甘美なる作戦 (Crest books)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (410ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901110

作品紹介・あらすじ

MI5の女性スパイと、若き小説家。二人の間に生まれた愛は、幻だったのか? 任務を帯びて小説家に接近した工作員は、いつしか彼と愛し合うようになっていた。だが、ついに彼女の素性が露見する日が訪れる――。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら、70年代の英国の空気を見事に描き出す、ユニークで野心的な恋愛小説。ブッカー賞・エルサレム賞作家の最新長篇。

感想・レビュー・書評

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  • なかなかおもしろい、読めば読むほど「ジェイン・オースティン」だけれど。

  • 正直に告白をすると、前半を読みながら冗長な文章に小さく溜息をつくこともあったし、主人公の女スパイ・セリーナに対する微かな違和感をずっと拭えずにいた。この違和感は、一流ではない作家が、自身とは異なる性を主人公に選んだ時に感じる違和感に似ていたので、愚かな事に私はマキューアンはそのタイプなのだろうと早合点をした。

    しかし最終章を読み終えた時、それら欠点とも言えるポイントに全て意味があったことを知り思わず唸った。そしてこの「甘美なる作戦」は最初の印象とは全く別の、特別な本になっていた――。

    結末を読み終え、幸福感と高揚を感じながら、しかし「裏表紙に書いてあったような、『涙が止まらなかった』というほどでは無かったな」などと考えながらその夜は眠りについた。そしてしばらく経ってから、この本が私(あまり勤勉では無く、政治や歴史に関する記述は読み飛ばしがちで、「結婚して幸せに暮らしましたとさ」的な結末を好む主人公セリーナのような“中級の読者”)に向けた作者からのラブレターであった事がふいに胸に染みるように感じられ、本を読む人間としてなんと幸せであったことかと、そこで初めて涙した。

    才能に恋するということ。作家を愛するということ。
    そして作家から読者への愛と信頼(“中級の読者”の癖に私はこの作家を疑っていたというのに! )。例え70年代の世界情勢にあまり興味が持てない私のような“中級の読者”であっても、この作品を最後まで読み終えた時、素晴らしい読書体験であったと驚くとともに胸が熱くなるはず。

    「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」
    というセリーナに、恋人の新進作家トムは「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と返す。

    まさにこの本を表すに相応しいふたりのやりとり。作家が人生においてたった一度だけ書けるような、優れたメタフィクションではないだろうか。こんなに再読に胸躍らせる本はそうは無い。

  • 冒頭、話者であり主人公のセリーナは、この物語が、ほぼ四十年前の出来事であることを明かす。1970年代、彼女は若く美しく、小説を読むのが大好きな、ごくふつうの娘だった。家庭環境に恵まれ、数学ができたためケンブリッジに進む。成績は芳しくなかったが、不倫相手であった教授の口利きで諜報機関(MI5)の下級職員として働くことになる。ところが、ある日、スウィート・トゥース作戦の担当を命じられる。反共文化工作のため、有望な作家を支援するプログラムに、現代小説に詳しいセリーナが抜擢されたのだ。

    担当の作家は、トム・ヘイリー。大学で文学を教えながら小説を発表している。昇進のチャンスと意気込むセリーナだったが、作品を読み、相手を知るにつけ、トムのことが好きになり、トムもそれにこたえる。関係が親密になればなるほど、素性を隠していることがつらくなり、恋愛と仕事のジレンマに悩むセリーナをよそに、トムの小説は文学賞を受賞し、一躍脚光を浴びることに。ところが、有頂天の二人を待ち受けていたのはスキャンダルだった。

    美人スパイの恋愛と任務遂行の間で揺れる心理を描くスパイ小説であり、若い美女のそれほど豊かではない恋愛遍歴を語る恋愛小説であり、70年代英国の文化、政治状況を描いた歴史小説でもある。主人公が彷徨う、ロックが鳴り響き、ヒッピー風俗のサイケデリックな色彩に溢れた70年代の街頭風景の裏で、国際的には東西冷戦、国内ではアイルランド問題に頭を悩ます英国情報部。それだけでも十分に面白い小説なのだが、ヒロインの相手が売り出し中の作家であることが鍵になる。作家を素材にすることで、実名で登場する作家や編集者、批評と文学賞のあり方といった出版界の内情や、創作論に触れる自己言及的なテクストともなるからだ。

    事実、セリーナが目を通す、作者の未刊、既刊の小説から採られたらしいトムの小説は、概要にとどまらず、ほぼそのままで短篇小説として読めるような形で作品内に登場する。悪戯心から牧師である双子の弟の身代わりに説教をした兄がそれに魅了された女の狂気に支配され、自分と家庭を崩壊させてしまう話や、自分で家財道具を売り払っておきながら、盗みに入られたと嘘をつく妻に、どうしたことか欲情をつのらせる夫の話などは、マゾヒズムや自己懲罰の心理がにじむ独特の味わいを持つ短篇小説として、独立した一篇として読みたいと思わせるほど完成している。

    トムが編集者と交わす文学談義のなかにピンチョンが腰掛けた椅子が登場したり、作家自身が勤務した大学のキャンパスが描かれたり、と文学好きなら、それだけでもかなり楽しめるこの小説は、最後にとんでもないどんでん返しが待っている。最後まで読み進めた読者は「やられた!」と叫ぶや否も応もなく、もう一度冒頭に戻って再び読み返しはじめるにちがいない。それというのも、自ら中級の小説好きと認めている主人公は、「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」と、作中で意見を開陳しておきながら、この小説自体が、とんでもないトリックであるからだ。

    レビューという限界があり、これ以上、そのトリックについて触れるのは避けたい。ただ、手法自体は特に目新しいものではない、とだけ言っておこう。中級以上の読者なら、今までに一度ならず目にしているはずである。要は、アイデアを作品として肉付けしていくその手際にある。作家マキューアンの手腕は、自分の手持ちの作品、あるいはこの小説のために新たに考えた短篇小説のモチーフを、すべて、何らかの形で、この小説を形成するモチーフと重ねあわせている、という点に尽きる。一篇の小説を書くために、「小説のための小説」を複数ひねり出すという、きわめてメタフィクション的なあり方である。

    作家が小説を書くということはどういうことなのか、何もないところからフィクションを生み出す創作の秘密とは、どのようなものなのかを、懇切丁寧に、それも人を鮮やかに欺くかたちで示して見せるという、はなれわざをやってみせたマキューアンに拍手。ボードレールは『ボヴァリー夫人』を読んで、エンマのなかに、フローベールという男性が入り込んでいることを発見している。男である作家が、女になるということの難しさと、それゆえにうまく成就したときの歓びは、作家冥利というものだろう。セリーナという美女のなかに入りこみ、中年男とのセックスを含むいくつかの恋愛沙汰を経験した作家は何を得たのか、それを知るには、何よりもまず、この小説を読んでみることだ。

  • 自分みたいなヒロインが「結婚してください」って言われて終わる小説が好きな、美人だけど優秀ではない女性がスパイとなって小説家のもとへ…という流れの恋愛小説。映画っぽい。
    最後にはまさに彼女のお望み通りの「小説」を手に入れるという伏線回収は見事なのだが、本人には見せ場らしきものが全くない(他の登場人物にも特にない…)し、ただただその時々の男に流されているだけなので何とも言えない読後感。不倫しても、スパイ対象と恋愛関係になっても、悪びれるどころかたまに保身を考えたり自己憐憫にひたるくらいなものなので期待したような緊張感がない。
    そういう(顔以外に)取り柄がない女が一方的に愛されて幸せを与えられるのがウケるロマンテックなんでしょ?と言われているみたいな感じ。私がひねくれているのは分かってるけど…。あと恋愛といってもすぐベッドインで以降はラブラブみたいなのばっかりなので、付き合うまでの一番面白そうなところの話が少なくてそこも肩透かしだった。化粧した女が泣くたびに洗面所で顔を洗うな~!
    作中の短編「獣の交わり」とか、「これが愛」は面白そうだった。こっちを読みたい。

  • 大好き。また読む

  • 面白かった。
    正直、トリックに長けた小説は面白いと感じても、技巧の問題のような気がして、好きではない。
    この小説はなんなのか。
    読んだ後、頭がこんがらがる。小説全体がラブレター。
    セリーナの幼少期から始まる物語なこともあって、かなり感情移入して読んでいた。
    そのあたりが、読後に混乱させられる。
    その混乱と困惑の余韻に浸るのも、楽しい。

  • ラストにニマニマしました。最後の最後でサラッと語られたことに、えっ?と思わず始めの方にページを繰り、この小説って最初から最後まで、そういうこと...?と理解したら、もうニマニマどころかキュンキュン。「イノセント」と同じになってしまうけど、なんという恋愛小説!はあ、面白かった。

  • もともと持っていた1冊ですが、マキューアンでどんでん?というフレーズが気になっていたら、読めた1冊。
    どんでんかどうかはみなさまの判断におまかせ(笑)ですが、小説の手法として、既にあるパターンのかもしれないけれど、マキューアンの手にかかると…ああ、なんてロマンチック!というのが、読後の感想です。

    主人公の職場がMI5なので、第二次世界大戦やら、冷戦やら、そして、70年代の世界的な出来事なども織りこまれ、ノスタルジックな雰囲気も良いです。(イギリスの当時の閉塞感も漂ってくる…)オイルショックのことも書かれていて、リアルで体験しているので時代感の映し方にしみじみ。自分も既に40年前が語れると、ちょっとびっくり(笑)

    ちなみに個人的にはスパイ物じゃありませんでした。主人公は諜報機関に勤務しているけど、いわゆるスパイとは違う…なんというか、普通の公務員。(職務内容が普通とは違う…)そして、ヒロインは読書好きの設定なので、読書案内な1冊でもありました。特にウィリアム・トレヴァーが出てきた時は「おおーっ!」と叫びましたよ(笑)
    自身の若い頃の作品らしいものを数作作中作として折り込み、それもマキューアンらしい変な話ばかり…でも、おもしろそうなのです。
    個人的にハッピーエンドだと思っていますが、それさえも仕掛けなのか…と疑わないわけでもないですが、ハッピーエンドでいいです(笑)

    これまでマキューアンを数作読んでいて、読んでる最中や読み終わった直後はわかっているつもりなのに、しばらくたつとあの話って…??とわからなくなることが多かったのですが、今回はここにも記録したのでおそらく大丈夫…

    わが家にはあと5作マキューアンがおります。愛の続きか贖罪か…来年も読めますように(祈)

    honto通販にて 2015.5.10購入
    2023.10ようやく読み始め。
    2023.12.12読了。

  • 久しぶりのマキューアン。これは、”本の雑誌・どんでん特集”から。『マキューアンでどんでん⁉』ってことで興味を惹かれました。前に読んだ2作は結構良かった記憶があるし、まあ余程ハズレはなかろう、と。視点人物が速読を特技としていたこともあり(?)、自分も結構早めに頁を繰ることに。関係ないけど。エンタメとはいえんけど、そこまで鯱張ってる訳でもなく、でも端正な文章は読み易く、あれよあれよと読み終えることが出来ました。どんでんと言われると微妙だけど、純粋に一つの物語として良い出来。

  • 【スパイ小説】豊崎絶賛!驚きと感動に満ちた異色のスパイ小説を紹介!〜名作ゴン攻めあいうえお〜
    https://youtu.be/AjxRgm_8mdw

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著者プロフィール

イアン・マキューアン1948年英国ハンプシャー生まれ。75年デビュー作『最初の恋、最後の儀式』でサマセット・モーム賞受賞後、現代イギリス文学を代表する小説家として不動の地位を保つ。『セメント・ガーデン』『イノセント』、『アムステルダム』『贖罪』『恋するアダム』等邦訳多数。

「2023年 『夢みるピーターの七つの冒険』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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