- Amazon.co.jp ・本 (123ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103370727
作品紹介・あらすじ
妻は少し考えた後に、鉛筆を走らせる。――紙に書いたことも、屹度、言葉でせう。その日に死んでしまふ気がするのです――。昭和十六年、青森。凜太はTBを患い隔離病棟で療養する妻を足繁く見舞っている。しかし病状は悪化、ついには喉の安静のため、若い夫婦は会話を禁じられてしまう。静かに蝕まれる命と濃密で静謐な時。『指の骨』で新潮新人賞を受賞した大注目作家のデビュー第二作。芥川賞候補作。
感想・レビュー・書評
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つい先日 芥川賞を得た高橋弘希さんの3年前 35歳時の作品。昭和15年年末から翌年年末に至る当時の不治の病 結核に見舞われた妻と寄り添う夫との日常の光景が家族や病院の人々と共に 静かに静かに流れるように語られており読者の心に染み入ってくる。こうした作品を35歳の方が当たり前の如く違和感なく極く自然に描けることに驚いた。何故だか不意に大昔に頭に残った文芸歌謡曲、三浦洸一の「純愛」が浮かんだ♪
この作品も芥川賞候補だったし、「指の骨」も芥川賞と三島由紀夫賞候補だったけど この作家の非凡さ半端ないって 笑。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
昭和16年12月。TB(結核)に侵された妻を療養所に見舞う夫が、道すがら回顧する妻の療養の日々。
現在では死病ではなくなった結核が、まだ、確固たる治療法もない時代。戦争の足音を通奏低音とし、時代の緊張感と、二人の愛情が静かに淡々と描かれていく。
少し前に言葉をかわした入院患者が、一人、またひとり亡くなっていく儚さ。
肌が白く透き通っていくにつれ、日に日に悪くなっていく妻の病。
その日々のなか、咽頭の安静のため声を出すことも禁じられた妻との筆談による会話が切ない。
デビュー作「指の骨」ほどのインパクトはないものの、言葉による描写の味わい、作品全体を包む静けさが共通してあって、その時代、その場面にいつの間にか引き込まれている。
ーー人間は親指と小指の間ほどしか生きられません。・・・それでも土に根を下ろして、花を咲かせることが、正しき自然の営みでありましょう。病に根を下ろしてはいけないのです。ーー
亡くなった入院患者の言葉が響いた。 -
TB(テーベ)いう細菌に冒され入院している妻と、それを見舞う夫、病を前にした二人の静かな日々の記録。
とことん感情が抑えられた、淡々とした筆致で綴られています。だけどその代わり、情景描写や行動から「気持ちをいかに書かずに書くか」がひしひしと読みとれました。
印象的なのは食べ物がわりあい多くでてくるところで、特に二人が食堂で一緒に昼食をとるシーンなんかはとても穏やかで絵になるなぁとじんわり。
病気をしたときはサンヨーの桃缶か缶詰ミカンかで意見が分かれる会話もかわいい。
血液型がちがうせいで輸血してあげられない夫が、妻のためになにか形になることをしたいと、院内の調理場に飛び込みだし巻き卵を焼いてもっていったのも好き。
本来無機質であるはずの病院なのに、こういう食事や料理がとてもあたたかくて美味しそうに感じられるのは、この夫婦のお互いを労わりあう関係のおかげなのだと思えました。
物語の終わり方も優しくてやわらか。二色のびいどろの丸コップに咲くひとつの朝顔。 -
結核で入院をしている妻早希との交流を、夫である凛太の視点で描く。
前回読んだ「指の骨」は言葉に違和感を感じたものの、こちらは改善されていた。
また妻が決して取り乱すことなく、病気と静かに闘っている姿が良かった。
終始夫婦で過ごすシーンが穏やかで、素敵でした。 -
「私の恋人」とは違い、含喩を深読みする必要の一切ない、真っ直ぐな純愛もの。
真珠湾攻撃前後という時代背景、抗生物質の発見前の当時は不治の病であった結核を道具立てとして、若い主人公夫婦の時間が静かに、濃密に、だが容赦なく過ぎていく。
佳作である。 -
第153回芥川賞候補。
作者の資質を判断するために最低でも三冊は読んでから評価しよう、というのが自分の読書上のモットーなのだが、今回著者二作目のこの作品を読んで、一冊めの評価を改めないとならないと強く感じた。そんな風に感じるのはほとんど初めてだったので、自分でも驚いている。
何しろ前回は読む環境が悪すぎた。病院の待ち時間に読んだ為ぶつ切りだし、(整形外科で)非常に騒がしい空間で読んだため、筆者の魅力を十分に感じることができなかった。この人の作品は、静かなところで、ある程度まとめて読むのが一番魅力が分かるのではないだろうか。(どんな場所で読んでも魅力的なものこそ本物だと言われると、反論に困るのだけれど)
前作と同じく戦中が舞台なのだが、兵士を描いた前作とは違い今回は結核に罹患した妻と夫の病院での交流が描かれる。
まず、描写が素晴らしい。戦中の昭和がどのような空間であったか、かなり資料を読み込んだのだろうけれど、映画を見ているかのように風景が拡がった。心象描写も文句なく、次第に衰弱していく妻の姿や、病棟にいる様々な患者たち、それを見る主人公の心の動きが極めて精緻に描かれている。
ストーリーとして起伏に欠くのはこの作者のある種の欠点だとも言えるけれども、それを上回る美しさがあった。
これでも芥川賞が獲れないのか、という思い。いわゆるこういった「サナトリウム小説」というのは過去に傑作が多くあるため、というのが受賞を逃した理由のようだけれど、自分がそういったものに今まで触れてきていないので新鮮に感じた部分も多いのかなと思う。
確か新人賞受賞のインタビューで、音楽活動に軸足を一旦移すかもしてないと言っていたので、今後どのペースで活動していくのかはわからないが、この文体で果たして「現代」を描くことが可能なのか、ぜひそういった作品を読んでみたいと思った。 -
戦中期の青森。
背景に戦争の時代が淡く描かれる暗い世相のなかで結核の妻を看病する夫の視点で語られる生と死。
デビュー二作目でこの文体と世界観に唸る。
特に細密画のように情景を丁寧に写した文章が美しい。文体の美しさなど主観と好みの問題だが、著者の文章はどこまでも静謐で死の匂いを醸している。
本作も芥川賞候補となったが、おそらく古い作風が選考委員に受けなかったのだろう。しかし、逆にその古さがいまの時代において新鮮に映り、私は新しさを感じた。