- Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
- / ISBN・EAN: 9784120055492
作品紹介・あらすじ
1989年6月4日―。強権独裁「習近平中国」のルーツはここにある。日本の外交官たちはその日、「人民の流血」をいとわない中国共産党の本質を見抜くべきだった。「今孤立させると排外的になる。いずれ民主化する」。計3・6兆円の援助を注ぎ込んだ日本政府は皮肉にも中国を排外的な「モンスター」に変えてしまった。
建国以来最大の危機だった天安門事件を通じて「強国」となった中国。その背景には、中国共産党と裏で手を握る米国、実利優先の欧州、常に米中の「呪縛」から逃れられない日本の存在があった。ウクライナ戦争・台湾有事で中国はどう動くか。その答えは、33年前の極秘記録にある。日本はどうすべきか。歴史の教訓を読み解く。
日中国交正常化50年の節目に一石を投じる渾身のドキュメント。
■序章 「歴史の分かれ目」の対中外交
■第一章 北京戒厳令の極秘記録
■第二章「六四」は必然だった
■第三章 外務省の「無策」
■第四章 北京「内戦」下の日本人
■第五章 日本にとって「望ましい中国像
■第六章 米中は裏でつながっていた
■第七章 日本の「敵」は米欧
感想・レビュー・書評
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外交とは歴史を相手にする仕事であると実感。
天安門は日本の対中姿勢、外交の誤りの始まりだったのだろうか。題名から明らかなとおり、筆者は「失敗」と位置付ける。しかし結論ありきな筆の進め方と思わざるをえない箇所も多い。
確かにコミットメント政策は失敗にきしたのかもしれない。しかしそれは日本単独の失敗だったのか。また、他に何ができたのか?ずっと対中強硬で制裁をし続けることが正解だったのか?中国で経済的利益を得たのも事実ではなかったのか。日本だけが、対中ハードな道を一人歩み続けることが、果たして現実的にとりうる政策だったと言えるのか?
弱い中国は脅威。ギャングアップしても中国を追いやるだけ。今回の中国の行動は遺憾なるも、我が国にとり、中国の理想像を考え、諦めずに突き放さずに、それに近づけるよう寄り添って諭すというアプローチや、栗山ペーパーのとく「大局」は、今から見れば失敗に期したのは明らか、という姿勢で検証されてしまうのは不公平だと思う。そもそも政界、財界、世論にも戦争の負い目があった。そうした文脈を全く踏まえないで、媚中外交と批判するのはフェアではないだろう。
米国が頭ごなしに中国にアプローチしていたこと、それが判明したことで、却って日本の対中外交の自由度が増すというのは、国交正常化の際にも見られた既視感ある風景という指摘は面白かった。
しかし本当に欧米よりも日本の方が中国に通じているという指摘は事実だと思う。彼らの方が常に正解をいっているかと言われれば、それは違うと思う。
面白い読み物ではあったが、アンフェアと思う点が多々あり疑問無しとしない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
公開された、天安門事件をめぐる日本の外交文書に基づく分析。
日本は、RPCの孤立を避けることを最優先に動いた。
ある意味、日本が自らの意思で世界を動かした事例であるのだが、米国がさらにその裏で動いていることを知らなかった間抜けさ。
もあるのだが、まあ頑張った。
1番の問題は、相手が、RPCだったってことだな。
感謝もしなければ、謙虚にもならない。
ただの成功体験。
結局、全て彼らに利するままに動いたことになった。
で、結局現在どうなったのか。
ちゃんと分析して活かせと言っても、もう、どっぷり首根っこ掴まされてるからどうしようもないんだろうね。
本当に、この時がチャンスだった気がする。
本の内容に、迫力はある。 -
天安門事件当時の日本の外交文書と関係者インタビューから、現場と東京の動きを詳細に見る。
まず、1980年代後半の学生運動の盛り上がりから、著者は事件は「必然」だった、とする。運動を間近に見ていた、又は事件前後に情報収集や邦人保護に奔走した現場外交官たちの記録は生々しい。
一方で東京の政務含む外交政策決定者たちは、強硬な態度には躊躇。経済界も「人権よりビジネス」。直後のサミットでは欧米相手に宣言案の厳しい調整を行う。ただ米は、大統領が中国をよく知るブッシュだったという理由は大きいだろうが、密使を送るなど実は米中は裏で繋がっていた。また事件後の対中経済協力は、むしろ欧米の方が先行していたという。
著者は、強国となった現在の中国を前に、当時の日本外交は「失敗」だったと結論付ける。しかし90年代以降は欧米、特に欧州が中国により融和的だったとも言え、「失敗」だったとするなら日米欧の皆そうだったのだろう。 -
事件から33年を経て公開された「天安門事件外交ファイル」からは、現在に通じる日本外交の「失敗」の本質が浮かびあがった!