野生化するイノベーション: 日本経済「失われた20年」を超える (新潮選書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106038457

作品紹介・あらすじ

「米国のマネ」をやめて、成長を取り戻そう。「アメリカのやり方」を真似すれば、日本企業の生産性は向上するはずだ――そんな思い込みが、日本経済をますます悪化させてしまう。米・英・蘭・日で研究を重ねた経営学のトップランナーが、「野生化」という視点から、イノベーションをめぐる誤解や俗説を次々とひっくり返し、日本の成長戦略の抜本的な見直しを提言する。

感想・レビュー・書評

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  • イノベーション系の本を読み漁ろうとしていて、手に取った本。

    「野性化」という比喩的表現が、中々面白くもあり誤解を受ける側面もありそう。
    というのも、もともとイノベーションが「(野生の反意語である)飼いならされたもの」だったのかというと少し疑問。
    むしろ「野性的」なと表現する方が個人的にはよいような気もする。
    (確かに、ヒト・モノ・カネが日本でさらに流動化すると、
    イノベーションが破壊的になり、「野性化」するという意図も分からなくはないが…。)

    アメリカと日本の社会構造の違いから、両国の環境因子にそもそも違いがあって、
    イノベーションの発現しやすさが異なるという著者の指摘はとても興味深かった。
    単に、アメリカの猿真似だけではダメだってことでしょうか。

    では、どうするの?(特に、個人や企業として、どうするの?)について、
    もっと考察してくれれば、より深い本になったような気がする。
    (ま、そんな公式染みた方法論はないと思うのですがね。)

  • 著者は本書で、「ヒト・モノ・カネといった経営資源の流動性が上がっていくと、イノベーションの破壊的な側面が強くなる(野生化が進む)」、そして日本でも今後イノベーションは野生化していき、飼い慣らすのが難しくなっていく、と書いている。

    ここで、イノベーションの「野生化」とは、いったん生まれたら人のコントロールを越えて勝手に広がっていくことや、コントロールしようとすると弱まったり起きにくくなることや、既存の産業を破壊する破壊力を持っていることなどの、イノベーションの特質を喩えたもの。

    面白かったのは、日本人ないし日本企業のイノベーション力を検証した部分。集団主義の強さや個人主義の強さでアメリカ人と日本人の間に明確な差は見られないとの研究成果が出ており、また日本人が他国の人と比べて創造性に乏しいということもないという。そんな中で日本企業が「累積的なイノベーションには長けているものの、ラディカルなイノベーションは少ないと言われる」理由は、「日本の産業の新規参入の少なさ」にあり、その原因となっているのが人の流動性の低い戦後の日本の労働環境なのだという。そもそも年功序列・終身雇用が始まったのは「第一次世界大戦と第二次世界大戦との戦間期」で、「当時、熟練した人材が足りなくなって、企業は新卒の学生を雇用し、彼らにトレーニングを施して、優秀な労働力に育てようとし」、「せっかく彼らにトレーニングを提供したとしても、一人前になった途端に転職されては、その投資が無駄になってしま」うので年功序列と終身雇用の制度や慣行が編み出され、今に続いているとのこと。要するに、日本の企業で集団主義的な意志決定や能力形成がなされがちなのは、日本人の特質によるのではなく「日本企業で働く人が直面する」日本固有の制度による、ということなのだ。

    だから、日本企業の雇用慣行や労働者社会の流動性を高めれば、ラディカルなイノベーションが起きやすい状況は作り出せるのだが、流動性をあまり高めすぎてしまうと、それはそれで「累積的なイノベーションの水準を下げる」、「手近な果実」を求めて「太い幹を持つイノベーション」が育たなくなる、などの問題を生じさせてしまう。「すでにアメリカでは、最近生み出されているイノベーションの多くは、近視眼的な意志決定の結果、手近な果実を摘み取って生み出されたものではないかという懸念が出始めてい」るのだという。

    なお、「アメリカが経営資源の流動性を高めてもやってこられたのは、莫大な国防予算によって基礎研究を支えてきたことや、イノベーションに代替されてしまった従業員を社内に抱える必要がないような仕組みにしてきたことに」よるのだという。戦後の日本にはない、国防関係の莫大な研究費(DARPAの研究資金)がアメリカのイノベーションを下支えしている。軍事技術の開発は無駄でないどころかイノベーションを牽引している、というのは何とも皮肉な話。

    いずれも示唆に富んでいて、目から鱗の内容ばかり。イノベーションに関して日本は悲観すべきでもないが、何しろ相手は「野生」なのでその舵取は至極難しい、ということが改めて分かった。

    著者は、「イノベーションは、「経済的な価値を生み出す新しいモノゴト」です。経済的な価値が高まったとしても、それで人々が幸せになるかどうかは分かりません。それでも、われわれの社会的な課題を解決するためには、ある程度の経済成長は必要だと思います。経済が成長して、人々が分け合えるパイが増えないと、パイの奪い合いが起きてしまいます。それを政治的に解決するのには、かなりの調整のコストがかかります。だからこそ、イノベーションは社会にとって必要不可欠なものなのです。」とも書いている。経済成長の必要性についても、改めて考えさせられた。

  • バズワードとなりがちな「イノベーション」に対し、学術的知見を用いながら、その特徴や現状をまとめた一冊。その不確実性故に、つかみどこのない議論となりがちなイノベーションであるが、本書ではイノベーションに以下のような定義を付与している。
    「イノベーションとは、簡単に言えば、「経済的な価値を生み出す新しいモノゴトです。大切なのは、「経済的な価値」と「新しい」という二つの要素です。」(p.36)
    つまり、単に「新しい」だけではなく、そこに「経済的な価値」が生み出されてようやく、イノベーションと言えるのである。
    上記の定義のもと、著者はイノベーションにおける特徴として、「移動する」「飼いならせない」「破壊する」の3つを挙げている。ざっくりまとめると、イノベーションとは「ヒトを介し、機会のある市場に自ら移動する特徴があり、故にマネジメントによって生み出されるようなものではない。また、便益のみをもたらすような代物でもなく、時に労働を代替することにより、失業などの問題を生み出す、破壊的な側面も持ち合わすものである」ということである。
    個人的に本書がよかった点は、2つある。1つ目は、上記のような、感覚的には分かっているけれど言語化されていない点に対し、経営学、経済学、社会学などの知見を用いながら、各概念の説明を明快に行っている点である。そして2つ目は、議論の中で登場する過去の知見が、非常に広範かつ濃密であるという点である。以下、メモ書きとして再読したい部分を記しておく。

    ・イノベーションに伴い、既存のモノの生産性が向上する「帆船効果」(p.46)
    ・EO(Entrepreneurship Orientation)の問題点。もともと個人が有していた性質なのか、イノベーションを起こすプロセスの中で育まれたそれなのか、判別がつかない(p.61)
    ・なぜ産業革命がイギリスで起きたのか(p.82)
    ・知識の反証可能性に関して(p.85)
    ・生産性のジレンマに関して(p.95)
    ・ポランニー「大転換」について(p.222)

  • 面白かった。専門外こそ読んで欲しい。↓も。

    『父が娘に語る〜わかりやすい経済の話。』
    『新・生産性立国論』
    『ルワンダ中央銀行総裁日記』

  • 【イノベーションとは目指すものというよりも、あくまでも課題解決の結果です。イノベーションを起こすことが目標になるということ自体、本末転倒ぎみです】(文中より引用)

    すっかり巷間に定着した「イノベーション」という言葉。その光と影に焦点を当てつつ、イノベーションの生態について掘り下げた一冊です。著者は、日本人2人目となるシュンペーター賞を受賞した清水洋。

    イノベーションという現象が具体的にどういうことなのかを説明するとともに、どういった影響を与えていくのかが非常にわかりやすく示された作品でした。普段何気なく使ってしまう・目にする言葉だからこそ、その実際のところを知ることは有益だなと再確認。

    コダックと富士フィルムの話は目からウロコでした☆5つ

  • 野生化するイノベーション
    日本経済「失われた20年」を超える

    著者:清水洋
    発行:2019年8月20日
    新潮社

    経営学の学者の本。ハウツー本ではない、という断りがある。
    人工物であるイノベーションが野生化しているというメタファーをもって言いたいこと、それはなんだったのかイマイチはっきりしなかった。後半になると、結構、ハウツー本っぽくなっていく。

    イノベーションは野生動物が餌を求めて障壁を乗り越え、どんどん移動していくように、チャンスを求めて自由に移動する。飼い慣らすのは無理、飼い慣らそうとすると本質を失う。
    人や資本などの両道性が高まると、スタートアップは増えるが、イノベーションだけを追求していくと「野蛮な社会」になり、「破壊的な側面」が強くなる。野生動物も、山に食べ物がなくなると人里を襲う。
    こうしたことに関する分析、説明は面白かったが、ではどうするかということを考え出す時、ハウツー本化していくように感じた。

    日本のイノベーションがなぜうまく進まないのか、失われた20年はなぜ生まれたのか?
    投資の源流が銀行系のため、自己資本比率を上げるために有望だが不確実な企業には貸し渋りをする一方、潰れそうな既存融資企業に潰れないように追い融資をしたこと。
    日本企業の集団主義。
    その他、いろいろと分析している。
    そして、今後、イノベーションが野生化してくると、経済格差はますます広がり、そこに破壊すらもたらすと警鐘も鳴らしている。

    基礎的な経営学の単位は大学で取得したが、経営には、冷静な分析、冷徹な判断、人間性、ひらめきなどが必要なんだなあと感じた。これも、失われた20年があったからこそ、結果論で言えることかもしれない。


    ******(メモ)******


    特許のうちで、経済的な価値を生み出しているものはごくわずか。新しさがあればいいというものではない。

    蒸気機関が生み出されると水車に新材料(鉄)が用いられて向上、電球が登場するとガス灯が進歩、ハイブリッド車が普及するとガソリン車の燃費が向上。イノベーションは既存物の生産性も高める。

    収穫逓減:ある農地に1キロの種を植え付けると1トンの作物が獲れる。種を増やしていく。2キロで2トン、3キロで3トン、5キロで5トン・・・とはならない、得られるものは徐々に少なくなる。

    新規性が高い試みにとって、経済的に合理的な計算に基づく意思決定より、ある信念や自信、楽観的な期待に基づく意思決定するマニアル・スピリッツが重要。
    (ニュー・ケインジアンと呼ばれる研究者)

    日本のGDPは平安時代からペリー来航までほとんど成長しなかった。

    「営業成績が上がらないのはターゲットの設定が間違っている」という仮説の立て方はいいが、「営業努力が足りない」という仮説の立て方はダメ。前者はターゲットを少しずつ変えればその仮説の正否が分かるが、後者は「成果が上がらないのは努力が足りないからだ、もっと努力せよ」となってしまい、仮説の正否が不明のまま。

    世界で最初の株式会社は実際はよく分かっていないが、イギリス王室が1248年に羊毛取引管理会社ステイプル・オブ・ロンドンを設立したことは確認されている。1602年東インド会社は、最初の近代的な株式会社としては最初、ということ。

    生産性のジレンマ:プロダクト・イノベーション(新製品やサービスを生み出す)と、プロセス・イノベーション(生産工程を新しくする)には重要なトレードオフが存在。前者が増えると後者は減り、後者が増えると前者は減る。

    イノベーションのジレンマ:リーダー企業が他社によるイノベーションについていけず、競争優位を失ってしまう現象。イーストマン・コダック社など。それは慢心が原因ではなく、生真面目に顧客に向けて経営資源の最適化を進めているから。

    ポートフォリオ・マネージメント
    市場の成長性が高く、自社のシェアも高い=花形部門
    市場の成長性が高く、自社のシェアが低い=問題児部門
    市場の成長性が低く、自社のシェアが高い=金のなる木
    市場の成長性が低く、自社のシェアも低い=負け犬
    企業にとって問題児が大切

    フレミングがリゾチームとペニシリンを発見できたのは、彼の部屋が雑然としていたから(偶然カビが広がった)。このような偶然をセレンディピティと言う。もし研究チームの一員でマネージャーがしっかり管理していたら、その発見はなかった。

    銀行は自己資本比率を上げるため、不確実性が高い新規顧客に対して貸し渋りをする一方で、取引相手が潰れないように潰れそうな企業に追い貸しを行って延命させ、傷口が広がった。

    勤勉革命:江戸起きた生産性向上現象。経済学者の速水融(あきら)命名。イギリスの産業革命と異なる生産性の上げ方。

    電子レンジ、ATM、クオーツなど、日本が生んだと思われがちな技術は、アメリカやイギリス、スイスがイノベーションし、日本が改良して普及させたもの。

    日本企業が集団主義的である社会心理学的バイアス2つ。
    (ベネディクトの分析)
    対応バイアス:なぜ集団的行動を取るのか?本当はその人が置かれた状況が原因なのに、その人の性格だと考えられてしまう
    確証バイアス:自分がそうだと思い込むと、それと適合的な情報ばかりを集めたり、ある観点からしか物事を見なくなってしまう傾向

    100歳を超える企業、日米の違い
    アメリカ企業は稼ぐ力(ROA)が最初から40代まで高く上がり、100歳を超えるまでほとんど落ちない。日本企業は10代前半でピークを迎え、以後はどんどん落ちる。

    スピンオフは親企業から資本の提供を受けて独立、スピンアウトは資本提供を受けない。

    経営資源の流動性が高まると、サブマーケット開拓のためスピンアウト競争が前倒しで行われるため、技術開発の水準にマイナス影響が出る。

    基礎研究の割合、日米大学の違い
    アメリカの大学は1975年に63.7%、1990年に末に70%を超える
    日本の大学は1975年に72~73%、1980年に58%ほど、以後、どんどん減っている

    イノベーションが野生化すると、思ってもいないような変化が非常に早いスピードでやってくる。イノベーションのおかげで職を失った人に対しての安易な自己責任論は間違っている。

    新自由主義的な考え方を推し進めると、保護主義や全体主義が生じる
    (カール・ポランニーの学説)
    規制緩和で自由競争になり、経済的格差が広がり、貧困層が増えて大票田になる。そこに保護主義、全体主義的な政策をかかげる政治家を現れ、ブロック経済化が進んで世界大戦へと突入した。

  • イノベーションとは何か、イノベーションの類型、イノベーションが起こる前提となる社会制度、イノベーションの負の側面、イノベーションをマネジメントすることはできるか、日本の「失われた20年」の原因は何か、日本型経営+人材の流動性の低さとイノベーションの関係等に興味があるならとてもオススメの本

  • イノベーションが自由に国境を越えていくという発想は、実に面白い。

  • イノベーションの負の面まで明確明瞭に解説してくれている。読んだからと言ってイノベーションをポンポン出せるわけではないが、先々の障害や注意点まで気が回りそう。最後半の規制の話がいちばん印象的。良書。

  • <目次>
    はじめに 野生化するイノベーション
    序章あなたがスレーターだったらなら旅立ちますか
    第1章イノベーションとは何か
    第2章企業家がなぜ必要なのか
    第3章3つの基本ルール
    第4章イノベーションをめぐるトレードオフ
    第5章イノベーションはマネジメントできるか
    第6章成長を停滞させた犯人な誰か
    第7章日本人はイノベーションに不向きなのか
    第8章閉じ込められるイノベーション
    第9章野生化と手近な果実
    第10章格差はイノベーションの結果なのか
    終章野生化にどう向き合うか
    あとがき イノベーションと幸福

    p36イノベーションとは、経済的な価値を生む出す新しい
     モノゴト
    p82知識が、実験や観察によって生みだされるというのは
     18世紀に入るまでは宗教の概念があるためふつうでは
     なかった、それこそイノベーション
    p127トータルエコノミーデーターベース、経済成長の要因を、
     労働の投入量、資本の投入量、全要素生産性(tfp)の
     3つに分けて考える、さらに労働を質と量で分ける、
     (これでイノベーションが起こった状況を把握する)
    p225(この本のまとめは)ヒト、モノ、カネといった
     経営資源の流動性が上がっていくと、イノベーションの
     破壊的な側面が強くなる(野生化)が進む

    破壊したいのか、破壊されたのか、代替えされて
    しまったのか、イノベーションはデジタルな技術革新にしか
    いないのか。。。
    野生化する、破壊するのは、経営資源の流動化にある
    と書いていあるが、それに加えて情報の流動化も
    イノベーションの野生化にかかせないものであろう。
    情報こそ流動化しやすいので、イノベーションはもっと
    野生化しやすくななるのだ。

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著者プロフィール

早稲田大学教授

「2022年 『イノベーション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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