地獄変・偸盗 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025025

作品紹介・あらすじ

"王朝もの"の第二集。芸術と道徳の相剋・矛盾という芥川のもっとも切実な問題を、「宇治拾遺物語」中の絵師良秀をモデルに追及し、古金襴にも似た典雅な色彩と線、迫力ある筆で描いた『地獄変』は、芥川の一代表作である。ほかに、羅生門に群がる盗賊の悽惨な世界に愛のさまざまな姿を浮彫りにした『偸盗』、斬新な構想で作者の懐疑的な人生観を語る『藪の中』など6編を収録する。

感想・レビュー・書評

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  • 前回読んだ「蜘蛛の糸・杜子春」とはうって変わる世界観
    うひゃーたまりません!
    完全にこちらが好み♪

    ■偸盗
    偸盗…盗人団
    京の都が荒れ果てていた頃、二人の男兄弟がおりました
    兄の太郎は疑い深く斜に構えたような卑屈な性格
    見たくれは痘痕で片目の潰れた醜い男
    一方の弟、次郎は優しく目鼻立ちの整った好青年
    以前は仲の良かった兄弟が一人の偸盗の頭である女に翻弄され、盗人仲間に加わるのでした
    そして女は兄弟ともに関係を持っているため、当然ながら兄弟はお互いを探り合い、妬み合い、ギクシャクし出すのでございます
    そんな異常な美しさを持った娘は平気で嘘をつき、殺しも行い、多くの男に身を任せるような悪女でございます
    身を任せた男は太郎、次郎はもちろん、義理父の猪熊の爺までも…もちろん他にも…
    この娘の母親はひきがえるのような卑しげな猪熊の婆と言いまして、昔々、身分違いの男との間にできた子が沙金という、トンビが鷹を産んだ…と言われるような美しい娘なのでした
    さて猪熊の婆の夫は酒肥の禿頭、猪熊の爺と申しまして、その昔、猪熊の婆に恋をするのでございますが、猪熊の婆は姿を消してしまうのです
    そして15年後に再会すると、娘の沙金が昔の婆の姿を連想させ、沙金目当てに婆を妻に娶るのでした
    そしてこの家の居候、阿濃(あこぎ)がおります
    これは孤児で身寄りもなく白痴でございます
    沙金に拾われ、沙金や猪熊の婆たちの家で手伝いをして暮らしたおりますが、家のものからは虐げられております
    ただ唯一優しい次郎に心を寄せて暮らしておりました
    阿濃は臨月でして父親は不明(予測はできます)
    本人は次郎が父親だと信じております

    とまぁ、そんな個性豊かな畜生達の面々
    兄弟は沙金という女のせいでお互いを殺してしまいそうなほど精神的に追い詰められ、猪熊の婆は遠い昔を偲びつつも心も荒んできている
    爺の方は酒肥りがひどく心が腐りかけている
    そして阿濃は出産間近

    夏の暑さで腐敗した京の町から異臭が漂う
    湿度があるのに埃立つこのザラっとした感じ
    何かが起こる予感をさせる描写…
    そしてある屋敷に窃盗を仕掛けるのだが、事態は展開する

    猪熊の婆が爺を助けようとするシーンは飛猿の如くカッコいい
    畜生過ぎる猪熊の爺も最期には阿濃の産んだ子に微笑を浮かべる
    阿濃は生まれて初めて幸せを知っただろう
    太郎と次郎は沙金かはたまた肉親かどちらを選ぶのか…
    この決断の結果に最後感動さえしてしまう

    一番の悪作とご本人が自嘲している作品らしい上、巻末の解説にも、「まぁ読み物として一応興味はある」
    …随分である
    個人的には今まで読んだ芥川作品の中で一番面白かったのだけどなぁ…
    京の荒れた下町風情で繰り広げられる、醜さと美しさと不幸と幸せが織りなす喜劇観がなんとも良いのですが…


    ■地獄変
    語り手は堀川の大殿様に二十年来奉仕する者
    この語り口調の柔らかさと良秀のアクの強さやこの作品の暗雲立ち込める雰囲気とのアンバランスさが巧妙

    右に出るものはいないほどの高名な絵師良秀という老人
    しかし見た目の卑しさだけでなく、吝嗇で、恥知らずで、怠け者で、強欲で、横柄で、傲慢……
    そう、誰にでも嫌われ、とかく不評な男である
    その良秀には十五になる一人娘がいる
    娘は大殿様の御邸で小女房として仕えていたが思いやりがあり、利口で良く気がつくため皆に可愛がられていた
    良秀の娘とは思えない真逆のキャラクター
    この一人娘を気狂のように可愛がっていたことが唯一無二の良秀のまともなところ
    リアルさを追求するためなら弟子を縛り上げモデルにさせたり、腐敗した死体に向かい絵筆を動かすことを厭わない
    仕事に対する没頭ぶりは狂気を感じるほどだ
    大殿様から地獄変の屏風を描くように依頼がくる
    地獄変の屏風にのめり込む良秀
    見たものしか描けない!
    炎の中の地獄を描きたい
    大殿様に訴える
    そして大殿様は良秀の望みを叶える
    それは……

    うーむ予想通りの展開になる
    このクライマックスの良秀の心境が刻一刻と変化する描写が素晴らしい
    受け入れ難い現実を知った驚愕さ
    深い嘆きと悲しみ
    抑えられない芸術欲と溢れ出す情熱
    炎と良秀の心の燃焼が相まって激しく狂おしく、そして美さえ感じてしまう…

    そうそう猿の登場でどうやら以前読んだことがあることに気づいた
    全く忘れてきたので敢えてあらすじを残すことにした
    この猿が作品のスパイスになっていてよい挿入歌のような役割を果たしており、個人的にもこの猿クンお気に入りだ
    しかし大殿様はなかなかの人柄であると描写されていたのに…なぜ?
    最後までわからない


    ■藪の中
    藪の中でとある男の死骸が発見される
    関係者らに検非違使による事情聴取が行われる
    事情聴取を受けた各人物の告白で展開するが当事者に近づくにつれ、それぞれが異なる話をするのである
    当事者は死骸である男、この男の妻、盗人の3人である
    誰が真実を語っているのか…
    サスペンス仕立ての物語である
    構成も凝っているし、ミステリーとしてのスリリングさを味わうこともできる
    ついついそれぞれの言い分を間に受けてしまい、完全に振り回された良質な読者になってしまった
    そしてこの夫婦の心情が…ねぇ、なかなか尾を引く…


    と本書では上記の3作品がとても気に入った
    他は簡単に…

    ■竜
     これどうやって終わらせるのか…と不安になったが…
     ウソから出たマコト
     そう来たか!

    ■往生絵巻
     脚本のような各登場人物のセリフだけで成立しているのだが、点と点を移動している何か繋がりみたいなものがきちんと見えるのだ!
    見事な描写

    ■六の宮の姫君
     救いのない悲しい姫君のお話し
    極楽も地獄も知らぬ不甲斐ない女の魂
    ああ、切なさと不条理が後を引く…


    前回読んだ「蜘蛛の糸・杜子春」は教訓めいたものが多くてちょっと好みじゃなかったのだが、こちらは打って変わって純粋に楽しめた
    シュールで丸裸の人間の世界観が最高である

    全ての作品において共通するのは
    人間を赤裸々に描いて見事に暴露しちゃってる(笑)感じ
    強欲さや醜さに見え隠れする慈悲深い心
    嘘で固められた中に潜む真実
    どうしようもなく揺れる心
    ああ、人間て本当に矛盾だらけで不安定で小さくて汚くて…
    それと同時に尊くて温かい…
    複雑で単純で…何のかんの愛おしいではないか
    そんなふうに感じる作品たちであった

    そうそう、今昔物語をベースにした作品が多い
    …ん?
    ということは私は芥川作品が気に入ったのではなく今昔物語が気に入ったということ…⁉︎

    これは分析しなくてはいけない
    どーせ前々から今昔物語は気にはなっていたので挑戦したい(たぶんビギナーズクラシックスにお世話になるだろうけど)

    そして、芥川ももう1冊読んでみるしかない…

    • ハイジさん
      まことさん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!
      芥川作品のレビューは難しいです^^;
      わかります
      もう素直に思うまま書いちゃいました...
      まことさん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!
      芥川作品のレビューは難しいです^^;
      わかります
      もう素直に思うまま書いちゃいました
      お褒めいただき恐縮です
      まことさんのレビュー読みたいです
      まことさんの素直な感じのレビュー私は好きですよ!
      芥川作品も色々あるのですね
      初心者で恥ずかしながらやっと知りました
      好みが分かれるのもよく分かります
      また次チャレンジしてみますね!
      2022/03/26
    • ハイジさん
      淳水堂さん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!

      淳水堂さんのレビューはとても勉強になりました!
      地獄変の謎やギモンに納得しちゃいま...
      淳水堂さん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!

      淳水堂さんのレビューはとても勉強になりました!
      地獄変の謎やギモンに納得しちゃいました
      読み比べご紹介ありがとうございます
      面白そうです
      あとで早速本棚登録しておきます(笑)
      ここからまたまた本の世界が広がりそうな予感です(^ ^)
      2022/03/26
    • ハイジさん
      地球っこさん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!

      メロドラマみたい…
      よーくわかります(^ ^)
      私も昼ドラかよって一人でつっこん...
      地球っこさん
      こんばんは
      コメントありがとうございます!

      メロドラマみたい…
      よーくわかります(^ ^)
      私も昼ドラかよって一人でつっこんでしまいましたもの…(笑)

      最後の兄弟潔い終わらせ方が爽快でした!
      2022/03/26
  • 課題本式読書会というものに参加してみました。(コロナ外出自粛前です)
    課題本が「地獄変」だったため、芥川龍之介王朝物を借りて、「宇治拾遺物語」の現代語訳と、完全版とを借りてみました。

    芥川龍之介は、今昔物語の特色を「美しい生々しさ」「野性の美しさ」にあるとしています。今昔物語はその当時の人々の笑い声、泣き声を聞き取り、人間心理を加えて、読み物としています。
    読書会では「芥川龍之介といったら学生時代を思い出す」という話が出て、私も高校のときにはかなり好きでした。改めて読んでみると、流れる文体、時系列を混じらせたり、第三者が語ることによる手法、物語としてのドラマチックさ、文章の美しさなど、まさに日本文学を読み出した頃にはちょうどよく心を掴まれる感じがしました。

    参考図書:
     現代語訳。「池澤夏樹 日本文学全集 08」
     https://booklog.jp/item/1/4309728782
     完全版。「岩波 宇治拾遺物語 上下巻」
     https://booklog.jp/item/1/B000J98DT2

    ※以下レビューに書く「元ネタ」の題名は、池澤夏樹編集現代語版出てているものです。

    『偸盗』
    元ネタ:今昔物語 巻29「何者とも知れぬ女盗賊の話」
    たまたま女に誘われ、そのまま夫婦になり、成り行きで盗賊の手助けをするようになり、だがある時女は姿を消してしまった。彼女は盗賊の首領だったのだろうか?
    この女盗賊がなんともミステリアスでたしかに1本作品がかけそうですね。

    芥川龍之介:
    一人の悪い女を巡る兄弟の確執と和解、老夫婦の醜さと侘しい情、白痴娘の不幸と幸福、など、かなりドラマチックな展開になっています。芥川龍之介自身はこの短編は気に入らなかったようですが、ドラマチックさと言い、当時の京都の下級民衆の生活といい、実に臨場感があり、私は日本の短編の中でも一番好きな作品に入ります。


    『地獄変』
    元ネタ:宇治拾遺物語 巻3「絵仏師の良秀は自分の家が焼けるのを見て爆笑した」(※この題名は、現代語訳の町田康さんによるもの(笑))、および古今著門集 巻11「弘高の地獄変の屏風を書ける次第」
    自分の家が火事になり、妻子も家にいるっていうのに絵仏師の良秀はなんかよろこんでるんだよ。近所の人が「助けに行かないんですか?」と尋ねたら「わたしはねぇ、不動明王さんの後ろの火焔が、うまいことイケへなんでしたが、あの火ぃみてるうちにわかっちゃったんだから儲けもんですよ。家一軒燃やしたって百軒家立てたら儲けでっしゃろ。おたくさんらみたいになんの技能もない人やったら家は損かも知れませんが、私は違うんですよ、おほほほほ」というので(※原文では「あざわらひて」)、みんないや〜な気持ちになったけれど、その後良秀が描いた「大寺のよじり不動」は未だに人々から尊敬されているんですよ。
    よじり不動はこれらしい。残っているんですね。http://www2.kokugakuin.ac.jp/letters/nichibun/syoukai/1nichibun/bungaku_yomu.files/bungaku_yomu-yamaoka.htm

    芥川龍之介:
    絵仏師良秀は、優れた腕を持つが、人格は吝嗇で恥知らずで強欲。当時の権力者で、良いことも残虐なことも豪放な時の権力者堀川の大殿様は、そんな良秀の無礼を許しながら、彼の愛娘を小女房に上がらせていた。この愛娘は良秀がこの世で唯一目可愛がっている存在だった。
    ある時大殿の依頼で地獄返相図の屏風を描くことになった良秀は、狂気と暴力すれすれの日々を過ごし絵に取り掛かるが、どうしても「地獄の業火に焼かれながら落ちてゆく御所車と女房」が描けずにいた。思い余った良秀は大殿に「豪奢な牛車を一台焼いてください。そしてできますならばーー」さすがに言葉に出せないその望みを大殿が告げる。「よかろう。車を一台焼いてやろう。そしてその中に罪人の女を乗せてともに焼き、黒煙と炎とに悶え死にするさまを見せてやろう」
    数日後準備は整えられた。
    見事な牛車一台、だがその車の中にいるのは良秀の愛娘その人だった。
    火がつけられ、生きながらに焼き殺される最愛の一人娘に駆けよらんとする良秀はその足を止める。彼は人としてのこの上ない苦しみと、芸術家としての光悦とに挟まれて後者が勝ったのだ。
    絵の完成とともに良秀は縊死した。
    彼の人格を忌み嫌っていた者たちも、その絵の見事さには膝を打つしかなかった。
    だが車を焼き見事な地獄変を手に入れた大殿は苦笑するだけだった。

    …高校のときに読んで、やはりかなり辛かった。現実的に焼かれ死ぬということがorz
    読書会でなければ絶対読み返さなかったorzけれど、やっぱり芥川龍之介の旨さがひたすら引き立つ作品だと改めて思った。
    読書会で出たこと。
    ✓芥川龍之介というと学生時代を思い出す。→流麗な文章、惹きつける話の筋に校正、まさに純文学に触れた頃の学生が惹かれるのもわかる。
    ✓大殿と良秀の間には娘を巡って書かれていない何かがあったのか?
    ✓この当時は権力者は、通行人を轢いたり、使用人を生き埋めたり生きながら焼き殺したり、まさに人の命の重さが違いすぎて…orz
    ✓良秀自身は「猿秀」と渾名され、いたずらな猿は「良秀」と名付けられて娘と仲良くなった。一種の人格が割れたと言うか、人間と猿の役割が入れ替わっている。
    ✓お猿関係の話は可愛い話なのに、ここで終わっていればねえ…。
    ✓愛娘を手篭めにしようとしたのは誰だろう?大殿?案外若殿?!書かれていない人間関係があったのか?
    ✓まだ車を焼く前に、良秀が見た予知夢のような悪夢は何だったのだろう?自分の娘を殺しても仕方がないと潜在意識にあったのか?
    ✓そのそもこの語り手は、大殿に近い文官だと思われる(言葉選びや話し方が上手いので下男とかではなさそう)。大殿の味方であるこの語り手をどこまで信じてよいのか?
    ✓大殿のモデルは、ネットでみたら「菅原伝授手習鏡」や「少将滋幹の母」でも敵役の藤原時平(渾名はシヘイ)でないか?と考察されていた。確かにシヘイなら「上げて落とす」をやりかねない。
    ✓大殿と良秀の力関係勝負のようなものがあり、大殿は娘を焼くことで良秀を屈服させようとしたが(そのために人肉を食ったという武士まで配置している)、良秀がそれに芸術家として一線を超えたような見事な絵を描き上げたことから、二人の力関係比べは大殿が負けた?
    ✓「地獄変」の良秀を酷いやつだと思って宇治拾遺物語を読んだら、そっちの良秀のほうが「あざわらひて」だとかもっと非道かった。地獄変のほうが苦しみを知るだけまだ人間的だった(苦笑)
    ✓題名の「地獄変」は「変相図」の変。


    『竜』
    元ネタ:宇治拾遺物語 巻11「蔵人得業恵印と猿沢池の竜の昇天」、および巻2「卒塔婆に血がついたら」
    鼻がデカくて笑われている恵印という僧が、人々を騒がせてやれと池のほとりに「いついつ、この池から龍神が昇天します」という立て札を立てた。ちょっとのいたずらだったのに人口に膾炙してしまって、当日は見物人が押し寄せる大騒動。恵印は恐る恐る見ていたけれど、でも奇妙な気持ちになってきた「嘘の立て札を立てたのは自分だけど、これだけ人が集まって騒動になったということは、もしかして本当に龍神がでてくるんじゃない?」…でも結局何事も起こらず人々は散って帰って行きましたよ。帰り道で恵印にちょっとだけ面白いことがありましたよ。

    芥川龍之介:
    宇治拾遺物語では、結局龍神はでないけれど、芥川版では、突如と起こった大雨の様子がまさに龍神昇天のようで、人々は龍を見た!と口々に言った。ということになっています。
    嘘から出た誠というか、出ると思って待っていたら違うものでもそんなふうに見えてしまった、とかそういうお話。


    『往生絵巻』
    元ネタ:今昔物語 巻19

    芥川龍之介:
    変な法師が来た。「阿弥陀仏よや、おおい。おおい」と喚いている。
    数日前までは乱暴者の五位殿といわれる武士だったが、ある時仏に会って極楽往生したいと思ってすぐに出家したのだ。
    有り難い御上人だと言う者もいるし、頭がおかしいという者もいる。女達は「捨てられた妻子にしてみれば、男を奪ったものが弥陀仏でも女でも、怨みに思うわね」と現実的だ。
    五位殿は仏に会うため西に向かって歩いて歩いて歩いた。海に出たから松の木に登った。餓死するまで木の上で阿弥陀仏を唱えた。
    通りかかった法師は、五位殿の遺体の口から蓮の花が咲いているのを見て、一心に祈れば極楽往生するのだと拝むのだった。

    …女の私からすればちょっといい気なもんだという気がしないでもない(苦笑)


    『藪の中』
    元ネタ:今昔物語 巻29「大江山の藪の中で起こった話」
    若い夫婦が山道を旅していた。男が現れて「宝があるから山分けしよう」と言ってきた。夫は付いて行き、男に身につけていたものを盗まれた。そして妻は夫の目の前で手篭めにされた。
    …しかし男が去った後、妻は夫を責めながらも二人で旅を続けましたとさ。夫は見ず知らずの男を信じてのこのこついていって迂闊だねえ。

    芥川龍之介:
    山の中で、刺殺された男の死体が見つかった。
    関係者たちの証言で構成される物語。なぜそこへ行ったのかは分かっている。どうやって行ったのかも分かっている。だが誰が殺したのかがわからない。
    証言者である強盗、妻、そして殺された夫。彼らはみんなが「自分が殺した」というのだ。一つのことが起きたはずなのに、その場にいた人たちの認識がなぜここまで分かれるのだろう。真相は藪の中だ。

    今回気が付きましたが、この強盗の多襄丸(たじょうまる)は、「偸盗」にも強盗一味として出ていました。

    黒澤明が、「羅生門」と「藪の中」を組み合わせた映画を撮っています。


    『六の宮の姫君』
    元ネタ:今昔物語 巻19及び15

    芥川龍之介:
    六の宮の姫君は、昔気質で時勢に取り残されたような両親に大切に大切に、外には触れさせずなんの感情も揺り動かされることなく育てられた。
    両親が死んだ後何も残らずただただ屋敷は荒廃してゆくが、姫はなにもせずただ成り行きに任せていた。
    通う男ができて生活が上向きになっても喜びも哀しみも知らなかった。
    その男が遠方に赴任するため会えなくなるときも、そのために暮らし向きがひたすら貧しくなっていっても、なんの手立ても打たずに感情も出さずにただただ日々を嘆き衰えていった。
    姫は死後でさえ魂の拠り所を持てなかった。寂し気な荒れ地に、極楽も地獄も知らず不甲斐なくほそぼそとした声を響かせるだけだった。

    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      『地獄変・偸盗』への「いいね」ありがとうございます。

      わたしの場合、高校時代はさほど芥川龍之介を気にもとめ...
      淳水堂さん、こんにちは。
      『地獄変・偸盗』への「いいね」ありがとうございます。

      わたしの場合、高校時代はさほど芥川龍之介を気にもとめていませんでした。
      それがこの数年前、芥川龍之介の作品を読んだとき「なんなんだこれは!」と、突然雷に打たれたかのようにショックを受けたのです。
      「なんて面白いんだろう」「なんて美しい文章なんだろう」とハマッていきました。

      淳水堂さんのレビューを読ませていただいて、わたしも『偸盗』が好きだったこと思いだしました。
      ドラマチックな展開に、妄想を膨らませてどきどきしてました。
      『偸盗』芥川先生はおきに召さなかったようですが、わたしはやっぱり大好きです(*^^*)
      淳水堂さんも『偸盗』が日本の短編のなかでも一番好きな作品に入るとのことで、何だか嬉しく思わずコメントしてしまいました。

      失礼いたしました。

      2020/04/03
  • 地獄変を読みたくて。
    地獄変だけ読んだ感想です。

    平安時代かぁ…。
    私は大昔に思いを馳せる時、きっとこの時代、一部の特別な人をのぞき人の命は道端の石ころのようなものだったんだろうと思う。
    今のような人はみな平等という考え方は一切ないし、気に入らなければ殺される。病気も治す術はないかったのではないか。死体が道端に転がっていたような時代。
    絵師良秀は、大殿様から地獄編の屏風を描くように指示され、地獄の様子を描くために弟子を縛りあげたり、鳥に襲わせたりする。路端に転がってる皆が目を背ける死体にも近づいて行って具に観察したりする、奇人変人だ。
    そんな良秀は一人娘のことは可愛がっていて、大殿様のもとで下女として使える娘を取り戻したいと直談判するほどだった。
    良秀がどうしても描けない、炎の中で燃える車に女がいる場面。殿様に相談したところ、その場面を見せてやると言われ…。
    …あとは、有名なラストです。
    猿が飛び込んだことは忘れてた。
    猿ね、猿は何のためにいたんだろう。
    この猿は、なにかの象徴?
    それとも、それだけこの娘が心清らかで美しい娘だったんだよっていうことを伝えるための猿だったのだろうか。

    私の中で、地獄変って娘が焼け死ぬところを望んで描いたものだと誤解してた(何なら、良秀が娘に火をつけたとまで誤解してた…)けど、殿様が自分に靡かない娘とその父親への嫌がらせとして画策したことだったか。
    思い込みって、おそろしい。
    稀代の絵師良秀も、娘を愛するひとりの父親であったということか。娘の最期、良秀自身もまさに命をかけて描き上げたのでしょう。
    この地獄変の屏風、殿様を呪い殺してほしいな(こういうこと思いつく自分が、俗っぽくて嫌だわ…)。
    しかしどうやらそういう描写はないから、どんなに魂のこもった絵でも、絵は絵。
    怖い話としてなら、良秀なんて、死んだら化けて出るくらいの執念ありそうだけど。
    死んだ人や絵の、呪い、祟りがないというのは、芥川の価値観なんだろうか。
    地獄という概念はよく登場するから、死んでも魂はどこかにあるという考え方なのかな?と思ってたけど。
    現世と死後の世界を明確に区別して、死んだら現世にはとどまれないという生死感なのだろうか。
    この話のなかで、殿様は、娘を焼いたのは、そうまでして絵を描こうとする良秀を咎めるためと言ったそうな。いやそんなわけないだろ…!と思う一方、結局人を罰することができるのは、生きている人だけ、ということなのか…。あぁ無情。

  • 表題作「地獄変」

    娘を焼き殺し画を描く、というあらすじは記憶に残っていたものの、大殿がやらせたことだったとは驚いた。こんなむごい話だったのですね。
    何より地獄の烈火を前にした絵師良秀が神がかるというクライマックスの持っていきかたに感無量。さらにその良秀の墓も苔むしてしまうラストには鳥肌。
    娘を殺されるという命を絶つレベルの苦悩と引き換えに成し得た屏風の完成。そこまで芸術に魂を賭けた。人知を超えた行いは、その善悪をも超えて人の心を打つのでしょう。
    娘がどれほどかわいく、絵師良秀がいかに卑しいかをさんざん語ったあとでこの結末。対比が凄い。
    しかし猿はかわいそうだな。

  • 中編と短編の各物語から感じるのは、靡くという甘く危険な香り。なぜ悪に吸い込まれるのか。あるいは強者に…

  • 新潮文庫の芥川龍之介短編集その2。『偸盗』『地獄変』『竜』『往生絵巻』『藪の中』『六の宮の姫君』の6編を収録。
    その1の『羅生門・鼻』と併せて王朝もの(平安時代の古典を新解釈したもの)と呼ばれているそうで、2冊連続で読んだ。

    ……というか、新型コロナウィルスのせいで3月から図書館が休館とのことで、その前に慌てて数冊借りた次第です。『羅生門・鼻』の方は元々所持していたもの。ここ数年はあまり読書する気にならず、最近せっかく読書熱が上がってきたのにそのタイミングでこんなことに……泣。


    最初の『偸盗』は盗賊団の話。芥川本人も不出来だと言ってるそうで、あまり面白くなかった。ただ時代劇、アクション映画的な描写があるのはけっこう良かった。最後の方で「生と死」が対照的に描かれる。

    この短編集全体で200頁ほど、その内の半分の100頁が『偸盗』で、1/4の50頁が『地獄変』。残りの50頁で4編!芥川龍之介、やっぱり長いのを書くのは苦手なのかな。短編の方が切れ味あって良い気がします。

    この中で一番良かったのは次の『地獄変』!とにかく描写、そして芸術家の狂気を描いたホラー。

    『地獄変』とは真逆で対照的なのがラストの『六の宮の姫君』。前者は絵師の狂気、のめりこんでる人の話だけど後者は「何にも情熱を傾けない人」の話。こちらもなかなか面白かったです。
    解説を読むと原典がすでに面白くて、芥川本人の創作した部位は少ないんだそうな。解説がついているとこういうのを知れるのが良い点なので、私は青空文庫などの単品ではなく、なるべく本という形で読んでます。

    『竜』は『鼻』とリンクしているのが面白い。古典を元にしているけど、不条理で不確か、ゆらぎのある「人間」を描いているのが芥川龍之介のよさだと思う。

    『往生絵巻』は実験的な作品。戯曲、お芝居っぽい。動物の鳴き声がセリフとしてあるのがユーモラスでかわいい。手塚治虫先生の短編での実験的作品を思い出す。こちらも『地獄変』と近いテーマの話。

    続く『藪の中』も同じく。黒澤さんの『羅生門』の原作はこれで、かなり原作どおりだったのかと驚いた。それと、『羅生門』とマッシュアップしてるのが上手い!橋本忍さんの功績。
    こちらは映画同様ミステリ小説。全員が「私が犯人です」という話なので、ミステリの形式を崩していて、だから人間ドラマになる。これも他の話同様、見栄や体面を気にするリアルな人間たちの話。


    話は最初に戻って、コロナウィルスで学校も休校、図書館も休館と、本が好きな小中高生のことを考えるとかわいそうになる。ただこの機会にぜひ読書して欲しいなと願っています。自分がたまたま読書熱が上がってきたのが大きい理由のひとつだけど、私のレビューは常に高校生ぐらいを相手に想定して書いているので、そう思わされます。
    (その相手とは、私の心の中のあまり本を読んでなかった高校生の頃の自分。本を読まない男子高校生が、どうやったらその本に興味を持ってくれるか、ということです。)

  • 偸盗、面白かったです。
    芥川自身は悪作だと自嘲していたようですが、このストーリー展開や登場人物たちは女性陣たちは好きなのではないでしょうか。まさに解説に書かれているとおりメロドラマ風。ハマってしまいました。
    そして地獄変。芸術のために娘の死さえも犠牲にする絵仏師。なんとも恐ろしい。最後自分の命を絶ったのは、そんな彼にもやはり人の心は残っていたのでしょうか。いやはや、芥川龍之介すごいです。

    • 淳水堂さん
      地球っこさん
      コメントありがとうございます。
      偸盗いいですよね!
      京の都でも下級社会の生活が生々しく伝わってきます。
      登場人物たちも...
      地球っこさん
      コメントありがとうございます。
      偸盗いいですよね!
      京の都でも下級社会の生活が生々しく伝わってきます。
      登場人物たちも、悪い女、気持ちは純粋な白痴娘、醜くも哀しい老人、振り回されながらも最後には人の道へ戻った兄弟…、
      気に入らないだなんて、いや、とても魅力的な話です。
      元ネタ?の今昔物語 巻29「何者とも知れぬ女盗賊の話」もなかなかミステリアスな女盗賊が出てきました。


      そして地獄変。
      今回宇治拾遺物語と比べながら読みましたが、
      「妻子のまだいる家が焼けるのを見て笑った(※あざわらひて)」って、
      芥川龍之介の良秀のほうが自殺するだけ人の心があったのかorz
      時系列を入り混じらせたり、地獄変屏風絵の描写の圧倒的迫力と良い、本当に芥川龍之介はすごい作家だなーと思いました。
      2020/04/05
    • 地球っこさん
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントのお返事ありがとうございます。

      今昔物語、宇治拾遺物語と比べながら読むとよりいっそう面白そうですね...
      淳水堂さん、こんにちは。
      コメントのお返事ありがとうございます。

      今昔物語、宇治拾遺物語と比べながら読むとよりいっそう面白そうですね。なるほどです。
      淳水堂さんのおかげで、芥川龍之介の作品を深いところまで知りたくなりました。
      ありがとうございました(*^^*)


      2020/04/05
  • 総国の課題↓

    作者の芸術論が込められていると感じた。大衆受けする芸術でなく、本物の芸術を求める芸術家にとって現実のモチーフは、空想や資料よりも遥かに優れた素材である。そこには、空気や匂い、明暗のみならず人の想いも絡む。最高の芸術の対価として最愛の娘を犠牲にした良秀の行動は父親としてではなく真の芸術家としては正しい行動だったのではと思う。絵を描き上げた後に自殺した良秀の真意は父親としての後悔か、それとも芸術家として抜け殻になってしまったからなのか、どちらでも合点がいくが、この作品を書き上げる作者もまた小説という分野で極地にいるからこそ書けた作品なのだと思う。私のような凡人には到底できない凄まじい生き方だが、そういう人間が後世まで名を残すのだろうかと感じた。

  • 「地獄変」「薮の中」「六の宮の姫君」等、芥川龍之介の”王朝もの”6篇を集めた短編集。

    私は泥臭い人間の上に、劣等生気質じみた嫉妬深さがあるせいか、どうも芥川龍之介に対する「あこがれ」がないようである。
    理知的でかっこよく、格調高くてシャープな文体とその内容をうらやましいと思いはすれど、あまりそこに惹かれない。晩年の作品を読んでいないための思い込みだろうか?

    なんとなく、芥川龍之介は「あこがれ」られている人だなー、というイメージがある。
    そういう位置の人なのだろうなぁ、と、勝手に思ってしまっている。
    一言で言うと、なんだか身近に感じないのだ。彼の痛みは高尚すぎる気がしてしまうのかもしれない。

    なので、この短編集で私がもっとも好きだったのは「六の宮の姫君」だった。
    もとより評価の高い短編らしいが、私はこの作品をもっとも「生きてる」と感じた。「地獄変」ではその炎の熱さを感じなかった私だが、この短編では風の冷たさを感じた。氷よりももっと冷え冷えとした、雨の匂いを感じた。

    「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ」  ――六の宮の姫君 より

    • Pipo@ひねもす縁側さん
      芥川の王朝ものはいいですね。華やかさはみじんもなくて、炎と冷たい雨とはねる泥、、吹きすさぶ風のイメージを持っています。

      自分がまるっきり凡...
      芥川の王朝ものはいいですね。華やかさはみじんもなくて、炎と冷たい雨とはねる泥、、吹きすさぶ風のイメージを持っています。

      自分がまるっきり凡庸な人間だからか、学生の頃からあの冷やかで克明な筆致が好きで、今でもたまにページをめくります。芭蕉の臨終の日を追った『枯野抄』もいいですよ。
      2012/03/05
    • 抽斗さん
      私はどうもその、芥川のシャープさが近寄りがたくて苦手(というのとも違う気がしますが)なのですが、「六の宮の姫君」はしみじみと情景が伝わってき...
      私はどうもその、芥川のシャープさが近寄りがたくて苦手(というのとも違う気がしますが)なのですが、「六の宮の姫君」はしみじみと情景が伝わってきました。
      『枯野抄』も、その設定に興味を惹かれました!「六の宮~」と同じ匂いがしそうで(笑)。機会があったら、手に取ってみたいと思います(^^)。めもめも。
      2012/03/06
  • お久しぶりの芥川。
    芥川の短編って最初の二、三ページはその物語の設定に慣れるのに苦労するけど、一旦夢中になると放してくれない感じ。
    独特の引力を持った作品が多い気がする。
    個人的に一番好きだったのは「偸盗」。芥川自身は「一番の悪作」と自虐していたらしいけど、退廃的な雰囲気の中に、悲喜交々の人間の姿が浮かび上がっているようでよかったなあ。

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著者プロフィール

1892年(明治25)3月1日東京生れ。日本の小説家。東京帝大大学中から創作を始める。作品の多くは短編小説である。『芋粥』『藪の中』『地獄変』など古典から題材を取ったものが多い。また、『蜘蛛の糸』『杜子春』など児童向け作品も書いている。1927年(昭和2)7月24日没。

「2021年 『芥川龍之介大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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