紺碧の果てを見よ (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (656ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101269740

作品紹介・あらすじ

会津出身の父から「喧嘩は逃げるが、最上の勝ち」と教えられ、反発した鷹志は海軍の道を選び、妹の雪子は自由を求めて茨の道を歩んだ──。海軍兵学校の固い友情も、つかの間の青春も、ささやかな夢も、苛烈な運命が引き裂いていく。戦争の大義を信じきれぬまま、海空の極限状況で、彼らは何を想って戦ったのか。いつの時代も変わらぬ若者たちの真情を、紺碧の果てに切々と描く感動の大作。

感想・レビュー・書評

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  • 子供時代から兵学校での生活までの青春もののような軽やかさと、感情的になることなく描かれる太平洋戦争。
    戦争の話というより、鷹志と雪子の兄妹や仲間たちの生きざまを見たという印象だ。

    戦いよりもそれぞれの想いよりも、なぜかいちばん心に残っているのは、鷹志が久しぶりに帰宅してどんぐりの話をするところ。
    海軍の軍人なので長い間海に出ていて国内の食糧事情に思い至らず、貧しさを目の当たりにしてショックを受けている様子で、それに対して少し憤りを感じた。
    国民を守りたくて軍人になって戦っているくせに、そのせいで国民が飢えていることに今頃になって気付くなんて、と責めても仕方のないことを思ったのだ。彼らだって疑問や葛藤を抱えているのをわかっているのに。

    戦争を扱った小説を読む度に思うことだけど、こんなこと二度と繰り返してはならない。
    ずっと平和しか知らないままがいい。

  • 8月には戦争物を読む。
    確固とした主義を持っているわけではないけれど、なんとなく読みたい気持ちになるのだ。

    タイトルも、カバーイラストも美しい。
    繰り返し出てくる『紺碧』のイメージは何なのだろうかと考える。
    海と、空?
    それは刻々と色を変えるものであり、しかし実は何の色にも染まらないものである。
    人間に何があろうと、いつでもそこにある、青は特別な色。

    浦賀で育った、永峰(会沢)鷹志の家は、会津の武家の末裔。
    父は日露戦争の生き残りだが、昔のことは話さない。
    無口だが反戦の気持ちがある。
    朝敵、と蔑まれた会津の出だからこそ、「負ければ何もかも失う。変わらないと信じていた正義や美徳も全て奪われ、地べたに叩きつけられ、唾を吐かれる」「勝てない喧嘩はしてはならない」と語る。
    まるで、これから鷹志が戦うことになる太平洋戦争を予言しているかのようだが、若い鷹志には噛み砕くことのできない言葉であった。
    遠縁で、鷹志を可愛がってくれる海軍士官の永峰宗二の養子に入り、軍人を目指した。

    鷹志の3つ下の妹・雪子は父に似て手先が器用。
    幼い頃から兄を言い負かす気の強さと知性がある。
    ただし、ちょっと変わった子であった。
    とても仲の良い兄妹であったが、鷹志が永峰家の養子になって家を出たことで、“繋いでいた手を離された”と雪子は感じる。
    兄のいなくなった家を出て、奔放な芸術家の道を歩もうとする。

    章の間に、雪子から鷹志に宛てた手紙が挿入されている。
    時系列がランダムだ。
    あれ?この雪子の気持ちを、なぜ鷹志は知らないのだろう?といぶかしく思うが…
    雪子は常に紺碧の中に“飛び去った鷹”を追い求め、探し続けた。

    鷹志は兵学校で友を得て青春を謳歌し、海軍に入隊して士官となる。
    一見すれば、体育会系の学生生活、そしてお仕事小説のようでもある。
    鷹志たちの気持ちもそうだったろう。
    その“お仕事”が戦争でなかったならば。
    先輩が、友が、散ってゆく中、上層部の愚策に憤る鷹志は、任された艦の運用に自分なりの「被害を出さないための工夫」を凝らし生き延びて行く。

    鷹志は艦長という立場だったからこそそれが出来たのかもしれないが、時流に洗脳され、精神論だけをたよりに、上層部からの命令で紙っぺらのように命を燃やしつくしていく若者たちは哀れだ。
    この戦争は負ける、と悟った鷹志は、そんな若者たちを、せめて自分の息子のように思う、艦の乗組員たちだけでも、あらゆる手段を使って生き延びさせたいと思うようになる。

    鷹志は時々家に戻る。
    その日常の部分では、雪子や妻の早苗という女たちの人生も描かれる。
    時代に新しすぎて世間に痛めつけられ続けた雪子も、一見地味な女だが芯の強い早苗も、とても魅力的だ。

    最後に、鷹志が部下たちに語る言葉には、崇高な感動を覚えずにいられない。
    雪子の元から飛び去った鷹は、今は海と空の紺碧の果てを悠々と飛んでいるに違いない。
    雪子はそれを、いつまでも見守りつづけるだろう。

    第一章 始まりの夏
    第二章 江田島
    第三章 リメンバー・パネー
    第四章 空墓
    第五章 紺碧の果て

  • 須賀様に脱帽

    この作品を書くために作者はどれほどの調べ物をしたのだろう…。わかりやすく、かつ正確に描かれる海軍士官と妹の物語。
    こういった戦争作品はどうしても重く、取っ付き難いと感じてしまいがち。でも、読み終わってみると、なんでもっとはやく読まなかったんだろう、と、、。

    各章の冒頭にある雪子の手紙を最後に読み返した。すごすぎてため息…
    「兄さん」と「鷹志さん」という呼び方、文章からわかる雪子の成長や精神状態、、
    とにかく読んでください。

  • 逃げるは最上の勝ち、ならぬものはならぬ。戊辰戦争後、辛酸を舐めた会津の教えを体現した艦長の判断に共感を覚える。又、奔放に振舞う妹ゆきことのコントラストに、この小説に深みと豊かな情緒をみる。
    戦果に散った英霊を美化した小説は多数有るが、牧歌的な昭和初期の生活や教育と主人公の心の成長や拠り所となる思想に至る経緯を明瞭な筆致で描き、極限の環境や置かれた立場の中で、己の信念を曲げずに判断を下すに至った人間性を知る良書であった。 

  • 文通相手との文通読書会二回目の課題本。
    自分では戦争ものを選べないので、こうして課題本にしてもらって、読むことができてよかった。

    鷹志は幼い頃より父に「逃げるは最上の勝ち」「ねらぬものはならぬ」と教えられて来た。その教えは男子としての生き方を否定されているようで、心の中でいつも反駁を繰り返していた。そんなおり海軍に入った叔父に連れられて祖先の防人たちの寂れてしまった墓を参ったことをきっかけに、自分も海の防人にと心が傾いていく。その後震災で父は負傷し、そして両親は叔父夫婦に鷹志を養子に出し、兵学校への道を開いてくれた。その思いにこたえるように鷹志は兵学校での日々を精一杯に勤めていく。そこで出会った友人たちと厳しくも、実のある日々を過ごしていた鷹志は、その中で親友との別れを経験する。鷹志にはとても美しい妹がいた。少し他の女の子のようにいられない妹は、これと決めたことを曲げられず、その苛烈なまでの生き方を鷹志は心配していた。そんな妹の雪子は兄が叔父夫婦の容姿に出てから彫刻に打ち込むようになっていく。その集中力はすさまじく、行動力と才能で彼女は尊敬していた彫師のもとで腕を磨いていた。しかしそんな生活は長くは続かず、雪子はカフェーで女中をしながら、西へ行きそこで新たな修行先を探そうとお金をためていた。それを知った鷹志に家に連れ戻され、彫刻への夢は断たれてしまう。
    そのころ鷹志は大きく広がり始めた戦争に巻き込まれ始めていた。いくつもの海を渡り、数えきれない部下を上司を同志を亡くし、繰り返す消耗にただ一度取り返しのつかない罪を犯す。
    鷹志が見初めた顔に痣があるために顔を極端に隠す早苗。雪子に陸の上で必ず帰る場所になってほしいと求婚する鷹志の兵学校での同級の友の江南。海軍に魂を捧げてきたのに、最後には生き仏を運ぶ仕事に疑問が疑心へ、それは焼き付くような怒りと悲しみになった有里。戦争が進むにつれ、いくつもの視点が重なって、ラストは胸がつぶれそうな青に繋がる。
    雪子からのいくつもの手紙。それは一通も出されたものではなかった。つよく強く焦がれた兄の姿が、それでもどうしても望めなかった心が、同じ青へ還れたことが救いのような気持がした。

    ラストの100ページは夢中で読んだ。彼らが感じた静寂が耳に聞こえた気がした。

  • 良い話だったとは思うがなんか薄っぺらな印象。しかし、本の感想からは離れるが、戦前の日本にはバカしかいなかったのだろうか?国民を虫ケラの様に扱う天皇以下の腹黒い国の指導部と、疑うことなくそれに従い殺し合いを美化するおめでたい勘違い集団。それが日本だったのかと情けなくなる。決して愛国心などではなく、単なるカルト宗教の教祖とその取り巻き一派と信者。そして、その指導部の生き残りから続く子孫が支配する現在のこの国。長年利権にしがみつく与党は保守の化けの皮を被った反日売国奴集団。自立できない国民は他人事人任せ。結局、戦後も更にレベルが下がっただけなのかも知れない。

  • 物語は大正12年から始まり、後の海軍少佐永峰鷹志の少年時代、海軍兵学校時代、そして太平洋戦争終戦までが描かれています。
    兵学校時代、同じ分隊の級友や先輩たちの戦時中の話や、本土に残された家族の話、そして太平洋戦争が始まり紺碧の海へと乗り出していく兵士たち、「弱虫」と揶揄されながらも、艦からは犠牲者を出さぬように「逃げる」ことに全力を尽くす鷹志。
    この時代を生きた人々の思いが胸に迫ってきました。

  • 文庫再読。タイトルが本当に秀逸だと思います。
    紺碧の果てを見よ。これに何度泣かされることか。
    舞台は太平洋戦争なので悲しい出来事がどうしてもたくさん出てくるんですけど、物語の中でおこるドラマを過剰な演出で描いていないからこそ、胸にくるものがある。
    読み進めるのにエネルギーのいる作品だとは思うのですが、読了後の余韻がたまらない名作。

  • 海軍兵学校を出た海軍士官たちの太平洋戦争の物語。主人公の父は会津出身、日露戦役の生き残りというところに思わず引き込まれてしまいました。
    士官側からみた戦争小説ってあんまり読んだことがなかった気がするな。ぐっと胸にくる小説でした。

    この作家さんは、実際には見たことがないはずの時代をなぜこんなに生き生き描けるんだろう。戦前・戦中の日本の空気感が、まるでそこにいるかのように伝わってくるこの筆致。ぐいぐい引き込まれる。

  • 主人公が海軍の兵学校や軍隊での鉄拳制裁も肯定的に受け止め、国の為に我が身を捧げようと真摯に戦争に向かって行く様が、そのままの目線で描かれていて違和感を覚えた。その時代の渦中にいると、それが当たり前の感覚になるのかと思うと恐ろしい。
    どこかで別の展開があるのかと思い、最後まで読んだけど、共感できるところがほとんどなかった。

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著者プロフィール

『惑星童話』にて94年コバルト読者大賞を受賞しデビュー。『流血女神伝』など数々のヒットシリーズを持ち、魅力的な人物造詣とリアルで血の通った歴史観で、近年一般小説ジャンルでも熱い支持を集めている。2016年『革命前夜』で大藪春彦賞、17年『また、桜の国で』で直木賞候補。その他の著書に『芙蓉千里』『神の棘』『夏空白花』など。

「2022年 『荒城に白百合ありて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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