- Amazon.co.jp ・本 (132ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087814712
感想・レビュー・書評
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イスラエル兵に撃たれたパレスチナ難民キャンプ(ジェニン)に住むアハメドくん、12歳。ハイファの病院で脳死を宣告され、臓器提供を提案された。臓器の提供先は選べない。イスラエル人になるかもしれない。しかし、アハメドの父イスマイルは同意した。
アハメドの臓器は六人のイスラエル人に提供された。一人は遊牧民ベドウィン、もう一人はイスラム教徒だったがあとの四人はユダヤ人(つまりユダヤ教徒)だった。
著者の鎌田さんがアハメドくんの父と心臓を移植された少女に会いに行く。
しかし、この少女はドゥールズ派(イスラム教)。イスマイルが交流しているもう一人のレシピエントもベドウィンであり、ユダヤ人四人とは交流を持てていない。一名は亡くなったそうで、その人がベドウィンなのかユダヤ人なのかは明らかにされていないが、少なくとも三人のユダヤ人がアハメドの臓器を受け取ったわけである。
この三人とイスマイルが交流できていたら、と考える。この三人はパレスチナ難民の、イスラエル人に殺された少年の臓器をもらったことを知っているのだろうか。
本は、こういった点には触れず、あくまでイスマイルの決断の立派さとこれからの平和を願うという内容。
かなり情緒的な印象を受けるが、パレスチナの政治的な問題を描くより人の心に訴えるだろうし、子どもにも読みやすいだろうから、これはこれで良いのかもしれない。また、鎌田さんがこういったことに関わり続けるのは、彼自身が血の繋がらない両親に愛されて育ったからだということも語られており、納得できる。
しかし、アハメドの臓器提供が2005年、それから18年経ち、臓器を提供された人たちは今、何を考えているだろう。アハメドが死ななかったら、今どうしているだろうと思う。今回のガザの攻撃について。
こういった本が平和を呼べば良いが、みんな大切な人間、仲良くしよう、というだけでは難しいということを痛感する。この本をバイデンやブリンケン、ネタニヤフにプレゼントしたら、立派な父だ、平和は大切だ、と言うだろう。しかしガザ攻撃を止めるか?と聞かれれば、止めないと言うだろうとも思う。
むしろ世界的に起こっているデモの方が力があるかもしれない。
これ以上人が、子どもたちが殺されないために、何をしたらよいか考えねば。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
2011年に出版されていたのに、今年まで知らなかったなんて!「雪とパイナップル」は知っていましたが、こちらも子どもも読めて平和を考えるのにとても良いと思います。4年生くらいから紹介したいと思います。
自分のことしか考えられない人達がいる一方で、世界の事、自分の息子を殺した敵国にまで思いを馳せることが出来る人達がいる。
あなたはどちらになりたいですか?
私も世界の為に何かしたい気持ちになります。
『にもかかわらず』な行為は、自身が愛を受けていないと難しい。アハメドくんがオモチャであっても銃を嫌い、ギターを好んだのは、愛情深いお父さんや家族があったからでしょう。そして、この素晴らしい戦いを続けるお父さんもそうだったのでしょう。
次の愛の連鎖には、まず、今自分が持っている愛を分けることか。などと思いました。 -
鎌田さんには『雪とパイナップル』という“ノンフィクション絵本”(実体験に基づく絵本)の著作があるが、本書は“ノンフィクション絵本”の第2弾ともいうべきもの。
『雪とパイナップル』は、チェルノブイリの原発事故で「黒い雨」を浴び、白血病で亡くなったベラルーシ共和国の少年・アンドレイをめぐる物語だった。鎌田氏は国際医療ボランティア活動でアンドレイに出会い、治療にも携わった。その体験に基づいた本だったのである。
本書の主人公は、パレスチナの難民キャンプに暮らしていた少年・アハメド。彼は12歳のとき、イスラエルの兵士に狙撃されて亡くなった。
狙撃されたとき、運び込まれたのはイスラエルの病院。彼が脳死状態になったとき、父親はイスラエルの医師から臓器提供の提案を受ける。
《「提供する側が移植相手を選ぶことはできません。
国籍も、民族も、宗教も選べない。
パレスチナ人かもしれないが、イスラエル人かもしれない」》
父は懊悩のすえ、息子の全臓器を提供する決意を告げる。摘出された臓器は6人の患者に移植されたが、レシピエントは全員がイスラエル国籍だった。
この出来事は、「父は平和願い 敵に臓器提供」と、美談として世界に報じられた。アハメド少年は「殉教者」として英雄視され、パレスチナの町中にポスターが貼られた。
鎌田さんはアハメド少年の家族を訪ね、彼の臓器を提供された人々や医師たちも訪ねる。その旅を終えて書かれたのが本書なのである。
文章は詩的で美しく、安藤俊彦の絵も素晴らしい。世界中の人々に読んでほしいとの思いから、ピーター・バラカンによる英訳も付されている(ただし、英文は要点のみの抄訳)。
深い悲しみのなか、「憎しみの連鎖」を断ち切る決意をし、崇高な行為に踏み切った父親・イスマイルさんの言葉が感動的だ。
《「臓器提供は、平和を望むわれわれのシグナルだと思ってほしい」
「大切な人やものを奪われたとき、その相手に報復すれば憎しみの連鎖に巻き込まれてしまう。
武器を手に戦うことばかりが、戦いではありません。
戦い方は、いろいろあるんです」
「海でおぼれている人に
『国籍は?』『民族は?』『宗教は?』
なんて聞かないでしょう?
私はただ、人間として正しいことをしただけです」》
もちろん、長年の間に降り積もった憎しみが、一朝一夕に消えるはずもない。臓器提供を受けた側の家族の中には、「感謝はしても、パレスチナ人とは友達になれない」と言う者もあったという。
また、アハメド少年の心臓をもらった少女の母親は、次のように言う。
《「娘が心臓移植を受けて元気になったとき、
イスマイルさんの家にお礼を言いに行きたかった。
でも、検問所を通れなかった」》
そのような悲しい現実はあれど、イスマイル氏が投じた一石は、世界に大きな波紋を広げつつある。本書も、その波紋をさらに広げていくことだろう。
『雪とパイナップル』と並んで、後世に残り得る一冊。 -
「敵でも人間としては平等だから、敵ともシェアするというのが人間にとっては当たり前。」という言葉が印象に残りました。
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殺された息子の臓器を敵国の子どもに提供した事実を日本人医師が絵本化
現地の悲惨な状況も子どもでもわかるほど簡潔にまとまっていて、そして、平和に対する強い想いが絵と英文と共に表現されている。
より多くの人に読んでほしい。
図書館で読んでいたら、周りに人が居るのに涙を流してしまった。 -
図書館でたまたま借りていたこのタイミング。
パレスチナ問題について、浅い知識しか持ち合わせていないけど、この本はひとりのパレスチナ人、ひとりのイスラエル人、そして一人の人間がその地に生きているということを改めて思い出させてくれる。
どちらの主張も考えもあり、土地は二重にある訳ではなく、じゃあどういう解決方法があるんだ?というのはとても難しい問題だけど、武力で相手を圧する勝利以外の共存する方法を、人間はそろそろ見つけていかねばならない。パレスチナだけでなく、全世界の課題として。
絵も良い。難しい問題、とっつきにくい、と思われそうなテーマではあるが、著者自身が絵本を作りたいと言っていたように、絵の存在が身近で読みやすい本にしてくれている。 -
英語や数学や情報が必要ない、とは言わないが、英単語覚えるよりも、数学の問題が解けるよりも、プログラミングができるよりも、それよりも知っておいた方がいいことってのは確実にたくさんあると思う。
イスラエルの狙撃兵に撃たれて脳死状態になったパレスチナの少年アハメドくん。
そのアハメドくんのお父さんイスマイルさんは、敵国であるパレスチナの少年少女たちにアハメドくんの臓器を提供することを決意した。
2005年にそうした事実があったことをいったい何人の日本人が知っているのだろう。
イスラエルとパレスチナという未だに争いを続ける二国の間に、憎しみを超えた心の交流があったという事実をどれだけの日本人が知っているだろう。
良い本に出会えたと思う瞬間、その一つには普通に生活していたらなかなか知り得なかったことを感じることができたときがあるだろう。
今日もまた間違いなく良い本に出会うことができた。 -
「にもかかわらず」そんな人になれるだろうかと自問自答。
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自分の息子を殺した敵国の人たちに、息子の臓器を提供した―
私はできません。でも、アハメドくんのお父さんは憎しみにも怒りにさえ呑み込まれない強さを持った人でした。考えられない強さで、常に紛争が起きている土地で、暴力という形じゃない戦い方をしています。
臓器提供を決断した瞬間を読んだとき、私の心は病院にいるアハメドくんのお父さんのそばに飛んでいきました。
戦後70年以上経つこの国で、戦争というものの僅かすら私は分かりません。
けど、こんな風なことは決して起こっちゃいけないんだということは分かります。アハメドくんの臓器を受け取った子たちが、もしくはその子たちの子供、その孫たちが大人になる頃、アハメドくんのお父さんが戦った戦が終わっていることを願っています。 -
憎しみ、悲しみの連鎖を絶ちきるには…。
なんのために闘うの?その問いに答えはあるのか。