限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序 (集英社新書)

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  • 集英社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087210545

作品紹介・あらすじ

イスラーム世界の動向と、ロシア、中国といった新たな「帝国」の勃興を見据え、現代世界の展望を解説。現代の限界の理由を概観し、文明の衝突を超え、日本はどうあるべきかを考えるための、現代史講義。

感想・レビュー・書評

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  • 内藤正典氏(1956年~)は、中東の国際関係を専門とする地理学者・国際政治学者。
    本書は、著者曰く「私が専門とする中東とヨーロッパ、イスラーム地域を切り口に現代の「限界」を浮き彫りにしようとする試み」であり、80年代前半にシリア、90年代前半にトルコに留学した経験を活かし、「シリアとトルコとヨーロッパ諸国で起きてきた地殻変動をつないで、世界的な規模での危機の構造を描こうとした」ものである。
    本書では、書名に表された、今や「限界」にあるものとして、「EUの限界と(進んでいるヨーロッパが遅れている他世界を見下した)啓蒙の限界」、「国民国家の限界」、「国連の限界」を示している。
    しかし、読み終えてみると、それらは独立した問題ではなく、突き詰めれば、ヨーロッパが「共通で普遍的な価値観」と考えて疑わなかったパラダイムが、実はそうではなく、その限界と矛盾が露呈して様々な問題が起こっているのだということがわかる。大航海時代から産業革命以降の世界の大きな潮流は、他地域に先駆けて近代化を果たしたヨーロッパが、自分たちの価値や制度を他地域に押し付け、それと異なる考え方に立つ価値や制度を排除しながら相手を征服して地球規模に広げてきたということであるが、そうした「exclusiveなグローバリズム」は限界に達したのである。
    著者はイスラーム地域の専門家であり、そうしたヨーロッパのパラダイムと異質のものとして、現在対立が最も表面化し危機的状況にあるとも言えるイスラームについて詳しく述べているが、問題の本質を「ヨーロッパ対イスラーム」に求めてはいない。重要なことは、世界にはヨーロッパ以外の複数のパラダイムが存在することに気付き、お互いにそれらのパラダイムを認めることである。パラダイムの相違は「違い」であって「優劣」ではない。それを認めようとしないと、自分たちのパラダイムで相手を差別し、見下し、敵意を持ち、疎外する。そして、そうした姿勢を正当化しようとすれば、衝突が起こることになる。それらを避けるためには、双方のパラダイムを尊重し、(ヨーロッパ的パラダイムが作り出した)国家という枠組みを超えて、その差異を柔らかく内側に包み込むことのできる「inclusiveなグローバリズム」をめざさなくてはいけないとしている。
    また、21世紀に入ってからの「ヨーロッパ対イスラーム」の対立は、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」の理論が顕在化したものと説明されることが多いが、著者はそれについて、ハンチントンの「文明の衝突」は“理論”ではなく“シナリオ”であり、「文明の衝突」が起こったのは、その理論が正しかったからではなく、そのシナリオに沿って、イスラーム文明が西洋文明に敵対するものと見做され、意図的に引き起こされたのだと述べているが、上記の文脈を踏まえると、その見解も説得性がある。
    私は、イスラームのパラダイムについての積極的な賛否は持たないが、著者の「ヨーロッパ的パラダイムによるグローバル化の限界」と「それを乗り越えるための多様なパラダイムの尊重の重要性」という主張には全面的に同意するし、非ヨーロッパ人である我々こそ、それを声に出し、世界の変革をリードしていかなくてはならないと思うのである。
    (2018年11月了)

  • 西欧の体制批判

  •  著者の筆の勢いから著者の危機感がひしひしと伝わって来る。
     西欧諸国が築いてきた世界秩序及び領域国民国家の欺瞞が崩れ始め、欧米は保護主義化し、今後、ムスリム同士の連帯は「領域」を超えて拡大し、敵対的共存という難しい政治バランスをとるトルコとロシアを例に帝国割拠の世界における外交の困難さも極めることを示し、米国に依拠してきた日本の外交のあり方やその意識に危機感を顕わす。
     本著者の講義を受けている、または研究を指導されている学生が羨ましい。

  • ^_^ 有り S319/ナ/18 棚:13

  • EUの、国連の、領域国民国家という概念の「限界」を、現実の中東・欧州の情勢から指摘する。非常に示唆に富んでいる。以下、メモ。

    ・EUの限界
    リベラルの正体が、難民問題で露呈。難民ではなく不法移民だとEUは言うが、なぜ難民が発生するか、シリアで自国民を虐殺している政権があるせいなのは知っているはず。これまでヨーロッパ諸国が普遍的な価値として共有してきたはずの自由、平等、人権は、人類すべてに適用されるものではなかったということが露呈した。しかも難民排斥をしている側は自分を「リベラル」と呼ぶのだ。
     移民に対して「同化を求めない(多文化主義)」国(オランダ、イギリスなど)は、じつは他文化に対する「無関心主義」のもとに成り立っていた。だから9.11テロで何も知らなかったゆえの「恐怖」が顕在化し、オランダではムスリムに対する迫害が起こった。イスラームは女性に強制的にベールをかぶせると言いながら、オランダは街のど真ん中に売春宿(飾り窓)を置いている、そこにいる女性たちの多くはカリブや中南米やアフリカ、あるいは東欧の貧しい国から「売られてきた」女性だ。であるにもかかわらず、「個人の自由」とうそぶいている。
     一方で「同化を求める国」では、「●●人にしてはよくやっている」というところからいつまでも脱することができない。同化の努力をしている姿だけは評価される。遅れた連中が頑張っているのは好ましいことだからだ。フランスではライシテと呼ばれる政教分離の原則をたてに「スカーフ禁止法」が施行されたが、女性のかぶりものは「イスラームのシンボル」でもなんでもない。言いがかりにすぎないものである。
    ・領域国民国家の限界
    地図からISは確かに消えたが、もともと「領域国民国家」は西欧のパラダイムであって、ムスリムたちが求めているのは国境とか国民という枠組みではなく〈純粋にイスラームの立場に立って「何が正しく、何が邪悪なのか」ということを宣言できるリーダー≒カリフの存在がもたらす秩序〉である。かつてはオスマン帝国による穏やかな統合のなかで暮らしてきたクルド人たちがサイクス=ピコ協定をもとに引かれた国境線により「ほかの民族が支配する国民国家内のマイノリティ」になってしまった。領域国民国家という幻想が生んだ、典型的な被害者である。
    ・限界の国連
    国連が調停者としての役割を果たせていない理由の一つは、今、中東でおきている問題の多くが、主権国家間で話し合って方がつく問題ではないから。アサド政権のように自国の国民を虐殺しているような問題は、「内政問題」なので国連は無力。リビアのカダフィ大佐が、欧米諸国の要求に従って非核化を受け入れ、非核化とそのための査察に応じたせいで、その後。多国籍軍が軍事介入に踏み込まれ政権崩壊、カダフィは惨殺、遺体はさらし者になっている。だからアサド政権はロシアに拒否権行使の口実を残すために絶対に嘘をつき続けるし、北朝鮮は絶対に核を手放さない。

  • 東2法経図・6F開架:319A/N29g//K

  • 領域国民国家の存続が危ぶまれている中で、これからどのような視点で世界を、そして日本をとらえていけばいいのかという明確な示唆を与えてくれる本である。
    特に、イスラム世界のことについては、その宗教的な背景や、それが政治的なものとどう結びついているのかということなど、ほとんど確かな知識がない中で、この著作が提供している情報や提言はまことに貴重なものである。

  • 日本国民もそろそろ覚悟が必要です!これぐらいの本を読んで、国民や国家というもののあり方を根源的に考えることを、少しは習慣づけるべきでしょう。

  • 東京新聞20181223掲載

  • 内藤先生の毎日のtwitterと本とで、どれだけの勉強をさせてもらったか。今まで知らなかった世界を教えていただけたか。

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著者プロフィール

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学文科卒業。社会学博士。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、同支社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラームから世界を見る』(ちくまプリマー新書)『となりのイスラム』(ミシマ社)『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(集英社)ほか多数。

「2022年 『トルコから世界を見る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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