- Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101369457
作品紹介・あらすじ
ごめんくださいまし──。宝永七年の初夏、下野北見藩・元作事方組頭の家に声が響いた。応対した各務多紀は、女が連れていた赤子に驚愕する。それは藩内で権勢をほしいままにする御用人頭・伊東成孝の嫡男であった。なぜ、一介の上士に過ぎない父が頼られたのか。藩中枢で何が起きているのか。一夜の出来事はやがて、北関東の小国を揺るがす大事件へと発展していく。作家生活三十周年記念作。
感想・レビュー・書評
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宮部みゆきの「作家生活30周年記念長編」。
単行本は2017年8月31日の刊行です。どこからが「作家生活」なのか決めるのは難しそうですが、新潮社としては『1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。』から30年というカウントをしているみたいですね。
ちなみに、新潮文庫のカバー折り返しにある「宮部みゆきの本」の最後(最新)の一冊。まだ未読はあるものの、なんとか作者の著作を読破するという目標のゴールが見えてきた感じです。
実は「新潮文庫から出ている宮部みゆきの本」以外の情報がほぼない状態で読み始めました。
結果、これはとてもよかったと思います。特に、プロットの全体像が見えていない上巻を白紙の状態で読めたのは本当に良かったと思うのです。驚かされることがとても多かったのです。
以下、ネタバレあります。
何が良かったかと言えば、「作家生活30周年記念」の作品は、自分にとっては、「新しいことをやってみよう」の気持ちが伝わってくるものだったから。
ああ、時代物だったのね、と読み始めてすぐに、こんなセリフにぶつかってちょっと緊張しました。
「ご用人頭の伊東十郎兵衛成孝様のお屋敷で乳母を務めております、美乃と申します。そのお子は御年三歳のご嫡男、一之助様でございます」
自分にとって、名前が長くて漢字が読みづらく、加えて同一人物が複数の呼ばれ方をする(秀吉だったら羽柴だとか筑前だとか藤吉郎だとかで呼ばれますよね)のが時代物のハードルでした。それが、宮部みゆきの時代物は江戸の町が舞台、町人が主役のものが多いので、このハードルがとても低く(逆に町人の娘だと名前が「お+2文字」、「おりん」だとか「おごう」だとかばかりで混乱しがちだという難点もありますが)、せいぜいが「桜ほうさら」の主人公が武士で巻頭に登場人物関係図が載っているくらいでした。
それが上士の家の出戻り娘が主人公、プロットの中心はどうやらお家騒動みたいです。
町人から武士、そして領主まで登場させるのですから、これ一本を書くためにずいぶん勉強したのかなあと、ちょっと背筋の伸びる想いがしました。30周年を機に、新しいことに挑戦する気概に尊敬の念を持ったのです。
ところが。
上巻を読み進んで中盤。
「御魂繰りの術」が出てきました。藩主乱心は、「御魂繰りの術」で降ろした死霊を藩主に憑依させたからではないかというのです。
…これ、初期作品によく合った「混ぜるな危険」の悪癖がまた出ちゃったの?とすごくがっかりしました。
作者が超能力や超常現象へ傾倒し、これを中心に据えた名作を数多く書いていることは知っていますが、同時に、これを書きたいがために、初期作品では途中まで普通のミステリ、普通の捕物帖だと思っていた作品に突然超能力や超常現象が取り上げられることがあって、違和感を覚えることがありました。
別のお話にすればいいのに、どうして「普通の」捕物帳に超能力者が出てくるの?超能力者や超常現象がある世界が舞台では「ミステリ」は成り立たないのですから、普通のミステリだったはずの作品に超能力者を出すのは困りものじゃないか、別の作品に出せばホラーとかSFとして楽しめるのだから混ぜてくれるな、「混ぜるな危険」だと勝手に呼んでいるのです。
だから、作者初の重厚な歴史もので、これから藩主乱心の謎がじっくり解き明かされていくのだろう、と読み進めてきていきなりの「御魂繰り」にとてもがっかりしたのです。
ところがところが。
さらに読み進めて自分の読みが甘かったことに恥じ入ることになりました。
藩主乱心の真相はどうやら多重人格、解離性人格障害のようなのです。
おお。
ここにも作家生活30年にして新しいことへの挑戦が。
自分は「多重人格もの」(とジャンル化していいかどうかわかりませんが)としては、アルジャーノンに花束を」の作者ダニエル・キースの「24人のビリー・ミリガン」を読んだことがあります。なお、これは小説ではなく長大なドキュメンタリーで、「事実は小説より奇なり」を地で行く作品でした。
なかなか扱いの難しいテーマだと思いますし、詐病の可能性も考えるとミステリとは馴染みにくいものだろうとも思いますが、「この世の春」では「別人格を生み出さざるを得なくなった理由を探り、治療に役立てる」形でストーリーが進んでいきます。
とにかく30年目にして取り入れるテーマとしてはとてもチャレンジングです。
さて、一方で、もちろん宮部みゆきらしさは満載で、熱心な読者としては気持ちよくその世界に浸ることができました。
主人公は22歳の勝気な美人。震える岩のお初やソロモンの偽証の藤野涼子など、主人公として(また、時には被害者として)よく出てくるキャラクターです。
元家老の石野織部は身分を飛び越え、下々のものにも分け隔てなく、時に剽軽に接する親しみやすいおじさんで、こちらも「桜ほうさら」の東谷さまや「震える岩」、三島屋シリーズなどにも同じポジションのキャラクターがいます。
ということで、お馴染みのキャラクターが初めてのプロットの上で演じる二転三転のどんでん返しに、作者の掌の上で楽しく転がされた上巻でした。
多紀が嫁ぎ先で義母から受けたモラハラに耐えかねて実家に戻ってきた事情を聞いてから中巻に続きます。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
最初の方は展開が読めずイライラしてくるが、ミステリーに分類される小説の(上)のため秘密が少しづつ明かされてくる。ちょっと前に読んだ「荒神」に似て、死霊だとか御霊繰とかが出てくるのが宮部氏らしい。(中)(下)と先は長いが、秘密の解明が楽しみになってくる。
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宮部さんの時代物には全幅の信頼を置いているのですが、今回も面白くなってきそうだなあ。読み進めるにつれ、藩の中の暗部が見え隠れしてくるだけでなく、
秘密裏に存在が消された村、
死霊を呼び寄せる一族、
さらには、時代物ではあまりお目にかからないサイコサスペンスの要素と、気になるものがてんこ盛りになっていきます。
このサイコサスペンスの要素の生かし方も上手い! 現代を舞台にすれば、それは簡単に精神医療の世界で科学的に説明できるのですが、今回の舞台は時代小説。
そのため、この症状を物語の登場人物たちがどう理解するか。現実のものと捉えるか、超常的なものとして捉えるか、その点でも意見が分かれ、それがまた物語に深みや、サスペンスを与えます。
登場人物の語りも上手いんだよなあ。上巻の中盤で、消された村の生き残りである人物が語るのですが、それに鬼気迫るものを感じます。だからこそ読者である自分も、登場人物たちと同じように、その話に呑まれたように感じられます。この本の登場人物の言葉を借りるなら、それはまさに「呪縛」です。その呪縛と隠された真実を、主人公たちはどう探っていくのか。ここからの展開に期待大です。
そして宮部さんの時代物といえば、魅力的な登場人物たちの存在も見逃せません。今回の話の中心人物となる多紀は、悲しみを抱えながらも、凜とした強さや優しさも持つ、宮部さんの時代物らしい女性主人公。女中のお鈴は、顔に大やけどを負いつつも健気に働くいい女の子で、おじさん化しつつある自分は、応援せずにはいられない。
宮部さんの時代物の登場人物たちは、個人的にジブリの登場人物たちを思わせるものがあります。各作品の登場人物たちの雰囲気は、どこか似ているのだけど、それをマンネリに感じさせない。それどころか、作品のブランドや空気観を成立させるためには、無くてはならないものにすら感じさせるというか……
だから、自分は宮部さんの時代物を読むたびに、どこか懐かしい気持ちにも、またこの世界にもどってきた、という気持ちにもなるのです。自分が宮部さんの時代物が好きなのは、こういうところにも理由があるのかもしれません。
畑を耕しに行ったり、町への買い出しを頼んだり、そんな小さなさりげない日常のシーンも、個人的には好きです。ホントこういうシーン書かせたら、宮部さんは天下一品だなあ。こういう描写一つで、登場人物たちや世界観の厚みは、一段も二段も増します。
父親との静かな生活から一変、大きな運命の渦に巻き込まれていく多紀。中巻以降もあっという間に、物語に引き込まれてしまいそうな気がします。 -
30周年記念大作
いつの世も生きていくのは大変である。しかし
この頃の時代「江戸」に比べればまだ、現在は命は事故、災害ないかぎりまだまもられている?
いきなり手打ちとか、一族郎党自決などの危険はない。
「この世の春」の表題の意味が
読み終わるとわかるのだろうか?
かなり漢字に習熟する。時代検証が勉強になるわ。
物語の中の
北見藩存続のため
藩主乱心ということで主君押込という話
はじめて知ったのだが
主君押込とはー家臣による主君の強制隠居
藩安泰のため君主という個人を廃する仕儀だそうです。
時代物は時々理解がついていかないが
ありがたいことに「人物相関図」がついてるのでわかりやすかった。
どうなる?どうなる?と先へ先へと読んでしまう。
まだ先は見えない、
しかし哀れで仕方がない。憐れで。
思うにその時代の人間と今の人間同じ?
自分なんか堪え性がない。とてもではないが
忍耐がないわ。
宮部みゆきに敬服。
とにかく面白いそして深い。
さあ、下巻読むぞ!
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新刊が出るとすぐに読んでいた宮部みゆきも事件以来ちょっと距離をおいている。なのでこれは久々に読んだ時代ミステリ。相変わらず達者でうまい。例によって登場人物たちが好人物すぎるのが珠に瑕ではあるが、それもどっぷり浸かってしまえばぬるめの風呂で長湯しているがごとき悦楽ではある。北関東にある架空の北見藩の藩主の錯乱の原因究明に奔走する家臣や周囲の関係者たち。いかにも宮部みゆき的な気丈な女性各務多紀を軸に過去の忌まわしい謎が解き明かされていく。ミステリとしては大したプロットではないし、文庫3冊という長さほどの起伏があるわけではないが、のどかなタイトルのように御用とお急ぎのない方がゆるゆるとページをめくるには格好ではあるか。
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宮部みゆきのこの世の春を読みました。
江戸時代の北見藩の若い藩主北見重興は複数の人格が交互に現れる心の病にかかっていました。
江戸城で他の人格が現れたら北見藩は命運が尽きるということで、家臣たちは重興を押込めて北見一門から別の藩主を出すこととします。
重興は藩内でも美しい場所五香苑に座敷牢をつくりそこに逗留することとなりました。
各務多紀は婚家の姑からのいじめに耐えかねて実家に帰ってきて作事方の父親の手伝いをしていました。
ある理由により多紀は五香苑に呼ばれ、重興の治療に協力することとなります。
多紀、藩医の白田、多紀の従兄弟の半十郎、元家老の石野、そして五香苑の使用人たちは協力して重興の心の病の原因を探っていきます。 -
宮部みゆきさんの時代物の小説は、本当に読みやすく現代の私達にも分かりやすく描かれていて、とても好きです。
この世の春…。一見時代物の物語ですが、読みすすめるとファンタジー・ラブ・ストーリーにすら感じました。
宮部マジックです!
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作家生活30周年記念作!
著者の時代ものはどれも外れはないのはわかっているが、じっと我慢し、文庫化を待って購入(笑)。
捕物もの、市井ものと、種々あるが、この小説は藩主の強制隠居と内紛絡みのようで、『孤宿の人』の系列に位置するか。
期待通りの作品に、その世界にたちまち取り込まれてしまった。 -
いきなりワクワクが止まらない