父のビスコ

著者 :
  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093888417

作品紹介・あらすじ

三世代の記憶を紡ぐ初めての自伝エッセイ集

『本の窓』人気連載を元に、昭和、平成、令和 にまたがる三世代の記憶を紡いだ、著者初めての自伝エッセイ集。

-目次より-
「父のどんぐり 」「母の金平糖 」「風呂とみかん」「ばらばらのすし」「やっぱり牡蠣めし」「悲しくてやりきれない」「饅頭の夢」
「おじいさんのコッペパン」「眠狂四郎とコロッケ」「インスタント時代」「ショーケン一九七一」「『旅館くらしき』のこと」「流れない川」 「民芸ととんかつ」「祖父の水筒」「場所」「父のビスコ」ほか。

「金平糖が海を渡り、四人きょうだいが赤い金平糖の取り合いっこをする日が来ていなければ、いまの自分は存在していない。もし、祖父が帰還できなかったら。もし、岡山大空襲の朝、祖母ときょうだいたちがはぐれたままだったら。もし、爆撃機が焼夷弾を落とす範囲が広がっていたら。『もし』の連打が、私という一個の人間の存在を激しく揺さぶってくる」(「母の金平糖より)。

『旅館くらしき』創業者による名随筆を同時収録。

感想・レビュー・書評

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  • 2月の平松洋子さんの講演会で、日本各地の美味しいものをレポートしてきた平松さんに「岡山の美味しい食べ物を教えて下さい」という質問が出た。
    「なかなかその質問に答えるのは難しいんです。というのは、私は岡山では滅多に店で食べなかった。私の味の記憶は全部家庭料理なんです。あの酢の物の味。柔らかくて、記憶と繋がっているから。だから、岡山と言えばママカリと言われるけど、みんなママカリ食べて生活してないよ。それに各家庭で多分微妙に味が違う。瀬戸内の文化はお酢が独自です。特に砂糖の使い方。」などと答えた。

    あゝそうかもしれない。本書で岡山の郷土料理「祭り寿司」について述べた項で、平松家では「ばらずし」あるいは「おすし」と言って運動会や秋祭りに作っていたという(←うちでも全く同じ)。酢飯の上に置くのは酢〆の魚、殻ごと茹でた海老、穴子、干し椎茸、干瓢、高野豆腐、レンコン、サヤエンドウ、錦糸玉子と、うちとほぼ同じ。煮イカは入らなかったなぁ。「もし本当に祭りずしに出会いたいなら、季節の頃合いを狙ってどこかの家庭に潜り込み、御相伴に与るしか手がない」という。もっとも、現代岡山では作ったことのない家庭の方が多いだろうけど。

    平松洋子さんは、まるで昨日食べたように子供の頃の「美味しいもの」の味を再現する。アキアミの塩辛、内田百閒が好物だった「大手饅頭」、倉敷市民ならば、と「むらすずめ」ことを書く。「笠を被って豊年踊りを踊る姿を羽をひろげて稲穂に群がるすずめに見立てた」と初めてその名の謂れをを知った。一度見たら忘れられない倉敷の銘菓である。秋祭りのすいんきょという被り面の「こわいもの」の思い出と綿あめの記憶。

    平松洋子さんの家は、おそらく倉敷駅と倉敷美観地区の間の住宅地にあった。1964年に新築の家に引っ越したらしい。その2年後に私の家族も新築をしたので、いろんな所で「同じだ、同じだ」と思ってしまった。応接間に揃えられたソファとテーブル、油絵、赤レンガを埋め込んだ飾り棚、新品の風呂場(それまでは薪を焚き付けて風呂を沸かしていたのに)、そしてみかん風呂。お父さんは日曜大工で鉄棒を作った。うちのお父さんはコンクリートを固めて重量あげ棒を作った。なんだろ、この共通点は?

    2018年7月7日の朝、平松洋子さんはテレビを見てすぐに倉敷市中心部のマンションに住むお母さんに電話する。真備町が小田川決壊で湖のようになった西日本豪雨の日である。倉敷川は少しの氾濫で済んだ。小田川決壊がなければ危なかったことは後で分かる(それは私の家の周りでも同じだ)。7月21日から平松洋子さんは数回に分けて真備町に出かけて、その被害の様をレポートしてくれている。私も15日には災害ボランティアに行っているので、平松レポートの真摯さは分かる。既に倉敷市民も忘れかけているので、ここに書籍として記録があることは、記憶しておきたい。

    また、旅館くらしきの先代女将さんの丁寧な私家版記録を再掲している。大原美術館の陶芸館ができた時に、旅館くらしきに集まった面々の豪華さに目が眩むようだった(バーナード・リーチ、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司、棟方志功、芹沢銈介、外村吉之介、大原総一郎)。昭和36年。未だ彼らは生き集っていた。改めて大原美術館はすごい所なのである。

    私たちの世代は、戦後も終わったと言われて高度成長期にスクスクと育った時代である。自伝的作品を描いてもそんなに読ませる材料は無い、と私は思ってきた。けれども抜群の味覚記憶を持つ平松洋子さんのような自伝も有り得るのだと思わせてもらった。私には、自分を振り返るには、良い本だった。

    • ひまわりめろんさん
      あまりに当たり前すぎて他から「郷土料理」って言われてもピンとこないってありますよね
      え?こんなんが珍しいの?っていう
      昔は「郷土料理」なんて...
      あまりに当たり前すぎて他から「郷土料理」って言われてもピンとこないってありますよね
      え?こんなんが珍しいの?っていう
      昔は「郷土料理」なんて出すお店なんかなかったんですよ
      そんなん家で食えよっていうね
      今はそれ売れるんだ!って気付いて国道沿いはずらーっと「郷土料理」の店って地域多いんじゃないですかね
      ってそんなことは割りとどうでもいいですわ
      なんですか重量あげ棒って!Σ(゚Д゚)
      2023/05/28
    • kuma0504さん
      ひまわりめろんさん、コメントありがとうございます。
      ある程度大人になってから、「おすし」と言えば「ばら寿司」のことを指すんじゃなかったの?な...
      ひまわりめろんさん、コメントありがとうございます。
      ある程度大人になってから、「おすし」と言えば「ばら寿司」のことを指すんじゃなかったの?なんて、気がつくのですが(好きなおかずばかりじゃなかったので、そんなに平松洋子さんほどは好きじゃなかったのですが)、それがかなり珍しいものだと気がついたら後の祭り、作ってくれる母親は既になく平松洋子さんほどには何も覚えていない。
      って、そういうことじゃなかったですね。
      めろんさんは自宅の庭で重量挙げしなかったですか?
      今になれば作り方は至極簡単。先ずは鉄棒を一本用意する。あとはまんまるい型を2種類用意して真ん中に通し棒状の円錐か何かを置く。あとは市販のコンクリートを流し込むだけ。それを二つづつ作る。それで、朝か夕方に思いついたように筋肉を鍛える道具ができます。
      よく考えたら、あん時の父親は今の私よりも十数歳若かったんですよね。腹の出始めた自分の若い肉体を取り戻す、子供たちに「わんぱくでも良い」と運動器具を揃える、という発想持ってもおかしくはない。
      2023/05/28
  • フィンランドをテーマに平松洋子氏と草彅洋平氏が語り合う『ドゥマゴサロン 第20回文学カフェ』12月13日(月)開催決定! | Bunkamuraドゥマゴ文学賞 | Bunkamura
    https://www.bunkamura.co.jp/bungaku/topics/5468.html

    父のビスコ | 小学館
    https://www.shogakukan.co.jp/books/09388841

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      ◆思慕と覚悟 家族史記す[評]小松成美(作家)
      父のビスコ 平松洋子著:東京新聞 TOKYO Web
      https://www.tokyo-n...
      ◆思慕と覚悟 家族史記す[評]小松成美(作家)
      父のビスコ 平松洋子著:東京新聞 TOKYO Web
      https://www.tokyo-np.co.jp/article/159787?rct=book
      2022/02/14
  • 著者だけでなく、祖父母、両親、それぞれの来し方に触れた著者の思いがギュッと詰まっています。とても豊かで、濃密で、渋い色彩のエッセイでした。

    「書くべきことは、発酵物の表面に浮き上がってはぷっくり膨らむ大小のあぶくに似て際限がなく、今後も向き合いながら少しずつ言葉にしていきたい。」
    と書かれているので、これからも楽しみです。

  • 三つの話が微妙に絡み合った本。一つは食べ物に関するエッセイ。もう一つは父について、そして最後は生まれ育った倉敷について。そして、間にその倉敷の「旅館くらしき」の女将が出した私家版「倉敷川 流れるままに」の一部が原文のまま紹介されているが、これまた旅館女将物語のようでおもしろい。

    介護施設に入っているお父さんにときには目先の変わったものと思い、デパートで松花弁当や焼き鳥を買って持っていくと箸が進まないので「なぜ」と聞くと「ここの生活には目新しいものはないほうがいいと思うとる」と胸に刺さる言葉が・・・。

    そして、お父さんの具合が悪く延命治療の選択内容について、洋子さんが主治医から細かい確認を受けてるとき、看護師さんが近づいてきて主治医に渡した紙片には、メモの走り書きが「ビスコが食べたいそうです」。えっビスコ?あのビスコ?表へ飛び出し、あの赤い箱を買いに走ったそうです。

    さて私が、最後に食べたいものは何なんでしょうか。「アーモンドチョコ」「甘納豆」「あんぱん」直ぐに買えるようにコンビニにあるものにしなければ、またまたこってり味の「鰻」とか食べつくしたであろう「うどん」とでも言うんでしょうか。

    日々の生活は食と密接にかかわっていますな

  • 父のビスコ
    ビスコってあのビスコだよねなんだろう、思わず手に取ったこの本あとがきに代えてから読み始め全てのエッセイを読み終えました。
    平松さんの本はこれまでに何冊か読みましたがこの本にも食べ物の思い出が多く出てきますね。

    私も平松さんとほぼ同い年ですから同じ時代を過ごしてきたのでクスリとするところも何ヶ所かありました。例えばワタナベのジュースの素を指で舐めるところなんかは当時の子供達は皆んな覚えがあるでしょう。
    池に落ちたお転婆洋子さんにも笑ってしまいました。怪我しなかったんでしょうね。
    それから真如院に纏わる話は興味深く読ませて頂きました。そんなことってあるのですね。

    本を読んでいる途中でこの本について平松さんがインタビューされている記事を発見しました。
    参考までにこちらがリンクです。
    ↓ ↓
    https://shosetsu-maru.com/interviews/their-window/11

  • 食をきっかけに折々に蘇る幼き日々の記憶。生まれ育った倉敷と祖父母、両親との懐かしき思い出。

    食に関するエッセイで知られる筆者。今回の作品は自伝的要素が強い。岡山県の郷土料理であったり幼少期の食をあるきっかけで舌から思い出す内容。祖父母、両親の晩年に至るまでの絆が情緒溢れる文体で表現されている。私的には向田邦子の域に達したようにも思う。

    大人になってからある瞬間に幼少期の謎の解ける展開がある。記憶の奥底に埋もれていた家族の愛情。どこかしんみりとした内容のエッセイ。

    表題作の由来の筆者の父のビスコのエピソードも良い。

  • 脈々と受け継がれてきたもの。
    その豊かさが伝わってくるエッセイ集。
    『倉敷川 流れるままに』畠山繁子さんの随筆も収録されている。
    一読者として読むことができ幸せ。
    表題作『父のビスコ』ではほろりときてしまう。
    平松洋子さんの体温を感じ取ることができた。

  • 平松洋子のエッセイは好きで、今までもよく読んできたが、私が読んだそのほとんどが食に関するものだった。著者の研ぎ澄まされた表現の素晴らしさはいつも通りである。
    今回のエッセイは著者自身の生まれ育った「倉敷」にまつわるあれこれを多く記している。また、両親、祖父母のことをかなり詳しく描いているのは、今までのエッセイにはないものだろう。それらは著者自身を形成する原点とも言えるのだろう。
    私と同世代であるので、子供の頃の家族との風景、当時の流行り、食べ物などが表現されると、まるで自分の幼い頃が描かれているように懐かしさと共感を覚える。
    また、倉敷についても詳しく描かれている。私にとっては美観地区に代表される観光地のようなイメージがまず、頭に浮かぶが、あれは倉敷の歴史ある風景であり、文化都市として残そうとした大原孫三郎、總一郎の信念と努力の成果だと言える。
    縁あって、倉敷には私も何度も訪れ、好きな街の一つであるが、その成り立ちや背景を詳しく知ることは今までなかった。この本で真の倉敷を知ることができたことが嬉しい。

  • 平松さんの家族の歴史、食の思い出、故郷の倉敷への想いなど。変わったタイトルだな。と思い読み進めて、最後にビスコが登場し「あー、ここにも歴史が」と生きていく中での縦や横のつながりを感じた。  
    「知りたいことがまだたくさんある。だから死ぬわけにはいかん」(p316)のお父さんの言葉は重みがある。 
    読み終わるのが勿体なくて、3度も読んでしまいました。

  • 同世代なので、なんとなく懐かしい感じでした。
    ただ、自分達の頃は、岡山や倉敷は、十分都会ですねん。

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著者プロフィール

平松洋子=1958年、倉敷生まれ。東京女子大学卒業。エッセイスト。食文化、暮らし、本のことをテーマに執筆をしている。『買えない味』でBunkamura ドゥマゴ文学賞受賞。著書に『夜中にジャムを煮る』『平松洋子の台所』『食べる私』『忘れない味』『下着の捨どき』など。

「2021年 『東海林さだおアンソロジー 人間は哀れである』 で使われていた紹介文から引用しています。」

平松洋子の作品

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