今昔百鬼拾遺 天狗 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101353531

作品紹介・あらすじ

昭和二十九年八月、是枝美智栄は高尾山中で消息を絶った。約二箇月後、群馬県迦葉山で女性の遺体が発見される。遺体は何故か美智栄の衣服をまとっていた。この謎に旧弊な家に苦しめられてきた天津敏子の悲恋が重なり合い──。『稀譚月報』記者・中禅寺敦子が、篠村美弥子、呉美由紀とともに女性たちの失踪と死の連鎖に挑む。天狗、自らの傲慢を省みぬ者よ。憤怒と哀切が交錯するミステリ。

感想・レビュー・書評

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  • 今昔百鬼拾遺シリーズの3部作、読了いたしました。
    そして僕が読んだ京極夏彦先生の作品としても3作目。
    このシリーズの中ではこの『天狗』が一番好きですね。

    本作品の主人公も記者の中善寺敦子と女学生の呉美由紀のコンビ。そこにプラスしてスーパーお嬢様の篠村美弥子が絡みます。
    でも、今回は美由紀の活躍が多かったかな。特に本作品では、美由紀のセリフにいろいろと感じるところがありました。

    今回の事件は複数の若い女性の失踪事件。
    そしてこの失踪にはLGBTに対するが差別がテーマになっています。

    京極先生はこの終戦直後を舞台としているこの時代小説の中で『LGBT』問題を痛烈に批判しています。
    この現代になって『LGBT』に対する偏見もだいぶ減ってきていると思いますが、本作品で描かれる時代は終戦直後。同性愛者等に対する偏見はかなりひどいものがあったということは予想できます。

    本作品に登場するスーパーお嬢様・篠村美弥子さんは女性蔑視や同性愛者蔑視が当たり前だった時代の中で『LGBT』や女性の社会進出に超肯定的な考え方の持ち主です。
    当時、こんなに革新的な考えを持っている女性はなかなかいなかったのではないかと思うのですが(今だったらごく普通の考えです)、本作品の中で彼女は、現代の女性を代表したかのような意見を繰り広げてくれます。

    結構過激なお嬢様の意見に対して、それを聞いている呉美由紀の受け答えが非常に大人で、その美由紀の答えに対して素直に納得する美弥子さんの対応に非常に感心しました。この二人の言動は僕も見習いたいと思いましたね。

    そんな二人のやりとりを少し引用します。
    ○美由紀
    『聞いている分には間違っていないようですけど ―と、云うより、うなずけるところばっかりではあるんですけど、まあ反対意見もあるでしょうし、立場に依っては違う考え方も出来るんでしょうから、私のような世間の狭い勉強不足の小娘には即座に判断できません』

    ○美弥子
    『わたしは、今のところ自分の考えが間違っているとは思っていません。思っていないからこそこうやって口にしています。でも何処かしら間違っているかもしれないし、全部間違っているかもしれません。指摘されて納得出来たなら、即座に考えを改めますわ。ですから、わたくしのお喋りをお聞きになって、一時的に納得したからと云って、妄信してしまうような態度はいけませんし、解らないから否定すると云うのもいけません。一家言持っていないなら、美由紀さんのように答えることが正解なのだと思いますわ』

    美由紀のように「分からない」ことは「分からない」とはっきりと主張する。そして、その答えに対して素直に納得する美弥子。うん。素晴らしい。

    実際、僕らの会話ってこういう風に素直にやりとりをできることって少ないと思います。
    大人になればなるほど「分からないこと」があっても知ったかぶりをしたり、よく分からないのに同調したり、逆に否定したりすることも多いですし、また「分からない」という答えに対して、理不尽に怒り出したり、相手を見下したりすることも多々あると思います。

    今、僕たちが直面している「紛争」とか「争い」って、元をただすと、いずれもこういう対応ができていないから起こるのではないでしょうか。
    例えば「言った、言わない」だとか「嘘をついた」だとか「あいつも俺に賛同していたはずだ」とか、こういうたぐいの話って結構、後で大事になって大もめになったりしますよね。
    よくよく考えてみると、こういう紛争の原因って、やっぱり、相手に自分のことを素直に伝えていないところから始まっていると思います。

    この美由紀のように、まあ、彼女は15歳の女学生ですから、素直に「知らない」と言うことが出来るのかもしれないですが、大人だって知らないことは多々あるはずなのです。
    それなのに大人になると、プライドが邪魔するのか、恥ずかしいという気持ちからなのか、「知らない」と言いづらくなってくるのは確かだと思います。

    ただ、そこは逆に大人の対応として美由紀のように「勉強不足で分かりかねますので、即座に判断できません」と勇気を持って言うことも大事なのではないでしょか。
    確かに、こういうセリフって年齢が上がるにつれ、あるいは立場が上がるにつれ口に出すのが難しいセリフではあります。
    しかしながら、知ったかぶりをして判断を誤ったり、変に同調して後々大変なことになるリスクを考えれば、拙速な判断をしないということが大事だったりします。


    かなり脱線してしまいましたが、本書は内容的にも、会話のセンス的にも非常に考えさせられることの多い一冊でした。
    本当に、ここに出てくる時代錯誤のクズ野郎には頭にきましたが、いつものように美由紀の最後の啖呵を聞いて少し溜飲を下げることができました。

    京極先生のシリーズを初めて読みましたが、得るところが数多くありました。今後も京極先生の本をチェックしていきたいと思います。

    • くるたんさん
      kazzu008さん♪こんにちは♪

      うなる!素晴らしいレビューですね✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。
      紛争、争い絡めてあるところには拍手です!なる...
      kazzu008さん♪こんにちは♪

      うなる!素晴らしいレビューですね✧*。(ˊᗜˋ*)✧*。
      紛争、争い絡めてあるところには拍手です!なるほど。
      読みが深い…!

      この作品は現代社会にも充分通ずるものがありましたね。
      私もこれからは京極作品の奥を読み込みたいなって思いました♪(できないだろうけど)

      三部作、読了おつかれさまでした(≧∇≦)
      2019/10/07
    • kazzu008さん
      くるたんさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます!

      いえいえ、「読みが深い」と言われると恥ずかしいです。今回のレビューはちょ...
      くるたんさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます!

      いえいえ、「読みが深い」と言われると恥ずかしいです。今回のレビューはちょっと本の内容からはかなり逸脱してしまったかなと反省していたところです。
      でも、くるたんさんに気に入っていただけたら僕としては万々歳です(笑)。

      ええ、今回は京極先生が現代社会への警鐘というか、皮肉というかがかなり秘められていたような気がします。

      今後も、京極先生の本を楽しんで読んでいきたいですね!
      2019/10/07
  • 昭和29年8月。
    女学院の女子学生、呉美由紀15歳が探偵社で出会い友人となった代議士の一人娘でお嬢様の篠村美弥子20歳。
    美弥子の友人の是枝美智栄が剣岳で2カ月前に行方不明になったという。美知恵は裏表のない天真爛漫な性格だったという。
    地元では天狗による神隠しがささやかれていたが、美由紀と記者の中禅寺敦子、美弥子らは何らかの理由で、誘拐されたのではないかと推理を始める。
    そして、山での失踪者は一人、二人、と増え合計四人の若い女性が失踪した。
    そのうち天津敏子22歳は自殺をしており、父親が遺体の身元確認をしている。
    又、天津敏子と同性の恋人関係にあった葛城コウは2か月後に迦葉山で白骨死体となって発見。
    小学校教師の22歳の秋葉登代も2カ月前から行方不明になっている。
    二つの死体と、二人の行方不明者。果たして行方不明者は天狗にさらわれたのか。

    美由紀らのやりきれない怒りを生んだ、事件の真相とは。
    このお話は勘の良い方なら話の中程でおおよその謎は解けたと思います。
    美由紀のこのシリーズ定番となった、最後の啖呵にわずかな救いがありました。

    • まことさん
      くるたんさん。こんにちは!
      はい。三日で読み終わってしまいました♪
      そうですね、どの作品も美由紀の最後の啖呵がよかったですね
      まるで水...
      くるたんさん。こんにちは!
      はい。三日で読み終わってしまいました♪
      そうですね、どの作品も美由紀の最後の啖呵がよかったですね
      まるで水戸のご老公様みたいな(^^♪
      特に最後の作品は救いがなかっただけに、
      すっきりしましたよね!
      では、また、くるたんさんのレビュー楽しみにしています♡
      「パインズ」も実は読んでみたいと思っています♪
      2019/08/17
    • くるたんさん
      まことさん♪水戸のご老公!ナイス表現です♪
      昨日、水戸黄門さまの地を訪れたので、タイムリー!拍手です!

      「パインズ」は賛否両論あるみたいだ...
      まことさん♪水戸のご老公!ナイス表現です♪
      昨日、水戸黄門さまの地を訪れたので、タイムリー!拍手です!

      「パインズ」は賛否両論あるみたいだけれど私は面白かったです(*≧∀≦*)
      特に第一作目はミステリ感があるので良かったですよ〜♪
      機会があったらぜひぜひ(≧∇≦)

      こちらこそレビューを楽しみにしていますね♪
      実はまことさんのレビューから読みたい本がたくさんなのですが、なかなか追いかけられません(>_< )
      自分が二人欲しい(笑)
      2019/08/17
    • まことさん
      くるたんさん♪昨日は水戸に行かれていたのですね!タイムリーだったかも(^^♪

      「パインズ」はかなり前から積んていろのですが、今、くるた...
      くるたんさん♪昨日は水戸に行かれていたのですね!タイムリーだったかも(^^♪

      「パインズ」はかなり前から積んていろのですが、今、くるたんさんのレビューを拝見したら3作目はSFと書かれていたので、(SFは苦手なので)全部読むかはわからないけど、1作目は読むつもりでいますので♪

      私のレビューでくるたんさんの興味を引いたのって…何かな~?
      レビューされるまで楽しみにしていますね♡
      2019/08/17
  • 三部作ラストは人を攫うという「天狗」。

    今回は不可解な友人の失踪、女性達の死の連鎖に挑むストーリー。

    あのお嬢様の登場でなかなかの面白さでの幕開け。

    しかし複雑な要素が絡み合い、次第に胸がざわざわ。
    胸糞悪いってまさにこういう時にぴったり。
    この馬鹿者たちに対してあの子に早く斬りかかって欲しくて啖呵を切って欲しくて…もどかしかった。
    投げつけられる数々の言葉たち。今までの中で一番すっきりと簡潔に的確な言葉でスカッとさせてくれて胸糞悪さも吹っ飛んだ。
    そしてその中のある言葉が決してこの時代のこの馬鹿者たちだけでなく、今の時代の社会や国に対しても充分通ずるところがなんとも奥深い。

    そして「天狗」のタイトルさえも奥深い。

    三部作、満足感と共に読了。

  • 「鬼」、「河童」に続く連続刊行第3弾。呉美由紀が薔薇十字探偵社で、出会った篠村美弥子は、行方不明の友達を探しており、どの捜索に美由紀も巻き込まれていく。行方不明になった娘の服を着た別人が多い山中で死体で発見され、謎が深まっていく。
    篠村美弥子は、百器徒然袋に登場。結構インパクトがあったので覚えてましたが、今回は延々と美由紀と話してたりとちょっと印象が変わる感じもあります。
    また、百鬼夜行シリーズお馴染みの青木刑事も登場。相変わらずのいい人ぶりですが、きちっと決めてもいます。
    謎はちょっと込み入っている感じですが、シンプルです。
    最後に出てくる何を言ってもダメな人たちが、困ったものですが、こんな感じの人は(今回も今回もこだわる部分はいろいろですが)、未だに多くいそうです。
    事件はひどい話ですが、女性陣の語りで、ちょっと明るい感じになっていました。「河童」の冒頭の女子中学生の会話でも思いましたが、雰囲気出てて、よく書けるなぁと感心してしまいます。

  • 安定の京極ミステリー
    安心して読めます。
    想像力なんですよね…詰まるところ。
    自分が誰かに愛されたり愛しいと思う人がいるならば、自分でない誰かにも愛する人やその人を愛しいと思う人がいると気がつくだけで…否…それこそ綺麗事か。
    そんな冷静さや理性を欠いた感情の先、自分可愛さに盲目となった行く末にあるもの。
    それは誰かの愛する人や、自分の愛する人もを傷付けてしまうこともあるということ。
    美由紀や美弥子が命がけで探った謎も真相も、ご本人登場で呆気なく幕を閉じてしまった…。
    なんと^^;
    今年の13冊目
    2020.5.1

  • 久しぶりの京極堂。

    デビューしてしばらくは新刊の発行が待ちきれなかった。最近は決して良い読者とは言えない。それでも、京極堂らしさは本書でも伺えたが、やっぱり、榎木津、京極堂本人の登場が無いと少し寂しい。

    相変わらず個性的なキャラは登場してはいるのだが。謎解きそのものは結構切れ味もあったが、動機になる部分がうーむという感じ。

  • 前時代的な男。前に向かって行く女。という単純な対比ではないのだけれど、つい言いたくなる。謎解きは複雑だけれど、美由紀の啖呵は気持ちがよくてすっとする。そうだそうだと、私の口も動いている (^^♪

  • 「蒸気が出てる」「常軌を逸してる、と云うことですか?」
    通勤電車で爆笑しそうになった。言葉選び最高ですか。

    今昔百鬼拾遺シリーズでは最終巻になるからなのか、カラー写真も挟まってて贅沢な文庫本。

    天狗を猿山の勘違いお大将と見るか、山伏といった身分も見識もある僧のようなものと見るか。同じ天狗でも見方が変われば、考え方も変わる。
    今回の犯人は猿山の大将だったわけで!美由紀がスカッとあれこれ言い放ってくれたから、美弥子のようにぶん殴りたくなる気持ちが落ち着いた。

    これ、令和元年に発行された本だから、昭和29年ではまた価値観や世相が全く違ったやろうし、さらに今から70年経てばまた価値観が変わることも想像に苦しくない。
    天狗はまた見識ある僧侶として見られるのか。やっぱりお山の猿大将なのか。
    本書はエンタメとしても面白かったし、次の未来へ向けた思想を感じた。

  • 今昔百鬼拾遺の三部作の第三部である。このシリーズは京極堂の妹、中善寺敦子と呉美由紀が主役だ。前作の『河童』は、京極作品らしい河童への蘊蓄が多く語られていたが、『天狗』ではいわゆる妖怪変化としての天狗そのものへの言及は少ない。

    むしろ、武家社会に根差す男尊女卑社会への女性の側からの反論やLGBTに関する議論までの言及が語られる。時折、天狗も顔を出すが、特に型破りなお嬢様の篠村美弥子と青春真っ盛りな呉美由紀の議論は、その論が戦わされた場所の異色さも相俟って、暑苦しいほどである。敦子も含め、少しばかり理屈っぽい彼女らの語りが、事件解決への伏線ともなっている。

    昭和、戦後まもなくという時代背景。これもまた、物語のバックグラウンドとして重要なのではないだろうか。平成、令和の世では、事件捜査も科学的な手法になっていて、本作の世界観で事件を解決に導くことはできまい。そもそも現代では、この犯罪を起こすことも事実上不可能であるように思える。

    だが、本作品で扱われるテーマ――武家、男尊女卑、家父長制、「家」、LGBTは、時代とともにその濃淡は変化しているであろうが、決して消滅してはいない。その意味で、本作は、妖怪ミステリーのつもりで読み始めたものが、実は社会派ミステリーであった、というような印象がある。

    戦後まもない時代に、うら若き女性がこのようなテーマで議論するのは、大変だったに違いない。現代と比べれば、「多様性」などというものは社会的地位などほとんど与えられていなかった時代だ。いわゆる「アブノーマル」に分類されてしまい、あるものは社会的落伍者の烙印を捺され、あるものは狂人扱いをされ、いずれにせよまともな「人」としては扱ってもらえぬ時代だったであろう。したがって、戦後という時代背景の中でこのテーマに挑んだ作者を喝采したい。

    おそらく『河童』を評価する者は本作の評価を下げるように思えるし、逆もまた然りである。それは京極作品に「何を」期待するのかによって変化するのだろう。そして、私は本作品がとても好きである。

  • 美由紀&敦子に美弥子様も加わったので嬉々として読んでたら「女を憎む男たち」的な胸糞ミソジニストと犯行のえげつなさにげんなりしたが、恒例の美由紀の啖呵で回復した。
    消える人、入れ替わる衣服の謎、なんかは面白かったんだけどなあ……
    敦子と美弥子の違いとそれを分析する美由紀。

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著者プロフィール

1963年、北海道生まれ。小説家、意匠家。94年、『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、97年『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2003年『覘き小平次』で山本周五郎賞、04年『後巷説百物語』で直木賞、11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞、22年『遠巷説百物語』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『死ねばいいのに』『数えずの井戸』『オジいサン』『ヒトごろし』『書楼弔堂 破暁』『遠野物語Remix』『虚実妖怪百物語 序/破/急』 ほか多数。

「2023年 『遠巷説百物語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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