シェル・コレクタ- (Shinchosha CREST BOOKS)
- 新潮社 (2003年6月25日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900359
作品紹介・あらすじ
ケニア沖の孤島でひとり貝を拾い、静かに暮らす盲目の老貝類学者。だが、迷い込んできた女性の病を偶然貝で癒してしまったために、人々が島に押し寄せて…。死者の甘美な記憶を、生者へと媒介する能力を持つ女性を妻としたハンター。引っ越しした海辺の町で、二度と会うことのない少年に出会った少女…。淡々とした筆致で、美しい自然と、孤独ではあっても希望と可能性を忘れない人間の姿を鮮やかに切り取った「心に沁みいる」全八篇。「ハンターの妻」でO・ヘンリー賞を受賞するなど、各賞を受賞した新鋭によるデビュー短篇集。
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
やっぱりこの人は短編の方が好き。現実離れした設定でありながら普通の生活を送る私たちが分かち合えるような痛みやかなしみを描くのが抜群に上手い。最後に希望を残す話が多いのもよい。短い中にしっかり物語を展開させる勉強になる。『ハンターの妻』『長いあいだ、これはグリセルダの物語だった』(←いいタイトルだ)が良かった
-
僕にとってはとても興味深い人が、好きな作家の1人だ、というので読んだ。理由は不純(?)である。
しばらくこういう本を読んでなかったので慣れるまで少しかかったけど、作者のペースがわかってくると安心して世界に浸れるようになる。すれ違いの切なさ、求めても得られない苦しさ、無意識に癒しを目指すひたむきな戦い。ただ、どの短編にも希望がある。
渦中にある人が希望を持つのは難しい。だけど、自分の心の声に耳を傾けて続けた結果として、苦しみを乗り越えて得られるものがある。そんな希望をそっと差し出してくれる作品集。
自然科学があまり得意でない僕は、昔書店でこの本を見て(新潮クレストブックスは好きだった)すぐに書棚に戻した記憶がある。今でも自然科学(というか、自然と触れ合い、自然の美しさ)を楽しめないところがあるので、この著者の魅力の一部は味わえてないかもしれないけど。 -
盲目の人が感じる世界って、文学でしか、味わう事が出来ないかもと、思わせる。自分がその場に居合わせているみたい。心穏やかになっていく。ただただ浸れる事が嬉しい。
-
ここ最近読んだ本がイマイチのものばかりで、どうしても「当たり」の本が読みたくて、『すべての見えない光』のドーアにした。
正解。
刊行はこちらが前だし、短編集なので、『すべての見えない光』のような構成の妙は薄いのだが、それでもただならぬ実力の作家であることが十分感じられた。
『すべての見えない光』もそうだが、この本の小説も、あらすじを説明しただけではその魅力は十分に伝わらない。
人の心と自然描写が一体となったような表現が至る所にある。貝が立てる音、虫の羽音、動物の息の音が聞こえてくるような、澱んだり泡立ったり打ち寄せたりする水の様子や、木々の軋む様子、そういったものに囲まれた時の人間の気持ち(この気持ちは太古の祖先も、どこの国のどの時代の人も味わっただろう共通のもの)がありありと読者にも迫ってくる。翻訳文学はわからんと言っている人に読んで欲しい。これが感じられないなら、翻訳文学がわからんのではなく、文学がわからんのだよ。
特に私が好きなのは「ハンターの妻」。これは泣きながら読んで、読み終わってもう一度読んだ。それから「ムコンド」。どちらも自然の神秘(なんて言うと言葉が軽いけど)に囚われた女性と、彼女に魅了されながら理解し得ない男性の姿を描いている。
「たくさんのチャンス」「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」「世話係」も良かった。
そして改めて思うのは翻訳者の岩本正恵さんの素晴らしさ。ここまで精妙な訳だからこそ感動できた。上っ面の訳ではなく、作者の魂を正確に日本語に移し替える能力があって成しえたと思う。今まで翻訳文学で引っかかる、日本語としてどうなのという訳をいくつも読んだだけに、ありがたいと思う。岩本正恵さんが亡くなられたのは本当に残念だ。
「指と感覚と精神が―彼のすべてが―外骨格の形状に、カルシウムの彫刻に、傾斜の、とげの、結節の、渦の、溝の進化の原理に魅了された。」(P12)
「五十頭のシカがきらめく小川に入り、流れを腹に受けながら、垂れさがるハンノキの葉を首を伸ばして嚙みちぎり、その体に光が降りそそいだ。一頭のオスが角のある頭を王者のようにそびやかせていた。鼻づらから銀色の水滴がしたたり、太陽の光を受けて落ちた。」(P83)死にゆくメスのシカの脳内のイメージ。なんと美しく満ち足りた風景か。
「信じられないような積乱雲が塔のように盛りあがり、地平線に傾いて、稲妻を浴びて青黒く光っていた。」「ライオンの濡れた足跡に映った乱雲」「キリマンジャロの山頂を迂回して降るスコールの列(P272,273)」ナイーマの撮った写真の描写。どんな写真であるかのイメージが鮮やかに浮かぶだけでなくナイーマの心象風景にもなっている。
アンソニー・ドーアの才能は疑う余地なし。『メモリーウォール』も読みたい。 -
8編を収めた作品集。
大自然に対する限りない愛着と怖れが溢れんばかりに描出されている。広大な自然と人間の孤独の対置が鮮やか。
「たくさんのチャンス」海に包まれた少女の小さくゆるやかな成長の足跡。
「ハンターの妻」厳寒に閉ざされた冬の描写が圧倒的。主人公が長い隔たりを経て、妻の手を取るラストにしみじみ。
「世話係」閉ざされ、こぼれ落ちていく主人公が悲痛で、けれど光を感じるラストに安堵した。
「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」誰の注目を集めることもない、そんな人に注ぐ眼差しにジンとくる。題名が秀逸。
以上4作品が特に良かった。 -
世界への見方。
美しい自然描写とひとひねりあるストーリーで、デビュー作とは考えられない力作。最新長編の「すべての見えない光」も購入したので楽しみに読みたい。 -
ピンク色のわたあめとそのまわりにただよう非日常の高揚感といかがわしさと物悲しさを言葉でで表現できたらなと思ったことが昔あって
縁日と移動遊園地の違いこそあれ、あの感じをうまく文章で掴んでくれてるな、と思う。
孤独感や寂寥感を必ずしもネガティヴな感覚とは思ってはいない人たちのための短編集。 -
貝を集める人 * / ハンターの妻 *** / たくさんのチャンス * / 長いあいだ、これはグリセルダの物語だった ** / 七月四日 * / 世話係 ** / もつれた糸 / ムコンド ***