中国の行動原理-国内潮流が決める国際関係 (中公新書)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784121025685

作品紹介・あらすじ

世界各国と軋轢を起こす中国。その特異な言動は、米国に代わる新しい国際秩序への野心、国益追求、さらには中華思想だけでは理解できない。本書は、毛沢東・鄧小平から習近平までの指導者の意志、民族の家族観、秩序意識、イデオロギーの変遷、キメラ経済、政治システムなどから、現代中国の統治の中心にある中国共産党の行動原理について明らかにする。彼らはどのような意図、ルールのもと、国家を動かしているのかを描く。

感想・レビュー・書評

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  • 隣の国だけど、実はあまり中国の政治制度など詳しい事は理解していなかったので、勉強になった。

    中国は家庭でも職場でも家父長が絶大なる権力を握っていて、構成員それぞれが個々に家父長と契約している為、構成員同士が協力し合う事は珍しいとの事。
    家父長の力が強ければ統率が取れて、優れた集団として機能するけど、家父長の力が弱くなると裏切りが起きたりする。また家父長の言うことに従っておけば事が進むので、構成員達は自分達でモノを考えて行動する事が希薄になってしまうデメリットがあるなどなど。

    日本と似てる部分もあるけど、違いも多い。

  • 新書一冊とは思えない豊富な内容の一冊。

    まず中国人の伝統的家族制度(外婚制共同体家族)に由来する行動原理の解説。家族は家父長が一元的な権力があるが男子兄弟間には差が無い。相続は男子兄弟が均等に受け、代替わりで「家」は分解し、兄弟がそれぞれ「家父長」となる。

    この行動原理下では家族メンバーは常に「家父長」の意図をさぐり「流れを読む」競争を行なう。

    この原理を前提に中国共産党創立時、文革、鄧小平時代、胡錦涛時代、習近平時代が解説されていてミニ中国現代史にもなっている。

    最後の2章は具体的な二つの政治行政組織のこの20年ぐらいの動きのケーススタディ。一つは地方政府の一つとして「広西チワン族自治区」(かつての広西省、広東省の西側)。もう一つは最近話題の中国海警局の前身である「国家海洋局」。

    南沙諸島や尖閣諸島の問題は元々は弱小官庁だった「海洋局」の点数稼ぎみたいなところがあり、共産党トップの意思ではかならずしもなく、軍事、外交部署と整合がとれていなく周辺諸国と摩擦が増えた。習近平はこの組織を解体再編して軍の一部である「海警局」に改組して、みずから掌握した。

    この本は2018年に大体書かれたと思うので、現在の米中関係悪化やコロナについては当然書かれていないが、現状理解の参考になる。

    著者による最近の状況についてのインタビューが下記に。

    https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/114077.html

    最後の「著者あとがき」の家族史の話も面白いです。

  • 一見我々にはとても不思議に見える中国の外交政策について、たんなる中国脅威論とかに依るのではなく、その社会システム•国内態勢から深く考察したとても面白い本でした。

    以下、メモ。

    現代中国人が持つ3つの世界観
    •中華帝国の喪失感
    •強烈なリアリズム
    •中国共産党内の組織慣習

    中国人は安全保障フリークが多く、『誰が強いか』という視点に基づいて国際関係を議論することが多い。

    中国は結局力による服従ではなく、心の服従「成し遂げたい。

    中国がいま海洋権益に強烈なこだわりを見せるのは、昔欧米列強から、陸ではなく海を通じて蹂躙された苦い経験があるから。

    中国国内の共産党の正当性を高めるため、国際圧力に耐えながら人類の明るい未来のために戦う共産党というイメージを作り出す。

    ボスと部下は家父長制のような形。部下の間の関係はフラットで、ボスは我々のイメージとは違って『怒らせたら怖い人。言うことを聞かせる人。』その関係を見ながら動くため、時に私たちには風見鶏のように映る。従って、組織官の自主的な調整機能がない。

    鄧小平は自らの遺灰を空からまく徹底ぶり。しかし彼は筋金入りの共産主義者?あくまで党を守るために人民への党への支持を守るために、市場経済を選んだ。

    中国では世論は人民が自然に持つものではなく、共産党が動かすもの。

    胡錦濤は弱腰だったため、部下に自由を与えて力を維持しようとした。その結果凝集力が弱まりバラバラな行動に。習近平はその反省。生命力とやる気に富み、実力のある家父長ほど、自分の子供たちを抑え込む。部下たちの行動に流されるのを予防しようとしている。ある種のオンポがおきている。急進化しないから。

    中国は対外政策で常にバランスを重視。18年の日中関係改善がその大きな例。

  • 中国関係で読んだ本で一番面白かった。特に、家族観(家父長が強く子供は平等)という古くからの家族制度が中国・ロシアといった強権的な国家体制と関連があり、家父長に権力が集中し、その程度によって子供たちの振る舞いが変わってくる。強ければ従うし、弱ければバラバラになり、死にそうならその後に向けて遠心力が働く。

    こうした分析を前提として、中国の国際関係の基本は国内体制であり、国内でのサバイバルのために国外関係は影響されたり、りようされたりする。中央が弱ければ地方発の取り組みが強まり、強ければ中央統制型の仕事ぶりとなる。具体例としての広西チワン族自治区や国家海洋局のケーススタディも具体的なプレイヤーの意図や動きが手にとるようにわかって面白かった。

    最後に、習近平の間は、強いリーダーシップの下、子供たちは統制に服し、跳ねっ返りみたいな行動には出づらい。但し、習近平の肉体的寿命が来た時、自由に行動できず潜在的に溜まっている不満がどう爆発するか。そこに潜在的な危機がある。

  • 中国の専門家による、中国という国の行動原理について考えを述べたもの。今まで研究してきた中国共産党の歴史をベースに、エマニエル・ドットの主張する「外婚制共同体家族」という特徴を重ね合わせ、中国という国の仕組みを解き明かしている。中国人の知り合いも多いようで、彼らからの情報も説得力を高めている。論理的でとても勉強になる、素晴らしい一冊であった。面白い。

    「近代の国際関係システムの特徴は、各国にそれぞれ主権があり、それらに超越する政府が存在しないこと、つまり世界大にみれば無政府状態(アナーキー)であることとされる。その中では、各国は身を守るために他の権威にすがることができない。自国の国力の限界をしっかり認識しながら、頼るもののない国際関係のなかサバイバルしていかねばならない。このような認識から、国際関係論のリアリズムは、バランス・オブ・パワーと呼ばれる国家間の力の構造が、国家の対外行動に与える影響を重視してきた。各国は、近隣の国家間の力関係を見ながら、大国は大国なりに国力の増強に励み、小国は小国なりに生き残りを図っていく、という考え方である」p1
    「ネオ・リアリズムによれば、大国は大国であるがゆえに利己的な行動を許され、それよりも弱い小国は、別の力強い国と手を結ばない限りその大国の意向に制約され続ける」p3
    「東アジアでは、中華帝国を中心に2000年も続いてきた階層的、重層的な国際秩序が、列強の圧力であっという間に解体され、新たな秩序に組み変わった。この秩序転換は相当乱暴だったため、中国にとってきわめて不可解な、大きな不満の残る結果となった。今日、中国をめぐる民族問題、領土問題の多くは、当時の荒治療の後遺症という側面が大きい」p23
    「中華帝国が復活すべきと唱える中国人はまずいない。彼らの不満は、自分たちの間では主権平等を掲げた欧米列強(さらには日本)が、アジア人であった中国を不平等に扱って侵略し、中国人に「百年の国恥」を舐めさせた、という点に集中する。だから中国にとって内政不干渉は絶対的原則であり、多くの中国人はかつての列強のような行動を諸外国に二度と許してはならない、と固く信じている。いわゆる中華思想による対外膨張は、この原則と完全に逆行する」p24
    「小国が中国の意向に沿わない態度をとったと判断すれば、中国は懲罰行動を躊躇しない」p26
    「中国は自国の周辺地域に、共同体家族のような、少なくとも表面的には穏やかな仲睦まじい世界が構築されることを期待し、そのなかで自国を権威ある家父長と位置付けたがる。それが多くの中国人にとって、自国の歴史的「あるべき姿」なのである。自分をアジアの最高位の国家と考えるからこそ、中国は対外的なメンツを重視し、自国が尊重されていないと見なせばすぐに制裁行動を繰り返す、とも考えられる。ただしこの点は、近隣国に対する無自覚な見下しと表裏一体である。中国は自国を伝統的なアジア秩序の中心地と見なすため、近隣国の文化や歴史を無意識のうちに軽んじ、それらの地域の独自の発展経験を尊重しない傾向がある」p30
    「西側国際関係論でリアリズムの祖とされるのは、17世紀にイギリスで活躍したホッブズだ。彼は人間の自然状態を「万人の万人に対する闘争」と捉え、個々の人間の行動には、サバイバルできるかという恐怖が最も重要な役割を果たすと指摘した。人間の自然状態は無秩序状態なので、それを回避するためには、人は国家と契約関係を結び、一国の中で秩序を達成し、個人の自由をある程度犠牲にして生存の恐怖から脱したと、ホッブズは指摘する。だが、今日の国際関係には国家を超えた世界政府がまだ存在していない。ホッブズは、各国は自分のサバイバルのために国力の増強を図り、自国の力が足りないとなれば他の国との同盟などを考慮すると考える」p34
    「中国人にとって、すべての人間にとってのサバイバルの重要性は当たり前すぎる。むしろ天下統一を実現しようとする戦略家は、その次の高みに立って物事を考えるべきだ。すなわち、自国を奇策によって陥れよう、呑み込もうという強大な敵の陰謀を巧みに察知しながら、時代の大きな潮流を読み、敵の裏をかいて、自国の勢力を拡大していかねばならない」p35
    「中国の戦略家は、次のように考える。理想の国家を打ち立てようとする自分に必要なのは、性悪説に基づく徹底的な警戒心である。なにしろ敵は、わが勢力を吸収し天下を狙おうと、常日頃から陰謀を企てている勢力である。戦いに負ければ、自分だけでなく一族すべてが根絶やしにされる。それを防ぐために、自らは聡明な判断で敵の罠を読み解き、あらゆる可能性と油断なく戦っていかねばならない。こうした世界観の中では、「国家」の枠自体が重層的かつ流動的なので、ホッブズの想定と異なり、自国内でも安堵できる空間はない」p36
    「明るい未来を描くには、多くの人が納得するくらい国際的に影響力のある誰かを、潜在的な悪役として指名しなければならない」p48
    「米国が中国の近隣国との同盟関係を解消して域内から手を引き、日本が弱体化し、ロシアやインドが台頭しないままでいるのが中国にとっての理想である。中国が周辺地域で明確に最高位のポジションを維持することができれば、中国の不安感はほぼ解消される、といってよかろう」p58
    「中国国内のサバイバル競争は、国際社会におけるそれよりもずっと厳しい」p60
    「(中国の)外婚制共同体家族では、父親は家族に対して強い権威を持つ。他方、相続では、男兄弟は平等な扱いを受け、1人の息子(日本では長男)が家全体の財産を受け継ぐことはない。息子たちは結婚後も両親と同居し、家族は父の強い権威の下に、横に大きく広がる共同体となる。新たな配偶者は常に共同体の外からやってくる。(エマニエル・)トッドによれば、この外婚制共同体家族の形態は、ロシア、ユーゴスラビア、スロバキア、ブルガリア、ハンガリー、フィンランド、アルバニア、イタリア中部、中国、ベトナム、キューバ、インド北部などにある。興味深いことに、これらはいずれも共産主義革命が成功した地域か、共産党が大きな政治勢力を持った地域である。トッドは、外婚制共同体家族をとってきた地域で共産党への支持率が明らかに高いことを、豊富な統計データで実証してもいる」p64
    「共産主義は、封建的な家父長制を厳しく批判し、革命によって伝統的社会を取り壊したはずだった。しかし実際には、革命は父親の権威を排除する代わり、共産党や政治警察の権威を社会の頂点に植え付けた」p64
    「中国人の組織では、ボスと部下たちは基本的に一対一の権威関係で結ばれている。部下たちの関係はほぼフラットで、互いに独立し、協力することもあまりない。むしろボスに認めてもらうという目的の前で、彼らは潜在的な競争関係にある」p72
    「従業員同士の関係は、年齢の上下に関係なく比較的平等である。あくまでボスとの個人的な関係性が重要なのだ。その一方、従業員同士がボスに命じられた持ち場を超えて助け合うこともほとんどない。それは彼らの間の関係が悪いのではなく、相手のテリトリーに干渉することが、ボスに認められた相手の立場や能力を尊重していないことを意味し、マナー違反になるからである」p73
    「中国型の組織では、ボトムアップの解決に期待できない。同じ世代の息子同士は互いに内政不干渉だからだ」p73
    「こうした秩序のあり方は、場合によってはより深刻な問題を招く。中国の従業員たちは、善意ある人間であれば、たとえ組織の中で問題を見つけても、自分の持ち場と関係なければマナーとして見て見ぬふりをする。もし自分の持ち場で問題が発生し、ボスがまだそれに気づいていない場合は、従業員はなんとか取り繕うか、それがどうしても無理ならボスを怒らせないように問題の存在を慎重に報告する」p74
    「中国型の組織が成功し成長するには、万能で、あらゆる物事に目配りがきき、息子たちの長所短所を使い分けて、初めから問題が起きないような人材配置を行い、みんなに畏怖され尊重される強面(こわもて)のボスが欠かせない。ボスがしっかりしていなければ、そもそも組織が組織として機能しないのだ。だから、ボスが風邪をひいて寝込めば重要な決定は下せないし、ボスの寿命が組織の寿命となる可能性も高い。つまり中国人が作る組織が機能するためには、最高指導者の威厳と能力と健康状態がきわめて重要なのである」p75
    「最高指導者となった鄧小平が問題を認識し、積極的な解決に乗り出して初めて、中国の対外政策はようやく一元化の方向に乗り出すことができた」p131
    「鄧小平は、対外政策に限らず、毛沢東時代の混乱の根本的な原因が毛沢東への個人崇拝の強化にあったことを熟知していた。彼は集団指導体制を堅持すべきと強調し、さまざまな不満はあっても、経済に詳しく党内の尊敬を受けていた陳雲と、党の指導権を分け合った。鄧小平は党内に自らを称賛する言動を禁じ、個人崇拝が起きないよう、死後、自分の遺灰は空から撒く徹底ぶりだった」p131
    「筋金入りの共産主義者だった鄧小平の市場経済導入は、あくまで党を守るため、具体的には壊滅的な状態にあった人民の党への支持を回復するためだった。鄧小平にとって経済は政治に隷属するものであり、党の統治継続のツールが市場経済だった」p142
    「第二次天安門事件でも、鄧小平は民主化を求める学生や市民を軍隊を用いて排除し、数百人の死者を出させた。また鄧小平はその過程で、自分が選び出した胡耀邦と趙紫陽という2人の総書記を、党内の路線対立を収束させるために相次いで切り捨て、失脚させた。党の統治を維持するための鄧小平の行動は、一貫してきわめて冷徹だった」p142
    「中国の国内政治は決して軽い存在ではない。中国では、国内政治の潮流に逆らったり、疑問を持ったりすると自らが苦しくなる。思考を止めて長いものに巻かれ、カネを稼ぎ生活を楽しみ、党の潮流に流されておくのが最も精神的なコストパフォーマンスがよい。中国で楽に生きるコツは、政治に従順に、愚昧な民になることである」p163
    「中国の海洋専門家たちは、尖閣諸島の領有権主張について上部から言うなと制約された後も、大陸棚権益の確保という観点から、大陸棚の上に乗る尖閣諸島に関心を寄せ続けたようなのである」p228
    「国家海洋局から見れば、無人島の多くは長い間「誰も管理していない状態に置かれ」、「一部の島嶼の主張は激しい侵犯を」受けていた。その対策のため、立法措置による行政管理の開始、島への定期パトロールの実施、開発利用の許認可制度の立ち上げ、島および周辺海域の資源開発の長期計画の策定などが提起された。また沿岸部・管轄海域についても、海洋権益、海洋資源、海洋環境の保全の観点から、海洋法制の構築と海上法執行の強化、全国的な海洋総合管理体制と部門間の協調メカニズムの構築などが提唱された。国家海洋局はその後、この『中国海洋21世紀議程』に依拠しながら海洋政策を進めることになる」p231
    「穏健派で人の意見によく耳を傾けた胡錦涛政権は、国内世論や軍に押され、中国の係争海域での海上法執行実施にゴーサインを出した。それまで日の当たらない存在だった国家海洋局は、海洋問題の専門家集団として時代の波に乗り、中国の国内政治のなかで存在感を急拡大していく。2005年1月、国家海洋局が中国海監船の第2期建設プロジェクトを申請すると、翌年9月にはスムーズに国家発展改革委員会の承認が下り、海監船7隻、航空機3機の新造が決まった」p244
    「国家海洋局にとって、国内政治を利用して存在感を急上昇させた代償は高かった。再び国際協調に舵を切った指導部は、中国の信用を傷つけた国家海洋局の「罪状」をあらためて認識することとなった」p266
    「中国共産党の問題処理能力は、好き嫌いを別として相当高い」p269
    「これまで中国の組織については、組織間の連携、特に国家系統と軍系統のそれがきわめて弱く、行動がちぐはぐで指導者の意図が推し測りにくい、という弱点が指摘されてきた。特に海洋問題では、その状態が対外的な衝突のリスクを高めているとすら懸念されていたのである。しかし習近平は、こうした問題に正面から向き合い、「部下たちの勝手な行動で、党中央が流される」状況を未然に防ごうとしている。そのために、中国の高級幹部はほぼ全員が党員という事情を利用し、党の機能強化によって組織間協調を図り、全体の一体性を高めようとする。これは民主主義国の基準では、中国共産党の一党独裁を強化し、正式な国家制度を骨抜きにする悪質な改革であろう。しかし、中国共産党の永続的な領導が前提となる中国では、実際問題に対処する有効な手段と言える」p274
    「西側からすれば、中国は自分たちの自由経済を不公正な形で活用し、自己利益の拡大に励んでいると見える。しかし習近平としては、自分は自由貿易を推進し、民営企業を国としてしっかり支えているのに、西側はなんの不満を並べているのだ、ということになる。中国は自由主義経済の意義に共鳴して市場経済を採用したのではなく、それを政権維持のため便宜的に活用してきたのだが、優先順位の差は表面的には見えにくく、議論のペースが噛み合わない」p281
    「米中貿易摩擦はこの火に油を注いでいる。トランプ米大統領が仕掛けた関税戦は、中国国内で経済的な混乱が広がる中で、中国の人々の一体感を高める作用を生んでいる。習近平政権は知的財産権の保護や外資の受け入れ制限の縮小など、米国の要求をかなり受け入れ、対話継続の姿勢を示してきた。しかし、中国では米国のやり方への批判が急速に高まっており、逆に中国当局の経済政策を擁護する声が増えている。米中経済摩擦によって、習近平の権威は強化され、中国経済は自由主義からより遠ざかっていく可能性が高い」p281
    「「ポスト習近平」問題は、中国社会にとってきわめて大きなチャレンジであるとともに、中国台頭時代の国際秩序のあり方を左右する重要な変数でもある」p284

  • 中国共産党の体制について

  • 多くの中国人は、近隣国が中国の文化にひれ伏して朝貢してきたと信じている。そして道徳的な優位性や文化の力によって世界からリスペクトされたいと言う願望が強い。経済力や軍事力によって大国の地位を得ることは、中国人にとって十分ではない。

    中国人の世界観では陰謀論がきわめて強い。そして中国共産党は人類の明るい未来「和諧世界」実現のための崇高な任務を負っているということになるのだが70年経っても国内に多くの問題点があるとすれば理論上、「人類の不満」の主な源を国際情勢に求めざるを得ない。

    尖閣諸島秋の漁船衝突に端を発する日本に対するレアアースの禁輸やTHAAD配備に対する韓国への不買運動など中国はそれが制裁だったとは認めていないが近隣国は中国の意に沿った行動をとるべきとの考えが強まっている可能性は否定できない。この辺りの感覚は親日的な中国人でもアメリカの陰謀説を唱えたりするので自分たちがどう見られているかに無自覚なのだろう。

    中国社会の組織は伝統的な家父長制、強い権威を持つ父親と平等な兄弟という構造を持っている。これは政府にも会社にも共通する。共産党中央が親で党と軍と国家行政系統が兄弟に当たるが兄弟間では組織的な協力関係はなくそれぞれが親の権威に従う。胡錦濤政権では家父長の力が弱いと見られたため軍の突き上げに合い対外関係はむしろ緊張した。弱い家父長の下では兄弟達は自分たちの利益確保に走る。これは会社でも同じことが起こる。中国のリーダーとは恐れられ嫌われる存在なのだ。そして強い権威に対しては忖度が兄弟達の行動を決める原理となる。

    2017年ダボス会議の基調講演で習近平は「グローバルで自由な貿易と投資を発展させ、開放性のなかで貿易と投資の自由化と簡便化を進め、保護主義反対の旗を鮮明に掲げていく」「中国の発展は世界のチャンスだということ、そして中国は経済グローバル化の受益者であり、さらにそれに貢献する存在だということだ。」中国共産党の最大のオリジナリティは、共産党の名前を掲げながら計画経済をあきらめ、自由主義経済ー彼らの伝統的な呼び方では資本主義経済ーに走ったことであろう。習近平は強い権威で国内を押さえて、国際的に尊敬される存在を目指している。真面目にだ。恐れられ嫌われることと尊敬されることは中国の組織では両立する。近隣国が中国をおそれ嫌うのは尊敬される過程ということになってしまう。

    習近平体制は相当長期に続く可能性はあるが、強力な家父長を失ったあと中国社会は必ず拡散の方向に向かう。そして何がどうなるかだ。

  • 中国びいき?の著者なのでそこまで中国に厳しい論調ではないが、共産党体制維持のために対外政策が歪曲されるかの国の状況に対しては批判的。

    本邦と違い横の連携が取られないというかの国で、近年やりたい放題にも見える海警局が政治の犠牲になったという指摘は興味深い。

    2018年発行だが、直近の習近平一強体制を反映した著者の観察にも触れてみたい。

  •  他国はこんな国だと評価する際、私たちはどれだけ確固たる根拠に基づいて考えられているか。私たちがある国に関して持っている情報がどれ恣意的な操作と選択をされてきたかのか。
    そういう想像をさせてくれる本だった。
     何かを「判断」する前に「理解」が必要だというのは当たり前のようであると同時に詭弁にも聞こえる。なぜなら、国と国との関係という複雑な事象においてはそれを完全に理解することなどほとんど不可能だからだ。また、個々人が他国に関して専門家レベルの理解を持たなければなんらかの判断を下してはいけないわけではないから、理解が必ずしも必要かと言えばそうではないと言える。実際にこの日本には、事実をもとに他国の状態をある程度理解できている人もいれば、ほとんど正確な情報を持たずに国の名前を見ただけで全てを否定する人もいる。だがそのどちらも主権を持った1人の有権者で、両者の一票の価値は等しい。(ちなみに、ここでいう理解というのは譲歩のニュアンスを含んだ言葉ではない。事実に基づいた情報があるかないかという話である)
     法的な観点からいえば、私たちに他国を理解する義務は全くない。しかし知ろうとするならば適切な情報を得ることができ、その情報は短絡的な判断を阻止する。私は相手を知った上で判断するか知らないで判断するかなら、前者の方がいいと思っている。
     だからこそ私は筆者の本を手に取り、中国という国を知ろうと試みた。本書はそれに大きく資するものであったばかりか、ひとつの読み物として上質であった。何度も読み返すたび何度も興味深い。

  • 構成がよく、全体を通した筆者の論旨が明確。

    1・2章では総論として、中華人民共和国の革命政権としての性格や、党・軍・国の3系統の分立などを説く。ここが筆者の主張の核になる部分で、タイトルにもある「中国の行動原理」が示されている。
    特にエマニュエル・トッドの家族人類学に基づく考察は興味深かった。中国人の家族形態は外婚性共同体家族にあたり、家父長の権限が強い一方で息子間の連帯は希薄になる。このことがトップダウン型の組織秩序や、「潮流を読む」ことの重視といった中国社会の特徴を生み出している、とのこと。

    続く3・4章は革命以降の政治史。ここは読んでいて単調に感じる面もあるが、まあこれは仕方がないだろう。鄧小平あたりは割と面白かった。

    5・6章はケーススタディで、5章は広西チワン族自治区と「一帯一路」、6章は国家海洋局の主導による海洋問題の拡大を取り上げる。5章は成功例、6章は失敗例として扱われている。
    いずれの事例にも1・2章の原理のはたらきが見受けられて興味深い。中国ほどの大国の外交態度が実際には地方政府やいち部局いかんで決定されることもあるのは新鮮だった。

    全体を通して、各章の役割や説明したいことが明確で、よく構成された授業を受け通したような気分になれる。単なる通史に終わらずダイナミックな理論の展開があり、こういう読書を続けていきたい、と思えるような一冊。
    あとがきから伺える筆者の人となりも好印象でした。

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著者プロフィール

九州大学大学院比較社会文化研究院准教授

「2017年 『中国外交史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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