言ってはいけない中国の真実 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101213514

作品紹介・あらすじ

崩壊説を尻目に急速な経済成長を遂げた人口13億の大国・中国。満州からチベット、内モンゴルまで、その隅々を旅した著者は、至るところで不動産バブルの副産物で「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンに出くわす。高層ビルが林立する超モダンな廃墟が建てられる元となった「錬金術」の仕組みに着目し、日本と異なる国家体制、組織のあり方、国民性を読み解く新中国論。『橘玲の中国私論』改題。

感想・レビュー・書評

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  • 今まで見た中国文化の説明の中で最も合理的でわかりやすかった

  • 橘玲氏による中国私論であります。本人の言によると、自分は専門家では無い為、中国専門の研究者やジャアナリストの成果に負ふところが大きいといふことです。
    まあこれは事実半分、謙遜半分でせうか。といふのも、橘氏は自らの足で何度も中国各地を旅し、その都度中国の変化に驚いてきた人であるからです。専門家と呼ばれる人たちの中でも、橘氏以上に中国に足繁く渡航した人は少ないのではないかと疑つてゐます。無論何度旅をしやうが、何も身に付かぬ奴もゐますが。

    「文庫版まえがき」によりますと、本書誕生のきつかけは、中国を旅するなかで各地で「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンを目にしたことだと述べてゐます。本書の口絵写真にも「中国10大鬼城観光」として紹介されてゐます。不動産バブルがはじけたのもどこ吹く風、需要があらうがあるまいが猪突猛進で造つてしまつた建造物の数数。日本のテレヴィでも報道されてゐたので、ご存知の方も多いでせう。あまりの見事な廃墟ぶりに、鬼城めぐりといふ観光ツアーまであるさうです。さすがに転んでも只では起きぬ国であります。

    大きすぎる国、人が多すぎる国に驚き、幇とグワンシで中国人の人間関係を解説し、中国共産党は意外に地方を掌握しきれてゐないと紹介し、腐敗に厳しい社会自体が腐敗してゐるとか、いろいろと現代の中国が抱へる問題とその背景を解き明かしてくれます。批判するでもなく、勿論礼賛もせず、単に「中国はこんな国です」と淡々と事実を述べる姿勢が良いですな。

    かういふ話なら別段「言ってはいけない」ことはありますまい。どんどん発信していただきたいと勘考する次第でございます。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-802.html

  • 中国を理解するのは難しい、理解してはいけないのかもしれない。「核心」とは何を意味するのか?良く分からん!

  • グワンシによる、ヤクザ主義

    農民から土地をほぼ0円で土地を仕入れ、不動産証券化することで無から富を創出しているという話が興味深く面白い

    中国の異常なまでの不動産バブルと国における不動産セクターの寡占の理由がここにあった

  • 「言ってはいけない」シリーズが好評だったのか、本書も改題。『猿岩石日記』で中国をヒッチハイク旅している部分を読んで、本書を同時に読み始めた。中国の不動産バブルと鬼城と呼ばれるインフラの残骸が、どうして出来たのかを解説。中国が民主化できない理由も納得。関係(グワンシ)という行動原理を理解すれば、中国人と日本人の違いを理解できる気がする。国レベルでは戦後処理問題があれど、人と人の交流ではそのくびきから離れても良いという著者の提案に賛成。

  •  平成三十年に発行されたものだが、中国人の特徴や共産党を分かりやすく紹介できるのは、自身が実際に現地に中国国内を旅して、その進化、変貌の急速さを味わったからなのだろう。
     まずはその人口の圧倒的な多さに触れ、全てが大きくそれに関わっていることに立脚し、それに伴う功罪や、また歴史についても考えさせられる一冊ともなっている。
     確かにどうしてもそれぞれの国からの成り立ちにより、理解できないことがあることを、そろそろ理解しなければならず、日本としては地政学的に中国の影響は受ける運命にあるのだから、いかに現実を直視し、上手に付き合いをしていくかを戦略的に考えなければ、ヘタをすると国土の一部を呑み込まれかねない。
     

  • 2015年刊行書に新たに1章書き下ろした増補版。
    増補章はおもにネットまわりの動きについて書いている。電子決済がすすむ一方、google、facebook、twitterなどSNSを効果的に使った民衆デモに使われた(2010アラブの春)のを警戒し、あいついでサービスが停止された。中国のIT企業はかわりとなるサービスを矢継ぎ早に提供し、国内ではGAFAの恩恵が得られない市民の不満は低く抑えられている。一方サービス利用者の個人情報を国が集めやすくなり、500万人が1日12時間ネットを監視して6億台のカメラが市中を睥睨している。

    すべてにおいて桁違いの中国についての私家版「中国論」。不動産バブルの産物ゴーストタウン「鬼城」の取材雑記・写真が添えられているが、ルポ記事はほんの一部で、まえがきで言及しているとおり中国の専門家やジャーナリストの文章がもとになって各論が構成されている。政治経済歴史など全般論じている。
    以下メモ。

    ■人口爆発とその価値
    中国の規模を考えるとき、その人口規模をもとにするとその大きさが理解できる。省をひとつの国としてカウントするとアジアの大国20中13が中国国内にある。この巨大な人口は産業革命にさかのぼって説明できる。
    農作物を例に取れば、東西でおおきなちがいがある。西欧は小麦を、アジアでは水田を育てたので収穫率から人口規模にちがいがでる。需要と供給のバランスで人口あたりの価値が決まり、人権意識にも違いがでてくる。exアイスランドのような乏しい資源でDIY精神が養われれば自然と人権思想が育っていく。
    その一方で西欧でも奴隷制の長い歴史がある。自然権はじめとした権利意識が整備されるのには、ペストのような人口を減少させる疫病と、産業構造を変える革命が必要だった。
    アジアとヨーロッパでは、17世紀産業革命にも違いがある。イギリスは資本集約型、江戸は労働集約型(勤勉革命)。人口が3倍の3000万に増えた日本では、食糧増産のため新田開発をはかるも、島国では限度があり、従来家畜に耕させていた耕地を人に耕させ、かつ失業者を減らすために田畑を細かく区切って作業に当たらせた。
    中国は、18世紀に4倍の4億人に達する。新大陸の銀が入ってきて西欧との貿易や、貨幣として流通させ市場が拡大し人口爆発した。が、産業革命は起きなかった。そのかわりに、増えた人口は大移動をはじめる。中華という言葉はもとは華北を指す言葉からきているが、清は最大版図をかかえ満洲、モンゴル、ウィグル、チベットを従えた多民族国家。山岳民族や遊牧民が新大陸のイモ、トウモロコシなど栽培が容易な作物にありつくため内陸部に殺到し、玉突きで沿海部の民が華僑となって東南アジアに渡る。
    統治機構にも違いがある。日本のような上位下達の統治機構が機能するのは首都ー地方都市までで、そこから先の村落までいくと行政が監督できなくなる。これもひとえに広すぎ、人多すぎなため。
    ○速水融「歴史人口学で見た日本」
    ○岡本隆司「近代中国史」

    ■行政の行き届かない社会の末端で生まれるネットワーク
    広東語や上海語は文法の違う外国語同士で、逆に言えば同郷は共同体の基本になる。さらに地域をまたぐネットワークが宗族。これは族譜(系図)だが血縁関係になくても問題ないし、逆に気に入らなければ消してしまう。この風習は本土より末端地域である華僑に多く見られる。p52
    ○斯波義信「華僑」

    ■幇とグワンシ
    中国人の世界観の基本は「幇」。幇は自己人ともいい、人間関係の基本。ときに家族以上の信頼を置く。幇をむすんでいない存在を外人という。
    人種が違えば違うことに違和感はないが、現在唯一の漢字文化圏である日中はこの点似ているせいでかえってわかりあえないことに不満をもつ。これが中国に対する複雑な感情の原因。
    高倉健の仁義(もとは儒教思想)がうける理由。儒教を否定し科学的社会主義で想像の共同体を作ろうとした毛沢東とその後復活した社訓=論語への逆戻り。
    ○小室直樹「中国原論」
    ○吉田茂美「グワンシ」

    ■中国共産党という秘密結社

    秘密結社の起源でよく知られるのは中世の石工組合。当時教会建築家集団は最先端の技術者で、技術を弟子に伝え歩いて自由な石工(メーソン)と呼ばれた。だからフリーメーソンのシンボルは直角定規とコンパスになっている。啓蒙主義時代、英仏で知識人が王政打破を目指すなか権力からの弾圧を逃れるために汎ヨーロッパ的な組織であるフリーメーソンを利用する。これが「体制転覆を企む秘密結社」のイメージをつくる。
    ○中国秘密結社小史
    中国の宗教結社は14世紀紅巾の乱をおこした白蓮教にはじまる。白蓮教はマニ教(ゾロアスター教から派生)に影響を受けた末法思想。終末論と救世主信仰で農民に反乱を起こさせ元朝を崩壊させた。教団をひきいた韓山童軍の一兵卒朱元璋は中国全土を平定し明朝を興す。その後自身の出自を隠して白蓮教を徹底弾圧する。18世紀、市場経済が発展し世俗化が進むと、宗教結社の相互扶助システムだけ残して宗教色を除いた秘密結社天地会が生まれる。天地会は明末の反清運動から生まれた「洪門」を自称したが、ただのヤクザ集団で民衆の支持は得られなかった。清朝は結社の取締に自警団を容認し徴税権を与え、清末に肥大化した結社同士が通貨を発行し始め、軍閥割拠の様相となる。辛亥革命がおこると反清の洪門たちは要職にありつくが、北洋軍閥袁世凱は権力闘争からこれを弾圧。かわって勢力をのばしたのが、上海で活躍していた青幇(チンパン)で、孫文の革命同盟会と団結し、のち蒋介石と幇を結ぶ。青幇は蒋介石が国民党指導者となると上海の政財界に進出、フランス租界で大規模なビジネスをおこなった。国共内戦で敗れると蒋介石とともに台湾に逃れ、外省人の秘密結社を生み出す。80,90年代に全盛期をむかえ、天道盟総裁は国会議員にもなっているが、犯罪組織の摘発がすすみ拠点を大陸にうつす。
    台湾香港で80年代まで黒社会をつくったのと対象的に、大陸では「中華人民共和国」の成立とともに姿を消したのはなぜか。
    膨大な人口を抱える中国では士大夫による官僚制と宗族による家父長制によって国家が運営されてきた。目の届かない地方では宗族と結びついた官僚が農民を搾取する。ところが毛沢東は、レーニンの組織論を取り入れて社会の末端まで細胞を張り巡らせて国家体制を根本から変えた。ユートピア的な共同体主義を奉じた毛沢東思想は、60年代文革で私有財産の全否定、農村では人民公社、都市部では国営企業がコミューンをつくって人民の生活を支配した。実際には公社には宗族の有力者がついたようだが、理屈の上では有史以来はじめて宗族や結社など中間団体をはさまず末端まで権力行使する体制を完成させた。同時に宗族や結社は障害物として排除されていく。
    もうひとつ結社が消えた理由として、中国共産党自体が結社とにているとして共通点をあげている。同時に、共産党の腐敗がはじまれば、かつての結社や宗族に頼ったうごきもでてきている。

    ○山田賢「中国の秘密結社」
    ○何頻「黒社会」
    ○岡本隆司「中国反日の源流」

    ■経済
    広東型委託加工とはなにか。
    民進国退による成長がかえって目立たせる国進民退。
    山寨手機、ゲリラ携帯電話。

    ○関満博「現場学者 中世へ行く」
    ○加藤弘之「21世紀の中国 経済編」
    ○丸川知雄「チャイニーズドリーム」

    ■裏マネー
    地方政府が1平米あたり10元(190円)で農民から土地を格安で仕入れて1000倍の値段で販売し投資の「自己資本」にあてている。裏マネーは共産党幹部、富裕層、および都市部の中産階級に渡り、国内消費を活性化。
    がこうした裏マネーの循環により地価が上昇し、販売価格も頭打ち、一方で不動産開発を進める必要から地方政府は債券発行を禁じられているため融資平台を設立し高利の理財商品による資金調達をはじめる。中国の地価は人類史上最大5054兆円(日本のパブル最盛期89年で2136兆円)に達した。
    不動産バブルに先鞭をつけたのは90年代中国開銀総裁に陳元がついたときに遡る。陳元は共産党創設期の幹部の息子で、中央銀行副総裁を経て金融システムの正常化に尽力し次期総裁を噂されながら、ついたポストは中小銀行と同規模のインフラ投資を目的とした長期信用銀行の総裁。
    92年政府が地方債を禁じ、97年アジア金融危機が重なり、独立採算を強いられた地方政府は苦境にあった。陳元は投資先のなかった家計貯蓄と資金繰りに苦しむ地方政府を結びつけることを考え付き、農民の国有地を安く買い上げインフラ整備に投資し売却することでウィンウィンの関係を作り上げた(二束三文で土地を失った農民は除く)。
    ○川島博之「データで読み解く中国経済」
    ○ヘンリーサンダースン「チャイナズスリーパーバンク」

    ■腐敗
    胡錦濤時代農民問題に取り組み、2006年農業税を廃止し農業発展戦略を発表、水道電気などインフラ整備をし教育無償化などもりこんだ。が地方政府の収入源農業税をなくした補填を政府が行わなかったため、改革の名を借りて地方政府は農民から土地を取り上げて不動産投資に狂奔した。
    毛沢東の清廉潔白にこだわった理想主義を掲げる以上、腐敗に対する監視は規制できない。メディアも政体やイデオロギーについては公安に言論封鎖されているが、腐敗批判(とそれに付随した体制批判)は可能。刑罰は重く最高系は死刑、公安の摘発を受けると長い懲役を覚悟して自殺してしまう。
    なぜこんなに厳罰なのに腐敗がやまないのか。
    80年代改革開放以降急増したが、原因のひとつは公務員の給料が安すぎる。2001年首相の月給は約3万円。
    それと多すぎる公務員。少し待遇を改善しただけで莫大な支出になってしまううえ、地方政府の統制ができず、腐敗の現状を黙認している。
    39歳現象。59歳現象。それぞれ出世の慣習上の期限前後になると、裏金に手を出すようになる現象。
    人口ボーナス・オーナス論による景気の好悪とピークを迎える中国経済。出生率は一人っ子政策の影響で日本を下回る1.18。2013年の10億人をピークに生産年齢人口が減少に転じる。
    ○「中国農村崩壊」「中国社会と腐敗」「老いゆくアジア」「中国台頭の終焉」

    ■ナショナリズム
    中国の近代は1840アヘン戦争にはじまり列強に蹂躙され、その屈辱から中国人というナショナリズムをつくってきた。こうした排外・抗日意識を些末な事実認定のレベルで批判する日本の保守、あるいは日本の民族主義を批判しながら中国韓国の一部の過激な「反日」を自虐的戦後史観から擁護するのも間違いだ。
    鄧小平の死により正統な指導者を失った中国の指導部は、選挙で選ばれていない以上国民からの支持を取り付ける必要がある。しかし江沢民時代に煽った「反日」はじめ、国民が領土問題、歴史問題で譲らなければ、それに従い冷静な対日関係が築けなくなる、というジレンマにある。
    1985年中曽根の靖国参拝とヴァイゼッカーの戦争犯罪謝罪演説にみる国際世論のちがい。ヒトラーの罪と国家元首としての謝罪と犯罪に加担した個人の免責を規定する絶妙なストーリーをつくったドイツ。
    歴史教育(とくに近現代)の必須とカタカナ表記による齟齬。Mao Zedong. Xi Jinping

    ○日中交流小史
    紀元前2000黄河中流域におこった殷。BC8中原(北部)での秦の始皇帝による統一、春秋戦国時代、ながい戦国時代で周辺地域に人口が拡散しはじめる。一部は朝鮮半島に逃れて、対馬海峡から九州北部に移住し弥生時代をつくる。DNA解析で説明すると、東南アジアから中国南部に移住し漢字、儒教を受け入れた人々が弥生人となった。
    混乱を統一した隋、唐j時代。白村江で倭国は朝鮮への足がかりを断念、国号を「日本」と改め「天皇」をおき、冊封体制に属し蛮族の王として朝貢をする見返りに、漢字、仏教・儒教、律令制を輸入して都市をつくった。殷の時代から文字がある中国に知識人を派遣して歴史書を学び、8世紀に日本書紀、古事記を著し万世一系の物語を創作。17世紀清王朝が現れると朝鮮では中華の正統を引き継ぐ小中華思想が現れる。厳格な儒教思想の統治を行っていた朝鮮とちがい武士国家だった日本では、儒教思想の変種万世一系の天皇中心とした尊王思想を唱えて次の東アジア覇権奪還に動き始める。
    19世紀欧米列強のアジア進出が始まり、アヘン戦争をきっかけに国際秩序に強制的に組み込まれる。日清日露戦争で世界に衝撃を与え、空前の日本留学ブームで孫文、蒋介石など知識人が日本に来訪。満州王朝清にかわる近代国家の国名として、欧米で使われていたCHINA(秦に由来)を嫌った留学生梁啓超などが「中国」「中華」を提唱する。
    欧米列強がww1後の民族自決、平和主義路線を唱和する一方、遅れてきた帝国主義日本は侵略を繰り返し、生まれたばかりの「中国人」に抗日意識を与え皮肉にも民族主義的国民意識を芽生えさせる。
    ○「在中日本人108人」「(反日)からの脱却」
    「〈戦争責任〉とは何か」「日本人になった祖先たち」「日本史の誕生」「天孫降誕の夢」「中世の神と仏」「近代日本の陽明学」「近代日本の右翼思想」

    ■愚民主義
    中国は世界に先駆けて近代にはいる。
    科挙による官僚システムの完成と身分制度の廃止、それに宗族=同姓共同体を使った徴税・監督する広大な土地の統治メカニズム。一方、均分相続が富の遺伝を許さず、大飢饉で政体がかわるたびに数千万単位の人口変動が起こり、技術、知識の継承を阻害した。これが中国的停滞。

    共産党は自らのイデオロギーと国土の広さと人口の多さに挟まれて身動きが取れなくなっている。
    地方政府の腐敗に憤る農民の訴えを飲み込みながら(イデオロギー的に農民搾取はご法度)、宗族が行き届いた封建社会で民主的な選挙が不可能な現実を受け入れると、愚民主義に基づいた建前的な政体にならざるを得ない。するとまた地方政府が腐敗する、という悪循環に陥るが、それでも体制を破壊するほどの運動にはならない。現在の中国はそれ以前の中国にはなかった特徴がある。
    ○近年の中国では集団騒擾事件が多発しているが、人民解放軍や武装警察が制圧可能
    ○都市には働き口があり、土地をうしなった農民の失業率も頭打ち
    ○都市部で豊かな中流が産まれ、混乱の中資産を失うよりは共産党独裁を容認

    ■北京コンセンサス
    iMF、世界銀行は支援先に人権、汚職、民主政治の度合いなど厳しい条件を突きつけてきたが、このワシントン・コンセンサスが転換点を迫られている。中東、アフリカに強制的に輸入された民主主義は、民族、宗派対立を調停することができていない。この欧米流の破綻のかわりに着目されたのが北京コンセンサス。
    ○中国企業の利益重視○資源確保が目的○国際社会での中国の影響力拡大○相手国の人権、政治体制を容認
    最後の点が特徴で、中国は独裁政治をそのまま支援する。
    資金源は不動産バブル。援助対象は欧米が手を付けない「三流国」で場当たり的ながら、大規模な鉄道、水道、ネットなどのインフラに投資する。欧米流と違うのは、中国人労働者を連れてきて産業に必要なインフラをいちからすべてつくる。極めて寛大で、条件も○台湾を国家と認めない○日本の常任理事国入り阻止○中国の人権問題提起の阻止、などハードルが低い。
    今後のシナリオは○経済発展が見込めず融資が不良債権化○中国の資金が枯渇(元手がバブルなので)○仮に発展がうまくいったとして、中国の援助で残ったインフラを足がかりに欧米からの融資が集まり競争が激化すれば中国の存在感が希薄化
    などあまり中国にメリットがないようにみえる。また安全保障上周辺国との問題を多数抱えて経済援助のプラスを棒引きしている。全員をあいてどった武装はアメリカをバックにした国際安全保障のまえでは難しい。
    中国にはソフトパワーがなく、強引なハードパワーの行使は国際秩序の強い反発にさらされており、なまじ早く(10世紀)終えた近代的「帝国」統治による停滞はしばらくつづきそう。

    ○「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」「チャイナズスーパーバンク」

  • 橘氏の中国論。
    ネットの記事から、さまざまな著書、小説に至るまでランダムに読んでいるが、毎回とても合理的な見解を読み、はっとする瞬間がある。今回はご本人が中国に行き、色々と見聞きしてきたものをベースに書いている。文中に様々な引用があるが、ものすごく勉強してから書いたのだろうなというのが伺えた。所々著者らしい興味深い見方があったが、やはり複雑怪奇な中国を分析するには少々簡略化しすぎているように見受けられる箇所があった。基本的には人口過多による、過当競争が社会を独特なものに仕立て上げているという事なのだろうか。

    しかし盧溝橋事件でどっちが先に発泡したということよりは、そこに日本軍が居たことがおかしいという主張はニヤリとしてしまった。確かにそうかも。

    P.63
    中国人の行動文法では、裏切ることで得をする機会を得たときに、それを躊躇なく実行することを道徳的な悪とは考えない。こうした道徳観はいまの日本ではとうてい受け入れられないが、戦国時代の下剋上ではこれが常識だった(だからこそ忠義を尽くすことが最高の得となった)。(中略)日本の社会と比較した「グワンシ」のもう一つの特徴は、個人と個人の関係が共同体のルールを超えることだ。(中略)なぜこのようなことが起きるかというと、日本と中国では「安心」の構造が異なるからだ。
    日本の場合、安心は組織(共同体)によって提供されるから、村八分にされると生きていけない。日本人の社会資本は会社に依存しており、不祥事などで会社をクビになれば誰も相手にしてくれなく生る。だからこそ、会社(組織)のルールを私的な関係より優先しなくてはならない。
    それに対して中国では、安心は自己人の「グワンシ」によってもたらされる。このような社会では、たとえ会社をクビになったとしても「グワンシ」から新しい仕事が紹介されるから困ることはない。だが自己人(朋友)の以来を断れば、「グワンシ」は切れてすべての社会資本を失い、生きていくことができなくなってしまうのだ。

    P.69
    中国では、いまだにヤクザ映画の古い世界が続いている。中国の会社経営者は「論語」(紀元前500年)を社訓に掲げ、ビジネス戦略を孫子の兵法(紀元前350年)、企業同士の合従連衡を「三国志」(紀元2−3世紀)で語る。中国の政治家も、論語ではなく歴史を参照して自らの正当性を主張する。
    毛沢東は文化大革命において儒教をはじめとする宗教を全否定し、科学的社会主義を説いた。ところがその文革が巨大な人格を引き起こすと、共産党はそれに変わる規範を提示することができなかった。
    このようにして中国社会は、これまで馴染んできた儒教(朱子学、陽明学)と孫子、三国志の世界へと戻っていった。これに司馬遷(史記)の歴史観と韓非子の法家思想、同郷の民族習俗を加えると中国社会はほとんど説明できてしまう。中国はいまだに前近代性を濃厚に残す社会なのだ。

    P.82(西寧で日本語をしゃべるガイドとのやりとりにて)
    文化大革命の時期に小学校で「科学的社会主義」を叩き込まれた王さんは、宗教はアヘンだと考えている(王三の同世代はみんな宗教に否定的だという)。わずかな稼ぎをすべて喜捨し、来世でのよりよい転生を願って五体投地を繰り返すチベット仏教徒は王さんには理解不能で、そんな彼らが少数民族だというだけで自分たちより優遇されているのは許しがたいのだ。
    王さんの話を聞いて、私は考え込んでしまった。
    王さんが中国人のなかdめおもっとも開明的な部類に属するのは間違いないが、そんな彼女ですら、自分たちは逆差別によって不当な扱いを受けていると思っている。中国の少数民族問題は、私たちがおもっているよりずっとやっかいなのだ。

    P.105
    共産党という「秘密結社」が権力を握り、権限と責任があいまいで法が機能しない中国社会で生きるのは、あちこち落とし穴のある道を歩くようなものだ。誰かが穴のある場所を教えてくれなければ、いずれヒドい目にあうことになる。このような社会で唯一頼りになるのが「グワンシ」だ。
    中国人は、正しい「グワンシ」があれば穴に落ちることはないし、たとえ落ちたとしてもすくい上げてもらえると考えている。
    しかし法治という「システムによる安全保障」を個人的な人間関係で代替させようとするのは大きな困難をともなう。結果として、中国人は日々の複雑な人間関係で消耗してしまうのだ。

    P.187
    共産党幹部として地方に赴任するやいなや、ひとびとが贈り物を持って押し寄せてきて、それを断ることは不可能だという実態だ。なかにはいっさいの贈答を峻拒する清廉の士もいるかもしれないが、その場合は本人に代わって妻やその一族、兄弟などが汚職に手を染めていく。中国における「権利」とは「権力には利益がともなう」ということなのだ。
    もう一つ興味深いのは、ひとたび贈り物を受け取ってしまえば、それに対して相応の返礼をしなければならないという「潜規則(暗黙の社会規範)」が存在することだ。

    P.190
    中国では、大規模な不動産開発は地方政府と国有銀行が結託して行われており、そこに失敗に対して責任をとる主体がいない。リスクなしに利益を自分のものにできるならば、どれほど危うい事業でも開発を止めようとは思わないだろう。たとえそのように理性がある幹部がいたとしても、周囲の既得権益からたちまち排除されてしまうに違いない。

    P.252(末木文美士「中世の神と仏」より)
    奈良時代には、「神道の神は迷える存在で仏の救済を必要としている」と考えられていた。それが平安時代になると、「神はじつは仏が衆生救済のために姿を変えて現れたものだ」とされるようになる。これが神仏習合による本地垂迹説で、天照大神が大日如来であるように、日本の八百万の神はすべて仏の化身だとされた。
    ところでなぜ、日本では仏の代わりに神が衆生救済を説くのだろうか。それは日本が小国で、日本人が愚鈍で善根が少ないため、仏がわざわざ説法に来てくれるはずもなく、神が代理に生るほかなかったからだ。
    仏教が本店、神道が海外支店の関係で、本店のエリートを派遣してもらえないので現地人が代行していたのだ。

    P.320(インド社会について)
    女性は家庭で男性に従属して生きることを強いられるが、これは労働市場から女性を締め出すわけだから、男性のあいだに競争率は下がるだろう。カーストはジャーティと呼ばれる職能集団に細分化されていて、親が「壺づくり」のジャーティなら子供も壺づくりで、他の仕事を選ぶことはできない。職業を世襲するしかないのはきわめて理不尽だが、この「性差別」と「身分差別」によって競争が緩和され、社会が(相対的に)安定し、言語も文化も宗教も異なる12億人のひとびとの共生が可能になる”効果”は否定できない。

  • 他民族が集まり、14億人で構成する国家。外国企業を排他しても市場として充分成立つが故に利点も弊害もある。中華思想が未だに根強く残る国家。それぞれの見地から、理解し得ないとの思いこみが壁を作る。2020.11.24

  • いつもながら判りやすい。
    中国の国民が(国全体の)民主化を望まない理由も良く判る。
    壮大な中国の歴史はまたも繰り返されるのか、それとも…。

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著者プロフィール

2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)、『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(以上ダイヤモンド社)『「言ってはいけない? --残酷すぎる真実』(新潮新書)などがある。メルマガ『世の中の仕組みと人生のデザイン』配信など精力的に活動の場を広げている。

「2023年 『シンプルで合理的な人生設計』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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