- Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103008538
作品紹介・あらすじ
水田マリ16歳。正直に言うと、高校中退ってこと、かなりわだかまってます。高校を3日でやめて働き始めた16歳のマリ。殺伐とした洗剤工場の閉塞感の中で、ストレスがほこりのように積もっていく。だけど、ウップンと不満は、生きるのに欠かせないガソリンだ。低賃金労働の現場といじめ、外国人労働者、毒親、そして介護の問題を独特の文体でリアルに描く平成のプロレタリア作家待望の新作。
感想・レビュー・書評
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表紙とタイトルを見て「ラノベかよ?」(高校生の息子の一言)と思ったら大間違い。
社会派な小説だ。
他の方も書いてたけれど、私も新聞の書評を読んで即、図書館に予約。
最近読んだ「三千円の使い方」や「草薙の剣」にもどこか通じる、今の日本の現状を表題の「水田マリのわだかまり」と「笑う門には老いきたる」で細やかに描いている。
前者は、学校でも社会に出てもあるイジメ、おばちゃんには分からないコトバを吐きながらも生き方を見つめる10代の少女達の姿と底辺と言われる工場労働の描写が刺さる。後者の主人公はああ、近い将来の自分かな…と老いていく両親の現実にやるせなさと切なさを感じる姿に共感する。
もう一度読むとまた違う発見がありそうだ。
2019.1.4
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「現代のプロレタリア小説」といううたい文句であったが、読んだ印象はちょっと違う。工場の労働場面が細かく描かれているが、それは作業の合理性でもって、人間関係の不合理さを強いコントラストのもとに照らし出すためだろう。そして登場人物の女子たちは、それぞれに弱みを抱えつつそれぞれにたくましい。基本、世界に期待せず、しかしその時その時をそれなりに生きていく。醒めた認識と、でも何かを求めていく、そんな生の実感を描いているのかなと思った。
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宮崎 誉子さん、初読みです。
水田マリちゃんがどんなわだかまりを持っているのか興味深々で読み始めました。
水田マリだけに、みずたまりくらいの大きさ?なんて軽い気持ちでいたら
内容は結構ハードな物でした。
高校を3日でやめ殺伐とした洗剤工場で働き始めた16歳のマリ、母親は宗教にのめりこみ、父親は家を出て愛人と北海道で暮らす。
その上、家族の認知症問題。
更に中学時代の同級生をイジメ自殺で亡くし、イジメ首謀者の母親はマリと同じ工場に勤務していて娘の誕生日に招待をする。
なんともネガティブ要素が満載で、陰鬱な空気感の中、物語が展開します。
ただ16歳のマリが意外にも天然であっけらかんとした言動を繰り返すせいか一筋の希望らしき未来も感じる事が出来る。
頻繁に登場する若者言葉に四苦八苦しながらも、リアルに感じた個性ある作品
あとがきが印象深い。 -
未成年の頃から働きづめの自分には共感することが多かった
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悪口を一切言わない人はつまらない。性格はいいかもしれないが、自分の言ったことに批判、共感をすることなく、ただ笑っている人はつまらない。学歴やスキルがないと、奴隷として働かされるのが現実だ。大人になってから困らないように、今から何かを身につけなければいけないと実感させられる話だった。
親に虐められてることは絶対にバレたくない、というのに共感した。虐められてるなんて恥ずかしいと思っていたからだ。両親は私の前では弱音も吐かず、人の悪口も一切言わなかった。もし、親が自分の前で弱さを見せてくれていたら私も頼れていたかもしれない。自分が親になった時、子供にはなんでも相談しようと思った。自分が先に弱さを見せなければ、子供も見せてくれないだろう。 -
2019/2/16
真心を弓で射る真弓 -
語呂合わせのような表題作を含む2編の中編が収められている。
家族のごたごたから高校を中退し、洗剤工場で働いている水田マリは、そこが高校時代とあまり変わらず、陰湿ないじめや閉塞感、さまざまな格差のるつぼであることに気付く。あろうことか、同級生を自殺に追い込んだ張本人の母親とも一緒に働く羽目になる。
惰性で生きているようで根が真面目なマリの複雑な心境と、追い立てられるような工場のリアルな作業場風景が相まって、ざわざわした心境のまま読者は予期せぬラストまで運ばれていく。
もうひとつの中編『笑う門には老い来たる』は親の介護がテーマで、どちらも出口の見えない平凡な生活が続くことが予想されるものの、一瞬何かがふっきれたような解放感があった。 -
◆他者と接して生じる疑問は、暇潰しにやるスマホ検索からは生まれない。
◆わざわざ主張しないのは、相手が求めていないから。
宮崎誉子さんの本、他にも読んでみたい!