- Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900779
作品紹介・あらすじ
ダニエル・シュタインはポーランドのユダヤ人一家に生まれた。奇跡的にホロコーストを逃れたが、ユダヤ人であることを隠したままゲシュタポでナチスの通訳として働くことになる。ある日、近々、ゲットー殲滅作戦が行われることを知った彼は、偽の情報をドイツ軍に与えて撹乱し、その隙に三百人のユダヤ人が町を離れた…。戦後は、カトリックの神父となってイスラエルへ渡る。心から人間を愛し、あらゆる人種や宗教の共存の理想を胸に闘い続けた激動の生涯。実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにした長篇小説。
感想・レビュー・書評
-
物語は、黒い森で生まれたエヴァの語りではじまる。冒頭から引き込まれた。
たくさんの書簡、手記や対話などの断片から成り立つコラージュ的な手法で描かれる。読みにくいわけではないが、読むのに時間はかかった。
多彩な人物たち、ひとりひとりが丁寧に描かれている。
中でも、中欧からイスラエル、そして、アメリカへ渡った無神論者のユダヤ人医師イサーク・ハントマンの手記が印象的だった。
”この最も自由な国でもやはり、イギリス風に建てられた古い家に住んではいても、私たちが暮らす土地は、かつてワンパノアグ族やピクォート族のものだったのだ。”
森を彷徨い、修道院へたどり着き、かくまってもらうことになったダニエル。ゲットーにいた人々が射殺されている間、いったい神はどこにいたのか?と問う場面に胸を打たれた。
下巻へ詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
<ナチズムの東欧からイスラエルへ渡ったユダヤ人カトリック神父。寛容と共存に生きた奇跡の生涯。>
なぜ人は争いあうのか?
人種、性、政治信条・・・・この世界には数限りない人を分断するものが溢れています。
なかでも宗教は、たくさんの救いをもたらすと同時に、たくさんの血を求めてきた。
同じ“唯一神”を崇めながら反目しあうイスラム、ユダヤ、キリスト。
(「ユダヤ人はアラブ人が滅ぶよう祈り、アラブ人はユダヤ人が滅ぶように祈ってるんだ。
しかも同じ神様に。神様はいったいどうしたらいいんだい?」 本文中より)
そしてそのキリストの中でもカトリックがあり、プロテスタントがあり、東方正教等多くの諸派がある。
そんな不寛容と差別、無理解で満ちた世界に一筋の光を放ったのが神父ダニエル・シュタインです。
実在の人物(!)オスヴェルト・ルフェイセンをモデルに描かれ彼は、
ただただ誠実に、そして飄々と宗教や人種の垣根を越えていく。
彼は言います。
同じ人間だ。色々なものを削ぎ落としたその核が、同じならよいじゃないか、
神への道は一つではなく、多様にあり、各々が各々の道で神への道を歩めばよいじゃないか。
ホロコースト、コミュニズム、パレスチナ、イスラエル、そして教会権威・・・
たくさんの壁を乗り越え、自分の道を貫いたダニエル、
宗教・人種の橋渡しとなった彼はまさに「通訳」です。
作者自身が作中、こんなことを述べています。
「(この物語は)いつも通り、売れないものになるでしょう。
それはおそらく、この至上主義の時代に作家が出来る最高の贅沢です」
確かに手紙と資料で成り立ち、時系列や登場人物がバラバラなこの物語は多元的・重層的で難解。
(訳者あとがき曰く、「まさに世界の多様性を表現しているような」)
しかしだからといって、この物語の読む価値を認めないことには決してならない。
ノーベル賞をあげててでも世界中の人に読んで欲しい。 -
書法に慣れるまで,いくらか分かりにくかったが、にもかかわらずぐいぐい引き込まれる。
見事につながっていく。 -
4.16/233
内容(「BOOK」データベースより)
『ダニエル・シュタインはポーランドのユダヤ人一家に生まれた。奇跡的にホロコーストを逃れたが、ユダヤ人であることを隠したままゲシュタポでナチスの通訳として働くことになる。ある日、近々、ゲットー殲滅作戦が行われることを知った彼は、偽の情報をドイツ軍に与えて撹乱し、その隙に三百人のユダヤ人が町を離れた…。戦後は、カトリックの神父となってイスラエルへ渡る。心から人間を愛し、あらゆる人種や宗教の共存の理想を胸に闘い続けた激動の生涯。実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにした長篇小説。』
原書名:『Даниэль Штайн, переводчик』(英語版『Daniel Stein, Interpreter』)
著者:リュドミラ・ウリツカヤ (Lyudmila Ulitskaya)
訳者:前田 和泉
出版社 : 新潮社
単行本 : 318ページ(上巻) -
イスラエルという社会と彼を取り巻く人物像を豊富な書簡で多彩に描き出している。
読みこなすには骨が折れ、かなりのメモを取りながら、「知的好奇心にあふれた」豊潤な時間を味わえた。
ゲットーからパレスチナ、そしてイスラエル・・彼を取り巻いてきたであろう差別と壁がどういうものだったか直截的に彼の言葉では伝わってこないが 彼を取り巻く女性たち、母娘、夫婦の言葉で浮かび上がってくる。時系列のばらつきは正直、しんどかったけど。
私の評価としてはこの作品はノーベル賞レベルの崇高なメッセージで網羅されている。ダニエルの人懐こくユーモアのある人間性は読んでいて楽しい。
欧州で宗教と生活・人生は切り離せないことがよく解る。その歴史をすべて理解することは膨大な時間と勉強が必要かと感じる。
聖職者としてのシュタインは時には差別も受けるが「他民族を理解できるのか。人間性を失わずにすむか」が常に手探りの場での指針。
二十一世紀の課題でもある問いを投げかけているこの本は今年の初頭を飾るには最高の読書だった。 -
ユダヤ、イスラム、キリスト教に関する込み入った問題が描かれる作品。舞台はポーランドやイスラエルであまりロシアに軸がある訳ではない。ユダヤ人でありながらゲシュタポの通訳として働くダニエル・シュタインが、事態が悪くなって命からがら逃げ去るシーンが印象的。「いったいどこに神の公正さがあるのでしょうか?」という主人公の嘆きは大変ロシア文学的だと感じた。下巻が楽しみ。
-
名著。実在の人物を題材に反フィクションという手法でイスラエルという社会と彼を取り巻く人物を鮮やかに描き出す。
「通訳」としてのダニエルはユダヤ人であることを隠してナチスの通訳を務めユダヤ人救済に尽力した「戦争の英雄」だが、本書はむしろ、キリスト教に帰依しイスラエルで活動した修道士としての活動が中心となっている。
ダニエルはイスラエルで、ユダヤ人なのになぜキリスト教徒なのか、という、マジョリティであるユダヤ教徒からのプレッシャーと軋轢に巻き込まれる。当然、ユダヤVSキリストより激しい争いはユダヤ対イスラム教、アラブ人との間にある。歴史、宗教、人種の複雑な問題を抱えたイスラエルこそが、イエスが生まれモーゼが十戒を授かった「神」の土地なのだ。ダニエルはあらゆる「神」のもとでの平等を信じ実行しようとする、その揺るがない信念が胸を打つ。
テーマは重いが決して辛気臭い小説ではない。ダニエルの人懐こくユーモアのある人間性は読んでいて楽しい。彼の周りに自然と引き寄せられる国籍立場時代を超えて多様な人々は、彼に長年寄り添う女性も、彼に「変人」といわれる夫婦も、手紙一枚のみの登場となる老人も、彼らの人生と人柄が生き生きと描写されている。ウリツカヤの小説家としての確かさが存分に味わえる。 -
ポーランドに生まれたユダヤ人、ダニエル・シュタインの半生を、本人やその周辺の人たちの手紙を通して描く。
そしてダニエルの半生から描き出されるのは、
『相互不理解とそれを認める努力』の物語。
ダニエルはユダヤ人でありながら、戦時中の体験がもとでカトリックの司祭となり、そしてイスラエルに移住し教区を持つという非常に複雑なアイデンティティを持った人物。
また、イスラエルという国自体もユダヤ人とアラブ人、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が入り交じる複雑なアイデンティティと、簡単に割り切れない歴史を持った国だ。
ダニエルの周囲には、その一生を通して、異質な価値観や文化をもった人間が多数ひしめき合ってきた。
宗教や国籍といった大きな話だけでない。
本書には、親子や夫婦間の相互不理解に苦しむ人たちもたくさん登場する。
彼らは社会の最小単位である家族内ですら、異なる価値観が原因で相手を理解できず、時に傷つけあう。
カトリックも正教もユダヤも関係なく、唯一の神に祈る、共通の祈りの場を作りたい。
その一心で活動を続けるダニエルの元に、そういった難しい生立ちの人たちが惹きつけられる。中にはダニエルの影響を受け身近な人との不和を乗り越える人もいれば、あるいはダニエルに反発を覚え離れていく人もいる。
ダニエルの活動の全てが報われるほど現実は甘くはない。
でも、相互理解の社会を目指すダニエルは、人々に対する希望と期待に満ちており、その明るくどこかユーモラスな性格が相俟って、軽やかな気分で読了できる。
本書のタイトルは「通訳ダニエル・シュタイン」である。
しかしダニエル本人が実際に「通訳」を生業としていたのはほんの一時期であり、人生の大半を「聖職者」として生きた。
にも関わらずタイトルを「通訳」としたところに、著者の万感の思いが込められているようだ。 -
[25][131015]<m市