壺中に天あり獣あり

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 108
感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065147665

作品紹介・あらすじ

無限の迷宮を彷徨い続ける青年・光。どんなに歩いても、螺旋階段が上下に伸び、廊下が一直線に続くばかりだ。

迷宮からの脱出を断念し、酒に沈んでいた光だったが、ある時、迷宮の中に有限のホテルが建っているのを発見する。光は支配人として従業員を雇い、客を呼び込むポスターを貼るため、再び迷宮へと足を踏み入れる。

迷宮の中でブリキの動物を磨き、修理しながら玩具屋で働く女性・言海は、ポスターを見て、ひとりホテルを目指すことを決意する――。

人は生まれ落ちた迷宮から、外に出ることができるのか。言葉を紡ぎ、世界を作り出すとは、どういうことなのか。創作という行為の根源を問い直す、若き才能による大胆で緻密な野間文芸新人賞受賞後第一作。

感想・レビュー・書評

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  • 光(ひかる)は、迷宮の中にいる。迷宮はホテルのような建物で、黄色い絨毯の両側にずらりと同じ扉が並び、部屋の中は普通の客室、開いていることもあれば閉まっていることもあり、普通のホテルのようにそこで寝泊まりもできるし、たまにレストランやバーのこともある。ホテルの中は無限で、永遠にそのホテルから出ることはできない。時折螺旋階段が出現し、別の階にも行けるが同じようなフロアが続いているだけでホテルには「内部」しかなく「外部」はない。光以外にも人間はいて時々出会うが、全員迷宮の中で迷っている同類らしい。

    同じホテルの一室にブリキの動物の玩具屋があり、そこで言海(ことみ)は働いている。彼女もまた迷宮に迷い込み、たまたま見つけたその玩具屋が気に入って勝手に居付き、ブリキの玩具の手入れを始めただけだ。やがて彼女は、玩具の動物たちを分解し、部品を組み換え、新しい動物を創造し始める。

    やがて光は広大なホールに建てられたホテルに辿り着く。無限の迷宮ホテル内部に建てられた10階建てのリアルなホテル、天井は空の絵が描かれ照明で昼と夜も演出されている。光は迷宮の設計者への反抗の気持ちから、このホテルを運営することで迷路の存在を否定することを思いつく。従業員を集め、役割を与え自らは支配人となり、集客のためのポスターを貼り、迷わないためにホテルまでの詳細な地図を作る。やがてポスターを見た言海がホテルに辿り着き・・・。

    序盤は『cube』のようなSF映画を思い浮かべた。脱出不可能な迷路。しかし無限に増殖する内部はとても人間の作った現実的な建築物とは思えず、内部にいる人間たちがどこから来たどのような人々なのかもわからないまま。目的は脱出することではなく、その内部での独自の世界の構築へと変化していく。

    まず主人公の名前「光」から想起されるのは、創世記の有名なあの言葉、天地創造の最初の日に神が言った言葉「光あれ」。神はそれから、朝と夜を作る。これは光がみつけたホテルに当てはめられる。そして最初の6日間で神は植物や魚、鳥、獣を作る。これはホテルの従業員たちがホテル周辺にミニチュアの山や川を作り、言海が作ったブリキの動物たちを配置していった経過そのままだ。

    つまりこれは、天地創造の神話を再現している。光は従業員たちに名前をつけ、伴侶たる言海を得る。まるで彼らはアダムとイブだ。だからこそ最終的に彼らは自らが築き上げたホテルという楽園を出てゆくことになる。少なくとも創造者でありながらアダムたる光は自らの意思で。

    光が従業員たちにつける名前も独特。客室清掃係の老婆たち4人の他、レストランやバーのスタッフとして8人の男たちが集められるが、彼らの名は少欲、知足、楽寂静、勤精進、修禅定、修智慧、不妄念、不戯論。お釈迦様が最後に説いた「八大人覚」の教えが由来。光は神でありアダムでありお釈迦様でもあるのか(盛りすぎ)一方、言海は名前の通り、言葉を意味しているのだろうし、彼女は獣の創造主である。神話の国産みの女神を思わせる存在。

    タイトルにある「壺中の天」は、中国の故事「後漢の費長房が、市中に薬を売る老人が売り終わると壺の中に入るのを見て一緒に入れてもらったところ、りっぱな建物があり、美酒・佳肴(かこう)が並んでいたので、ともに飲んで出てきたという」話(デジタル大辞泉)から。(澁澤龍彦が好きそうな話だわ)一般的に俗世を離れた別世界やお酒に酩酊した状態をいうようだが、単純に言葉通り、小さな壺の内部に広大な別世界があるという、迷宮と、その迷宮の中の入れ子の世界(ホテル)を象徴しているのだろう。

    不条理で幻想的で、さまざまな解釈で読むことができる物語だと思う。とても好きな世界観だった。

  • 面白かったです。
    誰が作ったのか解らない迷宮をさ迷う光の章と、螺巻きの玩具を修理しながら何時からか架空の動物たちを生み出している言海の章が描かれています。
    迷宮をさ迷う光は迷宮内の開けた空間に聳え立つホテルを見付けてそこの主人となり、ホテルのポスターを見た言海は動物たちを持ってホテルを目指す(ここで、言海のお店も迷宮にあったのだと気付きました)
    迷宮内部にホテルを作っても、留まるのがホテルになったというだけで迷宮を脱出することは出来ていなくて、従業員たちがイキイキしてるのがかえって虚無感をとても感じさせました。
    老若男女、迷宮に居るようですし、でも年を取ってないようで、この迷宮はなにか寓意があるのかな?
    従業員たちの名前が八大人覚という、これが出来たら涅槃に入れるというものらしくて、それではここは浄土?とか思いました。
    金子さんの世界は不条理ですが、不思議と好きです。入りたくはないけど、読むのは良いです。

  • 自由という名の牢獄。
    不自由な世界に自由を描く行為。
    輪郭がはっきりするほどに不自由さが牙を剥く。
    そうするしかないという帰結に物語は向かう。
    それを普遍的であると捉えるか陳腐と捉えるか。
    私は前者だ。

  • とあるブックカフェで気になって購入、その後3時間ほどで一気に読了してしまいました。

    川上弘美さんの「大きな鳥にさらわれないよう」が、未来の人類にとっての新たな神話になり得るのなら、本作は神話の主人公たる神自身の物語であるように思いました。

    無限を体現したホテルで彷徨い苦しみ続ける光は、ある日その無限の中に有限の存在である小さなホテルを発見します。無限という途方も無い存在に打ちのめされていた光は、そこに夢にまで見た外の世界を模した偽りの空間を作り、無限の存在を忘れ去らせてくれる有限の世界を作ろうと考えました。彼の夢は、無限をさまよう多くの人々の心を救い、たちまちホテルは活気にあふれます。ブリキの動物を作る(作り変える)言海もホテルの客として、そして後にキャストとして、この世界に参加します。山ができ、川ができ、人々は世界は偽りであることすら忘れ、完成に少しでも近づけるべく日々進化していきます。
    しかしある日、光は突如として、偽りの世界にのめり込んでいく人々の盲目さ、そしてその人々を使役する自身の白々しさ、否応なく抱いてしまうあらゆるものへの猜疑心に耐えられなくなり、世界を有限から自分だけのものに狭めようとついには自室を鏡で囲おうとします。その自身の狂気に絶望し、ついには自ら作り上げたはずの世界を去ります。

    私は光が彷徨うホテルこそがこの世界の姿であると、光が抱く無限への感覚が、私の現実世界への感覚ととても似ていると、読み始めた瞬間から強く感じていました。前も後ろもない、時間もなければ空間もない、そういう漠然とした存在こそがこの世界の真実で、人々は際限のない自由という呪いから逃れるために秩序を求めハリボテの世界を盲目に信じようとする。盲目であるという事実に恐怖しながらも憧憬の念を禁じ得ないのです。
    人々は世界の単なる駒に過ぎず、閉ざされた空間から出ることは叶わない哀れな存在ですが、新世界の創造主たる神もまた、世界を作りながらも自身の全能感に酔いしれることはできず、さらなる上位の存在(無限)に恐怖し、己の存在の矮小さに絶望しているのではないでしょうか。そういう人間的な神話を読んでいる気持ちになりました。

  • 永遠に続くように見える迷宮を目的も理由もわからないまま彷徨う男。彷徨い歩くのは一人ではない。迷宮には少なからぬ人々の生活もある。ある日迷宮の中に小さな世界が生まれる。平穏で微温的な世界。その世界を作り上げた男が見るものは・・・。

  • 「言葉によって造られる迷宮のなか、光は宛て所なく歩き続けていた。」という文章から始まる本書は不思議な小説だ。世界は迷宮=ホテルであり、人々はそこから脱出することを求めて彷徨い続ける。主人公の光は、その迷宮の中に完結したホテルと擬似的な天地を見つけ、そこに腰を据える。人々を誘い、世界を改変しようとする……。旧約聖書やら、八大人覚やら、12人の使徒やらを散りばめているが、残念ながら寓意は読み取れなかった。

  • 始まりも
    終わりも
    よくわからないまま
    何だったんでしょう
    モヤっとします

  • 外界と遮断された果てのない巨大なホテルとおぼしき建物に、閉じ込められている人たち。その中で外を模して新たな世界を作り上げようとする若い男性と、ブリキで空想の動物たちを作る女性の視点から描く物語。

    存在するかどうかもわからない出口を見つけようと、窓もないホテルを延々とさ迷い歩く閉塞感は、想像するだけで息が詰まる。SFのような設定だが、いつからなぜそんな空間に閉じ込められているのかは、最後まで明かされることはない。淡々と語られるシュールな世界には、そうした明確な説明や答えは不要だ。

    突拍子もない設定の割には、現実的で地に足が着いているように感じるのは、私たちの世界も巨大な迷宮のようなものだからか。
    その中で目標に向かってこつこつと努力をし、すべてを手に入れたかと思いきやまた新たなものを求める、そんな現実の人生と重ねても読める。自由に考える余地のある作品は、読後にもあれこれ想像できて二度楽しい。

  • どこまで行っても同じ廊下、同じような部屋が続き、迷宮の如く広大で果てのないホテルという世界設定の中でさまよい、行動する主人公たち。舞台はホテルの中で完結しており、外界には出ない。
    シュールレアリズムの絵画を彷彿とさせる不思議な世界設定と、作者のこだわりが見える言葉選びに浸ってファンタジーを感覚的に楽しむもよし、繰り広げられる物語と結末に何らかの寓意を読み取るもよし。
    それほど長くもなく、読みやすい文体とレイアウトです。

  • 壺中という世界観,入れ子構造のホテルとかブリキの動物達など凝った舞台で漂う人々.出口のない迷宮は迷宮と言えるのか?登場人物も意味ありげな名前で,結局のところ創造主たるものの悲哀を感じさせながら,出口のないままで物語は閉じる.何を表現しようとしているのか、難解.言海の創る動物達を見てみたかった.

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著者プロフィール

金子 薫(かねこ・かおる)
1990年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業、同大学院文学研究科仏文学専攻修了。2014年『アルタッドに捧ぐ』で第51回文藝賞を受賞しデビュー。2018年、わたくし、つまりnobody賞受賞。同年、『双子は驢馬に跨がって』で第40回野間文芸新人賞受賞。著書に『鳥打ちも夜更けには』がある。

「2019年 『壺中に天あり獣あり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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