最高戦争指導会議記録・手記

著者 :
制作 : 伊藤 隆  武田 知己 
  • 中央公論新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (399ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784120035494

作品紹介・あらすじ

戦争をいかに終結に導くか-小磯内閣期(1944.7‐45.3)の戦争指導決定プロセスを明らかにする。天皇、内閣、軍部それぞれがどのような情報を得て、何を考え、どう判断を下したか。外相・重光葵の克明な記録が、歴史の空白を埋める。

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著者プロフィール

1887年大分県生まれ。子供の頃朝の沐浴と教育勅語の朗読を日課とする。東京帝大法科大学独法科卒業。
外務省に入り、上海総領事、駐華特命全権公使等を歴任、上海事変停戦協定を成功させた直後、上海天長節爆弾事件で右足を失う。
その後、外務次官、駐ソ、駐英、駐華の各大使、さらに東条内閣、小磯内閣、東久邇宮内閣で外相を務める。
日本政府全権として戦艦ミズーリ艦上で降伏文書調印。昭和天皇の信頼厚く、調印前天皇から激励を受ける。
張鼓峰事件の解決、ビルマ援蒋ルートの一時的閉鎖、戦後の占領軍による軍政阻止などは、
重光の卓越した交渉能力を示す例である。大東亜共同宣言も終戦の御聖断も重光の提言によって実現。
日華和平を目指し、三国同盟や日米開戦には反対の立場だったが、極東国際軍事裁判ではソ連の横やりで
A級戦犯の被告人となり、禁固7年の判決。政界復帰後、改進党総裁、日本民主党、自由民主党副総裁、
そして鳩山内閣の外相として日本の国際連合加盟に尽力。1957年没、享年69歳。

「2023年 『[新字体・現代仮名遣い版] 巣鴨日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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