- Amazon.co.jp ・本 (712ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105145071
作品紹介・あらすじ
19世紀末、大旱魃に苦しむブラジル北部の辺境を遍歴する説教者と、彼を聖者と仰ぐ者たち。やがて遍歴の終着地に世界の終りを迎えるための安住の楽園を築いた彼らに、叛逆者の烙印を押した中央政府が陸続と送り込む軍隊。かくて徹底的に繰返された過酷で不寛容な死闘の果てに、人々が見たものは…。'81年発表、円熟の巨篇。
感想・レビュー・書評
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ブラジルがポルトガル植民地から独立し、王制から奴隷解放を経て共和制となった19世紀終盤、
ヨーロッパの支援を受けた新しい共和国を作ろうという海岸側の都会と、旱魃になれば1年間雨が降らず飢餓と疫病と猛獣と盗賊と鎮圧軍の横暴に蹂躙される奥地との隔たりから起きた実際の事件、
「カヌードスの叛乱」を基にした小説。
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旱魃の続くブラジル奥地に神の言葉を説き禁欲的な生活をする男が現れる。
彼はコンセリェイロ(カウンセラー、助言者の意味)と呼ばれ、彼の元にはあらゆる人民が集まる。
貧しい者は救世主と敬い、
富を有するものはそれを捨て、
世間からはじかれた不具者たちは拠り所として、
そして犯罪者や盗賊たちは天使に触れられたように人生を改め彼に帰依する。
彼らはカヌードスの土地を占拠し人民は3万にも膨れ上がった。虐殺と強姦の指示者と生き残りが慈しみ合い、憎み合い殺し合った者、差別した者とされた者とが共存しあい、初めての安定の場所を得る。
神の言葉を信じる彼らは、共和国そのものを「アンチ・キリスト」呼び敵視する。神との約束である結婚を法律で定めることに激怒し、土地を休ませると言って農園を焼き、税金制度に真っ向から逆らう。
危険を覚えたブラジル政府は軍を出すが反撃される。ただの狂信者と貧者の集まりと思っていた彼らに撃退された政府の間では、背後に外国勢力や、王政復古や、地方貴族などの反乱分子が付いているなどという憶測と政治的計算が飛び交う。
さらに反政府的思想で勝手に共感する外国人の無政府主義者、巻き込まれた新聞記者、男性社会に流されてきた女、教会からの破門の惧れも超えて協力する神父などの思惑が交差する。
ブラジル政府は正規軍を出す。
“これまで誰も助けを差し伸べてくれなかったから、お互いに助け合いながら神を愛して暮らそうとここに集まった人たちを皆殺しにしようとしているのだ”
“コンセリェイロと出会った時、これで自分は生涯血の匂いをかがずに済むだろうと思ったものだったが、それが今や、それまでに経験したどれよりも酷い戦いに巻き込まれてしまっているのだ。父なる神様はこのために彼の罪を悔い改めさせたんだろうか?人を殺し続け、人が死んでゆくのを見続けるために?そう。そのためだったに違いない”
コンセリェイロ側は、男たちは実戦部隊として、女たちは政府軍兵士を引き千切り噛みつき殺し、子供たちは蟻や毒を政府軍に投げ入れ、敵が地獄に落ちるように裸にして性器を切り取り死体は木に吊るし、全員が戦いに挑む。
政府軍は、外国勢力が後盾についた最新の武器を持つ祖国の敵と戦いに来たつもりが、普通の貧しい民衆との原始的な戦いに甚大な被害を出し、集落に大砲を撃ち込み女子供を狙撃し捕虜の首を斬り晒す。
“人殺しを平気でする女や子供をそれゆえ殺さなければならず、しかもそいつらがイエス様万歳などと言って死んでいく、そんな相手と戦うのがどんな兵士にとっても決して楽しい物ではありえない”
泥沼化する戦闘が続く中コンセリェイロ側は1年間正規軍を跳ね返し、それでも最後は壊滅された。大地には三万の死体が溢れ、禿鷹や山犬たちが饗宴する。
しかし民衆たちの間にコンセリェイロへの崇拝は変わらない。コンセリェイロの死体を沈めた海の沖合へは、その後も巡礼者たちが訪れる。
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登場人物たちはそれぞれが本当に魅力的。
コンセリェイロ側に集まったのは、
ただ神の言葉だけを信じる側近ベアチーニョ、
初めて自分を人間として扱ったコンセリェイロを崇拝する畸形ナトゥーバのレオン、
広大な土地を捨て帰依した家長ジョアキン・マカンビラとその一族は最期まで威厳と尊厳を持ち、
元商人のアントニオ・ヴィラノヴァは天性の情報収集力と人を使う力で荒れたカヌードスを3万人が暮す町に造る。
そして生き生きと書かれているのは犯罪者や盗賊たち。
奥地に甚大な被害をもたらせた盗賊団頭領で顔に傷のあるパジェウ(彼のタダ働きっぷりときたら…(つД`)・゜。)、
最も残虐で悪魔と呼ばれた盗賊頭首ジョアン・サタン(コンセリェイロによりジョアン・アバージ-神の使途の意味-と変わる)、
自分を可愛がってくれた女主人を惨殺した黒人奴隷のジョアン・グランデ、
嬰児殺しのマリア・グアドラード。
“暴行や殺し、盗み、略奪、復讐、耳を切ったり鼻を切ったり、そういう意味のない蛮行。地獄のような気違い沙汰に満ちた生涯を送った男だ、にもかかわらずその男がここにいる。コンセリェイロが奇跡をなさったんだ。狼を羊に変えて囲いの中に繋ぎ止めたのだ。そして狼を羊に変えたがゆえに、それまで恐怖と憎しみと餓えと犯罪と略奪しか知らなかった連中に人生を変えるように説得しがゆえに、この粗野な土地に精神を吹き込んだがゆえに、やつらは次々と軍隊を送ってあの人たちを根絶やしにしようとしている。こんな不公正を働くとは、いったいブラジルは世界はどうしてしまったんだ?”
彼らと敵対したり、共鳴できない者たちもそれぞれの正義がはっきりしている。
カヌードスの土地所有者、カナブラーヴァ男爵は王制時代の秩序と政治的駆け引きを大切にしていたが、時代の変化に自分が取り残されたことを知る。
鋼の政治家エパミノンダス・コンサルヴァスは目的のためには政敵を貶めることもまたその彼らと手を結ぶことも厭わない。
共和制のために闘う軍人モレイラ・セザル大佐は「首切屋」の異名を持ち、敵には容赦せず、上流者には憎しみと軽蔑を向け、下位者には君臨するが、貧しい者へは敬意を示す。
名誉と復讐を重んじる奥地気質のガイド、ルフィーノは自分の名誉を汚した相手に死闘を繰り広げる。
スコットランド出身の無政府主義者で骨相学者のガリレオ・ガルは、遠い異国で自分の理想を夢見続けるが、原始の力に敗れる。
ルフィーノの妻ジュレーマは男の力に従うしかなかったが、未知だった平穏を見出す。
七つの大罪のうち六つまで犯したと言われる堕落者ジョアキン神父(ビンボーなので”貪欲”だけは免れているらしい)は自分の所属する教会や政府と、カヌードスとの正義の間に混乱する。
そして政府軍、カヌードス軍、政治家たち、それぞれと共にこの戦いを体験した近眼の新聞記者。
“カヌードスというのは一つの物語ではなく、沢山の枝分かれする物語が集まった樹木のようなものなんです”“彼らはちゃんと見たはずなのに、それなのに何も見てこなかったわけです。見たかった物だけを見てきた。そこにはなかったものまで見てしまった。(…)しかし、存在しないものを見てきただけじゃありません。それ以上に、あそこに本当に存在したものを誰も見てこなかったんです”
同じ国でありながらまったく違った価値観と時代に生きている彼らはお互いを理解することは決して出来ない。戦う理由も見ている先も全く違う。
とにかく分厚く、百科事典か枕かってくらいなのですがぐいぐい引き込まれるのが流石はバルガス・リョサ。
時系列も交差させた構成で、結果を知ってから内容を後から読む緊迫感や、戦闘場面を語る生き残った者が精神的にその戦闘が行われた過去と生き残って語っている現在を行ったり来たりするような描写はまさに読書の愉しみを味わえる。
もともと映画のシナリオを書こうとして断念し小説になったものなので、頭の中に情景が浮かんできます。
あと、何人かのカヌードス側登場人物は生死不明なので、巻末の解説にある「鐘楼を守っていた四人の男が倒され、カヌードスは陥落した」の場面をこの登場人物たちでやってほしかったなと思いました。
追記:
三読目のレビューも書きました。
https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4105145045#comment詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
うーん面白かった! 読んでいないときにまで先が気になってしまう小説は久しぶり。子供時代は本が厚ければ厚いほどうれしかったものだけれど、その頃の気持ちを思い出せる700ページ二段組みだった。長いし登場人物は多いけれど、シンプルで直球なので、途中でわからなくなったりせず「夢中で読む」体験ができた。大満足。
多くの人が入れ替わり立ち替わり登場する中で、多彩な主要人物たちの運命を交差させる技がうまい。ゲリラ戦から非モテの恋まで、もう全部のせだった。それをいちいち真に受けて「はああ...!」となるので、読み終わるまでの最後の三日間はとても疲れた。でもこういう本は真に受けて翻弄されるのが醍醐味なんじゃないかと思う。
個人的には第四回討伐における白兵戦とパジェウの告白、ジョアン・アバージの鬼神っぷりあたりにたいへんぐっときた。-
淳水堂さん
こんにちは。『世界終末戦争』は本当に面白いですよね。普段は聞かれるまで黙っているのですが、この本は本読みの知り合いみんなに全力...淳水堂さん
こんにちは。『世界終末戦争』は本当に面白いですよね。普段は聞かれるまで黙っているのですが、この本は本読みの知り合いみんなに全力でおすすめしています。
特に、カンガセイロの面々の個性が物語にふくらみを持たせていましたよね。戦闘シーンも燃えるのですが、ジョアン・アバージのつかの間の平穏の描写やパジェウの告白のまっすぐさに心をつかまれっぱなしでした。
タラメラの死は伝令が伝えたんだったような気がします。ジョアン・グランジはどうしたんだったか... そのあたりの略し方もそつがないというか、バルガス=リョサは上手いなあ!と思います。
セルタンゥが舞台の小説をもっと読みたいと思って、ローザ「大いなる奥地」収録の筑摩世界文学大系を借りてきました。楽しみです。これからもよろしくおねがいします。
なつめ2013/09/24 -
なつめさん
本もラテアメ文学解説雑誌もまとめて本読み知人に無理やり宣伝貸出中(笑)で手元になくあやふやでした。タラメラはパジェウの側近の方で...なつめさん
本もラテアメ文学解説雑誌もまとめて本読み知人に無理やり宣伝貸出中(笑)で手元になくあやふやでした。タラメラはパジェウの側近の方でしたっけ?防空壕で死を伝えられてましたね。
カンガセイロで名前はよく出てたけどあまり過去とかに触れられていない男がいたような気が…。
本が戻ってきたら確認します…。
あと解説に年表があって、それだとコンセリェイロの享年って70歳前後のようですが、本文ではせいぜい60歳くらいの印象でした。
ローザ「大いなる奥地」は私も読みました。
世界終末戦争のカンガセイロたちとはまた違って案外メロドラマっぽかったり。あと絶対最終頁は見ないように!最後にどんでん返しがあります。
ではまた!2013/09/25 -
2013/09/25
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1人の聖人がブラジルを放浪する中で徐々に信者を獲得し、巡礼団は奥地に宗教的なコミューンを組成する。対して、近代的軍隊を備えたブラジル共和国政府は、軍隊を派遣し鎮圧に向かうが、何故か何度も打ち破れ、悲惨な戦いが両者の間で繰り広げられ最後にはー。
極めて奇想天外でドラマティックな物語であるが、これが歴史的史実ということに驚かされる。ノーベル文学賞作家、マリオ・バルガス=リョサの代表作であり、歴史的史実を題材として、ブラジルという国家が近代化する中で生じた宗教と国家の軋轢が豊穣な語り口で描かれる。
ハードカバー700ページ、さらに二段組みという大作であり、叙述は様々な登場人物の視点が複雑に入り混じり、時系列もバラバラであることから、最初は取っつきにくい印象を受ける。しかしながら、徐々に物語の骨子がつかめてくると、登場人物が語るそれぞれの物語が重層的に響き合い、極めて骨太な世界が立ち現れてきて、読み手を飽きさせないあたり、天才的な叙述の才能を感じる。 -
ものすごい長編でしたが、無事ハマって読み終えることが出来ました。
前半はなんかいろいろだるい感じなのですが、その前半で出てきた登場人物たちが、後半になると頻出してきて、活躍していくので、後半に進めば進むほどハマり込んでいきます。
あとがきによれば、実際にあった事件を下敷きにしている小説のようです。
登場人物の大半が実在の人物らしいです。
後半は主に戦争部分なのですが、モレイラ・セザルの部隊の戦闘と、最終戦の戦争部分が非常に面白い。
気に食わないとすれば、近眼の記者の行動や思想、発言にイライラするぐらいでしょうか。
ジョアン・アバージやパジェウ、ジョアン・グランジなどの元カンガセイロ(盗賊)がかなりかっこいいです。
特に一部の人間を逃がすために突撃したパジェウは良いです。
ガリレオ・ガルは当初カッコ良かったのですが、レイプした後からはなんだかかっこ悪くなっていきましたね…。
あとがきにもありましたが、本文の時間軸や場面転換がすごく唐突です。
政治の話かと思ったら、カスードスに集まったジャングンソの過去話に飛んだりと、最初はかなり戸惑いました。
慣れてくると、スラスラ読めてきます。
非常に面白いのですが、非常に長いです。
自分は比較的読むの早い方だと思うのですが、各章の1項分読むのに、概ね1時間かかるので、毎日1項読んで3週間ほど読むのにかかりました。
ですが、それでも読む価値のある一冊です。 -
オリンピックは関係なく面白そうだったので読んでみた。最初のうちは桃太郎みたいに聖者様に家来が集まってくる話だが後半鬼退治されることに。共和制vs帝政の対立が幕末の倒幕派vs幕府側の対立に思える。ブラジルも日本のように近代化の苦しみを味わっていたのか。(日本が近代国家なのかどうかはさておいて)。さほど難解な表現もなく事実が淡々と述べられているので長い割には読みやすい。最後のあたりが9.11的な気がした。
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おそろしく長いが、話はシンプル。終末論を説く聖者のまわりに様々な人物が集まって、ひとつの宗教都市をつくりあげる。その共同体が近代国家ブラジルの権力(軍)と戦う。その様子が、双方の視点からほぼ時系列にそって語られる。戦いの様相がリアルなのは、これが実話であり、それに関する詳細なドキュメンタリにもとづいて描いているから。そしてそこに、おそらく作者が創作した多くの魅力的な人物を登場させ、動かしている。だから長くてシンプルな話なのに退屈しない。近代の権力が合理的な思想や膨大な物量でどんなに迫っても圧倒できない、そんな何かが人の中にあることを、この物語に身を浸すことで感じた。