- Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103367345
感想・レビュー・書評
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1995年の阪神淡路大震災のときに17歳で、友人たちと泊まっていたホテルが倒壊し生き埋めになったトラウマのある男・田辺。田辺はなんとか生還したが、そのとき一緒に生き埋めになり亡くなってしまったガールフレンド美希子への執着のようなものを38歳の今も断ちきれずにいる。フェイスブックで再会した大学時代の友人・水上はそれを知っており、なぜか次々と女性を「美希子」と名付けて田辺に紹介、そしてフェイスブックに田辺を主人公とした奇妙な小説を書き始め…。
劇団3○○の40周年記念公演『肉の海』(http://office300.co.jp/nikunoumi.html)を見たのは2018年だったのでもう随分経ってしまいましたが、そのときから原作であるこちらを読もう読もうと思いつつやっと今頃読みました。舞台は小説とは表現方法が全く違うので、不思議の国のアリス風のテイストが取り入れてありとても好みだったのですが、その核の部分である原作はこんな感じだったのかーと。よくこれを舞台にしようと思ったなと感心する反面、タイトル『肉の海』はやっぱり微妙だから原作通りにすれば良かったのにと今も思う。
とりあえず小説の感想としては、上田岳弘の作風はちょっと苦手だなあと。以前読んだ『私の恋人』もさほどしっくり来なかったし。今回内容的には『私の恋人』より俄然面白かったし、テーマ的には嫌いじゃないのだけど、なんだろう、ちょっと村上春樹的というか、そのどうでもいい性的な描写をやめてくれたらもうちょい好きになれるのにという感じ(苦笑)
同じテーマのSF的短編が2編収録されているのですが、いずれも「個と全体」の話として読みました。ちなみに「重力のない世界」という短編のほうに「肉の海」という言葉が出てくるのですが、個人の境界のなくなった全体意識のようなもので、その世界では性別も寿命も個人も廃止されており、歴史もない。人類はひとつに溶け合いすべてを共有している。個々のプレイリストがダウンロードではなく配信されてるという例えがわかりやすかった。
この概念を、物語風にしたのが表題作の「塔と重力」なのだと思う。生き埋めになっていたときに田辺はその苦痛から逃れるために田辺という個人から逃れ世界中の「小窓」を覗いてまわった。なぜ自分がこの今の自分でなくてはならないのか。別の誰かでも良かったのではないかという疑問。そして偏在するさまざまな美希子。美希子は17歳で死んだ彼女だけでなく、もっと大勢いてもいいのではないか。個人の境界がバラバラになっていく感覚は不思議で、そこはとても好きだった。
※収録
塔と重力/重力のない世界/双塔詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
卑近なイメージから、この世の果てみたいなすごいところまで運んでくれる、想像力の跳躍。
テクノロジーを書かなさ過ぎる純文学界において、作者はさんは稀有な存在じゃないでしょうか。
「上田岳弘さんは芥川賞を取る」という予言は当たったので、次は「ノーベル文学賞を取る」と予言します。 -
併録の3編が互いに関連している、というだけでなく、
三島賞以降の過去作を彷彿させる箇所もいくつかあった。
その意味するところは、「私とは何者なのか」「私は何処にいるのか」という命題に対する、新しいアプローチなのではないか、と思う。
「私とは何者なのか」という問いは純文学の往年のテーマであり、寧ろ存在意義であり、強弁すれば全ての小説のテーマはそこに行きついてしまうのかもしれない。
私は私以外に存在せず、私が認識するから世界が存在するのであり、私自身が私の存在を否定することはできない、私を存在せしむるのは他ならぬ私自身である、つまり「我思う、故に我在り」こそが、永らくその命題への唯一の回答だった。
しかし、『私の恋人』以降の小説で、著者はその回答に異議を申し立て続けている。その仮説の一つが「小窓」という概念だろう。
人工知能、クローン、インターネット、それらによって他人の自意識を覗くことが可能になり、また自分の自意識をフェイク的に作り出すことも可能になった。
言うなれば自意識をアウトソーシングすることが可能になった状況で、もはや「私以外、私じゃないの」は過去のこと、私が私以外に存在しないという事実は、すでに崩れつつあるようだ。 -
ニムロッドの原型?派生版?
内容は、よくわかりませんが、不思議な魅力を持つ作品です。 -
ニムロッドを読んでからだったので、少しは掴めている気がした。しかしそれでも不明なところが多い。
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主人公、やたらと女性に対して「妙に興奮」している。
塔と重力の要素を抽出して読みやすくまとめたのがニムロッドかなと思った。ニムロッドを読んで人類補完計画を思い出したんだけど、本作ではエヴァについてはっきり話題に上がっていた。
同時収録の重力のない世界は、興味がないジャンルぽかったので未読。 -
阪神大震災を経験した主人公と全く同じ歳なので、共感しつつ読み始めたが、後半は意味不明だった。
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読書開始日:2022年1月6日
読書終了日:2022年1月13日
所感
ニムロッドでも思ったが、著者のシステマチック、ロボットのような精密かつ無機質な文章は、スルスルと脳に入ってくる。
【塔と重力】
人間削いでいくと座標になる。
神も座標か。
水上の小説には頷けるところがある。
生まれ落ちた瞬間の核は同じで、その後から誰かの影響という肉がつく。
だからこそ途中で美希子が世界に散らばっていると考え出した。
文章中にもあったが、おそらく美希子は精神病で、主人公もまた精神病。
美希子と重ねることができた葵、その葵とのこどもへの祈りがいい。瓦礫に埋もれた経験から実生活を実感出来ない主人公が新たな思考に辿り着く。
「初期値としてまずはすべてを受け入れるしかない。それでも最後は本人が、一生のうちに起こることの幾らかに愛着を感じ、またこの世に生まれ直してもいいかなと思えるような一生を過ごせればいい。」
とても好きな作品だけど難解。また読んで深く理解したい。
【重力の無い世界】
このまま効率化を求めていったら世界はこうなるだろうなと読んで思ったし、心のどこかで感じてた気がする。
肉の海。演算された人生。実生活の。
来ると思う。いつか。
演算された世界でも実相の醜さはある。これが負荷なんだと思う。なんでもプレイリスト化できる演算世界でも、醜さを取り入れる。それが原動力になってた部分があった。
性別、個性等がなくなり、次のステップは重力を消すこと。この重力は実は負荷で、負荷がなくなることを実生活と演算世界どちらも経験している者は、とても怖がっていた。
多少の負荷は必要悪だ。
【双塔】
内容が非常に難しいがなんとなくわかる。空気感だろうか。
意味が重要視される社会。
新規性がないとリジェクトされる。
新規性があれば肉の海のアップデートとなる。
だが、進みすぎた世界はリジェクトしかならない。
ありふれた人間はリジェクトピープル。
人々はリジェクトされないように高みを目指すが、高みを目指したところで視点を変えればそこは高みでは無い。
祭祀王はもとより、めでたいこと=リジェクテッドとしていた。
個性、重力、性別がなくなっていく現在、そして未来においても、めでたいことはめでたい
読解に自信がない。 -
もうね、読むと脳が喜ぶんですよ。
これこれ、この感じ。
この言い回し。
この言葉選び。
この話の流れ。
このモチーフ
(片目から出る涙、肉の海、等々)
この世界観。
本作では「大きさのない座標」という
数学界では誰も疑問に思わず
ごく当たり前に使われている概念が
いきなりぶっ込まれてきた。
「塔」の話もよく出てくるけれど
肉の海ほどは輪郭がはっきりしない。
これからどのように展開されるのだろう。
書かれていることは抽象的なのに
表現が具体的。
そんな上田岳弘が大好きです。