介護民俗学へようこそ 「すまいるほーむ」の物語

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103395119

作品紹介・あらすじ

こんな風に世話してもらえたら……。発見と感動に満ちた新しい介護の世界。高齢者と向き合い、人生の先輩として話を聞く。そんな民俗学の「聞き書き」の方法が介護現場を劇的に変えた! デイサービス「すまいるほーむ」で語られる鮮やかな記憶、意外な戦争体験、思い出の味、切ない恋バナ。多彩な物語が笑いと涙を呼び、認知症の人もスタッフも豊かな感情を取り戻していく。介護の可能性を切り拓く一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 「驚きの介護民俗学」で心底驚いて、この本を手にとった。前著では、私が昔サークルでやっていた民俗学のことも思い出し「こんなところに思いも掛けない宝庫がある」という発見としての感想の方が大きかった。

    今回は反対に、現在私が少しだけ関わっている仕事としての介護についてや、この数年の間に体験して来た父親や伯母夫婦の介護のあり方について思い出すことも多かった。

    それは著者の境遇の変化からも起きていると思う。著者が理解のある経営者に支えられた小規模デイサービス施設の管理者に変わったのだ。それにより、より利用者に寄り添った「お仕事物語」になっていたように感じた。反対に言えば、前著は仕事面では融通が効かなかったからこそ、より民俗学的にシフトした内容になったのだろう。介護民俗学という学問がもしありうるとすれば、どう実践していけば利用者との関係性を持てるのか、ここには豊かな経験が書かれているだろう。

    もちろん、民俗学的に貴重な事例もその中で発掘される。完全に日本化されていた戦前のソウルの暮らし、女子勤労挺身隊の実態、風船爆弾の作成途中で遊んでいた経験、高度成長期の最初期の恋バナ、沼津という比較的開かれた地方の村の青年部の新婚世帯の覗き、昔話の語りの原風景ともいうべき認知症の方の怪談話、等々。

    著者は、これらを本格的な「聞き書き」だけでなく、送り迎えや入浴介助の中で聴き取り文章化している。また、利用者全員がそのことを良しとして、彼女の文章を積極的に読んで感想を言いあったりしている。こういう「関係性」こそが、一般のノンフィクションジャーナルとは違う正に「民俗学的」なのだと思う。だからこそ、一般のデイケアサービスで取り入れるのは、なかなかむつかしい。

    でも、広まって欲しいと切実に思う。なぜならば、10人ほどが利用する著者の小規模施設でもこんな豊かな事例が出てくる。全国的に始まれば、いま急速に無くなりつつある「高度成長期以前」の、もしかしたら弥生時代まで射程に入るような日本人の貴重な「民俗」(私の個人的見解です)を記録できるかもしれないのである。

    しかし、それだけではない。「要介護状態となった人たちもひとりの人間として地域において価値を持ち、要介護状態の人もそうでない人も互いに支え合って地域社会を形作っていく」ちょっと前の村々では当然あった人びとの暮らしを取り戻す、きっかけになるのかもしれないのである。

    やはりこの本も「驚き」でした。

    2016年7月3日読了

  • 「介護民俗学」とは著者による造語だ。六車さんはもともと「民俗学」を専門とする学者だったが、大学を辞めて介護の世界に飛び込んできた「介護業界の常識」にとらわれない人。本人曰く「コミュニケーションが下手」で、今の職場に管理者として来た当初は(もう少し、スタッフに自分の気持ちを伝えればいいのにな)と良き理解者である村松社長に心配されたこともあるそうだ。
    六車さんは聞き書きは「人と人との関係を回復させ、介護という営みをもっと豊かにする」と言う。すまいるほーむでの出会いは、関わり合う人達を日々相互に変えている。静岡の小さなデイサービスの実践から、日本中に聞き書き(或いは傾聴)のメソッドが拡がれば良いなと思う。

  • 介護民俗学。あまり聞き慣れない言葉である。
    この本には前段がある。同著者による『驚きの介護民俗学』である。著者は元々、民俗学を専攻しており、民間企業の学芸賞を受けるなど、気鋭の研究者であったのだが、さまざま事情があったようで(この辺の詳しいことは前掲書でもあまり深くは触れられていない)、研究畑から介護の仕事に飛び込んだという異色の経歴の持ち主である。前掲書では、著者は、比較的大規模の介護施設で働きながら、利用者のお年寄りから昔話を聞く、「聞き書き」を始める。聞き手は昔の暮らしを「驚き」ながら聞くことで、利用者のバックグラウンドを知り、理解を深めることになる。一方で、語り手もまた生き生きとしていた時代を思い出しつつ、一方的にサービスを受けるのではなく、能動的な「知識の宝庫」、語り部となることができる。語り手が描き出す世界は、教科書からは抜け落ちる庶民の暮らしであり、民俗学的にもまた、肥沃な世界観を広げるものだった。
    本書は、前掲書の後、小規模デイサービス「すまいるほーむ」に移った著者による、施設利用者と介護者の物語である。

    前作同様、利用者の「物語」を共有しようとする著者の姿勢が温かく、また利用者それぞれの人の話が本当に興味深い。
    挺身隊に行って風船爆弾を作った経験がある人。ポリオで少し麻痺が残ったけれど青春を謳歌していた女の子。朝鮮の京城で料亭の子として生まれ育ち、終戦とともに引き揚げてきた人。「遠野物語」ばりに、父親が謎の大男に襲われた武勇伝を語る人。
    それぞれの人はそれぞれの歴史を背負う。
    小規模施設の管理者となった著者は、一方的に介護者がサービスを行うのではない形を探る。利用者それぞれの思い出の味を再現してもらい、踊りの師匠だった人には行事の出し物の振り付けをしてもらう。「聞き書き」によりわかってきた利用者の人生をすごろく仕立てにして、皆で共有する。
    著者だけでなく、施設職員も、そしてまた利用者も、「すまいるほーむ」をより「心地よく」「よいものに」するにはどうしたらよいか、智恵を絞る。

    もちろん、何かを変えようとする際に、障害や反対・批判は付きものである。
    こうした活動の中で、ストレスからか、一時的に体調を崩してしまった認知症の人もいる。著者が利用者を「だし」にして「金儲け」をしているという批判もある。
    利用者は「すまいるほーむ」を気に入っていたが、諸般の事情で別の施設を利用することになり、もう来られなくなった人もいる。
    制度の壁でどうしても超えられない問題も多々ある。
    何がより「よい」介護なのかは難しい問題だが、より「よい」介護を求めていく、著者らの真摯な姿勢が胸に残る。「聞き書き」のある介護の風景は、そうした目標に近づいていくように見えるのだ。

    この著者の本を読んでいると、思い浮かぶのは、そっと差し伸べられる温かな手である。
    押しつけがましくはなく、けれど、「あなたを思っている」というメッセージ。
    読んでいてとても心地よい。この先、「聞き書き」の活動がどう展開していくのかわからないが、この心地よさを信じて、私は陰ながら応援していきたいと思う。

    • 薔薇★魑魅魍魎さん
      この本、私も読みました。そういう仕事に携わっているわけでもその必要のある人がいるとかそういう身の上でもないけれど、介護や養護に強い関心があり...
      この本、私も読みました。そういう仕事に携わっているわけでもその必要のある人がいるとかそういう身の上でもないけれど、介護や養護に強い関心があり様々な新しい方法、介護革命、に興味を持ちます。

      彼女のアプローチもすばらしい新しいかたちだと感じます。

      介護という行為というか現象に興味と関心を抱いたのは、小学生の頃に宇治の高齢者施設で、先ごろ身罷った鶴見俊輔のお姉さんの比較社会学者で南方熊楠や柳田國男の研究や地域住民による発展を論じた内発的発展論で知られる鶴見和子に会ってからでした。

      今までそういう場所というか空間に行ったことがなかった私には、異次元の世界ほどの衝撃でした。そこは何か新しい世界への入口のような直感がありました。不謹慎ですが、面白いと感じたのです。

      フランスのイブ・ジネストとロゼット・マレスコッティの二人が編み出した、見る/話しかける/触れる/立つということを基本としてその他に150もの技術を有するまったく新しい魔法のような認知症ケアであるユマニチュードに魅かれるのも、それが今までの閉ざされた非人間的な介護ではなく、新しい世界へと開かれた人間としての尊厳・意味を取り戻すための介護だということにおいてです。

      あるいは、山口デイサービスセンター夢のみずうみ村で藤原茂が実践している、自分のスケジュールを自らが勝手に選び、歌とか麻雀だとか何もしないとかを、自由に自分で好きなように楽しんで選んだり、急なこう配や上がり下がりしにくい階段などの極端なバリアフリーなしのバリアアリーの施設、きちんと食事係や介護職が準備しないでセルフサービス・バイキング形式で自分が取りに行かないと食事もできないなど、つまり手厚い擁護やましてや辛く苦しいリハビリでなく、日常動作そのものがリハビリになるように作られた施設だというまったく逆の発想からなるものにも注目します。

      2015/10/11
    • 薔薇★魑魅魍魎さん
      あのぅ、なんかすいません。自分できちんとひとつのレビュー書けばいいものを、ついつい押しかけ女房みたいにぽんきちさんのせっかくのちゃんとしたレ...
      あのぅ、なんかすいません。自分できちんとひとつのレビュー書けばいいものを、ついつい押しかけ女房みたいにぽんきちさんのせっかくのちゃんとしたレビューに、勝手に甘えて土足で上がり込むように駄文を添えさせてもらったりして。
      少しは恥ずかしがったり反省めいた感情を持っていますが、たぶん、これからも常習犯になりそうな愚か者です私って。・・・・・
      2015/10/11
    • ぽんきちさん
      薔薇★魑魅魍魎さん

      コメントありがとうございます。
      いやいや、博識でいらっしゃって、逆にいつも勉強させていただきます。

      私も介...
      薔薇★魑魅魍魎さん

      コメントありがとうございます。
      いやいや、博識でいらっしゃって、逆にいつも勉強させていただきます。

      私も介護職でもなく、現在身近に要介護の親族もいないのですが、いずれ通る道、何となく横目で気にしているような感じです。
      ユマニチュードも夢のみずうみ村(こちらは確か、NHKのプロフェッショナルでしばらく前にやっていたような・・・?)もちょこっと聞いたことはあり、感銘を受けた覚えはあるのですが、自分ではすっと出てこず、詳しく書いていただいてありがとうございます。

      介護と民俗学、おもしろい組み合わせですよね。新しい試みなだけに、どちらに向かうか、素人目にはちょっとわからないのですが、すごく奥行きがありそうで、魅力を感じます。既存の固定概念と戦う部分もあって簡単ではなさそうですが、ほんとに陰ながら応援したいです。
      2015/10/11
  • 著者はすまいるほーむは、ここは、人生で初めて得た生きにくさを感じなくてもいられる貴重な居場所であると言う。利用者もスタッフも同じ目線で、お互いの生き方を認め合って、共に生きていくという姿勢だからだろう。こんな施設が増えていつてほしいと心から思っている。

  • 土居裕美子先生  おすすめ
    32【教養】380.1-M

    ★ブックリストのコメント
    デイサービス「すまいるほーむ」で語られる、利用者の方々の鮮やかな記憶、想い出の味、戦争、家族、恋・・・。物語ることの力で介護の可能性を切り拓いていきます。

  • 介護現場での聞き書きの他変だと思います。筆者の知性があってこそのインタビュー力だと思います。
    利用者の言葉に耳を傾け、その人の人生を通して地域の歴史を紐解いていく介護民俗学は面白い。

  • 語り手の聞き書きの体験を著者が愛情深く記述されている。
    支援が目的ではなく傾聴とは違うとのこと。
    利用者さんの言葉そのものに真剣に耳を傾けたとき、その方の人生や経験が見えてきて敬意を持つことができる
    聞くという行為自体の姿勢を見習うべきだと思った
    ほうとうつくりやハンバーグなど料理のエピソードはかなり印象的 その方にとっての思い入れのある料理を聞き出して皆で調理する体験は貴重

  • 六車さんの著書第2弾!
    デイサービス「すまいるほーむ」での聞き書き。
    利用者も職員も本当に生き生きと描写されていて、「介護するーされる以上の関係」というのはこういうことかと感じた。

    あと、六車さんの著書の魅力は、介護現場での試行錯誤、戸惑いや疑問、後悔などが書かれていることだと思う。食事介助の話がとても印象的だった。介護職員としてまだ出来ることがあると気付くことができた。

  • とても共感できる本だった。
    利用者とデイサービスのスタッフが世話をされる人と世話する人という立場に固定されていて、本当なら長生きした人たちはその経験や知恵を生かして尊敬される立場にたてるはずなのに、面倒見てもらってるからと言いたいことも言えず卑屈になっていることが多いのが現実。
    しかし、高齢者の方に教えていただくという立場でお話を聞くと、認知症の困った人ではなく、とても魅力的なお話が聞けたり、想像を絶する人生に感動したり胸を締め付けられたりして、お話を聞いた後はそれまでとまっく違う気持ちで接することができる。
    こういうデイサービスや施設が当たり前になることを願う。要介護2の実家の母がデイサービスのスタッフを先生と呼んでいるのをきいて悲しくなったから。

  • 前著で「介護民俗学」という著者の造語で介護現場に新しい方法論を生み出した著者の第二弾。前著の実践が大規模な特養であったが、本書では小規模のデイサービスに場所を変えての実践集である。民俗学の聞き書きの特徴である「語り手と聞き手の関係性」が介護現場に導入されることで、利用者とスタッフの関係が逆転する。そして、そのことによって、人と人との関係が回復し、介護という営みをもっと豊かにすることにつながると著者は述べる。本書は実例を交えて述べられている。最後に介護保険制度では高齢者の自立支援が求められているが、それに対する皮肉として「下降志向の運命共同体」との造語で述べられしめくくられている。高齢者の介護や医療に関わっている人には一読をお薦めしたい一冊である。

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著者プロフィール

沼津市内のデイサービス「すまいるほーむ」の管理者・生活相談員。社会福祉士。介護福祉士。介護支援専門員。大阪大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。民俗学専攻。2009年より、静岡県東部地区の特別養護老人ホームに介護職員として勤務し、2012年10月から現職。「介護民俗学」を提唱。著書『神、人を食う』新曜社・第25回サントリー学芸賞受賞)。『驚きの介護民俗学』(医学書院・第20回旅の文化奨励賞受賞、第2回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞受賞)。新刊『介護民俗学へようこそ!「すまいるほーむ」の物語』(新潮社)。

「2023年 『神、人を喰う 新装版 人身御供の民俗学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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