- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087211412
作品紹介・あらすじ
「教育虐待」とは何か? ――私がパニック障害とうつ病にかかった理由
気鋭の若手評論家として活躍する著者が、なぜ両親との「絶縁」を宣言せざるを得なかったのか?
高校一年の冬に発症以来、現在まで続いている「パニック障害」の恐怖。
それを引き起こした原因ともいえる、「教育」の美名のもとでの両親による「教育虐待」。
そして結婚を機に両親との過去に正面から向き合おうとした結果、「絶縁」という選択に至った結末……。
自らの半生をつまびらかにする衝撃の告白は、著者と同様の体験を持つ読者に向けて、逃げ方と戦い方の範を示す。
◆目次◆
第一章 父親と私──社会の下士官
第二章 母親と私──疾病と宗教
第三章 教育虐待
第四章 生き地獄──パニック障害発症
第五章 つかの間の寛解
第六章 再発
第七章 対決、そして絶縁
終 章 教育虐待の構造
◆著者略歴◆
古谷経衡(ふるや つねひら)
1982年札幌市生まれ。文筆家。
立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。
時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。
著書に『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。
感想・レビュー・書評
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著者と地元が同じということもあり、地名や学校も予想がつき(地元住民ならすぐにわかる)、より身近に感じられた。
虐待と言うと、思い浮かぶのは身体的虐待だろうと思う。精神的虐待、性的虐待くらいまでは知っていても、教育虐待は知らなかった。
虐待をしている側には共通して〝記憶にない〟と言う。まるで不出来な国会答弁のように同じ。
加害者はいつだって自分の犯罪行為を忘れてしまえるのだな、と思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
著者が自分を見つめ直すため、前に進むために書かざるを得なかった文章と受け止めた。本当に厳しいことは笑いを含めなければ表せない事を痛感し、子育ての重みを噛みしめる。
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自分よりも10歳年下の作者さんの体験本。私の配偶者も、この作者さんと似たような体験をしているので理解できますが(それでも、この作者さんの環境はひどすぎます)、子どもが大人になっても生きづらさを抱えていることが気の毒でなりません。
この作者さんも結婚を通して自分の親と向き合う決意をしたそうですが、そのあたりの経過やきょうだいとのことが全く触れられていないので、私としてはその点が物足りませんでした。
ただ、作者さんも最後に触れていますが、親からの心の傷は、忘れようと努力するよりも向き合った方が、修復は早いと私も思っています。ただ、それは、当人にとってとても辛すぎる作業だとも思いますが。
絶縁意思の公正証書にも触れていましたが(私も、そこまでやろうとは思いつきませんでしたが)、法的な効力はないのが残念ですよね。親と心の底から絶縁したいと思っている子どももいるということを心から理解できる人たちが、少しずつ増えてきている(そういう意味では良い世の中になってきている)と思いたいです。 -
進路強要による虐待の構造。親のコンプレックスによる子どもの被害。 傍観してよいのか、他人の家庭に干渉すべきでないのか。 少なくとも学校歴を煽る側には成り下がらない。
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私はこの人の文章が好きだ。理知的で真面目で、情熱的で芯が強い。そんなこの人がが本書のような壮絶な経験を乗り越えてきたとは、過去の文章からは全く想像できなかったから衝撃的だった。そして勇気づけられた。
メモ
親孝行は善良な関係が築かれている前提のものなので、親子のパワーバランスが崩れたときに抵抗していい。
その抵抗力を絶やさないために必要なのは幅広い世界観と教養である。
全国の虐待に飲みこまれそうな人々に届くといいなと思う。 -
教育虐待の被害者-加害者の関係を、植民地支配における被害国-加害国に置き換えて説明されていた所が印象的だった。
「子供の幸福は親の価値観によって決まるものではない」この言葉を胸に刻もうと思う。 -
政治評論家の古谷経衡が、文字通り毒親に悩まされ、最終的には絶縁するまでの本。
親の元にいるときからろくに通院さえできない状況下で、よく生きながらえたと感じた。
また、彼みたいな知識があれば対応できただろうが、普通の人であれば毒親に悩まされて潰れるか、あるいは一生毒親に悩まされ続けるかのどちらかと思う。 -
購入済み
2023.02.25.読了
著者の苦悩は計り知れないものがある。
両親の毒親っぷりも伝わった。
ただ大きな疑問が2つ。
一つに、立命館時代、著者は結構な収入もあり、学歴にも執着がなかったにもかかわらず、7年もの間、蛇蝎の如く嫌う両親からの学費生活費の送金をどうして断わり、中退しなかったのか?
二つに、その後居住している千葉の一軒家が母親の名義だったことにさらに驚いた。どうしてそんなところに住んでいるのか?収入もあり経済的に自立しているのだから、毒親とは縁を切り居場所も伝えず自らの新しい家族でささやかに円満に暮らしていけばよかったではないか?
子供の立場からすれば両親は絶対的な存在。精神的肉体的に成長し、経済的に自立して、両親との関係を俯瞰することができた時こそ初めて我が親が毒親か否かが判断できるのだ。
著者もパニック障害を患いながら医師の診断を受けることも叶わず、両親の差別的思想にがんじがらめにされて苦しかったことは理解できるが、上記の2点については甚だ疑問
とはいえ毒親の元、不健全な育成をされた子供が神経症に悩まされる話はよく聞く。
たいていの毒親は自分の子供の精神疾患を認めたがらないだろう。(そもそもが自分勝手なので自分が望まないこと=なかったこと。であるため。)
しかしながら精神疾患も内臓疾患も同じ。医師の適正な診断を受けて、本人とその近親者がそれを受け入れ、理解することが快方への第一歩であることは間違いない -
幅広い世界観と教養としての知識の蓄積、色々体験することを勧めています。
自分は厳密に自己分析してないので、そもそも何かに混乱してるのかわからなくなりましたが、なにかしら頑張ろうと思えました。
タイトルが物騒で……星4にしましたが、内容は5です。 -
さらっと読める。
もっとおやとの葛藤を掘り下げて書かれてもいいかな。
壮絶な体験かもしれませんが、なんだかクスッとしてしまうのはなんででしょう。