みみずくは黄昏に飛びたつ

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534341

感想・レビュー・書評

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  • めちゃくちゃおもしろい!
    川上さんが村上春樹の大ファンなことはちょっと読んだだけですぐにわかる。
    これだけ敬愛している作家さんに、
    世の中や自分の中にある批判的な意見をぶつけて
    どう思っているか聞けるところがすごいし、
    それに対する村上春樹の答えもブレがなくて、初めはええ!?と思っても川上さんが突っ込んで考えを聞いていくと最後にはなんだか納得させられ、敬愛する気持ちを全く損なわせないのがすごい。
    川上さんが投げかけた、小説を書くうえでの質問に、川上さん自身はどう考えて書いているのかも知りたかった。
    村上氏、聞き返してくれないかな〜と思ったけど、あくまでも川上さんはインタビュアーなのでそうはならず。
    小説を書くときになによりも大切にしているのが、
    主題や構造ではなく、文章。
    最近、書店員が選ぶお勧め本に文章が拙すぎるものが混ざってきていて、読みやすさや展開のおもしろさに流されるという時代の変化を感じていた。
    どれだけ内容がよくても、文章がダメな本はおすすめできないと私は思う。
    村上春樹と川上未映子、2人とも読んでいるとハッとする文章に出会う。2人が好きな作家さんであることに改めて納得した。

  • 読み始めて、即、星5確定。
    対談形式の本って、ちょい読みにくい面があるのが常。この本は、そんな事が全くない。しかも無駄な言葉が全くないので、集中しないと読めない。
    川上さんの質問に無駄がなさすぎて…

    これは…ちょっと…

    集中しないと…

    因みにまだ40ページのところ。のけぞる。

    騎士団長殺しの制作話しが多めなので、騎士団長殺しをまだ読んでない人は、読んだ後の方が良い。

    230ページくらいまで来た。
    川上未映子さん…スゴい。インタビュアーだから村上春樹さんのファンであるのもまぁ当然なのかもだけど、村上作品の読み込みが…スゴすぎる…
    春樹さんに春樹作品の詳細を説明して思い出させたり笑
    読んでいて、川上さんにも惹かれていく。村上春樹ファンとしてのシンパシー…
    川上未映子さんの本もスゴく興味が湧いてる。
    早く読みたい

    第四章の前まできた。
    いろんな作品に言及してるけど、読んだのも読んだ事を思い出せないものもふむふむと読める。
    そして、沸々と再読したくなる。

    読了

    うん、面白かった。
    小説家の小説家たる力強さを感じた。
    小説の読者は、善なる闘いを受け止め、伝播する義務もあるのかもしれない…

  • 村上春樹作品のファンであれば、のけぞるほど面白く感じるのだろうな。
    そして彼の潜在意識を掘り起こす役割が川上未映子。
    彼女は根っからの村上ファンだとみえて、彼の作品のことを驚くほど調べている(作品を読んで知っている)。才女だと感じさせてくれた。

    彼の作品に多い比喩について。
    比喩とは、意味性を浮き彫りにするための落差。だからその落差のあるべき幅を、自分の中で感覚的にいったん設定しちゃえば、ここにこれがあってここから落差を逆算していって、だいたいこのへんだなあっていうのが、目分量でわかります。逆算するのがコツなんです。ことですとんとうまく落差を与えておけば、読者ははっとして目が覚めるだろうと。読者を眠らせるわけにはいきませんから。

    さび
    優れたパーカショニストは一番大事な音を叩かない。それはすごく大事なことです。

    リアリティ
    本当のリアリティっていうのは、リアリティを超えたものなんです。事実をリアルに書いただけでは、本当のリアリティにはならない。もう一段差し込みのあるリアリティにしなくちゃいけない。それがフィクションです。

    物語の原則
    リンカーン曰く、ものすごくたくさんの人間を一時的に欺ぐことはできるし、少ない数の人間を長く欺くこともできる。しかしたくさんの人間を長く欺くことは出来ない。それが物語の基本原則。だからヒトラーだって、結局は十年少ししか権力を持ち続けられなかった。麻原だって十年も続かなかった。「善き物語」と「悪しき物語」を峻別していくのは、多くの場合時間の役目。そして長い時間にしか峻別できないものもある。
    善なるものというのは多くの場合、理解したり噛み砕いたりするのに時間がかかるし、面倒で退屈な場合が多い。でも、「悪しき物語」というのはおおむね単純化されているし、人の心の表面的な層に直接的に訴えかけてくる。ロジックがはしょられているから、話が早くて、受け入れすい。だから汚い言葉を使ったヘイトスピーチのほうが、筋の通った立派なスピーチより素早く耳に入ってくる。

    小説に対するスタンス
    頭の良すぎる人が書いた小説は枠組みが透けて見えることが多い。読んでいても、正直あまり面白くない。理が勝っているから、一方通行のステートメントになってしまう。批評家はいちおう褒めるけど、読者はつかない。もちろんあんまりバカでも書けない。

    なるほど、学ぶことは多かった。

  • 芥川賞作家の川上未映子氏による村上春樹へのインタビュー。
    熱心な春樹ファンである川上氏の質問は、的確で深く、村上氏が答えやすそうな場を作っています。
    文学を愛する文学者同士が親密に語り合う場に、自分もお邪魔しているような気分で読み進みます。

    一愛読者であるからこそ、聞いてみたい事柄をあふれんばかりに準備してきた川上氏。
    互いに誠実な受け答えをしています。何回かに分けて行われたインタビューは、総11時間に及んだとのこと。様々な質問から、著者が語る村上ワールドが見えてきます

    人の話を引き出すインタビュアー。やはりその人によって、相手の語る内容は違ってきます。時に聞き古したような質問を受けて、退屈そうな反応を見せる村上氏の記事を読むにつけ、あまりインタビューを受けるのは好きではないのかと思っていましたが、川上氏の情熱に取り込まれて、普段は見せないようなラフな一面も見せてくれているよう。

    私は概して村上作品は好きですが、往々にして女性が男性の犠牲となる描かれ方に、耐えがたい思いを抱くこともあります。フェミニストだという川上氏は、猶更その点が気になるようで、村上氏に真っ向から女性の立ち位置に関する質問をしていました。
    村上氏は無自覚のようで、あまり納得のいく的を得た答えではなかったのが残念でしたが、聞きづらいことを避けずに敢えて踏み込んだ、川上氏の勇気に感服しました。

    かなり踏み込んだ質問もあり、最終的に村上氏に「しかしこれ、すさまじいインタビューだった。あと二年くらい何もしゃべらなくてもいいかも」と言わしめた川上氏。
    とても読み応えのあるインタビュー集になっています。

  •  この本は村上春樹が小説を書くにあたってのこだわりや大切にしているもの、物語の作り方、読者が覗いてみたい日常の素顔がみられます。それと、特にファンならとても気になるあの独特なメタファー、シンボルの思いつき、その誕生のはなしも聞けます。
     で、小説を書くにあたって一番大事にしているのは「文体」ということだ。すなわち「かたり口」
    コレには拘ってるらしい。

     二人とも小説家ですから読者には馴染みがない専門用語がでてきます。なんか最初はとっつきにくく感じられますが、意味を確認しながら読み込んでいけば面白く虜になってしまいます。小説家らしい質問に対しては小説家らしい応えがかえってきます。

     作品を創作する上で、タイトルは先ず頭の中に出来上がっていて、人物名をもあらかじめ考えとく。構想が漠然とあって、彼は書き出したら振り返って読み返すことせずに、いっきに書くようだ。
     その創作の仕方に、小説を書く動機づけの特徴に興味があった。彼の性格的な資質として、「何かを強く憎んだり、喧嘩をしたりとか、腹を立てたりとか、非難したりとか、誰かと現実的に争うってことをあまりしない人間で」あって、「かなり個人的な人間だから、腹立つことがあっても(しょうがないや)と思って、一人でやっていくタイプです。現実世界ではなかなか戦」かわない人間だった。結構内向的な性格だったようだ。だからこそ、人間の心の中の深部に入っていくこに関心をもてたんだと思う。
    「これまでずっと長い間、自分は世の中のほとんどの人に嫌われていると思いながら生きてきた」。

     そういう彼に魂をゆり動かされる痛切な体験を早稲田大学生の頃にしている。学生運動だ。その運動の中にいた彼にやがて違和感みたいなものを感じるようになってくる。ちょうど運動が衰退していく頃だ。この時の気持ちをこういっている。
      
     「理不尽さに対する純粋な怒りの発露であっものが、やがて、、、党派と党派の戦い、、、みたいなものに変わってくるそうなってくると、個人の思いなんてどこかに吹き飛ばされてしまう。そういうことに対する失望感という、、、ものが僕の場合は強かった」
     表面的な言葉に絶望して小説を書こうとしたら、「『風の歌を聴け』みたいなところにいかざるをえなかった」。この体験が小説を書く動機づけになったこは間違いない。
     
     この本には「職業としての小説家」と「騎士団長殺し」「ねじまき鳥のクロニクル」の話しを引き合いにだして小説論を展開しいる。

     「ほんとうに優れた音楽はあるところでふっと向こう側に抜けるんです。、、、ある時点で一種の天国的な領域に足を踏み入れる、ハッという瞬間がある」
    とこれをわかりやすい比喩を、使うと地下二階まである二階建一軒の家に例えると、「私小説」で扱う「自我」があるのはこの部屋。で地下二階には村上春樹が行きたがっている部屋である。

     片手間で「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」書けたけど長編となるとそうはいかない。
     
     先ず手書きで文章をかく。「一塊の文章を書き上げる。そこにどんどん手を加える。そのうちに何かが自動的に動き始める。このかん時間の経過が必要になる。そういうのを書いてから二ヶ月後に小説になるかというとならない。一年とかの年という歳月が必要になる」。ねかせとく時間が絶対必要なんだそうだ。だから次作まで時間がかかってる。ん、それと三人で話しをしさることがなかなか難しかったらしい。「ノルウェーの森」で初めてできたらしいのだ。というのは主人公に名前がなかったからだ。

     で村上春樹の将来の夢はというと、いつか「ジャス倶楽部」をやりたい。それも青山辺りで。

    質問者の川上未映子に対する感想なんですが、村上春樹自身が「騎士団長殺し」を書いたんだけれども、彼が意識してなかったことを、みごとに解説しているところがある。かなりの読解だ。読解力が凄い。
     小説家だから自分ならこう書くのになあ〜ということがあって、ここはこういことに?随分と深読みしてた印象があった。彼は小説家からインタビューされるのは嫌がってたけど、「次々に新鮮な鋭い質問に思わず冷や汗をか」くことが度々あったらしい。一回のインタビューで3〜4時間かけたものを四日間かけて収録。でも、二度と受けたくはないんだろうなと感じたしだいだ。

  • いや、もう圧巻としか言いようがなかった。
    芥川賞作家であり、村上春樹さんの熱心なファンでもある川上未映子さんによる、村上春樹さんへのインタビュー。

    綿密な事前準備をして、ファンであるからこそ聞きたいこと、そして作家として聞きたいことをみごとに聞く(というか畳みかける!)川上未映子さんのインタビュアーとしての力と、インタビュアーに触発されたにせよ、こんなにも洗いざらい話していく村上春樹さんのサービスっぷりに驚いた。

    そして、村上春樹さんが過去の作品を読み返さず、下手すると登場人物の名前もあやふやだったり(それを川上さんにつっこまれる)、とにかく浮かんだものを物語の中に取り込んでいくので、たとえば「騎士団長殺し」の「イデア」がプラトンのイデアとは関係がないと言い切っていたり(!)、読んでいて「えぇ?それはないでしょう、そうやって読者を煙に巻いているだけなのでは?」と最初は思っていたけれど、読み進むにつれて、それが村上春樹さんのスタイルであり、小説の作り方なんだな、ということが見えてくる。

    だから、いろいろ不思議な非現実的な要素がたくさん出てくる小説に関して、これはどういう意味でどういう解釈なんだろうかというのには本当に答えがなく、ただ「地下2階」に降りていくだけなんだという、わかったようなわからないような、でも読んでいるときの心地よさはこれか、と腑に落ちる感覚。文体にも、村上春樹さんのサービス精神が盛り込まれていたんだな。だからこそ惹きつけられた。

    このインタビューの熱量が強すぎて、一度にたくさん読むことができず、少しずつ少しずつ読みすすめて、何カ月かかかってようやく読了。作家 vs 作家のやりとりは、時として素人の一読者には消化不良となるので、ゆっくりと。出てくる小説で内容を覚えていないものについては本棚をひっくり返してさらっと読んだりしつつ。
    村上インダストリーのガチョウは、これからどんな物語を見せてくれるのだろう、楽しみは尽きない。

  • 川上さんの村上作品への愛がすごかった
    それに全然退屈しない素晴らしい本だったなぁ
    フェミニストとしての意見も良かった。たくさんの女性登場人物についての話が聞けて楽しかったなー。

  • 小説家 川上未映子が村上春樹にインタビューする形で進む対談。対談ものは、何となくしょぼく終わることも多いが、この本は川上さんが事前にもかなりしっかりと準備をして対談に臨んでいるおかげで、とても興味深いものに仕上がっている。村上春樹という作家が、その作品を仕上げていく過程におけるメソッドや込める想いを言葉にして取り出して読者に提示することに成功しているからだ。そこには、川上未映子の村上春樹に対する一ファンにも近い思慕が感じられる。その意味で、村上の本というよりもあえて言えば川上未映子の本と言えるだろう。

    特にこの時点で直近に書き上げた長編小説である『騎士団長殺し』についてのモチーフや文体の話が興味深い。村上春樹によると、『騎士団長殺し』は上田秋成の『春雨物語』に入っている「二世の縁」がモチーフだったという。また、出だしの文章は過去のすでにどこかの時点で書いたものであるが、それと『騎士団長殺し』というタイトル、の三つが一つに結びついて生まれたとのこと。また、この小説は、村上春樹にとって久しぶりに一人称で書いた「私」が主人公の小説となっている。再び「私」が主人公となったのはチャンドラーの翻訳の影響であり、また「僕」でなく「私」であるのは年齢的なものもあるとのこと。

    【作者の意図】
    小説の中に隠された作者の意図、というものを村上春樹は拒否する。
    「頭で解釈できるようなものは書いたってしょうがない」というのだ。そして、解釈できないからこそ物語になるという。「作者にもよくわかっていないからこそ、読者一人ひとりの中で意味が自由に膨らんでいく」と村上春樹は言う。
    「結局ね、読者って集合的には頭がいいから、そういう仕掛けみたいなのがあったら、みんな即ばれちゃいます。あ、これは仕掛けているな、っていうのがすぐに見抜かれてしまいます。そうすると物語の魂は弱まってしまって、読者の心の奥にまでは届かない。
    書いている人だって正解みたいなものは持ち合わせていないんだという、そのもやっとした総合的なものを、読者がもやっと総合的に受け入れるからこそ、そこに何かそれぞれ自分なりの意味を見出すことができるんです」
    それでも「白いスバル・フォレスターの男」が主人公のオルター・エゴのように取れるとも思う、と言ってしまうところは川上さんとの対話の中で少し気が緩んだからだろうか。確かに「白いスバル・フォレスターの男」は気になるアイテムだ。

    また、『騎士団長殺し』における『ギャツビー』へのトリビュートに関しても言及される。谷を挟んでわざわざそのために購入した家から家の明かりを眺める様子はギャツビーそのものである。語り手である主人公に訪問を仲立ちしてもらうところも同じだ。川上さん、そこをよくぞ聞いてくれた、というポイントである。村上さんの『ギャツビー』への愛を確認できるエピソードである。

    【文体】
    村上春樹は文体を大切にする。
    これまでの40年間の作家生活でやってきたことは、文体を作ることだけだという。「とにかく文体をより強固なものとすること、おおむねそれしか考えていないです。...でも文体は向こうからは来てくれません。自分の手でこしらえなくちゃならない。そして日々進化させていかなくちゃならない」
    具体的に、『ノルウェイの森』でリアリズム小説を試し、『スプートニクの恋人』でそれまでの文体の総決算をし、『アフターダーク』で、シナリオ的な書き方を試した。『多崎つくる』ではグループを描く小説を書いたという。ここに挙げた中程度の長さの小説では割と突っ込んだ実験をしているのだと。それが理由か、おおむね読者の評判はよくないということだ。

    【読者との信頼関係】
    読者との「信頼」について語る。
    読者がついてきてくれる理由について、次のように語る -「僕が小説を書き、読者が小説を読んでくれる。それが今のところ信用取引として成り立っているからです。これまで僕が四十年近く小説を書いてきて、決して読者を悪いようにはしなかったから」

    「「ここには何かがあるし、それは決して悪いものではない」ということをある程度の数の読者と僕は多分、お互い理解し合っているんだと思う。というか、僕としてはそのように思いたいです」- 僕としてもそのように思いたい。

    【小説の中のジェンダー】
    女性に対する描写については少しはぐらかされる。
    「物語とか、男性とか井戸とか、そういったものに対しては、ものすごく惜しみなく注がれている想像力が、女の人との関係においては発揮されていない。...なぜいつもの村上さんの小説の中では、女性はそのような役割が多いんだろうかと」と、川上さんとしては踏み込んだ、そして準備をしてきた質問をぶつけたのに対して、「僕は登場人物の誰のことも、そんなに深く書き込んでいないような気がするんです」と答える。
    川上さんは「私はフェミニスト」と宣言してさらに切り込もうとするが、話は若干噛み合わない。それは川上さんがひとつの結論を前提として話を持っていってしまったからかもしれない。『1Q84』の青豆や『ねじまき鳥』のクミコ、『眠り』の話などが持ち出されて議論は進んでいるように見えるのだが、川上さんの期待する答えではないことによる戸惑いが見られる。果たしてどのような答えを川上さんは期待していて、どのように返そうと考えていたのだろうか。ちょっとした緊張が感じられて、もっとも面白いところでもあった。

    【まとめ】
    対談形式と思って高をくくっていたら、意外にやられた。特に『騎士団殺し』を読んだ後に読むとよいでしょう(読む前には決して読まないように)。

  • こんな愉快になれる本は珍しい。
    村上春樹は、自分の書いたもの、言ったことを忘れることが多い。というかこれからのことしか興味がない。また、彼の執筆のスタイルは精神世界に降りていき、展開される景色を描写していくスタイル。悪くいうと行き当たりばったり。
    これに彼の熱烈なファンで、彼と彼の作品を正しく理解し、研究熱心な川上未映子がインタビューする。
    その結果、
    『「あの女の子、なんて言ったっけ?」と川上未映子に問い、彼女の方が「まりえです。なんて言ったっけって(笑)」』って会話になる。最近の『騎士団長殺し』の主要な登場人物なのにもう忘れている。なので川上未映子としてはあきれるばかりで、どうしたって責める感じになってしまう。

    『「僕はただそれを「イデア」と名づけただけで、本当のイデアというか、プラトンのイデアとは無関係です。ただイデアという言葉を借りただけ。言葉の響きが好きだったから。』なんて言うものだから

    『「村上さん・・・あのですね、原稿を書いていて、イデアっていう単語を村上さんが打つ、こうやってキーボードで「イデア」。イデアってまぁ有名な概念じゃないですか。そしたら当然、「ちょっとイデアについて調べておこう、整理しよう」みたいなこと考えませんか?」
    「ぜんぜん考えない。」
    「それは本当ですか。」
    「うん。ほんとうにそんなことは考えない。」』

    村上春樹がボケで、川上未映子がツッコミというところでしょうか。こうしたやりとりのおかしさは、二人のキャラクターがあってのことで、稀有なことと思うので特別なおかしさということになる。
    『「これ読んでいる人、「川上も(村上の発言を)真に受けちゃって、くっく」って笑ってるんだろうか」というほど村上春樹のボケぶりがおかしい。ワタシは天然だと思うが。

    また、「騎士団長殺し」完成直後のインタビューで、作品の裏話が聞けるのも興味深い。まずあったのは「騎士団長殺し」という言葉と書き出しと「二世の縁」という作品のイメージだけだったそうだ。それを長い間寝かしておいて、書き始める。落語の三題噺みたいだ。しかしその時は「騎士団長殺し」はどういう形で出てくるか分かっていない。

    『「「騎士団長殺し」という言葉が絵のタイトルだとわかったのはいつですか。」
    「それはずっとあとのことです。ずっとあと(笑)。穴を開いたあとで。」
    「それはマジですか。」
    「マジで。」
    「穴を開くまで、「騎士団長殺し」は、まだ単なる言葉だった。」
    「まずは「騎士団長殺し」ってタイトルが頭に浮かんで、それから書き始めて、書き始めてすぐに、主人公は肖像画家にしようときめたのは確かです。それで彼が、屋根裏から一枚の絵を見つける。そのタイトルは「騎士団長殺し」であった。そういう流れですね。
    ああ、これでなんとか話をもっていけそうだなと、そのときにやっとわかった。」』
    川上未映子が思わず「マジですか。」という言葉を使ってしまったほど驚異的な話だ。何も考えないってそこまで何も考えないで、物語というのは成立してものなのかと思う。
    「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で違う話を書き出して、最後つながるのだが、これも頭の中で考えてつなげたのではなくて、自然に合体したそうだ。

    村上春樹は巫女さんとか小説が通過する器官のようなもので、作品の中で起きている事件に意味とか考えないようにしている。考えて意味付けしてしまうと失速するので考えない。しかしそれで物語がキチンと完結していくという作用がなんとも不思議だ。

    『「地底の世界。ここについてもちょっと聞きたいんですけれども、大丈夫ですか?」
    「たぶん大丈夫だと思うけど。」
    「では続けます。・・・」』
    と一方的に攻め込まれてる。
    最後、
    『「しかしそれにしてもこれ、すさまじいインタビューだったなぁ(笑)。あと二年くらい何もしゃべらなくてもいいかも。」
    「では、ぜひまた二年後に。」』
    と終わるのもおかしい。

    『「語り口、文体が人を引きつけなければ、物語は成り立たない。内容ももちろん大事だけど、まず語り口に魅力がなければ、人は耳を傾けてくれません。僕はだから、ボイス、スタイル、語り口ってものすごく大事にします。」「僕はもう四十年近くいちおうプロとして小説を書いてますが、それで自分がこれまで何をやってきたかというと、文体を作ること、ほとんどそれだけです。」』

    と文体ありきという話が繰り返される。ある意味職人みたいなところがあるのだろう。どんな家を建てるかよりも大工としての腕が大切というようなことが。そしてどんな家になるかの部分は、物語が降りてくるので他人事のようなところがある。

    それにしても川上未映子という人もエライ人だと思う。村上春樹も突っ込まれながらも自分の世界をうまく伝えてもらえるという確信があって、彼女をインタビューアとして選んだのだろう。村上春樹が好きな人にはたまらない一冊だ。
    彼女の作品も真面目に読んでみようと思う。

  • 川上未映子の細かい質問も村上春樹の持ってまわったような回答も、その多くはなんかかっこばっかり気にしていてかしこぶってるというか、漠然として頭でっかちな話に終始していて、面白くもないし大した示唆も得られないのだが、第四章でようやくフィジカルな話に踏み込んでからは面白く読むことができた。

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著者プロフィール

大阪府生まれ。2007年、デビュー小説『わたくし率イン 歯ー、または世界』で第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008年、『乳と卵』で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で第14回中原中也賞受賞。2010年、『ヘヴン』で平成21年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、第20回紫式部文学賞受賞。2013年、詩集『水瓶』で第43回高見順賞受賞。短編集『愛の夢とか』で第49回谷崎潤一郎賞受賞。2016年、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞受賞。「マリーの愛の証明」にてGranta Best of Young Japanese Novelists 2016に選出。2019年、長編『夏物語』で第73回毎日出版文化賞受賞。他に『すべて真夜中の恋人たち』や村上春樹との共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』など著書多数。その作品は世界40カ国以上で刊行されている。

「2021年 『水瓶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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