マダム・キュリーと朝食を

著者 :
  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087715736

作品紹介・あらすじ

「東の都市」へと流れて来た猫と、震災の年に生まれた少女・雛(ひな)。それぞれの目で見た「新しい世界」とは。キュリー夫人やエジソンによるエネルギーの歴史を織り交ぜ、時空を自在に行き来する未来小説。

感想・レビュー・書評

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  • 最近の日本文学にはめずらしい物語の手法ではないだろうか。フィクションと現実とが入り混じる世界で、ヴァージニア・ウルフ「オーランドー」の如く、時を超えて生き続ける「彼女たち」の「声」。その「声」に導かれ、いくつもの記憶の断片が、いくつもの光景が、鮮やかに写し出される。


    「光」に魅せられた猫と、「東の都市」に暮らす小学五年生の少女。ふたつの意識は、時間の流れや空間の隔たりというものを軽々と超越し、世界をたゆたう。猫は「光」を呑み込み、「光」となり、少女は「光の声」に耳を澄ませる。彼女たちはそうして、母や、そのまた母である祖母、そのまた母である曾祖母の意識の中へと、溶け込んでゆく。

    マダム・キュリーお手製のスグリのゼリーと、「北の町」のスグリを煮詰めてこしらえた、少女とおばあちゃんの手作りゼリー。どちらのゼリーも光を放っているが、猫はそれをまるまると呑み込んでしまう。「ゼリーが喉を通り過ぎて行ったとき、私は喉の奥にふっと光を感じたのです。私の身体はみるみるうちに光に包まれてゆくのでした。光!思えば、あれが私にとって、はじめて光の向こうを見た体験でした。」(p. 24)
    「光の向こうの景色」を見たい。そのためなら、その「身体を、心を、全てを差し出したって構わないし、なんだってする」。そうして猫は、街中で光を放つものを貪り食べる。
    「夢中で私は光から光へと、飛び移りました。意識は舌の上から喉の奥に落ちてゆく卵とともに肉体を離れ、遠ざかってゆきます。猫が九つの命を持つというのは本当だったんだ。卵の光が消えないうちに、光から次の光へと、命から命へと、のりうつります。」(p. 38)

    1898年、フランス、パリ、マダム・キュリーの研究室。
    1903年1月4日、アメリカいちのアミューズメントパーク、コニー・アイランド。象のトプシーの最期。
    その少し前、1893年、コロンブス新世界発見400年祭、シカゴ万国博覧会。アントニン・ドヴォルザーク「新世界より」。
    そのさらに少し前、1883年、ニューヨーク、マディソン・アヴェニュー、J・P・モルガン邸。ある雪が降りそうな晩に、猫の祖母が過ごした熱い恋の一夜。
    それから暫く経って、ニュージャージー州、イースト・オレンジの教会近くにある家のポーチの下。身を寄せ合って暮らす牝猫の家族。
    隣町ウエスト・オレンジにやってきた世紀の大魔術師とその大勢の弟子たち。エジソン研究所で行われた電気処刑の実験台となったのは、おびただしい数の動物たち。そして1890年8月6日、ついに、世界ではじめての人間の電気処刑。
    それから、ラジウムのこと。X線のこと。マダム・キュリーから魔術師エジソンへ、旧世界から新世界へと手渡された、光。
    1945年8月6日、広島。同じく8月9日、長崎。1946年、7月1日、マーシャル諸島ビキニ環礁。1951年、アメリカ、アイダホ州EBR−I。世界初の原子力発電。1986年4月21日、旧ソビエト連邦、チェルノブイリ。そして2011年3月11日、福島。

    ようこそ、新世界へ。

    いろいろな歴史的要素が盛り込まれ過ぎていて、物語があまりにも複雑で難解なものになってしまっているような印象も。所々に散りばめられた「録音メモ」やその他の記実によって、途切れとぎれになった「意識の流れ」があちこちに飛んでゆく。それは一本の糸を紡ぐようにして語られる物語と異なり、読む者を混乱させる。それはそれで、ひとつの効果的な語りの手法なのかもしれない。フラッシュバックのようによみがえる断片的な記憶。「過去」の光景が、「現在」の光景として、目の前に広がる。理解を超えた何かが押し寄せてくる。


    「エジソン研究所のすぐそばに一匹の猫の死体が転がった。(…)私は光そのものになった。光になってあたりを漂った。時間の流れの中を漂った。ずっと遠くの未来から、この光を、光景を、私を、きみが、見つけてくれることに、私は賭けよう。私が目にした光景を、私が愛したものを、そのひとつひとつを、きっと忘れたりなんかしないで、きみは、この光を、きっと、見つけてくれる。声が、導いてくれるはずだから。」(p. 166)

    「光がすっかり消え去る未来まで、時間だけは、たっぷりある」という「事実」。(p. 167)
    それは、世界はこれから先も変わらず存在し続けるという「希望」でもあり、そのためにも、「光の声」を語り継いでゆかなければならないのだ。

    「海を前にして、彼女は、彼女たちは光の声を聞く。
    光の声が運んでくるのは、言葉にならなかった言葉。
    彼女たちが聞かなければ、消えてゆく声だった。」(p. 173)

  • 装丁にやられてお持ち帰り。人文社会科学と自然科学をどう橋渡しするかみたいなことを最近考えていて、ヒントになるかなという下心も。

    戯曲のような。カギカッコ付き「純文学」のような。整合性は期待できない。拒否反応を起こしてしまう人もいそうだなぁと心の片隅では呟きつつ、私はというと、すっすっと読み進められた。寝る前に読んでいたので、深夜テンションかもしれないが。それかネコへの盲目的な愛。アイディアは面白いと思うのだ。知ることを拒まない人間にとっては。

  • 歴史をしりたいと思った。今までぼんやりしたイメージしかない電球の発明家のことや、それからずっとあとの広島のピカドンのこと、点と点が結ばれて絡まって解かれていく過程は魅力的で、歴史をしりたいと思った。本当のことがしりたいな。

  • この人の本はじめて読んだけど、ジャネット・ウィンターソンの系譜という感じした。フクシマ以後のマジック・リアリズムとでも言うのだろうか。

  • 小林エリカさんの他の作品にトライしたい。テーマや内容ではなく、この作品での描写が(猫目線での光の見え方表れ方など)あまりスッと入ってこなかった。

  • 光が全ての事柄を留めているとしたらどうだろう?光を辿り、光が留めた光景を、この目で見ることができたとしたらどうだろう?… 原発事故により人のいなくなった街に生まれた一匹の猫は放射能が光に見えた。
    例えばラジウムの半減期は1600年、それだけの期間の事柄を留めれば猫の目には時代が走馬灯のように駆け巡るだろう。
    着想は素晴らしく大傑作の予感がしたが残念ながら前半戦で失速、その後に至っては作り手のテンションばかりが盛り上がり読み手がおいてけぼり…ちょっと盛り込み過ぎたようである。
    しかしもう少し追いかけたくなるような不思議な読後感、次作に期待

  • 原発 猫 光 動物実験

  • 3.11後の東北と思われる町での猫たちや、人間の少女の観察眼が交互に現れる。
    マダムキュリーの愛読した料理本から、卵料理を作りつつ原子力を考える。

  • (2015/11/27読了)
    大好きな作家・西加奈子さんのエッセイ「まにまに」の中で紹介されていた作家さんと本なので、初めましての作家さんだけど、読んでみようと思った。目次から見ると料理本みたいだけど、そうではない。
    東日本大震災による原発事故。目に見えない恐怖。
    全般暗く、読書中も読後も暗鬱な感じ。最後まで読んだのは、話の到着点が見たかったから。残念ながら、西さんと同じような気持ちにはならなかった。

    (内容)
    「東の都市」へと流れて来た猫と、震災の年に生まれた少女・雛。目に見えないはずの“放射能”を、猫は「光」として見、少女の祖母は「声」として聞く―。キュリー夫人やエジソンなど、実際のエネルギー史を織り交ぜながら時空を自在に行き来し、見えないものの存在を問いかける。卓越した想像力が光る、著者初の長編小説。

    (目次)
    一 卵を茹でる
    二 鶏を焼く
    三 果実を煮る

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著者プロフィール

小林 エリカ(こばやし・えりか):目に見えない物、時間や歴史、家族や記憶、場所の痕跡から着想を得た作品を手掛ける。著書は小説『トリニティ・トリニティ・トリニティ』『マダム・キュリーと朝食を』(共に集英社)、『最後の挨拶 His Last Bow』(講談社)、コミックに“放射能”の歴史を辿る『光の子ども 1-3』(リトル・モア)、絵本に『わたしは しなない おんなのこ』(岩崎書店)他。私的なナラティブと社会のリアリティーの狭間を追体験するようなインスタレーション作品も国内外で発表し、主な展覧会は個展「野鳥の森 1F」(Yutaka Kikutake Gallery) 、「りんご前線 ? Hirosaki Encounters」(弘前れんが倉庫美術館)、「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」(国立新美術館)他。近年は、音楽家の寺尾紗穂とかつての歌を甦らせる音楽朗読劇シリーズ「女の子たち風船爆弾をつくる Girls, Making Paper Balloon Bombs」の脚本も手がけている。

「2024年 『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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