水曜日の凱歌 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (736ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101425580

作品紹介・あらすじ

昭和20年 8 月15日水曜日。戦争が終わったその日は、女たちの戦いが幕を開けた日。世界のすべてが反転してしまった日──。14歳の鈴子は、進駐軍相手の特殊慰安施設で通訳として働くことになった母とともに各地を転々とする。苦しみながら春を売る女たち。したたかに女の生を生き直す母。変わり果てた姿で再会するお友だち。多感な少女が見つめる、もうひとつの戦後を描いた感動の長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 昭和20年8月15日水曜日。その日誕生日でもあった鈴子は、母と敗戦を迎える。
    戦争は、彼女達から多くを奪って終わった。そして、敗戦は、若い多くの女性たちに新しい苦難を与える。
    戦後、RAA(特殊慰安施設協会)が設立され、若い女性達が、一般女性の防波堤として集められていく。彼女達は、自分や家族の生活の為、仕事として受け入れる。
    鈴子の母親は、夫を事故で亡くし息子達を戦争に取られ、生きていく為、RAAでの通訳の仕事を得る。
    RAAを近くで見た鈴子が、見聞きして理解した戦後を描く。辛い箇所はあるけれど、中学生くらいから読めるのではと思う。
    鈴子は、それと共に彼女のお母さまの変貌を見てきた。戦前、妻と母親であったお母さまは、生活の為、好きだった英語を武器に通訳として、働く。娘に「自分で生きる力をつけなさい。」と教育を与える。その変化に戸惑い反発もするが、戦後を生き抜こうとする女性たちも立ち上がり始める。
    多くの犠牲と労苦の上に今があるんですね。

  • 戦時中の従軍慰安婦問題については、韓国の執拗な追及で、しばしばマスコミに取り上げられる。
    しかし、敗戦直後の日本で、占領軍のために同じような目的のものが、政府によって組織されていたとは、寡聞にして知らなかった。
    著者は、戦後裏面史のこの事実を、14歳の少女鈴子の眼を通して鮮やかに描き出した。悲惨な現実ではあるが、彼女の眼を通すことによって、微妙なバランスを保っている。
    しかも、ここに登場する女性たちは、時代に翻弄され、国家にさらに男たちにも裏切られながらも、絶望を突き抜けたところに立って爽快でさえある。
    題名『凱歌』に象徴されるように、心地よい読後感となっている。
    登場人物の一人ミドリは鈴子に、彼女の母親の気持ちを代弁し、「この国と、この国の男たちとに、そうねえ――多分、もう二度と信じるものかと思っているんじゃないかしらね。猛烈に、腹が立っているんだろうと思うわ」と、話す。
    一方で、彼女はこのように言い放つ。
    「あたしたちを犬畜生だとでも思っていやがるのかっ!パンパンだろうが何だろうが、あたしたちは人間なんだっ、この日本で生まれた、日本の女なんだよっ!おまえたち男がだらしないばっかりに、こうしてあたしたちが、後始末しなけりゃあ、ならないことになったんじゃないかっ」
    彼女のこの啖呵に胸のすく思いがした読者(特に女性)が多いことだろう。

  • 戦後母と14歳の娘が生き抜くお話でした。
    終戦までは男達が 国外に出て 戦い
    戦後は女性達が 国内で戦った話です。

    戦時中は 夫や息子を差し出し
    終戦後は 妻や娘を手放さねばならなくなった
    多くの日本の人達
    何の為の戦争だったのだろうか?

    戦時中は アメリカに対してのすごい嫌悪を現していたのに
    戦後手のひらを返したように GHQなどに擦り寄っていく人々。

    心が豊かになる10代の主人公が
    戦争の恐怖 戦後の混乱、
    占領下でも 生きていくには 
    あきらめと いえるような 生き方をするしかなかった。

    少女から大人になっていく
    過程でこのような状況になってしまった主人公ですが
    終わりの方には 友人との再会もあって
    希望が見えたような気がして 良かったです。

    生き抜くというのは 本当に大変な事だと
    しみじみ思いました。

  • 戦時中、戦後の時代背景ではなかったとしても、性別・女の私には「そうだね」と思いながら読み続けていた。

    すぅちゃん自身が感じているが、恵まれていたからこそのお母様への反発。この時代でなければこの年代の少女ならば当然持つ感情、「ありがたい」とは簡単に思えないよねぇ。
    すうちゃんのお母様、強いなぁ。

    この作品、普通に生活している男性人が読むと一体どう思うんだろう?

    その後、すうちゃんと周りの方々はどうやって生きていったのだろう。
    朝ドラになりそうな物語がありそうだ。

  • 水曜日の凱歌。知らなかったことが知られて、本当に良かった。乃南アサさんの戦う女性を題材にした作品は、読み終わったあと、気分が晴れる思いになります。暴力や権力はチカラにあらず。絶望の中を生き抜くチカラこそ、真のチカラなのでしょう。

  •  いわゆる「終戦の日」から始まった、戦争に傷つけられた者たちの新たなる闘いの日々を描いた物語・・・といったところか。

     いわゆる昭和の「中流の上 な階級」の母娘が戦争で何を失い、何を目撃し、どのように時代に流され、どのように抗っていったのか・・・・・・・・・、そんな母娘の物語を通じて浮き彫りにされる、戦後日本のやるせない現実。

     エンタメではない。だから、決して楽しい読書とはならなかった。しかし、巻末解説文にも書かれていたように、こうして人気作家による作品として描かれなかったならば、平成を生きる一般人には知るよしもなかった世界の出来事。

    本作はフィクションではあっても、RAAは実在の組織だそうだし、ここで描かれた慰安所等もしかり。楽しい読書ではなかったが、一読の価値は十二分にあったし、周囲の人々にも勧めたい・・・日本人なら一度は読んでおくとよいと思える一冊だった。


    ★4つ、8ポイント半。
    2018.09.11.新。

    ※オフリミット後決行後のARR組織がどのような道を進んだのか、気になった。調べてみようかしら。

    ※ヒロイン母娘らは、あくまでも「ちょっとだけいいところのお嬢さんとその母」であったからこそ、激動の戦後に生活の道を見出していけた・・・彼女たち以下の完全な「庶民」の見た地獄もちらほらと描かれているのも、またやるせなさを産む・・・。

  • 1945年8月15日、日本にとっての第二次世界大戦は幕を下ろす。
    しかし、単純に、「戦争が終わった=平和が戻る」ではなかった。
    敗戦国・日本には占領軍がやってくる。物資は不足している。戦争で失われた人材も数知れぬ。
    人々は「戦後」がどうなるのかをはっきりとは描けぬまま、見えない新時代へと、いわば、ハードランディングせねばならなかった。

    そうした中で、国策として設立された施設があった。
    RAA(Recreation and Amusement Association)。日本語では「特殊慰安施設協会」と呼ばれる(cf:『敗者の贈り物』)。
    占領軍兵士向けの慰安所で、一般の婦女子が兵士たちに襲われることがないよう、「防波堤」として作用するための施設だった。有体に言えば兵士の性のはけ口であり、娼館である。
    国の肝いりで、かなりの好条件で大々的に募集がかけられた。表向きは「ダンサー」や「事務員」等となっていたため、仕事の内実を知らずに多くの女性たちが詰めかけた。面接で初めてその事実を知り、ショックを受けても、実のところ、他に選ぶ余地はなく、そのまま働き始めるものも多かった。

    本作はこのRAAをテーマに据えた小説である。
    但し、その切り口には少々ひねりがある。
    主人公は14歳の少女・鈴子。父は交通事故で亡くなっており、兄たちは出征し、姉と妹は空襲で命を落とす。鈴子は母と2人きりで終戦を迎える。
    母は語学力を武器にRAAでの職を得る。これは本当に「事務職」としてであり、母は春をひさぐわけではない。
    物語は鈴子の目から見る形で進むので、RAAの生々しい内情は描かれない。
    だが、思春期特有の不安定だが鋭い視線で、鈴子は戦後のある時期の深層をえぐり取って見せるのだ。

    鈴子は一貫して不機嫌である。
    いつもどこかで、「ずるい」と思っている。「つまらない」と思っている。何の罪もない妹が死ななければならなかったこと。大人たちが子供たちを守ってくれないこと。「どうして」と聞くと叱られること。「神の国」である日本のあちこちが焼き払われていくこと。
    戦争が終わっても、暮らしは元には戻らない。鈴子は、不本意なことに、米軍の上陸に備えて、襲われることのないように髪を短く刈られ、男の子の服を着せられる。
    小さいながらも会社の社長の奥様であり、それまで働いたこともなかった「お母さま」は、英語ができるため、RAAで働くことになったという。
    母に連れられて職場近くに引っ越した鈴子は、徐々に、そこがどういう施設なのかを朧気に知ることになる。ついこの間まで「鬼畜」と呼ばれた米兵たちの機嫌を取る仕事。実際に米兵の相手をする女性たちの中にはひどい目にあっている人もいるという。「そんなところで働いて、お母さまはそれでいいの」と怒りも沸く。
    けれども一方で、彼女は知ってもいるのだ。自分が他の子よりもおなか一杯食べられ、身ぎれいにしていられるのは、お母さまの仕事のおかげであるということも。そして自分がその特典を投げうつことができないことも。

    母、つたゑは、よく言えば目端が利き、悪く言えばしたたかな人である。
    父を亡くした後は、父の友人の愛人となり、その後は占領軍将校を射止め、戦後の混乱を渡り歩いていく。鈴子は確かに、この母がいなければ、貧窮にあえぐことになっていたはずだ。
    鈴子がいかに反感を覚えようと、また将来的には袂を分かつことになろうと、母なくしては生き延びられなかったのも確かなのだ。

    本作では鈴子と母をとりまく他の女性たちの人生もまた印象的に描かれる。
    人目を引く美人だが、夫が出征する際に、他の男に奪われることがないよう、顔に大きな傷をつけられたモトさん。
    大学出だがダンサーとなり、男たちへの怒りをたぎらせて、将来的には驚くような転身を遂げるミドリさん。
    鈴子の幼馴染で、戦争でひどい目にあう勝子ちゃん。

    物語の句点となる水曜日は三度来る。
    終戦の日であり鈴子が14歳の誕生日を迎える1945年8月15日。
    「オフリミット」でRAAが閉鎖される1946年3月27日。
    そしてエピローグの1946年4月3日。
    1つの時代の終わりであり、1つの時代の始まりである水曜日。
    そのいずれで女たちは高らかに歌うのか。

    700ページの大部の大半は、ざらりと重苦しい。
    けれども、物語の最後には、幾分かの光が差す。結局のところ、どうしようもなくても、やるせなくても、生き残った者は生きていくのだ。
    その牽引力が怒りであろうとも、まだ見ぬ未来へと拓けていく道は、ほのかに明るい。

    鈴子は時代を変えていくことができるのだろうか。できたのだろうか。
    お母さまが願ったように、「一人で生きていかれる人」に、おそらくはなったのだろう、と、かすかに思う。

  • 戦後の混乱期の様子が違う角度から感じ取れ、女性作者でない限りこの視点は書ききれないはず、すごい!何とも言えない複雑な気持ちになった。

  • 戦後のRAAについて、史実をもとにした小説。
    主人公は14歳の少女。
    元は7人家族だったが、兄は戦死、姉は空爆で爆死。
    まだ小さかった妹は、空襲から逃げる最中、行方不明になってしまった。
    主人公は、残された母と2人で、戦後の混乱期を生き抜いていく。

    母は、RAAに通訳として雇われる。
    RAAの施設に居住するから、嫌でもRAAの事情を間近に見てしまう。
    空襲の被害にあい、たくさんの悲惨な死体を見てきた主人公は、これ以上、心が傷つくことはないと思っていたが、RAAの悲劇、理不尽さに心が少しずつ蝕まれていく。
    特に母が、アメリカ人の将校と付き合い出したことには強く反発する。
    ついこの前まで敵だった国の人、家族を死に追いやった国の人となぜ付き合えるのか、主人公は理解できない。
    そうでもしないと生きていけない時代だったということは、14歳の主人公にはまだ理解できない。
    特に戦争が始まる前までは、わりと裕福な家だったから、どんどん変わっていく母に戸惑うのだろうと思う。
    しかし、価値観も生活スタイルも何もかも変わっていかないと、こんな混乱期に生き抜いていくのは難しかったのだろうと思う。

    幕末から明治への変革期、そして、戦後の混乱期、時代に合わせて素早く変わっていくことは日本人に身についている賢さなのかもしれない。

    生きていくたために、家族のために、アメリカ兵と付き合い出した主人公の母、RAAでアメリカ人を相手に身体を売る女性、パンパンになった女性。
    誰が彼女たちを責めることができるだろうか。
    全ては戦争、国家、激しく移り変わる時代の混乱期の犠牲になった女性たち。
    そして、そういう女性たちの悲しみの上に、今日の平和が成り立っている。

  • 超絶久しぶりの乃南アサ作品。面白いんだけど、僕この人の文章あまり得意でない、と言うことを今さらながら思い出した。この人の作品には「涙」で出会い、あれは傑作で一気読みしたけど、その頃から文章は肌に合わなかったんだな。その後数作品読んだけど、その後しばらく離れてた。エッセイの「美麗島紀行」も同じ台湾を愛するものとして楽しく読んだけど、ちょっと違うな感は有ったし。今回隔離期間用に2冊手に入れてきてこれが一冊目、さあどうするかなあ。面白くない、と言うことではなく個人のテイストだけの話なんだけどね。

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著者プロフィール

1960年東京生まれ。88年『幸福な朝食』が第1回日本推理サスペンス大賞優秀作となる。96年『凍える牙』で第115回直木賞、2011年『地のはてから』で第6回中央公論文芸賞、2016年『水曜日の凱歌』で第66回芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。主な著書に、『ライン』『鍵』『鎖』『不発弾』『火のみち』『風の墓碑銘(エピタフ)』『ウツボカズラの夢』『ミャンマー 失われるアジアのふるさと』『犯意』『ニサッタ、ニサッタ』『自白 刑事・土門功太朗』『すれ違う背中を』『禁猟区』『旅の闇にとける』『美麗島紀行』『ビジュアル年表 台湾統治五十年』『いちばん長い夜に』『新釈 にっぽん昔話』『それは秘密の』『六月の雪』など多数。

「2022年 『チーム・オベリベリ (下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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