東京藝大 仏さま研究室 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087441727

作品紹介・あらすじ

東京藝大あるあるも満載! 「仏さま研究室」の過酷な修了課題「模刻」に悪戦苦闘する学生たちを描く、クスっと笑える青春小説。

感想・レビュー・書評

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  • 東京藝大の通称"仏さま研究室"を舞台に、各章で研究室所属の修士学生4人それぞれのストーリーを描いている。

    小説とはいえ、藝大に"文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室"は実在するそうで、学生がいろんな寺社の仏像や、もっといえば仏教への理解や愛着を深めていく姿を読んでいるうちに、こちらも仏像への興味が増していった。
    途中、クスッと笑ったり、時にホロッとしたりしながら読了。

    それにしても、修了課題が仏像の模刻とは、さすが!
    藝大にも仏像にも興味のある自分には楽しめる内容でした。

  • 東京藝大大学院に実在する文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室。修了制作に挑む4人の大学院生の汗と涙の青春ストーリーを軸に、仏像修復の世界を紹介する。

    小説は、別の美大から研究室に入ってきたまひる、美術教師の父親を持つシゲ、5浪して藝大に入った天才肌のアイリ、体育会系でドレッドヘアーのソウスケの4人のエピソードを、修了制作で課される仏像模刻の対象探しとお寺や檀家との折衝(まひる)、木材選びと彫り始め(シゲ)、制作中の煩悶(アイリ)、最後の追い込みと進路(ソウスケ)、という制作や研究室の活動に重ね合わせて描く。

    トップバッターのまひるの一人称が「あたし」で、「あ、これ苦手なタイプの小説かも」と一瞬思ったが、4名の性格を区別するために、「あたし(まひる)」「僕(シゲ)」「私(アイリ)「俺(ソウスケ)」と書き分けていたようだ。

    本書の著者「樹原アンミツ」は、映画監督三原光尋氏とライター安倍晶子氏の合同ペンネームで、三原氏が企画、取材交渉、原案を作成し、安倍氏が小説化したのだそうだ。
    そういうこともあり、青春小説としては人物が類型的で凡庸に感じるが、取材したエピソードがたっぷり生かされているであろう研究室の活動や創作の過程は非常に面白く、学生たちの真摯な姿に心から応援したくなる。

    エピソードとしては、息子が芸術家として大成することを期待し、あれこれ世話を焼こうとする父との確執を描いたシゲのくだりが一番心に残った。
    自分が進めなかった道を息子に進んでほしい、という気持ちはわからないでもないし、良かれと思ってやっていることだと思う。でも父親が望む方向性と自分の興味や才能がマッチしていない場合、息子にとってはただの地獄でしかない。そもそも「才能」というあいまいな言葉やイメージに左右されてしまいがちな芸術家やクリエイターという立場は、拠り所がなくて本当に大変だと感じた。

    紆余曲折を経て信じた道を突き進む学生たちの未来に心から幸あれと願う。

  • 樹原アンミツは、三原光尋と安倍晶子の合作のペンネームで本書は(2020年10月文庫本)書き下ろし小説。
    東京藝術大学大学院の美術研究科・文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室(通称「仏さま研究室」)に通う修士2年生4人が卒業課題の仏像の模刻制作に向き合う1年間の出来事の物語だ。
    この研究室は実在し、日本中の寺院や美術館・博物館などに所蔵されている仏像の研究・保存・模倣・修復する研究室だ。
    研究室のリーダーは一条教授、「仏さま研究室」を経て独立、著名な彫刻家として活躍中に教授に招かれて10数年が経つ。支えるメンバーは3D撮影等文化財のデジタルアーカイブ化のスペシャリストの佐藤准教授、そして講師に牛頭先生、馬頭先生、アミダ先生、ミロク先生。それに研究助手のキヨミ、修士OBで技術スタッフの杉とその他スタッフと学生含めて30人弱の陣容の研究室だ。
    そして修士2年生の4人、川名まひる(通称まひる)、羽多野繁(通称シゲ)、弓削愛凛(通称アイリ)、斎藤壮介(通称ソウスケ)、それぞれが仏像模刻のために奮闘して、各々の困難を克服して完成させ、晴れて修士卒業すると言う物語。
    仏像模刻に勤しみながら、研究室の仏像修復という仕事にも携わるのだが、時代による仏像の素材や作り方の変遷があり、選んだ模刻する対象の仏像によってそれぞれ違った課題や困難があり、それは仏像修復という仕事に関わることで実際に習得していく大変な作業であることがよくわかる。

    まひるは協力してくれるお寺がなかなか見つからず、模刻する仏像探しに苦労する。やっとのことで福井県小浜市の寺の「十一面観音」に決まるが、原本像の肩の高さが左右で違っていることに気づき、「模刻の方向性」を決めるために現地で調査、熟覧することを決心する。そのことがまひるの卒業後の将来に大きな影響を与えることになるのである。
    札幌育ちで父親は会社員、中部の美術大学を卒業後、東京藝大の大学院「仏さま研究室」に入学、東京藝大出身ではないことにコンプレックスを持っていたが、研究室の仲間との交流や仏像の勉強、仏師の技術の習得の中で自信をつけるのだ。
    まひるには祐一というボーイフレンドがいる。上野で知り合い、校門の前で待ち伏せされて付き合うようになった。東京藝大に2度落ちて仕方なく東大に入って今工学部建築専攻の3年生だと言う。しかも入学後も再度仮面浪人として藝大を受験して玉砕したというから闇が深い。このボーイフレンドが模刻する仏像の寺探しに協力して、祐一の故郷にある小浜市の寺に辿り着くのだ。

    シゲが模刻に選んだのは京都の寺の「大日如来像」、“一木割矧ぎ造り”の大日如来像の模刻には太いヒノキが必要だ。模刻用の材を調達するのに牛頭先生の紹介で群馬の「高橋材木店」まで行く。仏像の工法にも色々あり、材も色々ある。そして高橋社長の長女の栢乃と出会い、後に恋仲になったみたいだ。
    シゲは千葉育ちで父親は地元の中学の美術教師をしており、その影響で小さい頃から絵を描くことが好きだった。一浪で藝大彫刻科に受かったシゲに父親は芸術家としての彫刻の創作活動に期待し、大学院は文化財の修復の研究室に行くことに反対した。それ以来父親とは溝が出来てうまくいっていない。自分は天才ではない。しかし仏像のことを知りたい、彫刻のことを知りたい、技術を習得したい、シゲは自分の道をしっかりと見つけていた。勉強するのが大好きなことが修士卒業後の次の道に続く。

    アイリが模刻に選んだのは鎌倉の寺の「不動明王像」、ヒノキ材による“寄木造り”、運慶作だ。アイリの本像の構造分析も模刻も正確で早かった。しかし一条教授はアイリに対して「早く正確につくることが目標ではない。仏師が何を思い、どこを工夫したか、どこに悩んだのか追体験することが大切」と言う。
    アイリは税理士の父親と情報企業大手に勤務する母親という忙しすぎる両親の一人娘で、食事は家政婦が用意するという環境で都心のマンションに今も3人で住んでいる。小中高一貫の私立女子学院から4浪して東京藝大彫刻科に合格した。中学で美術部に入り、油絵、水彩、塑像、陶芸、なんでもした。高校1年の時、飼っていたチワワが死んだ。忘れないように木を削ってカービングした時、自分の進む道が決まった。

    アイリは模刻する場所に仏像のある寺の近くの伊豆山中の空家を借りた。まひるが福井の小浜の使っていない隠居所を借りて模刻すると聞いたからだ。
    模刻が8割以上進んだ時、一条教授から顔が小さいと指摘される。原本像の横に組み上げると確かに細面になっていた。悔しさと絶望するアイリに教授は頭を四つに割って「嵩増し」の材を入れる指導をし、アイリはそれに応えて修正に成功する。「仏像の顔が仏さんになってる。アイリの必死さと不動明王の忿怒がいい具合に呼応してる」と一条教授も評価する。
    現代彫刻では「目立たずつなげる」という技術は必要としない。しかし「仏さま研究室」で木彫を学び直した者は「肩の部分は角度を変えたいから襠材をかませる」とか「亀裂を木屎漆で埋める」と言った知恵、技術を習得している。
    そして運慶も仏像の古典技法をさんざん実践して、揺るがない技術ができてから自分の工夫を持ち込んだ。史上初の芸術家タイプの仏師が運慶なのだ。
    アイリは原本像の本堂を後にすると急激に天候が悪化、雷が近くに落ちる。稲光が照らす中、闇の先にある小社に飛び込むと中に同じように雨宿りしていた一人の男がいた夢を見た、と思った。その中でアイリが彫ったチワワの木彫りをその男は手に取り、不思議な顔をする。男は仏師だと言う。民を守るために仏を彫る。戦乱の時代だ。
    陰謀、裏切り、戦乱。アイリは僧侶でさえ武装せざるを得なかった時代に不動明王は何を見て怒り、悲しんだのか初めて想像できた気がした。
    男はアイリに仏像の意味を説く。「仏像を見ている時、その美しさに打たれる時だけ、人は『御仏はおわす』と思える」と。
    一晩経って目を覚ますと誰もいなかった。

    研究室が修復作業を手掛けている茨城県の寺の仁王門の金剛力士像の阿形像に大発見があった。像内をX線撮影すると月輪型の木札に続いてチワワのようなものが写っていた。鎌倉時代にチワワはいないのに。金剛力士像は運慶作であった。
    こんなロマンありそうで、あるはずがないのにあればいいなあと思ってしまう。本題とは横道にそれたエピソードも楽しい。

    ソウスケが模刻に選んだのは奈良の寺の八部衆の中の国宝「沙羯羅像」、脱活乾漆造りだ。これは柔らかい質感と軽さが特長だが、手間がかかり高価な漆を大量に使う。それでいて壊れやすく大胆なポーズがつけにくい。奈良時代の一時期にしか見られず、模刻制作で最大のネックは画像が少なく、許諾の関係で3Dデータ撮影やX線撮影・CTスキャンが行えないことだ。
    ソウスケは模刻制作にも行き詰まっている中で、恋人とのすれ違いやラグビー部の後輩との約束等問題を抱えていた。恋人と言うのは東京藝大の中国からの留学生で同じ文化財保存学の専門は工芸の博士2年生の趙魅音。年齢はソウスケと同じ27歳、二人の将来について悩んでいる。
    そして研究室の修復作業の仕事をおろそかにしてしまい、牛頭先生と喧嘩して研究室に行かなくなる。まあそれは馬頭先生が牛頭先生を輸し、一条教授の計らいで収まるのだが、問題の模刻が進んでいない。

    ソウスケは福島県会津の出身、父親は会津の市役所職員、母親は看護師。ラグビー部の普通の体育会系高校生だったのが、美術で褒められてその気になって受験予備校の美大コースで3年、三浪して東京藝大彫刻科に合格した。3年の正月に帰省した時、地方紙の記事で「福島の『縁日寺』という古い寺の本尊を東京藝大の“保存修復彫刻研究室”が何年かかけて復元し、無事完成した」とあった。掲載された写真に復元された阿弥陀如来坐像と共に二人の人物とおおぜいの大学生が写っていた。一人は一条教授、もう一人がソウスケの中学時代の美術教師小林先生だった。父親によると今は教育委員会に異動して文化財担当だと言う。ソウスケは文化財保存学の院に進みたい旨を親に頼んで了解を得たのだった。何しろ地元で有名な研究室だから。

    研究室に戻って模刻制作を再開した前日、福島県を観測史上最大の暴風雨の台風が襲っていた。ソウスケが模刻制作に没入していると一条教授が牛頭先生やミロク先生達講師や助手に何ごとか指示しながらせわしく移動していた。2年前に研究室がご本尊を復元した福島の『縁日寺』のお堂が破損して復元したばかりの阿弥陀如来坐像が心配で住職に教授が応援隊を出すということらしい。ご本尊の脇侍として聖観音と勢至菩薩を研究室でつくる予定で、研究室の資材や道具も作業小屋に置いてあることもあって、数人で見に行く目的もあった。ソウスケの地元でもあるので応援の5人のメンバーに入れて貰う。
    結果、ご本尊や資材等は無事だったのだが、寺のシンボルツリーだった松の木が折れて倒れていた。ソウスケは一条教授にその松の木を使って、地蔵を彫りたいと進言すると教授は市長と話して「台風被害材による復興祈念仏像プロジェクト」を立ち上げることになる。『縁日寺』以外の折れた木も利用して、その管理を「高橋材木店」が応援すると言う。

    天平文化の代表作と言われる八部衆像の顔は、それぞれ実在する人間のように個性的だ。ソウスケの模刻制作は超集中して作り上げたが、顔が気に入らなくて何度も「木屎漆」を削ぎ落とし、下地の布貼りも丁寧に繰り返し、やり直して軽さと柔らかさを表現した。
    先生達や同級生が見守る中完成した時、先生達はうなずき、同級生3人が拍手し、まひるは目を赤くしてバカ笑いし、シゲは優しくほほ笑み、アイリはぎくしゃくと笑っていた。この仲間たちはきっと永遠にこの瞬間を忘れないことだろう。

    修士を卒業した4人は、それぞれの道を歩む。
    まひるは制作に関係ない就職を選んだ。小浜市の職員になって地元の文化財保存に携わっていくことになった。模刻した小浜市の寺の十一面観音像に恋したようだ。
    シゲは博士入試に合格、これから3年間の博士課程の研究テーマは「鎌倉時代、慶派仏師によるカヤ材を用いた制作工程」。つくりにくい素材のカヤが鎌倉時代にあえてまた採用された理由が知りたいと言うことだが、「高橋材木店」の栢乃の名前もきっと関係していると言われている。
    アイリは中退して日本の寺院と世界の仏教遺跡を巡りたいと言う。嵐の日の夢の中での運慶との出会い、修復作業の金剛力士像の仏師が運慶で阿形像の像内に入っていたチワワのようなもの、この時以来アイリは変わった。アイリは作家になると決めた。そして何のために何をつくるのか、人が何に祈り、何を祈ってきたのか、ヒントを集めるために旅に出るのだと。
    ソウスケは博士入試に失敗し、研究室に技術スタッフとして残ることになった。本音は福島地元のお地蔵さんプロジェクトを優先させたいのだろうと思われている。恋人の魅音とは年末に入籍、二人で東京藝大を目指す中国人学生に向けに個人レッスンのビジネスを始めると言う。

    4人は決して奇人天才ではない、普通の若者と同じように劣等感も持ち、家庭の悩みも持ち、恋の悩みも持ち、進路の迷いも持った普通の若者が仏像の修復という作業に必死に取り組む姿に共感する。
    仏像の制作の歴史、素材の歴史変遷、制作方法の歴史変遷、そして仏像の修復の歴史、仏師や技術の歴史変遷、いづれも今まで全く興味なかった分野、文化に引き込まれてしまった。
    昔全国のお寺の仏像を見に行くのが趣味だと言う知り合いがいたが、今回初めて理解できたような気がする。

  • 東京藝術大学大学院美術研究科
    文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室のお話。
    仏像の保存について研究し、課題は仏像の模刻。

    仏教や仏像について学べ、仏像がどのような過程を経て作られているのかもわかる。課題と向き合い、自分の将来と向き合う姿は青春だなぁと思う。
    普通の学校と違い、芸術分野で生計を立てるのは難しい。では何のためにこの道を選んだのか?自分にとっての仏像とは?芸術とは?

    「決められなくてもいい。間違うのも、答えを先延ばしにするのも仕方ない。けれど、目の前の対象にはあくまで誠実でないといけない。いったん始めたことからグズグズと逃げたら、自分からも逃げることになる。それこそ行き先がなくなる」という先生の言葉が残った。

  • 二宮敦人著「最後の秘境東京藝大」を以前読んで、こちらも気になってました。

    「仏さま研究室」
    正しくは、「東京藝術大学大学院美術研究科・文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室」
    まさか学生が仏像の修復に関わっているとは思ってなかったので、驚きました!

    研究室の四人の学生が「模彫」という難題に向き合いながら個々の抱える問題とも同時に向き合い、悩んだり、改めて仏像の奥深さや魅力に気づいたり、友を見て焦ったり、自分も頑張ろうって思えたり…。葛藤しながら頑張る姿にグッとくる。
    まさに青春!!

    仏像について、修復について知らないことがいっぱいで興味深かったです。
    時代を越えて受け継がれてきたもの。そこに込められた想いや長い歴史を感じられる作品。
    こういう青春に絡めたロマンを感じられるのは個人的に大好きです。

  • ちょっと変わったタイトルだが、東京藝大に実際にある研究室をモデルにした小説である。
    研究室の名は東京藝術大学大学院美術研究科・文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室。
    無暗と長いが、要するに、仏像などの文化財の保存修復を手掛ける研究室である。
    東京藝大というと、芸術家を輩出するところという印象だが、この研究室は、自らアートを作り上げるというよりは、古い仏像などの模刻(まねて、同じように作ること)や修復を行う、技術者養成の面も大きい。「仏像修理が学べる国内唯一の大学組織」というわけだ。
    東京藝大のどこか尖がったイメージからは少々意外にも思えるが、これには訳がある。藝大の前身の片割れである東京美術学校(もう一方は東京音楽学校)の設立は明治時代初めであり、「廃仏毀釈」が叫ばれたころである。だが、日本の古美術が排斥されていくのを恐れた創立者たちは、教授陣に日本画や仏像彫刻・伝統工芸品の職人をあえて多く迎えた。「文化財保護」の礎を築いてきた伝統もまたあるのだ。
    彫刻家である籔内佐斗司が教授に就任(在籍は2004年~2021年3月)して、注目が高まった研究室である。

    著者・樹木アンミツは、映画監督・三原光尋とライター・安倍(あんばい)晶子の合作ペンネームである。三原が企画を立ち上げて、取材交渉や原案を担当し、安倍が小説化した。
    取材は綿密になされている印象だが、本書はノンフィクションではなく、堂々の青春小説である。
    主人公らは、保存修復彫刻研究室=「仏さま研究室」の修士2年生4人。この研究室では、修士2年の課題として、自分の好きな仏さまを一体選び、模刻することになっている。
    田舎の美術大学から院で藝大にやってきた「まひる」。美術家としては一流になれなかった父への反発を抱いている「シゲ」。天才肌で冷たく見られがちだが実は繊細で煩悶を抱える「アイリ」。体育会系で進路にも恋路にも悩んでいる「ソウスケ」。
    個性豊かな4人が、これだと思う仏さまに出会い、模刻を仕上げる中でさまざまに悩み、波風にもまれる。それぞれの物語がオムニバス形式で綴られる。
    そんな青春模様の合間に、仏像修復や模刻の手順、寺や檀家との交渉、日本の林業が抱える問題などが丁寧に織り込まれていく。
    脇を固めるのは、籔内がモデルであろう一条教授、教授の下で働く牛頭(ごず)・馬頭(めず)先生(もちろん、地獄の獄卒・牛頭馬頭に譬えているだけで、本名ではない)、1つ下で寺の息子の通称「珍念」など。

    ディープにがっつり仏像制作の歴史や模刻にまつわる技術的・社会的困難などを盛り込みつつも、彼ら・彼女らが抱える問題は、実に普遍的である。
    自分とは何者か。自分はどこを目指しているのか。
    修了制作の期間を終え、あるものは軽やかに転身し、あるものは一度すべてをリセットし、あるものは泥臭く地を這う道を選ぶ。
    そのすべてがあるいは、彼ら・彼女らが出会った「仏」の導きであったのかもしれない。
    仏の像を刻み、それに祈るとは何か。そんなことも思わせるような余韻を残す。

    東京藝大の「藝」は「芸」の旧字である。だが実際は、「芸」は本来、「くさぎる」「刈る」を意味し、「藝」は「植える」「増やす」を意味する。むしろ、反対の意味を持つのだという。
    「藝」の字を冠する大学で学んだ彼ら・彼女らは、果たしてこの先、「人にいいものを植えたり増やしたり」する人になれるのだろうか。

    登場人物の誰彼を心の中で励ましつつ、自分も励まされるさわやかな読み心地。
    なかなかの好作である。


    <関連>
    ・『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』 こちらはノンフィクション
    ・『げいさい』 現役美術家が描く、芸大生・芸大予備校生の青春

  • 仏像のこと、仏像修復のこと、実在する『仏さま研究室』のことを知ることができて面白かった。
    次、お寺に行った時や美術館・博物館に行った時には、これまでとは違う見方ができそうで楽しみになった。

  • 「仏さま研究室」は通称で、正式名は「東京藝術大学大学院美術研究科・文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室」。仏像の修理が学べる国内唯一の大学組織である。この研究室に学ぶ修士2年の学生は、修了制作としてまる1年かけて、国宝級の仏像の模刻を行う。模刻とは、仏像が作られた当時と同じ技術で、できるだけ同じ素材で、仏像を制作・再現する。写真を撮るだけではなく、時に X線撮影や 3次元計測といった手法を使って、仏像の内部の構造も明らかにしていく。

    4人の修士学生たちの青春群像小説だが、それぞれの物語を通して、仏像文化の歴史、仏像を模刻する意味や意義、技法を知ることができる。そのうえ彫像のための木材調達、仏像を模刻することに対する檀家の抵抗など、模刻研究の難しさもわかる。彫像だけではなく乾漆像における漆の技法などにも言及しており、興味深い。

    https://muranaga.hatenablog.com/entry/20220306/p1

  •  東京藝大大学院の文化財保存修復彫刻研究室を舞台にした連作短編群像劇。
     プロローグとエピローグを別にして4章からなる。

          * * * * *

     プロローグからしておもしろい。
     文化財保存修復彫刻研究室という舞台を「仏さま研究室」と呼称するだけでいかめしさが消え親しみやすくなります。

     構成もいい。
     プロローグから第1章までは親しみやすいまひるが主人公 。以降の主人公を見ると、シゲ 、あいり 、ソウスケ と、性格の屈折度合いが増していき、ハラハラ具合も強くなります。
     第4章に至っては大波乱でした。上手い並びだと思います。

     また、各章を彩るイベントもいい。まひるとシゲの章のツンデレラブ、あいりの章の歴史ファンタジー、ソウスケの章の自然災害復旧ボランティア。

     さらに脇役陣が魅力的です。例えばヤマ場で登場する一条教授の含蓄に富んだセリフにグッときます。その他、講師や助手の面々もいい味を出していました。

     人物だけでなく、仏像の修復や彫刻をこれほど興味深く楽しげに描けるということに驚きました。映画監督と編集者の合作とは言え、その力量には、まったく感服するばかりでした。

  • 甘酸っぱくはあり、純粋な小説としては月並みと思うけれども、等身大の芸大生・・仏像補修に取り組もうとしている芸術エリートの、対象への向き合い方や、仏像彫刻のウンチクがしっかりと書かれていて、読んでいて楽しかった。

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