなくなってるんよね
日本人の血というやつか?違うか
この明治維新の会津視点って多分初めて読んだと思うんですが、やっぱり新鮮でした
歴史を振り返るときは勝者からの視点だけでは足りないよねって感じました
かなりひどいことしてます、薩長
そして西南戦争で西郷隆盛が自害し、時を置かず大久保利通が暗殺されると「芋征伐仰せ出されたりと聞く、めでたし、めでたし」と喜んだというから、やはり恨み骨髄だったんでしょうな
歴史というのは時々の為政者つまり勝者によって都合良く記されていくというのは歴史の必然でもあるのだなぁとあらためて感じた一冊でした -
1971年の初版から改版も含めると60版になる、このようなロングセラーがあることを知らなかった。柴五郎は、会津藩士の子として生まれ、10歳の時に戊辰戦争が起こった。父や兄たちは戦場に向かった。そして祖母・母・姉妹(妹は7歳!)等は、会津の籠城戦前に自刃している。五郎は家系を残すため、それとは知らされず親戚に預けられていた。
戊辰戦争の終結後、会津藩のみ処罰的ともいえる現在の青森県への移封がなされる。実際は流刑ともいうべきもので、生活は辛酸を極めた。「野垂れ死に」を期待するかのように。しかし武士の意地で、薩長を見返すために生きた。犬の肉を無理やり飲み下すというくだりでは、望月三起也「ワイルド7」で、飛葉が小便まみれの腐った肉を食うシーンを思い起こした。目的があるなら、何としてでも生きるのだ。
そして現代と違って「自己責任」で片づけない、困窮している人がいれば助けるのを是とする人たちの支援で、陸原幼年学校に入学を果たす。長州閥が幅を利かす陸軍で閑職に補されることもあったが、最後は大将まで昇進する。晩年、「近頃の軍人は、すぐ鉄砲を撃ちたがる、国の運命を賭ける戦というのは、そのようなものではない」と語っていた。昭和17年秋には既に「この戦争は負けです」とも。昭和20年12月没、享年87歳。 -
メチャクチャ面白かったし、現代の自分の生活の幸福を感じる事ができた。そして祖先に誇りを持つ事ができた。とても感動した。全ての日本人に読んでほしい。
-
僕にとって格別な一冊になりました。
常日頃、
大切なことは得手して伝わらない、
と痛感していますが、
これほどの偉人と、それが形成された背景(歴史)を知らないことは日本人にとって、
元来の日本持ちうる理想を逸しているようで、
今回、柴五郎翁を知れた喜びと同時に、少し残念な気持ちする抱きました。
兎にも角にも、僕の憧れの人に出会えた気持ち。 -
幕末のことはほとんど知らないし、そこまで興味もない。なんのきっかけでこの本を知ったのかも忘れた。ただ、壮絶な環境を生き抜いた人の記録という点に興味を持った。
自分自身いろいろ辛いことがあるが、他の人に比べれば、自分はまだまだ甘いのだろうと思っていた。実際読んで、さぞ大変だったろうと想像する。そんな言葉さえぬるいかもしれないが。家族が自害する、飢えと寒さに耐え犬肉さえ食べる、武士の子でありながら様々な人に下僕同然に仕える。その屈辱感は、計り知れない。それでも懸命に生き抜く。いつかは春が来る、生きて薩長に一矢報いると言い聞かせて。
これだけの強さが自分にあるかどうか自信はない。振り返れば、自分には必死さがないのかもしれない。今日食べるものに困るとか、寒さを凌ぐことに苦労するとか、そういう差し迫った危機に直面していない。だから弱い、甘い。苦労が足りない。と同時に恵まれてもいる。今あるものに感謝し、苦労をいとわず生きることが大切だと感じた。 -
「名著、刷新!」ということで復刻されたものです。会津の柴五郎氏の遺書を第一部に、その後や解説を第二部にまとめています(第一部は文語体ですが、徐々に慣れて読みやすくなります)。
「西郷どん」に見られるようないわゆる薩長からの視点ではなく、反対側に立った会津の視点がよくわかります。かつては京都や幕府を守り、ロシアと事が起これば駆けつけながら、最後には朝敵・賊軍と呼ばれるようになった会津。そのため、塗炭の苦しみを味わった柴五郎氏(後に陸軍大将)の真情の吐露は、旧来の歴史観だけに固まってはいけないのだと思わせます。
西南戦争での政府軍の派遣にあたっては、「芋(薩摩)征伐仰せ出されたりと聞く、めでたし、めでたし」と日記に記し、西郷・大久保ともに去ったあとには、「両雄非業の最期を遂げたるを当然の帰結なりと断じて喜べり」と書き残しています。
明治150年も、会津地方などに配慮して、戊辰150年とも呼ぶそうですが、150年たっても人々の記憶に残るのはさもあらんと思う次第です。
歴史を見る上では、さまざまの立場への目配り、心配りが必要なのだと、しみじみ感じさせる一品です。 -
心に深くしみる名作。武士の誇り高さを感じるとともに、この精神性を失ってしまった日本を見て、果たして維新は本当に良い選択だったのかと、疑問に思う。
厳しさの中にも、深い愛情がある柴家。苦境の中でも家族や仲間を思いやる場面は、涙なくしては読めない。
歴史は常に勝者の側から書かれていることを思い知らされた。維新の歴史は、薩長の活躍ばかり描かれているため、会津藩は旧体制にしがみつく抵抗勢力だと誤解していた。
本作は、古い文体で書かれているが、文体に慣れていなくても、音読すると、読みやすい。
また、柴翁の幼少期の回顧録として書かれており、所々に、翁幼少期の可愛らしいエピソードが盛り込まれているため、読んでいて飽きることがない。
日本人として読んでおきたい一冊だ。 -
ある明治人の記録と言うことだが無名な方ではなく会津藩出身の元陸軍大将、軍事参議官などを務めた方の物語である。ただしこの方の生き方や生き様、若い頃の苦労は涙なくしては語れないほどの刻苦精励さ、隠忍不抜、臥薪嘗胆といった内容が、その単語を使わずとも滲み出ている日記録である。若い頃のとてつもない苦労と誠実さが文面より溢れ出ている書籍であり、本来公にするものではない日記録であった。これは当時の柴五郎と言う方の直筆の記録であり江戸幕府から討幕、維新を迎える頃の会津藩出身の一武士の物語である。
最終的には日本にとって莫大な功績を残した人物と言えるのですがほぼ知られていないのが、悲しい所です。日本の歴史の中で偉大な人として称賛に値される方でしょう。 -
明治維新の際、汚名を着せられた会津藩は過酷な処罰を受けた。会津藩士の子として生まれた柴五郎の苦難の少年時代の思い出を遺した記録である。
「いったい、歴史というものは誰が演じ、誰が作ったものであろうか」過酷な処罰事件が今日まで伝えられずにいたことを、驚きと不安を感じ、歴史というものに対する疑惑、歴史を左右する闇の力に恐怖を感ずるのである。
歴史は勝者が語り継ぐものである。敗者からの目線は抜け落ち歪曲されて作られている。歴史だけでなく、今、受け取っているメディアからの情報も同じことが言えるのではないだろうか。
会津は山深い。
戊辰戦争(会津戦争)は色々と言われておりますが、どちらが言ってることが正しいのか?というと難しいよね
ただちょっとやそ...
戊辰戦争(会津戦争)は色々と言われておりますが、どちらが言ってることが正しいのか?というと難しいよね
ただちょっとやそっとのことでこんなに怨み残る?とは思うわね
戊辰戦争(会津戦争)は色々と言われておりますが、どちらが言ってることが正しいのか?というと難しいよね
ただちょっとやそ...
戊辰戦争(会津戦争)は色々と言われておりますが、どちらが言ってることが正しいのか?というと難しいよね
ただちょっとやそっとのことでこんなに怨み残る?とは思うわね