阿片王 満州の夜と霧

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (443ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104369034

作品紹介・あらすじ

満州には、「戦後」の核心が眠っている-。策謀渦巻く満州帝国で、最も危険な阿片密売を平然と仕切って巨額の資金を生み出した里見甫。その謎に満ちた生涯を克明に掘り起こし、麻薬と金に群がった軍人、政治家、女たちの欲望劇を活写する。今まで誰も解明できなかった王道楽土の最深部を抉り出した、著者の最高傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 「日中戦争は二十世紀の『アヘン戦争』だった」
    (p263)。

    魑魅魍魎蠢く戦前の満州、上海。そこで阿片密売で巨大な影響力を奮った日本人、里見甫。
    日本軍や中国の軍閥に至るまで想像を絶するネットワークを築き、その人脈は岸信介やら笹川財団など戦後にまで及ぶ。莫大な富を得ながら、アジアに巣食う怪しげな連中に乞われるままに金をばら撒き、遺産はほとんど残さなかった。

    有名なアヘン戦争後も、中国において阿片の取り合いは続いた。軍閥から国民党、共産党に至るまでの各勢力にとっての最重要の資金源であり、それは関東軍や上海の日本軍にとっても例外ではなかった。

    当時の日本軍がやることなすことの全てが悪との立場はもちろん私は採らないが、混迷を極める大陸で甘い汁を吸うために戦争を歓迎していた人間は軍部にも民間にも大勢いた。
    昭和天皇は「なぜ上海駐留の我が軍将兵の預金口座がこんなに増えているのか」と軍にご下問されたという。

    そんなデタラメな状況のキーパーソンでありながら、どこか仙人のような不思議な風格さえ漂わせる里見に著者も魅了されたのであろう。細部の取材のこだわりはさすが。

    戦争の是非やら、愛国やら断罪やらを傍に置いて、戦争のある日常において、ある意味現代と全く変わらない下世話な生活感、大金をせしめる高揚感、それらを飲み込むえげつなさと一筋の光、そんなものががひしひしと伝わってくる本。

  • 歴史に隠れた地下茎-「阿片王-満州の夜と霧」  -2005.09.19

     ノンフィクション、資料とそれに基づく取材や調査、さらには推理を絡ませながら歴史の裏面によく肉薄した力作といえる。
     満州の夜と霧とでもいうべき深い闇に溶け込んで容易に姿を見せない甘粕正彦と、里見甫という二人の男。
    甘粕は大正12(1923)年9月の関東大震災直後、無政府主義者の大杉栄とその家族を扼殺したとして検挙され、仮出獄後、満州に渡って数々の謀略に加わった。最後は満州映画協会(満映)の理事長におさまって、関東軍をもしのぐ実力をふるい、満州の夜の帝王と怖れられた。
    一方、里見は中国各地のメディア統合を図って、満州国通信社(国通)のトップに君臨した後、魔都上海を根城にアヘン密売に関わり阿片王の名をほしいままにした。
    この二人は阿片という満州最深部の地下茎でつながりあっていた、というのが着想の主軸。
     著者に言わせれば、日本は、敗戦後十数年足らずで高度経済成長の足がかりをつかんだ。それは我が国がいち早くアメリカの傘のなかに入って戦後世界に君臨した察国家にその安全保障を任せっぱなしにし、経済分野に一意専心することができたからに他ならないが、昭和25年(1950)年に勃発した朝鮮戦争による特需景気はその先駆けをなすものだった。だが、そうした側面もさることながら、日本の高度経済成長のグランドデザインは、かつての人造国家-満州国を下敷きにしてなされたような気がする。昭和35(1960)年の安保改定をなした時の総理岸信介は、戦前、産業部次長として満州に赴任し、満州開発五ヶ年計画を立て、満州国の経済政策の背骨をつくって、後に「満州国は私の作品」と述べたのはあまりに有名である。世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験だったのではないか。高度成長の象徴である夢の超特急-新幹線も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州で実験ずみだった、というわけだ。

    里見甫が旧満州の土地をはじめて踏んだのは、いまから七十数年前のこと。たいした要職についたわけでもなく、政治の表舞台で活躍したわけでもない。あくまでも一人の民間人として中国大陸で生きていたにすぎない。にもかかわらず、阿片という嘗て中国の闇世界を支配しつづけたモノを媒介することで、彼は裏から歴史を動かし、日本の進路を変える働きもなした。
    歴史の濁流に呑み込まれた男の足跡をたどるのは困難をきわめたことだろう。きっかけとなったのは一枚の人名リスト。昭和四十年三月、里見甫が新宿の自宅で急逝するが、その二ヵ月後、関係者が里見甫の幼い遺児のために、奨学基金の寄付を呼びかけた。百七十六名にのぼる発起人が網羅されていたが、そのなかに、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一や佐藤栄作など、政財界の要人や裏世界に暗躍した者たちが名を連ねていた。この人名リストを手がかりに、著者は気が遠くなるような、過去への調査の旅に出かけたのである。驚異的な粘り強い取材によって、驚くべきことが次々と明るみに出て、半世紀以上も前に起きた歴史上の出来事の裏面が浮かび上がってきた。 
    詳細な資料調査や関係者のインタビューを通して見えてきたのは、 関東軍がアヘンの取引と深くかかわっていた実態である。軍部が戦線不拡大の意見を押しのけ、日中戦争に踏み切らせた心理的な要因の一つに、中国の軍閥たちが独占するアヘンの利権を武力で収奪することがあったという事実。
    著者曰く、日中戦争は二十世紀の「アヘン戦争」でもあった、というわけだ。
     歴史はたんに蒼白な「過去」としてではなく、つねに現在と関連させながら明らかにされていかねばならないとする著者のスタンスは、徹底した調査と取材姿勢でよく裏打ちされている。

  • 人物を追うことで歴史を研究するってのは、このあたりの近現代史(70年前)が限界。次々に鬼籍に入る証言者を追っていくスリルは魅力的。このルポを楽しむポイントは「行間を読む」ように不可解な部分を見逃さないこと。たとえば、、さらっと最後に記載された阿片王自身の阿片使用についてとか、最初から話題になっている最重要人物である「忘れ形見の人」の証言がほとんど無いことなど。これは如何してでしょう?

  • 日本の戦後というのは非常に歴史的に興味深い。
    歴史は繰り返されるというが、繰り返されるシステムを人が作っていると
    いうことを明確にあらわしているのが日本の戦後史ではないだろうか。
    里見甫氏も、学校で教えられる歴史の教科書に載るような人物ではないが
    戦中、戦後と色々な活動をした人である。
    日本を知るうえで、読んでおいて損のない本である。

  • 戦前の中国で「阿片王」として暗躍した里見甫を中心に渦巻く「満州の闇」に迫った力作。以下は、一気に読みとおした昨夏の日に書いた、その読後感。「どんよりとした雲とじっとりした湿気に物憂さを感じていた僕にはちょいと“クスリ”が効きすぎた。ストーリーに充満する毒気と妖気にすっかりあてられたまま、ぼんやりとした心地が今も続いている」

  • 満州帝国とは、阿片の禁断症状と麻痺作用を巧みに操りながら築かれた、砂上の燈篭のような国家だといぅってもよかった。

  • エンターテイメントと呼べるような作品ではない。

    綿密な取材と検証に基づいて書かれており、
    評伝というよりは「阿片王」と言われた里見甫の実像に
    著者がどこまで迫れるか、というルポのような作品。

    里見甫はじめ、男装の麗人(?)といわれた梅村淳、
    そのほかもろもろの強烈な個性の人物たちを追いながら、
    常に冷静な視点を保つようつとめ、
    知り得たことのみを記事にしていく著者の姿勢には好感が持てるが、
    盛り上がりに欠け、最後まで読み手をハラハラさせることはない。

    ノンフィクション・ルポ・ライターとして一級といわれる著者にかかっても、
    「阿片王里見甫」の真の姿、またその生涯のほとんどの部分において
    明らかにできずに終わるほど、里見甫の世界は広すぎたのだろう。

    里見の秘書(自称?)伊達や、里見遺児基金名簿を追う以外の
    アプローチがなかったのが残念でならない。



  • かねてから興味のあった満州について書かれている。里見甫という人物を中心に書き綴ったノンフィクション。この人物の生き様はたしかにおもしろいのだが、事実を淡々と記述しているため(ノンフィクションだからあたりまえなのだが)小説のようなハラハラドキドキというのはない。それから、阿片王というタイトルなのだが、私にはどうも叙述の中心がその周辺人物によっているような気がする。もっと里見自身、いや満州の根本のところまで掘り進んでほしかった。ただ、筆者の取材の過程にそくして、事実を書いているので、作家はこうして取材しているのか。と感心した面はある。昨今「李香蘭」というドラマをみた影響もあるが、今は日本の戦中や満州について興味がいっぱいである。

  • 満洲の阿片王、里見甫の評伝、と間違ってはいけない。里見本人の満洲での暗躍ぶりについて、本書はほとんど何も明らかにしていない。闇があまりに深すぎて著者の手には負えなかったのだろう。それでも、本書を読み応えのあるノンフィクションに仕上げた著者の力量は評価したい。

  • 週刊誌に連載されたノンフィクションを一冊にまとめたもの。連載されてたものを既に読んでいたが、あらためて買った。日中戦争の歴史を見ていく上で、主人公である里見甫の存在を忘れてはならない。全体としては面白かったが、個人的に最後の方の「梅村」の話がちょっと長かった気が。終わり方もなんだかよくわからなかった。でも、この時代に興味のある方は見ておいた方がいい。

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著者プロフィール

1947年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。編集者、業界紙勤務を経てノンフィクション作家となる。1997年、民俗学者宮本常一と渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』(文藝春秋)で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年、『甘粕正彦乱心の曠野』(新潮社)で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。

「2014年 『津波と原発』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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