ファミリーデイズ (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社
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本棚登録 : 1292
感想 : 98
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087440379

感想・レビュー・書評

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  • たまたま面白いニュースを目にしました。東京の池袋駅を起点とする東武東上線という鉄道の沿線に公園が一つあるそうです。その公園は線路の真横にあり、当然のように一日中電車がうるさく真横を走ります。これだけ聞くとなんだか落ち着かない、立地が良いとはとても思えない印象でわざわざ行く気には全くなりません。でも公園の名前が『電車の見える公園』だとしたらどうでしょう。エッ?という驚き。マイナスがプラスに転じる瞬間です。電車が見えるという前向きな表現をもって、先入観から来る悪い印象を一瞬にして変えてみせる好例です。結果、私もその公園に是非行ってみたいと思う気持ちに変わりました。同じものでも考え方次第で見えてくるものが全く違ってくることがある。
    …という前書きに続いて次に一つの『物語』をご紹介しましょう。

    『中学校で働いていた私が、今ではやんちゃな娘とのん気な夫との生活に明け暮れている』という主人公・まいこ。『学校や中学生が大好きで、教師はしんどいこともたくさんある分、どきどきわくわくできる最高の仕事だと感じていた。だけど、今は今でもう一つ別の人生が始まったみたいで、すっかり楽しんでいる』。まいこは、十五年間に渡る中学校の国語教師の職を辞し、主婦としての新しい人生を歩み出しました。『いたってのん気で平和で、いつでもどこでも幸せそうに、にこにこしている人だ』という夫と、『わんぱくでやんちゃで始終動き回っている。じっとすることを知らない娘との一日は、格闘だ』という娘との三人暮らしの まいこ。この物語はそんな まいこが、夫からプロポーズを受け、ハワイでの挙式、夫との二人暮らしを経て、妊娠、出産そして娘が幼稚園で過ごすまでの日々を丁寧に描いた『物語』です。

    『プロポーズをされた時も、虹が出ていた。わざわざ神戸までディナークルーズに出かけた。しかし、乗り場へ向かう途中で虹を見つけた夫に、「うわ、虹が出てる。今、言うわ〜」と告白されたのだ』という虹が大好きという夫にまさかのタイミングで告白された まいこ。幸せな二人の歩みが始まりました。作家でもある まいこ。でもその作品を読んだことがないという夫。そんな夫が虫垂炎の手術で入院した時のことでした。『見舞いに行くと「まいこの本、読んだでー」と自信満々』に まいこに報告する夫。そこには照れ臭いながらも嬉しさを隠せない まいこの姿がありました。

    『私は数年前に子宮の手術を受け、その際に子どもは難しいだろうと言われていた』という まいこ。でも、『ある時、生理も来ないしどうも体調が悪い』と罹った病院で、まさかの妊娠を告げられるのでした。『母性本能なるものはいくら待ってもわいて来ない。子どもに会えるのは楽しみだけれど、我が子への愛情は呼び起こされなかった』という まいこ。でも、それは『娘をこの目で見て一緒に過ごして、ようやくみるみるわいてきた』のでした。ここで、瀬尾さんならではの絶妙な表現が登場します。『生まれたての顔は我が子ながらかわいいとは言えず小さなおばあさんみたいで「眠っておられたのに突然すみませんでしたね。お疲れ様です」と声をかけたくなるような風貌だった』。生まれたての赤ちゃんを表現する言葉は多々ありますが、これは今まで聞いたことのない絶妙な表現だと思いました。そしてもう一つ。母乳を与える際の表現ですが、『初めておっぱいをあげた時には、目をつむっているのに突然かぶりついてくる姿が新種の生き物みたいで、ぞくっとした』という表現も子を愛でる母親の新鮮な驚きと喜びにとても満ち溢れています。

    作品は後半になって、まいこがかつて教師をしていた時代のことをまじえながら進んでいきます。『いつだって中学生は輝いていた。もちろん学校がすべてではないし、休んだって逃げたっていいとも思う。でも、同じ年代の子どもたちが同じ場所にいることでしか、得られないことがある』という表現には、かつてのまいこの教師としての顔がのぞきます。そうであるからこそ『あのころの日々が、しょっちゅう私を赤面させてしまう。でも、あのころの日々が、いつだって背中を押してくれている』という思いにも繋がります。学校現場はいつの時代も慌ただしいもの。家事や育児など単調で物足りないだろうと思っていた まいこ。でも現実はそうではなかった。どんな時代であっても、どんな場所に生活の場を移しても人生は常に山あり谷あり。でもそんな日々をかつての自分の経験が応援してくれる。生きていくことにとても勇気をもらえる表現だと思いました。

    そして、まいこは気づきます。『娘との生活が始まってから、明日が二つやってくるようになった気がする。自分の明日と、自分のよりもたくさんの可能性と未来に満ちた娘の明日』。これを読んだ時、えっ?という思いとともにぞくっと鳥肌が立ちました。明日が二つやってくるという独特な表現。親になると、未来が二倍になる…。そう、これはまさしくこの作品の翌年に刊行された瀬尾さんの代表作「そして、バトンは渡された」にも出てきたあの表現と同じ世界観です。ここから、バトンが渡されていたんだ!と思いました。そしてこの『小説』は、このあと、まいこの力強い言葉で締めくくられ幕を閉じます。瀬尾さんの他の作品と同じく、清々しくもあったかいものに包まれる読後感。とても印象深い結末でした。

    …と、書いてきましたが、この作品の情報を知っている方は、『何言ってるの、この人?』という風に思われたのではないかと思います。そう、この作品、実は『物語』ではなく、瀬尾さんの『エッセイ』だからです。それをわかった上でこのように書いたのは、私にはこの作品が『エッセイ』には思えなかったからです。『エッセイ』というと、最近、恩田陸さん、三浦しをんさんが書かれた強烈な個性あふれる作品を続けて読みました。それらと比して、この瀬尾さんの作品は、作中で何か特別大きなことが起こるわけではないという日常風景を切り取る瀬尾さんの作風そのままに、『瀬尾まいこという一人の女性の人生の一部切り取った一つの物語』にしか感じられなかったというのが正直なところでした。一度そう思い込んでしまった私にはもうこれは瀬尾さんの書かれた一つの『物語』にしか感じられません。

    瀬尾さんの書かれた作品は決して多くはありません。にもかかわらず、ブクログ でのレビュー数が極端に少ないこの作品。恐らく『エッセイ』というカテゴリー、それだけで敬遠されている方が多いのではないかと推測しますが、『エッセイ』というだけで読み飛ばすにはあまりに惜しい作品です。普段、『エッセイは読まない』という方にも是非、騙されたと思って読んでいただきたい作品です。

    瀬尾さんのあの作品、この作品のあんな表現、こんな表現の原点がここにあったんだと知ることになる新鮮な発見の連続。そして、いつものあったかく物語を優しく紡ぎあげる瀬尾さんの素顔に出会える、そんな『物語』がここにあります。

    このレビューが、あなたにとっての『電車の見える公園』になりますように。

    • goya626さん
      うーむ、ちょっと読みたくなりましたよ。
      うーむ、ちょっと読みたくなりましたよ。
      2020/04/16
    • さてさてさん
      goya626さん、こんにちは。
      いつもありがとうございます。
      是非、読んでみてください‼︎
      goya626さん、こんにちは。
      いつもありがとうございます。
      是非、読んでみてください‼︎
      2020/04/16
  • 瀬尾まいこさんのエッセイ。

    瀬尾まいこさんという人を、詳しく知ることができたように感じた。瀬尾まいこさんの本は好きでよく読むけれど、瀬尾まいこさんについては知る機会はなかったし、特別知りたいということもなかった。今回はいい機会でした。

    娘ちゃんと夫の描写が微笑ましかった。幼稚園って、衣装を親に作らせるのか……。私は保育園の最後の学習発表会、インフルでお休みすることになって号泣した記憶があります\(//∇//)\

    予防接種、初回で3回はキツイだろうな……私も昔は泣きました。今?泣かないわ!(*゚▽゚*)笑
    インフルの予防接種ごときで緊張でお腹痛くなるけどね(〃ω〃)

    夫さんの涙もろさに共感MAXでした。でもやっぱりエッセイって物語よりはあんまり、かも?

  • これは全然悪口じゃないんだけど、
    作家さんの育児日記というより
    中学教師の育児日記という感じで、
    子供たちを見る目が愛情にあふれていた。
    中学生って一番難しい時期に思えるのに、瀬尾まいこさんは前からずっと中学生が一番いいと仰っていて、その気持ちがこのエッセイからもあふれていて、こんなに愛情をもって接してもらえる生徒たちが本当にうらやましい!

    そして、夫さんのキャラクターが、
    というか瀬尾さん一家の様子が、
    もう瀬尾さんの小説の世界そのもの。
    それはやっぱり、瀬尾まいこさんがこういうふうに人を見ているからなんだなとよくわかる。

    うちの書店にも来てくださったことがあって、
    (実は私は書店で働き始めてからずっと、いつか瀬尾さんが店に来てくれることを、同じくファンの先輩スタッフと待っていた!)
    想像通り教師らしいハキハキした方だったんだけど、
    このエッセイを読んだらますます、やっぱり!と思えておもしろい。
    これはちょっと失礼かもしれないけど、本の装画もあんまりこだわってないというかお任せっぽくて、美術に興味がないというところに納得…。

    作家さんによっては作品から人物像を想像されるのは心外なことかもしれないけど、瀬尾まいこさんはどの作品を読んでも人を見る目のあたたかさにブレがなくて、安心して好きでいられる。

  • 瀬尾さんの作品「そしてバトンは渡された」に「明日が2つやってくる」とのフレーズがあります。育児をするとそんな気持ちになる、その言葉の秘密がわかる本でした。数々の育児あるあるにうんうんと共感しまくりでした。他の人に無関心ではいられない子に育ってほしい。いろいろ欲張るけど結局我が子に願ってしまうことは同じ。同年代の子どもがいるときによめてよかったなーと思える本です。瀬尾さんがママ友で一緒に子育てしてるように思えました。

  • 瀬尾まいこさんの作品が暖かいのはお人柄なんだなと思えるエッセイでした。一気に読み終えました。私には3人の娘がいますが、子育ては忙しかったけど楽しいことばかりでした。今は大人になり孫ができたり、仕事に頑張っている子もいます。30歳を皆超えましたが、まだまだこの先楽しいことが待っていると思わせてくれるエッセイでした。

  • 作者の作品で初めてエッセイを読んだ。優しい小説を書く理由がわかる一冊でした。
    ただ、子どもが中心なので、同じ年頃の子育て中の方が読まれてるともっと良かったのかも。中学教師をされていた経験があるからこその子供に対する考え方が素晴らしいと思いました。

  • 子育てしてなくても子育てっていいなぁと思わせてくれる。

    きっとイライラしたり、しんどいと思うこともあるはずなのにネガティブにならずにハッピーな気持ちで日常をとらえる姿は出来そうで出来ないから見習いたい!

    中学時代に瀬尾さんみたいな先生に出会いたかったな。

  • 出産後は自分の時間が無くなるんだろうな、そんな事ばかり考えていたけれど、大変と同時にこんなにキラキラした日常が待っているんだ、と明るい気持ちになれた。

  • 家族との何気ない日常がほっこり楽しく幸せ
    子供っていいなって思いました。

    自分が遊ぶことに夢中で、結構願望が薄かった私も、この本を読んだら結婚して子供が産まれて、家族で過ごす日々も楽しくて幸せそうだなって思いました。

    子育ては、お金もかかるし、大変ことや悩むこと、苦労ももちろん多いとは思うけれど。
    そんなマイナス面ではなく、子供のかわいさや面白さ、子育ての楽しさなど、
    プラス面に目を向けて日々を楽しんでいる瀬尾さんが素敵だなって思いました。

    何度も笑ってしまい、幸せを感じられる本でした。
    娘さんの成長と共に続編があればまた読みたいです!

  • どこまでも前向きで、温かい瀬尾まいこさんの人柄が伝わってくる一冊。読んでいてほっこりした。
    娘さんとの微笑ましい日々の記録がメインではあるものの、娘さんが産まれてくるまでの日々も明るく楽観的なところが良くて、出会えて良かったなぁと思えた作品。

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著者プロフィール

1974年大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年『卵の緒』で「坊っちゃん文学賞大賞」を受賞。翌年、単行本『卵の緒』で作家デビューする。05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、19年『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『あと少し、もう少し』『春、戻る』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『その扉をたたく音』『夏の体温』等がある。

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