〈おんな〉の思想 私たちは、あなたを忘れない (集英社文庫)

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087454611

作品紹介・あらすじ

今やフェニミズムの賞味期限は過ぎたのだろうか? そこから受け取るべき文化的遺産はあるのか? 過激だけれど知的興奮がいっぱい。東西「知」の名著を上野千鶴子が読み直す。(解説/チョウ・スンミ)

感想・レビュー・書評

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  • f.2024/3/26
    p.201/6/24

  • 上野千鶴子の「ことば」を形作ったのは、あえて「おんな」として振る舞うことで「おんな」の思想を表した女性たちの「ことば」であった。この本のタイトルがかっこ付き平仮名の「おんな」を用いているのは、「おんな」がつくられた概念であることを端的に示すためである。タイトルの時点で脱構築を表明するとんでもない本。

  • フェミニズムに関する、著者が影響を受けた著作の数々を紹介していく本。
    サイードの「オリエンタリズム」の章で、オリエンタリズムがジェンダーと同じ構造であるというのが面白かった。オリエンタリズムというのは、支配者である西洋が審美的に東洋をまなざす視点であって、支配者としての男性が被支配者の女性を審美的に見る視点と重なる。次のセジウィックの「男同士の絆」では、異性愛規範は一つの制度であって、女を欲望の対象とすることで互いを男と認め合うホモソーシャル・同性愛的な心理を排除するためのホモフォビア・女を徹底的に他者化するミソジニーが一体となって異性愛が自然として受け入れられていることが述べられている。いずれにせよ、女というものは男の他者として存在し、その他者である女を通して男が自己を認識していく、みたいな、男のアイデンティティ確立のための道具として他者としての女が設定されているような感じがした。
    異性愛が自然なのではなく、日本でも古代ギリシャでも普通に男色や少年愛はあったし、異性愛が自然であるというのは近代作られた制度であるということか。

  • 上野先生の血肉となってきた本がどんなものなのか。単なる読書案内には留まらず「だからあなたにも読んでほしい」という情熱の込められた1冊。

  • 女性の生きづらさ、不満、喜びを、表現し、他の人々を動かしてきた人たちの紹介。いま、それぞれが自分らしくあるべき、という風潮になっているのは、先人たちのおかげなのだなと。大人向け偉人伝を読む思い。感謝。

    ●森崎和江

    P25 性の交換は、千万の言葉よりもふかく個体の基本的資質を表明するんです。わたしはそこにあらわになるものを男あるいは女の普遍性とこの特殊性とのかねあいとして凝縮させ、そして内的な交換を深めていきたいとうろうろしつづけました。

    P29 あなたは誰のものでもない
       あなたは ただ あなたのもの

    P35 男の思想の単独性とは、自分ひとりの個体のひろがりに限定されるだけなく(個人主義)、自分一人の個体の時間にも限定される(一代主義)まずしさを持っている。

    (上野)今日の環境思想=”未来世代との連帯”

    ●石牟礼道子

    P44 (上野)ひとは想い、惑い、考え、経験を言葉にせずにはいられない生きものだ。何のために?ことばという公共の乗り物に載せて、それをまだ見ぬ人へ届けるために。

    ●田中美津

    P81 わかってもらおうと思うのは乞食の心

    P81 男に評価されることが、一番の誇りになってしまっている女のその歴史性が、口を開こうとするあたしのなかに視えて、思わず絶句してしまうのだ 

    P83 このあたしがクズであるはずがないじゃあないか!と立ち上がったのが、あたしのリブであった。

    ●富岡多恵子 藤の衣に麻の衾ふすま

    P105 (梅棹うめさお忠雄)母という切り札を掲げて自分の人生を喪失してまで母の立場に埋没していかねばらならぬ妻たちを、母という城塞の中から、一個の生きた人間としての女を救い出すには、いったいどうしたらいいのか。

    P112 性愛ロマンティシズムの対極、性と愛の分離、女性版ニヒリズム
       「芻狐(すうく)」性からあらゆる装飾をはぎとって「動物になって生きる希望」を描く

    ●水田宗子 

    P129 聖処女、母なるもの、あるいは永遠の娼婦像-それらの女性像は男性の夢の根源であると同時に、女性自身にとっての幻想でもあった。

    P141 『男流文学論』

    ●ミシェル・フーコー

    一夫一婦制の誕生

    P169 私的領域は公的に作られたものである

    P172 『オナニーと日本人』木本至 
       近現代の日本において性はプライバシーでさえなかった

    ●エドワード・W・サイード

    P185 「東洋人(オリエンタル)」という歴史的役割に自分自身が巻き込まれている 
      (上野)女性も同様・・・歴史的役割に自分自身が巻き込まれている

    P188 女性とは、通例男性的な権力幻想によってつくりだされた生き物なのである。女性たちは限りない官能の魅力を発散し、多少なりとも愚かで、なにはさておき唯々諾々と従うものなのだ。

    P198 (上野)コスプレ=覇者が与えた「指定席」の役割を自ら引き受け、それを過剰に演じてみせる

       (上野)要約:男の期待通りに動くのは容易だが、一生は続かない。(自分自身ではないから)

    ●イヴ・セジウィック

    P215 (葉隠れ)恋=男と男の情
       男は男と認め合った者たちのために、すがる女をふり切って死地に向かう。なぜなら女との性愛より、男との盟約の方が価値が高いから。

    ●ジョーン・スコット

    P247 (上野)radicalに考える=根源的に考える

    ●ジュディス・バトラー

    P284 言語に従属した人間は、同じ言説行為を反復実践することしかできなくなる

     ありとあらゆるコミュニケーション行為は、受け手の反応によってはじめてその効果が測定されるような、予想のつかないギャンブルであり、その効果を話し手がコントロールすることができない。そのことが、かえって変革への可能性を与える。

    「境界の攪乱」は、既成の秩序をゆるがす変革的な実践であるだけではない。それは既存の秩序を揺るがし、それに亀裂を走らせ、断絶を持ち込む。
    その不安と恐怖に最も敏感に反応する者たちは、境界線上に位置する者たち(ホモセクシャルズ等

    性差別は、男性の既得権がもはや安泰ではなくなったところで、女性に向かってより暴力的に行使される。(竹村『境界を撹乱する』)

    ●あとがき
    P303 思想とは、経験を言語化・歴史化・理論化することであり、現実と戦う武器である。

  • 生きた思想、生きた言葉がここにはある。
    とりわけ前半の日本の女性を扱った言葉は、間違いなく血が流れている。温かく、痛みを伴って。
    後半の海外の理論家の紹介は、切れ味抜群だ。

    ・富岡多恵子『藤の衣に麻の衾』ヒマつぶしとしての人生

  • ※単行本 2013年➡ 文庫 2016年
    ※「解説」は、「韓国語版における訳者あとがき」を日本語に翻訳し文庫版で掲載したもの。


    [単行本]
    https://www.shueisha-int.co.jp/publish/%E3%80%88%E3%81%8A%E3%82%93%E3%81%AA%E3%80%89%E3%81%AE%E6%80%9D%E6%83%B3
    [文庫]
    https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-745461-1


    【抜き書き】
    ・フーコーの章から。

    ―――――――――
      性を特権化する秘匿性
     『性の歴史』全三巻が出版されると、各国で性の歴史を研究する動きが進み、セクシュアリティ研究はひとつの学術分野として確立していった。アメリカでは、一九九○年に国際学術誌『ジャーナル・オブ・ザ・ヒストリー・オブ・セクシュアリティ』が刊行され、現在に至っている。『性の歴史』の出版によって、性が世界で学術研究の主題となったことには、隔世の感がある。
     それまで、セクシュアリティ研究は一部の好事家のものと思われてきた。性そのものが「いかがわしい」ものとされ、したがって性の研究もいかがわしいものと見なされてきたのである。性は公的な場から、タブーとして排除されてきた。
     社会学者・永田えり子(1958-)は、性には公的な場から排除され、プライバシー(私秘性)の領域に封じ込められる「非公然性の原則」があると『道徳派フェミニスト宣言』(1997)のなかで述べる。だが、フーコーは性が私領域に封じ込められていった歴史の過程を明らかにする。
     性はいつでも私的なことがらだったわけではない。権力者の間では誰が誰と媾[まぐわ]い、どんな子をなすかをめぐる性事は政治だったし、民衆の間でも、プライバシーなど無いも同然だった。性を公領域から排除することで、私秘性の領域は事後的に構築されていったものだ。
     社会学者・内田隆三(1949-)は『消費社会と権力』(1987)のなかで、「わいせつ性」とも訳される「いかがわしさ=オブシーン obscene」は、場面から退ける「オフ・シーン性 off scene」とつながっていると指摘した。だからこそ、「場違い out of place」な場面で性を持ち出すのは、それ自体タブーを侵犯する不作法なふるまいとなる。そのような性の配置こそが、秘匿によって逆説的に性を特権化するようになったのである。
    ――――――――――



    【目次】
    序文(上野千鶴子) [003]
    目次 [005-007]
    凡例 [008]

    第一部 “おんなの本”を読みなおす 011
    産の思想と男の一代主義――森崎和江『第三の性――はるかなるエロス』 015
    生まれながらの故郷喪失者
    ことばの旅へ
    響き合うエロスの声
    「対幻想」を求めて
    「わたし」という自我
    未来へ紡がれることば
    注 037
    参考文献 039

    共振する魂の文学へ――石牟礼道子『苦海浄土――わが水俣病』 041
    これはノンフィクションではない
    「道子弁」の発明
    憑依する文体
    喪われた世界
    男の思想との訣別
    〈おんな〉の思想
    注 067
    参考文献 068

    リブの産声が聴こえる――田中美津『いのちの女たちへ――とり乱しウーマン・リブ論』 071
    一枚のちらし「便所からの解放」
    学園闘争からリブ運動へ
    「中絶の自由」をめぐって
    「産める社会を、産みたい社会を」
    「女はすべて永田洋子なのだ」
    記憶と忘却の歴史
    注 094
    参考文献 095

    単独者のニヒリズム――富岡多惠子『藤の衣に麻の衾』 097
    「リブの伴走者」
    単独者のニヒリズム
    女は平和主義者か?
    「不自然」な性
    ラディカルな批評
    ヒマつぶしとしての人生
    注 120
    参考文献 121

    近代日本男性文学をフェミニズム批評する――水田宗子『物語と反物語の風景――文学と女性の想像力』 123
    アメリカ文学からの出発
    「ヒロイン」から「ヒーロー」へ
    強靭な知性に支えられて
    近代日本文学の男性像
    『男流文学論』批判
    フェミニズム文学批評の行方
    注 147
    参考文献 149


    第二部 ジェンダーで世界を読み換える 151
    セックスは自然でも本能でもない――ミシェル・フーコー『性の歴史I 知への意志』 155
    性のパラダイム転換
    「知への意志」
    性を特権化する秘匿性
    「セクシュアリティの近代」の装置
    告白の制度
    告解と日本人
    注 174
    参考文献 175

    オリエントとは西洋人の妄想である――エドワード・W・サイード『オリエンタリズム』 179
    パラダイムの転換
    東洋人の歴史的役割
    ジェンダー化されるオリエンタリズム
    東洋と西洋の勢力均衡
    ジェンダーと「逆オリエンタリズム」
    家父長制下の抵抗様式
    注 200
    参考文献 201

    同性愛恐怖と女性嫌悪――イヴ・K・セジウィック『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』 203
    クィア批評の登場
    異性愛秩序とは何か?
    ホモソーシャルとホモセクシュアル
    カミング・アウトとプライバシー
    同性愛者の誕生
    ニッポンのミソジニー
    注 224
    参考文献 225

    世界を読み換えたジェンダー ――ジョーン・W・スコット『ジェンダーと歴史学』 227
    ジェンダーの定義
    女性史からジェンダー史へ
    「女にルネッサンスはあったか?」
    日本近代文学「語りの系譜」
    「男性にして市民である者」
    注 248
    参考文献 248

    服従が抵抗に、抵抗が服従に――ガヤトリ・C・スピヴァク『サバルタンは語ることができるか』 249
    植民地出身の英文学教授
    敵の武器をとって闘う
    「認可された自殺」サティー
    スカーフ着用問題
    日本の「服従」と「抵抗」
    「言語」と「行為」
    注 270
    参考文献 271

    境界を撹乱する――ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの撹乱』 273
    バトラーの登場
    セックス/ジェンダー二元論の解体
    「おんな」という主体はどこにあるのか?
    変革は可能か?
    バトラーと竹村和子
    注 290
    参考文献 291

    あとがき(二〇一三年 紫陽花の季節に 上野千鶴子) [292-297]
    文庫版への追記(二〇一六三年 新緑の季節に 上野千鶴子) [298-300]
    解説(チョウ・スンミ) [301-317]
    初出 [318]

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著者プロフィール

上野千鶴子(うえの・ちづこ)東京大学名誉教授、WAN理事長。社会学。

「2021年 『学問の自由が危ない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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