黄禍論 百年の系譜 (講談社選書メチエ)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065209219

作品紹介・あらすじ

「アジア人が攻めてくる!」
アメリカは、この強迫観念に取り憑かれ続けてきた。

中国が日本と結び、西洋世界へと牙を剥く。驚異的な人口のパワーに、欧米は飲み込まれてしまう―
こうした「黄色い禍」という強迫的観念は、日露戦争で日本がロシアに勝利したことをきっかけに生まれた。
そしてこの「人種主義的思考」は、西海岸に多くの日系移民が押し寄せたアメリカにおいてはとりわけ強く刻まれ、形を変えながら現在に至るまで、社会・政治のなかに脈々と息づき続けている。

「我々は白人種と交わることのない人々から同質な人々を作り出すことはできない」
―ウィルソン米大統領(国際連盟提唱者)が署名したアジア人移民排斥を訴える文書

「黒人はアフリカに、黄色人はアジアに、そして白人はヨーロッパとアメリカにいるべきだと強く思うんだ」
―トルーマン米大統領が妻に送ったラブレター

コロナ禍でも黄禍論的思考は、いまだ欧米社会に根を張っていることが露呈し、アメリカでは人種をめぐっての対立が、いまもってなお深刻であることが露となった。
トランプ大統領を生み出したアメリカ社会に100年以上根づく「人種主義的思考」の歴史を、いまひともく。


【本書の内容】
東洋人の群れ ―「日中同盟」の悪夢
幻の「人種平等」 ―国際連盟条約人種差別撤廃条項案と排日移民法
汎アジア主義の勃興と破綻
戦争と人種主義
消えない恐怖 ―冷戦下の日米関係
よみがえる黄禍論

感想・レビュー・書評

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  • レイシズムのうち東アジア人に向けられたものを黄禍論といい、この百年の日米関係史において切れ目なく表出する米国の黄禍思想を辿っています。日常気づく機会はありませんが、ある事態では、日本人は白人と対等でなく劣等種と扱われます。米国の大学の調査で、原爆投下の是非を問うたところ、対日では「やむを得ず」と答えたものが、対独では「投下しない」と答えたのを知って愕然としたことがあります。黄禍論の基本情報としてコンパクトにまとまっています。

  • 2020/12

  • ふむ

  •  19世紀末から現在まで、主に米の否定的な日本観を人種主義の観点から見る。本書では「黄禍論」をかなり広く捉えており、日米貿易摩擦や鳩山総理の東アジア共同体論まで範囲に含めているのにまず戸惑う。ほか、日中の提携・同盟への警戒感が時代を通じて見られるのが意外だった。
     また、国際関係と一国内の人種主義的思考は本書ではかなり混合しているが、やはり区別して考える必要があるのではないだろうか。著者の主張とは異なるかもしれないが、先に黄禍論があるというより、「非欧米圏の国や人が米への脅威として浮上した時、人種主義がその脅威感を増幅させやすい」という方が適切ではないか、と感じた。本書のとおり、日本経済の退潮と共に日本脅威論が減退するように、また戦時中の日系人の扱いと9.11後のイスラム教徒への視線の類似性のように。
     一方、クーリッジ政権は対日関係への悪影響を懸念して排日条項に反対だったとか(議会の賛成で成立したが)、逆に戦時中は中国人排斥法が廃止されたとか、利益が人種主義を上回ることもあった。
     後書きでは、本書の原稿を見た著名な研究者は黄禍論的言説や思考が時代を下るにしたがって減ってきていると述べたが、著者自身の印象は逆で、米国人の頭の中には黄禍論的思考が根強く残っている、とある。もちろんどの時代でも人種差別的言説は存在するので、本書のように拾い上げ続ければそうだろう。しかし、逆に米国を一面的に見てもならないと考えた。

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著者プロフィール

1965年 福井県に生まれる
1989年 東京大学教養学部卒業
1995年 ハーバード大学大学院博士課程修了
    名古屋大学大学院環境学研究科助教授などを経て、
現 在 明治大学政治経済学部教授、Ph.D.(歴史学、ハーバード大学) 

「2017年 『人種戦争という寓話 黄禍論とアジア主義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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