いい子のあくび

著者 :
  • 集英社
3.61
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087718362

作品紹介・あらすじ

芥川賞受賞第一作。
公私共にわたしは「いい子」。人よりもすこし先に気づくタイプ。わざとやってるんじゃなくて、いいことも、にこにこしちゃうのも、しちゃうから、しちゃうだけ。でも、歩きスマホをしてぶつかってくる人を除けてあげ続けるのは、なぜいつもわたしだけ?「割りに合わなさ」を訴える女性を描いた表題作(「いい子のあくび」)。郷里の友人が結婚することになったので式に出て欲しいという。祝福したい気持ちは本当だけど、わたしは結婚式が嫌いだ。バージンロードを父親の腕に手を添えて歩き、その先に待つ新郎に引き渡される新婦の姿を見て「物」みたいだと思ったから。「じんしんばいばい」と感じたから。友人には欠席の真意を伝えられずにいて……結婚の形式、幸せとは何かを問う(「末永い幸せ」)ほか、社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たちへ贈る全3話。

【著者略歴】
高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)
1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞。2021年『水たまりで息をする』で第165回芥川賞候補に。2022年『おいしいごはんが食べられますように』で第167回芥川賞を受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 高瀬隼子さんの作品を初めて読了した。初めての感覚を味わいつつ、どきどきしながら読み進めた。本作品は3編からなっている。3編のタイトルは「いい子のあくび」「お供え」「末永い幸せ」。それぞれの物語の中で、登場人物の心内語が溢れていて、実際の行動との違いにどきどきした。人の心は見えないし、自分の本心ですら意外と分からないのかもしれないと、読みながら感じるようになっていた。

    「いい子のあくび」は、主人公の左元直子に中学生のヨシオカがぶつかるシーンから始まる。ヨシオカはスマホを見ながら自転車を運転していた。直子はそれを知りつつ避けずに歩いて進み、敢えてぶつかっていく。自転車を運転していたヨシオカは倒れ、車と接触。一連の展開に何が起こっているのかという不安を抱きながら読み進めた。車を運転していたのは西方。なぜか、警察を呼ばない方へ話が進む。不穏な空気を感じつつ、直子はヨシオカがスマホを見ていたと話す。そして、自転車に乗っていたヨシオカが車を運転していた西方に謝ることになる。モヤモヤとしながら読み進めていくと、この後の展開で、それぞれの思惑が明らかになっていく。隠そうとするものがあると、自分の思惑が優先し、判断が曲がっていくのかな。そのような中、直子が買い物に行ったスーパーのレジで西方に再会する。直子はお客様アンケートを手にする。事故後のこの直子の行動に、今後の物語の伏線を感じた。

    直子には付き合っている大地がいた。大地は、丸山中学校の教師。ヨシオカは丸山中学校の生徒。直子は日常の怒りと不快をずっと実際に手帳に記載し、記憶しながら生きていた。そこに生き辛さを感じる。そのように心の中に溜め込んでいくとどうなっていくのだろう。もやもやした思いはどこで吐き出すのかな。大地からの結婚の言葉にも、嬉しいという気持ちを探す直子。その場面ですら、直子が実際に嬉しさを表す言葉を出しても、心の中では否定する言葉が出ている。

    直子の大学時代、ボランティアサークルで一緒だった望海。望海とは悪口や汚い言葉を自然に使い合う仲。しかし、その望海とも言葉を合わせるところに、何か自然ではないものを感じる。

    直子にとって、どの自分が本当かということではなく、その時々の相手との関係によって全てが本当の自分なのだろうか。また、居心地よい相手とは、その思いが重ならないこともあるだろうな。それでも、その関係を続けていくことを選んでいるのは、自分なのだろうな。大地の前、望海の前、別の人の前、人によって対応が違う自分、どれが自分であるのかと戸惑う直子。それはそうなるだろうし、考え過ぎることはないのじゃないかなと思うが、自分のことをいい子のふりをしていると思い込む直子。だからこそ、直子を肯定する人に対して、見る目がないと思ってしまう。それでも他人から見えているその人の姿も、その人の姿と言えるだろうし、心の中までは周りの誰も分からない。それがたとえズレていても、見える姿がその人と周りの人とのかかわりをつくるのだろう。

    直子は大地のスマホを見てしまい、そこに別の女の人とのやりとりがあることを目にする。同日、直子が大地と一緒に駅のホームにいた時に、新たな事件が起こる。スマホを見ていた人と直子の接触。そのことで大地にまで被害が及ぶ。このシーンでは怖さととともに、やるせなさも感じる。大地には、直子の心は見えていない。いい子を求めて、心の中にいろいろな面があることから抜け出せない直子は、この先どんな生き方を選んでいくのだろう。

    「お供え」は、わたしが主人公。登場人物はAからUまでの適当なアルファベット。そこに新鮮さと戸惑いを感じながら読み進めた。わたしの所属は、同僚が30人もいない部署で営業部。Uのデスクにある中指を伸ばした長さほどの鍵谷正造フィギュア。創業100周年を記念して作られていた。わたしの同僚は、お土産やお菓子などを鍵谷正造フィギュアにお供えしていた。ちょっとした願いごとが叶うという。怪しくて不思議な感覚をもちつつ読み進めた。ラストのシーンでは、新入社員の教育係、入社して3年目、そのフィギュアを嫌っているAが、お供えをして願い事を呟く。そこでの願い事に驚く。人は変えられないのに、そのことを願うA、そこにやるせなさと矛盾を感じながら読了した。

    「末永い幸せ」は、奏が主人公。35歳になった幼なじみの仙子とりっちゃんと年2回集まっている。居酒屋での3人の宴のシーンから始まる。年2回という定例の関係の不思議さを感じつつ、それでつながることは、何かあるのだろうなと想像する。そのシーンで、りっちゃんの突然の報告、結婚するという内容だった。そして、結婚のきっかけが婚活パーティーでの出会いだと奏と仙子が知る。その場で、2人に結婚式への案内をするりっちゃん。しかし、奏はその場で出られないことを伝える。そのシーンでは、思わず声が出そうになるほど衝撃を受ける。それには、奏なりの理由があり、そのことが明らかになっていく。そのような中で、りっちゃんの幸せを願いたいという奏の気持ちが、りっちゃんに伝わるかな。そして、その理由となる奏の考えを聞いた仙子だったが、納得しなかった。まあ、それも、それぞれの考え方があり、その違いだろうな。物語は進んで、りっちゃんの結婚式が行われるホテルのシーンが展開される。奏はそのホテルの9階に泊まり、窓から中庭のチャペルとりっちゃんを見ている。複雑な奏の心を想像する。そこから、さらに物語が展開する。こんなにも心内語が溢れている作品を味わうとは思わず、この作品も読了した。

    人の心は見えないし分からない。だからこそ、人との関係のあり方について、考え過ぎないように、私の心のままに感じていけたらいいかな、楽しいと感じながら過ごせるように。

    本作品を読了し、初めての読後感を味わった。高瀬さんの心内語の描写に、驚きながらも興味をもって読み進めていた。高瀬さんの次の作品も楽しみとなった。

  • 芥川賞受賞後の第一作。

    これは女性の心をストレートに抉る作品だ。
    共感するか嫌悪するかは、あなた次第。

    世の女性(厳密には女性に限らない)は、社会や男に対して、これほど冷たい怒りと絶望を感じながら日々過ごしているのだろうか。
    だとしたら悲劇だ。どちらにとっても。

    眉毛の上げ下げ、瞬きの回数にまで、相手の反応を意識して生きるのは「いい子の猫かぶり」を通り越して、もう自分という<本体>がない。

    他者に「猫をかぶらされている」ことに憤り、死ねと呟きつつも、彼氏や親友にすら「猫をかぶっている」ことに気づいてもらえないと絶望する矛盾を抱える——。
    そんな、<いい子>。

    あなたの感想を聞かせていただきたい。特に女性。

  • おいしいごはん〜に続き、高瀬さんの作品は2作目だが、今回も独特の感性を貫く作風としており、その姿勢に清々しさを感じる。
    いい子の定義を突き詰めると、その存在は他者があってのものとも思え、純度100%のいい子が果たして存在するのかまで考えさせられた。本当の自分と他者から見られる自分の二面性に対する違和感を感じる読者にとって深く響く作品となっている。

  • 高瀬さんらしい心をざわつかせる中編1編と短編2編を収録。
    オビに「不合理な偏りだらけの世の中に生きる女性たちの、静かな心の叫びを描く、全三話。」とある。
    そう、高瀬さんの小説は「静かな叫び」なんですよ。
    静かだけど、心を深く抉ってくる。
    そこがクセになる。

    それにしても、冒頭から「ぶつかったる。」って…笑

    歩きスマホしていて周囲が見えていない人ととそれにわざとぶつかっていく人、
    どちらが悪いかと言えば、当然わざとぶつかっていく人。悪意のある方が悪い。

    でも、あれだけ「危険だからやめましょう」と広くアナウンスされているにもかかわらず、それでもかたくなに歩きスマホしている人にはイラッとくるのも事実。
    「自分は特別」と思っている感が気に入らない笑

    同じことは、エスカレーターの右側を歩くことにも言える。
    とまって乗っている人に荷物ひっかけたりとか、危ないんだって。
    身体機能に何らかの障がいを持ち、右側のベルトしか掴めない人もいるし。

    と、思っていたら、エスカレーター歩かないで乗る条例がある埼玉県の知事は自身が利用する際は「右側に立つ」と宣言したようだ。
    これってエスカレーターの利用が多い時間でほとんどの人が右側歩く流れの中でやったら、この小説の「ぶつかったる」って主人公と同じやな、とちょっと笑った。


    ー 心は、どうしてこんなにばらばらなんだろう。ばらばらで、全部が全部本当であるために、引き裂かれるというよりは、もともとばらばらだったものを集めてきて、心のかたちに並べたみたいだった。(P99)

    平野啓一郎さんのいう、分人主義ですね。
    「いい子のあくび」の描きたかった大きなテーマのひとつかな、と思った。

    ♫埼玉県のうた/はなわ(2019)

    • naonaonao16gさん
      たけさん

      こんばんは~

      たけさんは体調崩さないようにストイックに運動しているイメージがあったので、よく体調を崩していた、というのが意外で...
      たけさん

      こんばんは~

      たけさんは体調崩さないようにストイックに運動しているイメージがあったので、よく体調を崩していた、というのが意外です。
      周りも結構体調崩してて、やはりコロナ明けでマスク外して油断しちゃいますよね…
      これから楽しい忘年会シーズンなのに…
      しっかり免疫つけとかないとですよね…
      さらに歳のせいか治るのにめちゃ時間かかります…

      スランプに陥っていらっしゃいましたか!
      違ってたら申し訳ないのですが、以前よりレビューの更新が少しゆったりになったような感じがしていたんです。
      ちょっと心配してました。
      スランプの時、何かきっかけになる1冊に出会うと気分変わりますよね!

      埼玉はそんなコラボをしているんですね~
      知事はまだ右側に立っているのか気になります。朝は秒単位で生きてるので、わたしはエスカレーターは右側ガンガン上がってるタイプです笑
      2023/12/04
    • たけさん
      naonaoさん

      ストイックではないですね。
      アルコール依存症だし。
      走ったり歩いたりして帳尻合わせてるだけで、それも歳のせいで追いつかな...
      naonaoさん

      ストイックではないですね。
      アルコール依存症だし。
      走ったり歩いたりして帳尻合わせてるだけで、それも歳のせいで追いつかなくなってきてるという…
      いまだにコロナには罹ってないですけど。
      忘年会、今年は久しぶりにはじけたいですよね!

      スランプは脱したようです。
      なぜか読書欲が旺盛な今日この頃笑
      ご心配をおかけしました。
      気にかけてくださったことはとてもうれしいです!

      朝はエスカレーターみんな右側を歩いちゃいますよね。
      埼玉県知事にはそこで突然立ち止まってほしい笑
      僕は左側から応援はする。知らん顔してるけど笑
      埼玉県民じゃないから投票できないけど笑
      2023/12/05
    • naonaonao16gさん
      たけさん

      おはようございます。

      最近体調の関係でしばらく断酒してるんですが、やっぱり酒飲まないと体調いいですね!
      声が出ない、という症状...
      たけさん

      おはようございます。

      最近体調の関係でしばらく断酒してるんですが、やっぱり酒飲まないと体調いいですね!
      声が出ない、という症状も相まって、読書が捗ります笑
      転職後になかなかリズム掴めなかったのですが、シンプルに酒抜いただけで解決しました!笑
      まあ、酒やめれば全部解決すると思うんですが、でもそういうことじゃないんだよな~っていう笑
      忘年会楽しみましょうね!!

      いいですね!
      突然右側で止まる!!笑
      わたしも同じように、お~お~と思いながら、イライラしながら、何も言わずに左側をすり抜けてかけ上がると思います笑
      2023/12/05
  •  この作品もまた、なんとも言えない不穏な感じがする作品です。この前に読んだ3作品と比べると、個人的には物足りないような感じがしちゃいましたね…。3編の短編が収められています。

     「いい子のあくび」いつもいい子を装う主人公直子、日々の生活のなかでいい子でいることに疑問を感じる中、事件が起きる…。
     「お供え」主人公はある会社に勤めるわたし。その会社で創業記念に作られたフィギュアにお供えをし願いごとをすることが流行り…。
     「末長い幸せ」:35歳の奏が主人公。友達の結婚式に誘われるが、奏は結婚式にいいイメージがなく欠席すると伝えるが、それでもお祝いしたい気持ちがあった奏がとった行動とは…。

     高瀬隼子さんの作品を続け読みしていたんですが…読みやすくってどんどん読めたんですが、何かと忙しくってレビューが落ち着いてできませんでした。でも、そんな時でもやっぱり読書をしたい欲だけは抑えられませんね(笑)。

    • かなさん
      1Q84O1さん、いえいえ、6冊並べましたっ(*^^)v
      忙しくとも読書はしたいし
      ブクログの皆さんのレビューも読みたいし
      自分で読ん...
      1Q84O1さん、いえいえ、6冊並べましたっ(*^^)v
      忙しくとも読書はしたいし
      ブクログの皆さんのレビューも読みたいし
      自分で読んだ作品のレビューも投稿したい!!
      もう、読書とブクログだけに集中できる時間がほしいです!
      でも忙しいから疲れるし、だから眠くもなっちゃうんですよねぇ…。
      お互い頑張りましょうっ(*'▽')
      2024/03/28
    • 1Q84O1さん
      失礼しました…w
      ほんとだ!
      6冊だ!すげーぇ!Σ(゚Д゚)

      読書も楽しみつつ、睡眠もしっかりとって乗り切っていきましょう!く(`・ω・´...
      失礼しました…w
      ほんとだ!
      6冊だ!すげーぇ!Σ(゚Д゚)

      読書も楽しみつつ、睡眠もしっかりとって乗り切っていきましょう!く(`・ω・´)
      2024/03/28
    • かなさん
      1Q84O1さん、はい、6冊並べです(*^^)v
      読書は日々の楽しみなんだけれど、
      なかなか他も忙しくって…
      そのうち、暇すぎるように...
      1Q84O1さん、はい、6冊並べです(*^^)v
      読書は日々の楽しみなんだけれど、
      なかなか他も忙しくって…
      そのうち、暇すぎるようになると思うんだけれど(^-^;
      お互い体調管理しつつ、楽しみましょうね♪
      ありがとうございます。
      2024/04/02
  • 人間の嫌な感情をぶちまけたらこんな感じになるのか…と思う。
    人は、隠しもっているいくつもの顔があると思うがみんな場面に応じて使いわけてるのでないかと。
    だけど「いい子」ではいられないときもある。

    「いい子のあくび」
    歩いているとよく人にぶつかる。
    相手は、人を見てぶつかってるんじゃないかと思ってしまう。身体の大きな強そうな若い男は避けて、弱くて何も言わなさそうな自分を狙ってるんじゃないかと。
    おかしいと思った私は、よけないことにしたが…。

    「お供え」
    職場のUさんの机には創業者のフィギュアが置いてある。お供えした人は願いごとが叶うらしい。
    職場の人間関係に問題はないと思っていたが、果たしてそうなのか⁇不安なのはAさんが願いごとをしていた内容で…。

    「末永い幸せ」
    友人の結婚式に出席したくない理由とは。
    ヘアセットの予約やドレスやバッグの用意にご祝儀に包む金額…諸々の総金額なのか。
    末永く、末永くという呪文のように聞こえる声が気持ち悪いのか。
    型にはまった結婚式という一連の流れに祝おうとする気持ちが失せてくるのか。



    あれもこれもおかしいなどと口に出しては言えないもので…
    だからといって自分を正当化するほどの勇気もないのが正直なところ。

    すっきりはせず、余計にモヤモヤしてしまう話であった。



  • 年末年始にずっと本読んでてレビュー追いついてない問題…
    こちらの作品は、2023年最後に読んだ作品でした。

    すっかり大好きな作家さんとなった高瀬隼子さん!
    今回の作品は、歩きスマホをしている人をよけずに、ぶつかっていく女性のお話。ポイントはね、「ぶつかっていこうとする女性のお話」ではなくて、ほんとにぶつかっていくお話なの。
    でもこれ、歩きスマホをしている人=不条理ともとれて、この主人公、普段から駅とかでよく人にぶつかられて舌打ちとかされちゃう日常を送っている。そういう、狙いを定めて当たってくる人がいると、SNSでも見たことがある。当たってくる人はちゃんと、「こいつなら大丈夫そう」っていう人を見定める。痴漢だってそうだろう。そういう「大丈夫そう」に見られがちな人は、どうやって自分の身を守っていったらいいんだろう。

    そんな不条理な日常を送っている主人公にとって、ただでさえ脅威となる人が多い駅や満員電車。その脅威に「歩きスマホ」という完全な自己管理不足(悪意ともとれる)でぶつかってくる人たち。許せない、こっちはこんなに自分を守ることで必死なのに。
    そんな思いがむくむくと沸いてくる。許せない許せない許せない。だから、ぶつかったる。私は悪くない。

    うん、すごくいい。
    彼氏の前で、職場で、ずっといい子でいようとする主人公。でも、一人でいる時はひたすら怒りに駆られている。世の中の不平等や理不尽、割に合わなさに対する怒り。
    P116「よけてあげなかっただけで、こんなおおごとになっていくのが、おかしくて笑える。前を向いてまっすぐ歩く人だけが、よけていくべきなんだろうか。見えている人が、分かっている人が、できる人が、そうしなきゃいけないんだろうか。」
    わたしはこういう、「~すべき」で縛られた価値観のことを「べきの世界」と呼んでいて、この「べきの世界」にずっといると生きづらいんだよな、と思う。確かに世の中は「こうすべき」ことで溢れている。でも、意外と人は「べきの世界」と「それでもいいの世界」を柔軟に行ったり来たりしている。「それでもいいの世界」では時々うまくいかないこともあって、でも「ごめんなさい」とかを上手に使って生きていく。だけど、「べきの世界」の住人はそれがうまくできない。だって、「そうすべき」だから。こっちは悪くないから。

    この作品に、主人公の二人のお友達が出てくる。圭さんと望海だ。圭さんとは言葉を選びながらほくほくとした人生について語り、望海とは言葉を選ばずに人の悪口ばかり言って盛り上がる。これはあるよね。分人の概念を思い出した。(『私とは何か』/平野啓一郎)
    この人の前ではいい子でいたい、と思うからこそ、悪口を言えないんだよね。これって結構苦しい。自分のことをそもそもいい子じゃないと思っていい子を演じているからこそ、すごく苦しい。自然にいい子でいれる人のことをすごいな、と思う反面、ちょっと白けて馬鹿にする気持ちもすーーごい分かっちゃって、ほんとにもう、主人公が今後自分なりの幸せを見つけられたらいいなと願うばかり。

  • 芥川賞受賞後の第一作。
    『おいしいごはんが食べられますように』が自分の中で評価が高かったので、比較的早い段階で図書館で予約し、読んでみた。

    「面白い」というのとはちょっと違う感覚なのだが、この作家さんの書く物語は胸をうずかされる。
    痛いところを突かれているというか、言葉に出来ないでいたもどかしさをトレースしてくれているというか。

    中編の表題作と短編(むしろ掌編)2作の本書。
    いずれもテーマを極端にデフォルメしているので、それはえぐいと思うような展開、発想が繰り広げられるのだが、ひとつひとつを取るとあぁでもわかるかもその気持ち、と人間の感情の複雑さ、矛盾に満ちた様をこれでもかとぶつけてくる。

    特に表題作。
    向かいからスマホを見ながら自転車に乗ってくる中学生に「ぶつかったる」と思い本当にぶつかる主人公。
    その理由は、もし自分が屈強な男だったら、ぶつかったらヤバいと相手の方から避けるはず。自分はこいつなら大丈夫とナメられているのが気に食わない。声を掛けたり、自分から避けたりするのも、本来は相手が負うべき危険を自分が負担しているようで納得できない、割に合わない。割を合わせるために「ぶつかったる」。

    でも主人公は表面的にはいい子ちゃん。
    猫を被り、着ぐるみを被り、恋人の両親に会うときには世界中の猫の皮をはいで継ぎ足して足りない部分はキティちゃんやキャットマリーちゃんで補強した最強猫ちゃんになる。
    着ぐるみはいつも被っているから、蒸れて、擦れて、潰れて、変色して元の顔は原型をとどめて居ないと言う。

    「ぶつかったる」気持ちを持つような、いわゆる露悪的な裏の顔は、大学時代の友人との飲みの場でしか見せないけれど、表面的ないい子ちゃん的行動をよそに頭では周囲への文句ばかりが蠢いている。
    そうして表と裏を使い分ける内に、どちらも表のような気さえしてくる。

    あぁ、何かすごくわかる。
    少し前に職場でパートナー会社さんから、ウチの社員の口が悪いと公式に苦情を受けたことがあったが、そこで「名前が上がってこなかったのはfukayanegiさんだけ」ということがあり、だから「今後はfukayanegiさんが、周りの言動を少し気に留めて欲しい」と言われたことがあった。
    「はい、わかりました」と応えたものの、自分だって口に出さないだけで、色々過激な思いは頭の中を蠢いている。
    なんなら、そう言ってきた上司のことは、いつも頭ごなしに否定してくるので大キライだった。
    そのことを思い出した。

    本当の聖人なんて、そういない。
    誰しも心の中で思っている本当のことなんてわからないので、誰をどこまで信頼して良いのかよくわからなくなることがある。
    それでもうまくバランス取りながら、日常生活を送っていくしかないのだよなーってのをすごく痛感させられた。
    これは前作、『おいしいごはんが食べられますように』でも思ったこと。

    そんな中の最後のオチは、それでも思いもよらぬところに寄り添ってくれる心があるという少しばかりの希望があり良かった。

  • ⚫︎感想
    いい子(気がついてしまう子)が割を食うのが許せないという部分は「おいしいご飯が食べられますように」と通じるところがあり、著者のテーマなのだろう。また、いい心も悪い心もそれぞればらばらで、でも全部が本当で、かき集めて一つにしたみたいだという表現が心に残った。

    心は、どうしてこんなにばらばらなんだろう。ばらばらで、全部が全部本当であるために、引き裂かれるというよりは、元々ばらばらだったものを集めてきて、心のかたちに並べたみたいだった。

    人の心はその日のコンディションでまるで別人のようになったりする。いい人であったり悪い人であったりする居心地の悪さ、不安定さをどうしてもかかえて生きていくしかなく、みんな、似たようなものだろうし、いちいち幻滅するのも違うのならば、いい人であるときも、ことさら評価すべきでもないのかなと考える。

    しかし一方で、このように中間をつねに取って、他人にも自分にも冷静な態度でいると、歪みがきたり、また、どっちにも振れないために、人としての魅力が減ってしまうのかなぁとも思う。




    ⚫︎あらすじ(本概要より転載)

    第74回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞

    芥川賞受賞第一作。
    公私共にわたしは「いい子」。人よりもすこし先に気づくタイプ。わざとやってるんじゃなくて、いいことも、にこにこしちゃうのも、しちゃうから、しちゃうだけ。でも、歩きスマホをしてぶつかってくる人をよけてあげ続けるのは、なぜいつもわたしだけ?「割りに合わなさ」を訴える女性を描いた表題作(「いい子のあくび」)。

    郷里の友人が結婚することになったので式に出て欲しいという。祝福したい気持ちは本当だけど、わたしは結婚式が嫌いだ。バージンロードを父親の腕に手を添えて歩き、その先に待つ新郎に引き渡される新婦の姿を見て「物」みたいだと思ったから。「じんしんばいばい」と感じたから。友人には欠席の真意を伝えられずにいて……結婚の形式、幸せとは何かを問う(「末永い幸せ」)ほか、社会に適応しつつも、常に違和感を抱えて生きる人たちへ贈る全3話。

  • 三編の短編小説が納められています。表題作の第一遍が長め。村田沙耶香さんとはまた違った人の多様性をかいま見えました。高瀬隼子さんの作品をもう少し追ってみようと思います。

全267件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1988年愛媛県生まれ。東京都在住。立命館大学文学部卒業。2019年「犬のかたちをしているもの」で第43回すばる文学賞を受賞しデビュー。2022年「おいしいごはんが食べられますように」で第167回芥川賞を受賞。著書に『犬のかたちをしているもの』『水たまりで息をする』『おいしいごはんが食べられますように』『いい子のあくび』『うるさいこの音の全部』がある。

「2024年 『め生える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高瀬隼子の作品

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