文庫版 書楼弔堂 炎昼 (集英社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (546ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087440430

作品紹介・あらすじ

明治三十年代、女学生・塔子は、気鬱を晴らそうと人気のない道を歩きながら考えを巡らせていた。道中、松岡と田山と名乗る二人の男と出会う。彼らは、ある幻の書店を探しているという。古今東西の凡百書物が揃い、迷える人々が探し求める本を引き合わせる“書楼弔堂"――。一人の女学生と詩人の松岡國男(柳田國男)を中心に、田山花袋、添田唖蝉坊、福来友吉、平塚らいてう等の実在する多くの著名人が交わり、激動の明治時代を生きる人々の姿、文化模様を浮かび上がらせる。待望のシリーズ第二弾。

【著者略歴】
京極 夏彦(キョウゴク ナツヒコ)
1963年北海道小樽市生まれ。94年『姑獲鳥の夏』で小説家デビュー。 96年『魍魎の匣』で第49回日本推理作家協会賞(長編部門)、97年『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞受賞。 2003年『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞、04年『後巷説百物語』で第130回直木賞受賞、11年『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞受賞。16年遠野文化賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 書物で解き明かす歴史ミステリーですね。
    「書楼弔堂」シリーズ二冊目ですね。
    短篇連作の六話の物語です。

    明治の三十年代初頭の歴史ミステリーです。
    京極さんの作品としては、妖怪も魑魅魍魎も出てきません。
    むしろ、京極さんの作品の原点回帰とも言えるかも知れません。人はなぜ「怪奇」を模索するのか。理路整然と語ります。また、関わりの有る人物を中心に物語が綴られています。

    今回は、全編に天馬塔子(架空の人物)と松岡國男(後の柳田國男)が物語の牽引役になっています。
    塔子は、女学校を卒業するが、祖父の男尊女卑に反発しながら、明治の旧弊に悩みながら「弔堂」を避難場所にします。
    松岡國男も、自分は何を目指せばよいか、試行錯誤で、「弔堂」を灯台のように訪れます。

    明治の三十年代初頭、魅力有る作家達や、歴史人物が登場しますから、興味はつきません。
    田山花袋、平塚らいてう、乃木希典、勝海舟等々、書物も外国の作品も登場します。
    時代を語り、事変を語り、この時代の魅力と京極さんの想いもうかがい知れます。
    とにかく興味の尽きない、ページを捲る手が止まりません。
    三冊目も出ていますので、読んでみたいですね。

  • 少し前に読んだ『破曉』の続編『炎昼』。
    時代の変わり目。
    そんな時であるからこそ、人は、これまで自分が信じてきた道を疑ったり、新たな扉を開くために踠いたりするのだろうな。
    今回も、迷える人々が弔堂へ足を踏み入れる。
    語り手は"天馬塔子"。

    「探書 漆 事件」
    芙蓉の花がお化けに見えるという塔子。
    「人は時に、ないものを見たりするのですよ」
    という松岡の台詞。
    それらを前振りにして、言葉は"まじない"のようなものだという弔堂の話へと移行してゆく。
    「語るも記すも、呪術にございます」

    印象深かった台詞。
    「文字は言葉を封じ込めるための記号でございます。」
    「何もせずともあるがままで足りている世界を、私達は、文で、言葉で、音で割って理解しているのです。」
    「言葉は、実は何も表せていない。でも、言葉なくして私達は世界を識ることができない」

    そして、書かれた文字・言葉(すなわち呪文)が完成するのは、読み手があってこそ。
    読むという呪法が不可欠だと弔堂は言う。
    但し、その呪文が読み手にとって有り難く聴こえ、尚且つ読み手が理解出来た時に効力を発揮する。
    「傍観者がいなければ、ものごと事件という輪郭を作ることもできないのですーーーよ」

    ☆礼記
    儒教の最も古典的な経典の一つ


    「探書 捌 普遍」
    塔子の、厳格な祖父との確執。
    時代も時代、かなり高圧的なお祖父様と思われる。
    塔子は理不尽な叱りを受ける度に、小説を"読んでやろう"と思う。
    松岡と再び出会った塔子は、松岡に促され弔堂へと向かう。
    すると先客が。
    添田平吉だ。
    時代を見失ってやって来たというのだ。
    演劇師になったはずであったのに、気が付くと、自由とも民権とも関係の無い"芸人"になっていたと。
    さて弔堂は…。
    作品として優れていれば後世にも残っていくものだと、
    芸術的価値、普遍的価値、時代的な価値について説く。
    「普遍の器に時代という料理を盛る」という喩えは、私にもイメージしやすかった。
    そして添田は本ではなく絵(歌川国芳作 源頼光公舘土蜘作妖怪圖)を買う。

    印象深かったというより、いい台詞だなぁと思った箇所。
    「このなあ、蜘蛛。このようになろう。まあ拙は蜘蛛でなく蟬、しかも鳴けぬ蟬のようなものですが、世の中の外側からこう、かっと覗き込み、為政者どもの頭の上でずっと鬱陶しく歌い続けることに致しましょう。平民として。」

    ☆川上音二郎…オッペケペー節で一世を風靡した人物。歴史で習ったなぁ懐かしい。

    ☆添田平吉…添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)という号で活躍した演劇師。
    自らを「歌を歌う唖しの蝉」と称したところから由来している。
    唖蝉(おしぜみ)とはメスの蝉の事。求愛のために鳴くのはオスの蝉だけで、メスは鳴かないらしい。


    「探書 玖 隠秘」
    嬉しいびっくりが。
    「甘月庵」(P196)て何処かで見た?読んだ?ような…と思ったら、なんと『姑獲鳥の夏』にも登場(文庫版P62)していた!とネットで知る。
    宝物を見つけたような気分♪

    この章の客人は、勝海舟、福来友吉。
    転機となる1冊を手に入れたものの、オカルトを追い求めたがゆえに堕ちてしまった福来の、少し哀しく怖いお話。

    印象に残った弔堂の台詞。
    「ええ。ないけれど、ある。これは豊かさの証拠。その豊かさを何に使うのかは、その人次第なのでございますよ。恭しさ、懐かしさ、嬉しさ、優しさ、楽しさ、時に哀しさーーー一番芸のない使い道が、怖さでございましょうかねえ。」
    「しかし多くの人はそれに気づきません。気づかないからこそ、それは隠されていると考えるのです。隠されているなら暴こうとする。しかし隠されている真理など、実はないのでございます。隠すのは、何もないからでございますよ。ならば暴いても詮方なきこと」

    ☆元良勇次郎…日本初の心理学者
    ☆福来友吉…心理学者・超心理学者。念写の発見者とされている。(『リング』に登場する貞子の母親のモデル、御船千鶴子での実験を行った人物)


    「探書 拾壱 無情」

    印象深かった台詞
    「諸行は無情でございますよ、塔子様。花は枯れ人は老い、死ぬ。移ろうこと、変わることは世の習い。当然のことにございます。ですから、変わることを畏れてはーーーいけません」

    ☆乃木希典…陸軍軍人、乃木坂などで名を残している


    「探書 拾弐 常世」
    とても良い章だった。
    大切な人を亡くした松岡に、祖父を亡くした塔子に、弔堂はあえて幽霊を見せて説く。

    印象深かった台詞。
    「私が死ねば、私の識る私は消えてなくなりましょう。しかし私以外の私を識る皆様の中の私は、残りましょうよ」
    「………しかしそれを死者の姿と解釈してしまうなら、そしてそう解釈する者が多いというであれば、それはひとつの文化と考えるべきでございましょう。」
    「判らないからこそ人は死を畏れ、忌み、隠す。そして祀り上げ、祈り、供養致します。それでも不安は拭えない。」
    「人を生き易くするための嘘。信仰は、人を生き易くするためにあるのでございます。嘘だろうが間違いだろうが、信じることで生き易くなるのであれば、それで良いのでございます。信心というのは生きている者のためにあるのです。死人のためにあるのではない」


    ☆魂と魄(こんとはく)…"魄"も訓読みで"たましい"と読む。魂魄とは、道教における霊の概念。


    すべての章は紹介しきれないが、今回は三段構えの構図だった。
    ①『書楼弔堂 破暁』に続き、各章ごとに様々な人物(現代に名を残す人物)が弔堂を訪れ人生の転記となる1冊と出会うお話。
    ②塔子が、薩摩武士であった厳格な祖父との確執の中、弔堂と客人の会話から学びとったり、本を読んだりしながら、成長してゆくお話。
    ③詩人であった松岡が、道に迷い、苦悩しながらも、柳田國男として生きてゆく決意をするまでのストーリー。


    続編の『待宵』は文庫になるのを待って読もうと思う。

    • 土瓶さん
      傍らに珈琲を。さん、こんばんは~^^

      文庫版のほうが表紙がいいかなぁ。
      しかし、よく「甘月庵」なんて憶えていましたね。さすがです。俺...
      傍らに珈琲を。さん、こんばんは~^^

      文庫版のほうが表紙がいいかなぁ。
      しかし、よく「甘月庵」なんて憶えていましたね。さすがです。俺はまるでわかりませんでしたよ。こういうの見つけると、より楽しいですよね。
      次作は文庫で読もうかな~。
      2023/12/28
    • 傍らに珈琲を。さん
      土瓶さん、こんばんはー☆ミ

      単行本の表紙は『小公子』でしたよね♪
      確かに、このシリーズは文庫の表紙の方が好みかもしれません。

      いや、「甘...
      土瓶さん、こんばんはー☆ミ

      単行本の表紙は『小公子』でしたよね♪
      確かに、このシリーズは文庫の表紙の方が好みかもしれません。

      いや、「甘月庵」はね、始めは実在する店だから見覚えあるのかな~なんて程度で検索したんです。
      そしたら直ぐに『姑獲鳥の夏』がヒットしてびっくり!
      まだまだ記憶力もイケるかしら?
      2023/12/28
  • シリーズ2冊目と言うことで、今回もその人に必要な一冊を提供する不思議な本屋の話。
    明治時代の文豪、文化人が登場し、ほぼ最後に正体を説明してくれるので誰であったのかワクワクしながら読めたのだが、勉強不足により半分はわからなかった。
    後でネットで検索。知らなかった人を調べるのも楽しい。

    「事件」では田山花袋がメイン。自分は殆ど古典などは読んでないのだけど、「蒲団」は既読であり、田山花袋の顔も知っていたので紹介されているシーンから興味深く読めた。
    「無常」で登場した、乃木希典将軍。
    中将になっても決断を間違え、卑怯者であると自分を卑下する。泣き虫で迷ってばかりの人物像に弱さを感じるが当時五十歳近くと自分と同年代であったので立場は違い過ぎるが迷いながら生きているところには共感できた。
    最後は自決という道を選んでしまったが、店主の言葉や気持ちが届かなかったのか、何か強い思いがあったのかわからないが、やりきれない気持ちに。
    しかしこの方自身にも更に興味が湧き、もっと知りたくなった。

    四部作らしいので、次巻にはどんな偉人が登場するのか楽しみ。



  • 以下、ネタバレ含む。注意。




    前作をハードカバーで読んだのが、五年前。
    けれど、弔堂のひんやりとした暗さに、ああまた来たんだな、と思い出した。

    女学生の塔子を語り手として、まずは冒頭「事件」の章で、田山花袋と自然主義の出会いを描く。
    「重右衛門の最後」は、大学生の時に読んで印象に残っている作品だった。
    花袋が書きたいものを、どう世に出すかという苦悩が上手く描かれている。

    花袋と共に訪れた松岡青年も、後に誰かが分かる。ある意味丸わかりなのに、詩人属性に引っ張られて、気付かなかったことが悔しい(笑)

    そして「変節」の章の平塚ハルちゃんと塔子のやり取りも好きなのだが、一番と言われたら「無常」の章を挙げるしかない。

    最初は奇怪な老人だなぁと思っていたのだけど、逃げるというワードから、戦、中将と続いて、思い当たった時、わなわなと震えた(笑)
    の、乃木大将きたあぁぁー!
    そして、乃木大将には厳しい弔堂主人(笑)
    戦には向かない、赤穂浪士になってはいけないと忠告されるのを、末路を知っている読者が涙なしで読めるのだろうか……。泣いた……。

    この巻のテーマとなっている幽霊。
    言葉から思い立つも幽霊。
    そして、死を思い生きる人を踏まえ、最終章「常世」に持っていくところも、心憎い演出だと思う。

    さて、語り手塔子がどんな生き方を選択するのか。
    次も読ませたくなるオマケつき。
    そんな有名人ばっかり来る本屋なんて、とか思いながら、ある意味で「今」の目を見据えた主人と、歴史上の人物が対峙するのが、面白い。
    そして、作者の引き出しの多さと使い所の上手さがあるから、成立するのだとも思う。


    「あの人の言うことは尤もです。私と逆を向いていたとしても、考え方が間違っていることはないでしょう。私は相対としてものごとを捉える癖があるようだが、あの人は絶対を幻視している。しかし、そちらの方向には大きな陥し窩があるーー私にはそう思えてならない。自然主義小説が、突き詰めるうちにわたくしの小説に掏り替わってしまうように、自然科学が何か別のものに変質してしまうことはあるまいかーー自然を超してしまうことはないか。私には、どうも危うく見えるのです」

  • 身近で大切な命の危機を感じたいま、ご主人の言葉はいつも以上に重い。
    人間の弱さを救い上げてくれるご主人の言葉は、こちら側の人間さえも救ってくれる。ご主人のように言葉を解釈できて、発することができたらいいのに、と思う。

  • 弔堂シリーズ2冊目読了。
    1冊目より5年ほど後の明治三十年代初頭。今回は女学生の塔子と松岡國男(後の柳田國男)が弔堂を訪れる。各章では田山花袋、平塚らいてう、乃木希典ら錚々たる人物が客として弔堂で自分の一冊に出会うが、本から何を見出し、その後の生き方を選んだのか… 今回も各章とも読み応えがあった。
    塔子や國男もそれぞれ生き方に迷いを抱えながら弔堂を訪ねるのだが、最終章ではそれぞれ身近な人、大切な人を亡くし、1冊目から通底したテーマとなっている「幽霊とは?」に触れられる。本を売って本を弔う店主が、人が亡くなったときに弔うとはどういうことか、生きている者が死者にできることについて語る部分が一番心に残った。
    塔子がその後どう生きたのかは読者の想像に任されているが、弔堂に出会い、自分の一冊に出会ったことできっと自分の道をを見出したのだろうと思う。

  • 京極さん作品はなぜか夏に読みたいと思い、ちょうど最初の1編が真夏日が舞台で前巻と違う語り部である塔子と一緒に弔堂に入る場面を味わえた。塔子の他に度々松岡國男という学生が登場して、最後の一編の途中で唐突に誰だか分かった(鈍感)。勝海舟、平塚らいてう、田山花袋、などが登場する話のそれぞれのテーマへの取り組みが濃密だからか眠くなりながらも興味が続いてじっくり読めた。次巻もまた夏日の話があるといいな!

  • ハードカバーで購入して、すぐに読んでしまうのがもったいなく感じられ積読のうちに文庫版が出て、ブクログの本棚に登録しようとしたら、もうハードカバー版が出てきません。フレーズにも登録したのですが、だから、フレーズのページはハードカバーのものです。
    「やはり」というか「さすが」というか、
    京極夏彦、面白く読み終えました。
    最も気に入ったのは最終話です。私の母が私が幼児の頃から話してくれていたことと同内容、とでも言いましょうか、母の言葉を思い出しながら読みました。
    「死んだら生きている人の心の中に住むところを変えるの。だから、誰かに憎まれていたら、死んでからずっとつらいことになる。好かれていたら幸せなところで暮らせる。それが地獄と極楽。憎んでいる人はなかなか忘れてくれないし許してくれないから、地獄の方が長くなってしまうんだよ」園児だった私が「蜘蛛の糸」を読んだ後に「地獄って?」と母に聞いたときの返答がこんな感じでした。
    それはさておき、このシリーズの趣向、大好きです。言葉の調べも大好きです。
    狂言回しの彼女は薩摩武士の家系……薩摩武士と言えば、最近の新シリーズで(「天狗」)でも薩摩士族の家が出てきましたね。ちょっと苗字は違うようですが、関連があるのでしょうか。
    今後、他のシリーズとの関連性(古本屋だけでなく、他の登場人物のつながりも)も拵えてくれる(明らかになっていく)ように期待しながら次作を待ち侘びています。

  • つらつらと、書き連ねているものがあります。
    文字にする前に、消えてしまったものもあります。
    折角文字になったのに、失くしてしまったものもあります。

    ことばも同じ。

    積み重ねてきたことば。
    消えてしまったことば。


    ことばには、恵まれていると思う。
    子供の頃からいろんな種類のことばに触れられる環境があって、ぁあ、種類というのは新旧古、みたいな意味で別に独仏ラテン語に通ずると云うわけではないですよ! いろんなことばを仕入れられてきたなぁ、と思っていて。

    けれど、なのに。

    この、オレから出ていくことばの虚しさたるや、何だ。


    なーんつって。

    書楼弔堂、待望の続刊である。これはこれは…なんというか椀飯振舞。誰を誰、と云うと仕組み上のネタバレになるのでアレですが、もう登場人物が…あれやこれや。終盤、振舞過ぎて少し勿体無いというか、時代が進みすぎてこのあとどうするんだろうと…と書きながら思ったんだけれど劇中たかだか2年くらいしか経ってないのね。なんという時代よ…


    弔うことは、書も、想いも、それがあるべきところに納めること。


    ならば、さて。
    戯言を、
    このままでは嘘になることばを、
    せめていつか弔うために。☆3.8。

  • 今作は塔子さんが主軸。当時の女性の置かれた役割や家父長制についての煩悶は、未だ共感できてしまうもの。塔子さんの悩みと、弔堂の選書が照らしてくれる進んでいく道には涙してしまった。
    松岡國男さんの辛さも、時代を超えるもの。死とは、そして死者はどこへ行くのか。それを考えることはどう生きるかにつながる。國男さんが立派に生を全うできたことにも涙した。

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著者プロフィール

1963年、北海道生まれ。小説家、意匠家。94年、『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞、97年『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2003年『覘き小平次』で山本周五郎賞、04年『後巷説百物語』で直木賞、11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞、22年『遠巷説百物語』で吉川英治文学賞を受賞。著書に『死ねばいいのに』『数えずの井戸』『オジいサン』『ヒトごろし』『書楼弔堂 破暁』『遠野物語Remix』『虚実妖怪百物語 序/破/急』 ほか多数。

「2023年 『遠巷説百物語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

京極夏彦の作品

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