「誉れの子」と戦争-愛国プロパガンダと子どもたち (単行本)

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  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120052187

作品紹介・あらすじ

「誉れの子」「靖国の遺児」と呼ばれた戦没者の子どもたち。戦時下の日本にあって、毎年五千人を超える彼らが、靖国神社に参集したという「社頭の対面」。この一大行事を通して、国家は何を意図し、どのような効果を及ぼそうとしたのか。肉親の死を、国家への絶対的忠誠へと転化し、さらに戦争へと駆り立てていくという、子どもたちが担わされた戦争の一断面を、貴重な一次資料と証言を通して明らかにする。

感想・レビュー・書評

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  •  戦争で父を亡くした子が,国からどのように「大切」に扱われていたのか。そのことのみに焦点をあてた本。わたしは,最近プロパガンダポスターの本を読んだこともあり,とても興味深く読むことができた。
     著者は,わたしのところにも一度来てくださったことがある。友人宅(この方の祖父は戦時中,小学校校長)の土蔵から大量の古書が出てきたのを,「研究用にいただきたい」と取りに来て下さったのだ。なるほど,その研究成果はこういう本になって世に出るのか…と思った次第。本書を書くために,蒐集されていった古書が利用されたのかどうかは知らないが,こうして〈戦時中の一般的な雑誌〉から当時の世相やプロパガンダを切り取って示してくれるととても分かりやすい。

     それにしても,父を亡くした子どもたちに向かって「おまえたちも父のように国家の為に命を捧げる人になるんだ」ということを「感動を持って」押しつけていく国の姿は大変怖い。こういうことが当たり前に行われていたことに驚愕する。

     教育現場での式典には「日の丸・君が代」が当たり前になってしまった。ほんの30年前までは,これをめぐって死者まで出たというのは,もう遠い昔になった。いまの子どもたちは,「日の丸・君が代」になんの違和感も持たないで育っていくのだろう。それはそれで幸せなのかもしれない。しかし,このことが「再び戦争ができる普通の国に向かっている今の日本」と無関係ではあるまい。

     こういう本を読むと,「昔はそうだったんだね」だけではすまないものも感じてしまう。
     今は大丈夫か?
     本当に大丈夫か?
     あなたは自分で判断しているのか?

     本書で紹介されていた,内閣情報部によって発行された国策雑誌『写真週報』より,「社頭の対面」に関する部分の一部を引用してみたい。それは少年の笑顔の写真に添えられた一文だ。

    靖国の社頭に頭を垂れ
    父の遺志に耳をすます可憐な姿
    やがて父子安相伝えて国に殉ぜんこと
    われらひたすらその健やかな成育を祈り
    心を一つに力を共に
    われらすべてがその父たらんことを希う

     こんなのあり得ん児童観・教育観だ。

  • 2019/10/9読了。実に時の国家権力の戦争へ向けてのプロパガンダの緻密さには戦慄を覚えた。

  • 「誉れの子」「靖国の遺児」と呼ばれた、日本軍兵士の遺児たちの運命! 国家に翻弄され、利用された子どもたちが担った戦争の一断面

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著者プロフィール

斉藤利彦

1953年福島県生まれ。学習院大学文学部教育学科教授。博士(教育学)。東京大学法学部卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。学習院大学助教授などを経て、94年より現職。著書に『作家太宰治の誕生』(岩波書店)、『試験と競争の学校史』(講談社学術文庫)、『学校文化の史的研究』(編著、東京大学出版会)、『明仁天皇と平和主義』(朝日新書)など。

「2019年 『「誉れの子」と戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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