ひとがた流し (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (397ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101373317

作品紹介・あらすじ

十代の頃から、大切な時間を共有してきた女友達、千波、牧子、美々。人生の苛酷な試練のなかで、千波は思う。「人が生きていく時、力になるのは自分が生きていることを切実に願う誰かが、いるかどうか」なのだと。幼い頃、人の形に作った紙に願い事を書いて、母と共に川に流した…流れゆく人生の時間のなかで祈り願う想いが重なりあう-人と人の絆に深く心揺さぶられる長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 『月の砂漠をさばさばと』のさきちゃんの続きが読める、と思い手に取った作品。

    十代の頃からの女友達三人。
    四十を越した今でも変わらず付き合いを続けているとても羨ましい関係。
    とかく女性は結婚したり出産すると学生時代の友達とは疎遠になりがちなのに(現に私もそうだ)、家族ぐるみで、しかも適度な距離感を保っている三人がとてもいい。
    この三人の内の一人がさきちゃんのお母さん(牧子さん)で、高校生になったさきちゃんも登場する訳だけれど、さきちゃんがこんなに伸びやかに素直に育ったのは、きっと牧子さんとその女友達のお陰であることは間違いない。

    人生長く生きていると色々ある。
    小さな記憶の積み重ねが生きていくことであり、そんな記憶のかけらを共有していくことが共に生きた、という証。
    ラストはもう泣けて泣けて仕方がなかった。
    さばの味噌煮を見る度に、牧子さんが作ったあの可愛らしい替え歌と、いつも前向きだった女友達のことを思い出すのだろう。
    女友達は会わない時期があっても心の支えになっている、そんな目には見えない絆をしみじみと噛みしめる物語だった。
    読めて良かった。

  • 「どんなお話?」と聞かれたとき、言葉に詰まる本というものがある。
    とてもじゃないけど、ひと言では到底言い表せない、そんな本。
    語れば語るほどに空虚な言葉が宙を飛んでいく、そんな錯覚に囚われる。
    話せば話すほど、その本が詰まらなく感じてしまう、そんな本。
    説明すればするほど、空虚でグダグダになってしまうような、そんな本。

    けれど、間違いなく、自信を持って名著であると言い切れる、そんな本。
    読書中には、ぐいぐい引き込まれてページを繰る手が止まらない。
    読後には、心に豊かな感情が湧き起こる。
    ああ、この本と出会えてよかったな―、と幸福を噛み締められる。

    本書は、そういう作品です。

    「良かったよね」「うん、とても良かった」
    「素敵な作品だよね」「うん、本当に素敵」

    そんな会話を、ぽつぽつと誰かと交わしたい。
    そして、互いの間に交わされる、目に見えない共感の糸を感じていたい。
    緩やかで暖かい雰囲気を感じながら、互いを包み込んでいる幸福感に身を委ねたい。
    そんな、至福の時間を誰かと共有したい。

    なんとなく、人恋しくなる。そんな作品です。
    北村薫氏は、やはり天才なのだなあと思いました。

  • 北村薫さんの作品一冊目。スキップ同様、中盤までなかなか読み進めることができなかったけれど、だんだん味がついてくる。事件やどんでん返しがあるわけではないけれど、登場人物一人一人がすごく魅力的で見守っていたくなる作品。あ〜こういうの好きだなぁ。

    《二回目追記》2016/03/19
    初めて読んでから約10年くらい経ち、一回しか目を通していないのにわたしの1番好きな小説と周りに言いふらしてました。
    今年二回目で再度読み、やっぱりこれだなって思うくらい、暖かいものがあるとおもいます。
    すっかり忘れていたけど、病院での千波と牧子が夕日を眺めているところ。本当に涙が止まらない。

  • 三人それぞれの考え、矜持、スタンスがありながらも、何十年も続いていく絆にしんみりと浸ることができる。「思い出すたびに、トムさんが帰って来る」(p.384) の台詞は、寂しくもあり、温かくもある。

  • "円紫"シリーズといい、北村薫は女性の心情を描くのが本当にうまい。

    何気ないエピソードの積み重ねが心情を紡ぎ、危機に直面して結びつきが強まる。

    友情や愛情の本質を見せつけられる思いがする。
    こういう友情は女性ならではだろうか。

    新潮文庫版は詩人佐藤正子の解説がすばらしい。言語感覚、表現力に優れた評者にかかると、かくも的確な評論が書けるのか。

  • 自分の本棚にあったから2度目のはずなんだけど、今回全くストーリーにはいれなかったのはなぜ…?

  • 『ひとがた流し』 北村薫 (新潮文庫)


    「第一章 桜」という真面目な章題を見た瞬間、ああやっぱり北村さんだわーと思い、前回の町田康のめくるめく謎の曼荼羅世界から、一気に日常に飛ばされて帰って来たような気がした。


    これは四十代の女性たちの物語である。
    また私と同年代だ。
    前々回の『ブラバン』もそうだったし、最近やたら主人公が四十代という小説に縁がある。
    しっかりせえよ、と言われているみたいだ。


    主人公の石川千波はアナウンサーである。
    真面目で責任感の強い彼女は、朝のニュースショーのメインキャスターに抜擢される。
    が、その矢先、自分が病に冒されていることを知る。

    病名は作中でははっきりとは書かれておらず、「胸の悪い病気」となっているが、これは佐藤夕子さんの解説(いつもながら的確で温かい)の中で、北村さんの言葉として、その病名の単語と、もう一つ「涙」という言葉は使うまいと思った、と書かれている。
    実に北村さんらしい。

    病気を扱うことは簡単なようで難しい。
    実際に病気と闘っている人やその家族、もしかして近しい人を亡くしている人もいるかもしれず、作者がきちんとした考えを持っていないと、うわべだけの感動物語になってしまう。
    どこまで踏み込むか、どの立場で見るか。

    読んでいくと、物語の中心が千波の闘病生活ではないことが分かる。
    病気は静かに進行していくけれど、その部分がことさら大げさに描かれているわけではない。
    描かれているのは、登場人物それぞれの日々の生活だ。

    牧子や美々とその家族、そして何より、こりゃちょっと出来すぎじゃないの?と思えるほどの優しい鴨足屋(いちょうや)良秋との出会い。

    解説の佐藤さんも私と同じことを思ったらしく、直接北村さんに、「いちょうやさんみたいな男の人いるでしょうか?」と訊いたらしい。
    北村さんは即座に、「います。僕だってああしますよ」と言ったのだそうだ。
    「います」は分かるが、「僕だってああします」はなかなか言えないですよ。
    なんちゅう格好いいおじさまなのだろう。


    ホスピスでわがままを言って荒れた千波を看取った後、良秋はこう言った。

    「いいんですよ。そのために、ぼくがいたんだ。」

    この一言だけでも、この本読んだ甲斐があったなぁ。
    感動…


    足の怪我をした牧子の病院に、千波が来るシーンがすごくよかった。

    秋の西日が斜めに差し込む病院の渡り廊下。
    一日の疲れを残した、まったりとした琥珀色の風景の中で、怪我人の牧子と病人の千波が、最後のひと時を過ごす。
    これは、この物語の中で一番心に残ったワンシーンだった。


    病気の人に対して、健康な人は立場が弱い。
    実際に経験した人にしか私の気持ちは分からない、と言われてしまえば、その通りですごめんなさいと言うしかない。
    だから本当は、病気を扱った話は私は苦手なのだ。
    この『ひとがた流し』も、そんな話だったらきっと最後まで読めなかったに違いない。

    千波が手術前に撮った写真のフィルムを、彼女の死後、良秋が日高類に返すシーンがある。
    心がふっと緩んだ。
    この病気に対する作者の姿勢、気持ちが伝わってきた。
    これなら私も納得できる。


    決してハートウォーミングな物語ではないけれど、登場人物たちに向けられた作者の優しい眼差しが、千波たちと同じ四十代の私にも、同じくらい優しかった。

  • 切なさで胸が痛いです。人々が皆、幸せであってほしいと祈るような気持ちになりました。

  • 2020.3 課題本

  • これが「月の砂漠をさばさばと」の続編だと知らなかった。NHKでドラマになっていたのも知らなかった。
    読むに連れてあのほのぼのとした母と娘の暮らしを思い出した。あ~いい本だったな。
    この本は作者と題名が気になったので手に取った。流れると言う言葉に少し拘って、というより生きていくことは言葉にすればそういうことだと日ごろから思っているし。「ひとがた流し」いい題名だと思った。


    今度はお母さんの牧子さんと二人の親友の話になる。

    メインは、独身のままアラフォーを迎えている千波。二人からは「トムさん」と呼ばれている。
    駆け出しの報道時代を経て念願のメインキャスターの席を得た。そこで悪性の腫瘍が見つかる(胸の悪い病気と書いてある)


    もう一人美々は子連れで離婚、今は写真家と結婚している。結婚したときはまだ物心ついていなかった子供は実の父親だと思っている。この親子関係が実に温かく、高校生になった娘が父の写真を理解して同じ目で写真を写し始めている。このあたり、優しさとともに、実子でない親子にある現実が少し重荷であって、どう解決しようかというあたり、心温まる結末がジンとくる。

    サバの味噌煮を作りながら歌っていたお母さんの牧子さんと、大学受験前のさきちゃん、時間は流れ、それぞれ三組の家庭の話も、あたたかいふれあいの中で時が過ぎている。

    千波は局で知り合った後輩のイチョーヤさん(君)と最後の時間をすごすことになる、このあたりは出来すぎかもしれないが、事実は小説よりも危なり。そういうこともありかもしれず。大きな試練を越える千波に最後の贈り物は哀しくて美しい。


    そんな、目の前の厳しさも包み込むようないい本だった。

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著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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