- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087713602
作品紹介・あらすじ
「あらすじ」の名人にして、自分の原稿は遅々としてすすまない作家の私。苔むす宿での奇妙な体験、盗作のニュースにこころ騒ぎ、子泣き相撲や小学校の運動会に出かけていって幼子たちの肢体に見入る…。とある女性作家の日記からこぼれ落ちる人間の営みの美しさと哀しさ。平凡な日常の記録だったはずなのに、途中から異世界の扉が開いて…。お待ちかね小川洋子ワールド。
感想・レビュー・書評
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読み始めて「あれ?」と思う。
初めて読むはずなのに既読感がある?…と不思議に思いながら読み進めたら、苔料理専門店で供されたイノシシの死肉に根を張る苔の描写ではっきりと思い出しました。
最初の1章だけ、以前読んだ『胞子文学名作選』(田中美穂/編、港の人)に収められていたのでした。
読書記録を遡ったら、読んだのは6年ほど前だったのですが、あの時も、非現実感の中に時折差し込まれる生々しさにどきどきしたなぁ…。
物語は1人の女性作家の日記の形式で進みます。
最初の苔料理専門店と同様、奇妙な非現実感とリアルな描写のギャップを味わうことができました。
彼女の慎ましい生活の中にある、美しいものも、汚いものも、淡々と容赦なく描かれていて、その合間から立ち上る独特のなまめかしさと若干の気持ち悪さが癖になります。
カイロウドウケツとドウケツエビの描写は、神秘的かつちょっと官能的で、どきどき。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
温泉の近くで『苔料理専門店』で食事をとる。
子供時代に住んでいた家についてのインタビューで語る。
小学校の運動会巡りで借り物競争に駆り出され、
景品の学習ノートに原稿を書くことを思いつく。
マルセイユのバスで出会った”有名な作家”が誰だったか思い出せない。
生活改善課のRさんに学習ノートに原稿を書くことを止められる。
小石を拾いながら200字のあらすじ書きで食べていた。
盆栽フェスティバルでRさんと作家のWさんとはぐれる。
子泣き相撲で探し求めていた赤ん坊を受け取ろうとする。
ひとり、またひとりと消えていく現代アートのツアーに参加する。
本当のようで本当でない、フィクション日記。
装画:小杉小二郎 装丁:水木奏
最初はエッセイなのかと思っていたけれど
『苔料理専門店』あたりから疑いはじめて、
爪が苔色になったところでフィクションだとやっと確信しました。
小川さんの身になら起こっても不思議じゃないような気もします。
新人賞の下読みから始めたというあらすじ書きについてが
とても興味深かったです。
全体の構造と中心の流れ、支流の様子をぼんやりとつかみ、
小説の大切な支点となっている2,3の小石を拾う。
試しにこの小説でやってみようと考えましたが
まず突飛なことが細切れに置きすぎて流れが見つからない。
そして小石だらけのように思えてしまう。
それくらいひっかかるところの多い作品です。
結局頓挫したまま終了しました。うう。 -
図書館で、タイトルからエッセイと思って「小川洋子さんでも書けなくて大変だ〜なんて思うことあるのかあ」なんて思って借りた。小説でした。
苔を食べる、パーティーの床に転がるコンドーム、消えていく見学者...特に何の説明もなく当然のごとくそれを淡々と語る様は、深い静かな海の底にひきづられていく感覚になる。登場人物たちは深海魚みたいだ。
唾液、乳房、母乳、子宮風呂、愛撫風呂...そういう言葉でも、著者の物語ではいやらしさを感じない、生(と死)を強く感じてしまう。淡々と語られるそこにある生と死にぞわっとする(それがよい)。 -
またまた不思議な小川洋子ワールド全開^^
楽しくもあり、切なくもあり、怖くもあり…
この人の文章力にはいつも魅了される。
満足な一冊でした。 -
日常も、視点が変わり、認識が変わるとこういう風景になる・・・なんていう淡々とした内容ではない。この孤独感。これはホラーだと思った。現実と別次元とが境目を失ってうねうねと続いていく。話のおしまいごとに(原稿零枚)と書かれていると、これは創作ではなくて、日常の話だとダメ押しされているようだ。そこが怖ろしい。こんな世界はいやだと思う。でも私は文体にひきつけられて、読み進んでしまう。化学者の目のように冷静でありながら、冷淡ではない。しかし読むたびに目の前に広がってくる情景はやはり怖ろしい。
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いやあ、実にへんな方に話がいくのね
それが、いいんだけど -
日記形式で書かれている
女性作家の日々の暮らし。
って書くと エッセイを想像しますが
読むと日常と創作が混ぜこぜな感じになっております。
この女性作家からして
小説を書くよりも人の『あらすじ』を書く方が定評な
一風変わった感じです。
こぅいぅ雰囲気のお話し大好きです。
現実じゃナイのに、現実みたいに描かれてる。
想像なんだケド本当にありそうだったり
本当に経験してそうだったり・・・
何も起こらないケド 毎日何か不思議が起こってる。
そんな本でした。 -
作家の私の様々な一日の模様を日記形式に。ある日は取材旅行で訪れた温泉で食べた苔料理の話、または私の生家の見取り図の果てしなさ(庭先の無花果の木のそばの井戸に落とした赤ん坊の創作を現実にすり替えていく私。祖母の肘に住む二人の女性との思い出。)、ふらりと出かけた健康ランドでの一日と、その帰りのバスで出会った女性に言われた「あなたは私の八歳で死んだ娘なんです」という言葉(その言葉は私にすとんと落ちる)、バスツアーで巡った美術品巡りで消えていく参加者たちへの気持ちの寄り添い。
現実のすぐ隣に生きる地続きの不思議、いつしか私の目を通して現実は淡く色を透かしていき、不思議は生き生きと色彩を輝かせていく。最後の一文に()の中の書かれた今日の原稿の進み具合が少しくすりとさせる。 -
小川先生の小説は「で?何なの?」な感想を抱くものがたまにあるけれど、それすら魅力的に感じてしまう文章美があると思う。その最たるものがこの本(私にとっては)。