むこう岸

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065139080

作品紹介・あらすじ

2019年10月、国際推薦児童図書目録『ホワイト・レイブンズ』に加えられることが発表!

児童文学作家、ひこ・田中氏がイッキ読み! 「『貧乏なのはそいつの責任』なんて蹴っ飛ばし、権利を守るため、地道に情報を集める二人。うん。痛快だ。」

小さなころから、勉強だけは得意だった山之内和真は、必死の受験勉強の末、有名進学校である「蒼洋中学」に合格するが、トップレベルの生徒たちとの埋めようもない能力の差を見せつけられ、中三になって公立中学への転校を余儀なくされた。
ちっちゃいころからタフな女の子だった佐野樹希は、小五のとき、パパを事故で亡くした。残された母のお腹には新しい命が宿っていた。いまは母と妹と三人、生活保護を受けて暮らしている。
ふとしたきっかけで顔を出すようになった『カフェ・居場所』で互いの生活環境を知る二人。和真は「生活レベルが低い人たちが苦手だ」と樹希に苦手意識を持ち、樹希は「恵まれた家で育ってきたくせに」と、和真が見せる甘さを許せない。
中学生の前に立ちはだかる「貧困」というリアルに、彼ら自身が解決のために動けることはないのだろうか。

感想・レビュー・書評

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  • YAコーナーで見つけた一冊。

    とても読み易くて、2人の中学生の気持ちが溢れてそのまま文章になっている。
    穢れなき2人の思いは、ひしひしと伝わってきて思いのほか感動し、涙する。

    私立中学へ入学したものの、そこから落ちこぼれて中学3年で公立中学へ転校した山之内和真。
    父を亡くし、鬱病で働けない母と3歳の妹の世話をして生活保護を受けている佐野樹希。

    2人が唯一、共有できる「カフェ・居場所」
    そこで得られるのは自由な時間だけではなくて、お互いのことや自分のことを見つめ直すとても大切なものだった。

    生活保護法について必要にならなければわからないことも知ることができた。
    だが、みんなが知っているわけではなく深く追究しないと知らずに苦労している人もいるだろうと思った。

    中学生から読めるので、ぜひ多くの人に読んでほしい本である。

  • 医者の父を持ち、超難関の中高一貫校に通っていたが、そこで落ちこぼれて自主退学し、中学3年から学区外の公立高校に通うことになった和真。
    小学5年のときに父親が借金を残して事故死し、その直後に妹が生まれ、心の病気を抱える母を支えながら生活保護を受けている樹希。
    それぞれ人に知られたくない現実を胸に秘めた中学3年生が、自分の居場所と将来への希望を求めてあがく物語。
    和真と樹希、それぞれの視点から語られる。

    生まれる環境を選べない子どもたちが、それを不公平に感じながらも前を向いて進んでいこうとする過程を描く。

    経済格差が生む教育格差、生活保護制度の問題点について描くために書かれたような一冊。



    *******ここからはネタバレ*******

    生活保護受給者であることを暴かれた樹希が、自ら自分の体操服の前後に「生活保護」「ありがとう」と書いたエピソードでは、彼女の強さに驚く。この「ありがとう」はイカしているではないか。

    和真の閉塞感に共感はするが、お酒を誤飲して自殺未遂を疑われるとか、小学生の勉強もろくにできないアベルに、忍耐強く上手に教えることができるとか、生活保護手帳を読みながらショッピングモールを歩くとか、放火事件に巻き込まれた彼を家族が放っておいたとかの場面では、ストーリーに無理矢理感を持った。

    和真の母の言動がいい味を出している。
    自分自身が養われていることを夫に指摘されたり、姑に前職(トリマー)を蔑まれたりして、劣等感を抱いてはいるものの、生活保護受給者家族との接触は避けたいという。無意識に、劣等感の中に優越感を求める心理がわかりやすい。

    物語としては弱い点もあるが、子どもの貧困問題についてしっかりと描かれているので、オススメします。

  • 生活保護を受けて暮らす樹希の家庭環境・苦悩を知り、生活保護についての見方が変わった。

    こどもの力だけでは貧困生活から抜け出すことも大学に行く事も夢を抱くことも容易ではない。そんな不自由な生活の状況下でも、クラスメイトからは、「生活保護って書いたTシャツ着ればいいんじゃね?みんなに養ってもらってるんだから、それくらいしないと不公平じゃん」と心無い言葉を浴びせられたりする。

    生活レベル・学歴・容姿・出身地など似た者同士に対しては仲間意識を持ち、相反する者には敵対意識を持つ。そういう線引きを無意識に誰もがした事があると思う。心当たりのある人は、樹希と和真の言葉が心に刺ささったり、胸を締め付けたりするだろう。
    特に印象に残った言葉は、
    ・哀れんでいるものは、自分の放つ匂いに気づかない。哀れまれているのもだけが、その匂いに気づくのだ。
    ・みんな、高い月謝の受験塾に通わせてもらって、夜の弁当なんか作ってもらって、塾が終わると車で迎えに来てもらって、合格してバンザイバンザイと喜ばれて、また私立中学の高い月謝を払ってもらえるんだろ?ーー中略ーーおもしろくないんだ。ものすごくお腹がすいている横で、美味しそうなパンをまずそうに食べてるようなやつらが。
    当たり前と思っている事がそうではない事を改めて痛感させられた。全体を通してとても考えさせられる一冊だった。

  • 最近は所謂「子どもの貧困」(って言葉にいまひとつ納得していない。親の貧困でしょ。子どもは稼げないんだから。)を描いたYA向け小説がいくつか出てきているが、(『マルの背中』『十五歳、ぬけがら』など)その中でもかなりいいものだと思う。

    理由としては、
    1.貧困家庭の子どもがどうやったら抜け出せるかが、具体的に書いてあること。
    2.「生活保護」とはどんなものか知らずに攻撃してくる人間が多い中で(特にネットの中で罵詈雑言を浴びせる輩の多いこと。それにネット好きな若者が影響されなわけがない。)、生活保護がどのようなものであるか。メリット、デメリット、制度の問題点などがわかりやすく書かれていること。
    3.それとは反対の立場である、裕福な家庭の少年(私立中学の勉強についていけず公立中に転校した)との交流も描くことで、「格差」はあっても理解も(同情や憐れみではなく)友情の成立も可能だということを示したこと。
    4.そして、これが一番大事なことなのだが、小説としてよくできていること。面白いこと。

    貧困家庭の母親がメンタルを病んで、生活の向上は見込めそうにない様子はとことんリアル。
    「私がこんなだから、迷惑ばっかりかけて。」と言いながら「お母さん、叫びだしたくなるけど我慢してる。『死にたい』なんて、あなたたちには、聞かせちゃいけない言葉だものね。病気だけど、迷惑かけてるけど、こうやって耐えていることはほめてほしい。」という母親に、

    はぁ?と、あたしは思う。聞かせてんじゃん。死にたいって今、言ったじゃん。そんでもってほめろと?バカか。あんた、バカなのか?
     叫びだしたくなるのを、奥歯をかみしめてこらえる。前におなじこと言われて、こっちがキレたらさらにウツになり睡眠薬をいっぺんに飲んで三日くらいフラフラになって、厄介なことになったのを思いだしたからだ。
    (p76)


    公立に転校した少年が、進学校の同級生と偶然再会した時の様子も、ほんと、あるある。
    両親ともエリートで、帰国子女で英語はペラペラ、勉強もできて音楽やスポーツも得意、いつもまっすぐで堂々としているって子どもが、私立のトップ進学校にはホントにいます。(こういう子どもは一生「貧困」の人と直接かかわることはない。政治家や官僚や会社のトップになる。)
    先日読んだ『彼女は頭が悪いから』に出てくる東大生がまさにこんな感じだったな。自意識ツルツル。

    また、無理に中学受験させた少年の父親が名門高卒の医師で、母親は元トリマーの専業主婦、母親は引け目を感じつつバカにされないよう必死で子育てしてるが、子どもは思うように育たないってとこもリアル。これもあるある。
    しかし、少年はこの母に救われてもいる。そんな共感してもらえる母でも、生活保護の家庭の子どもと関わっているのは許容範囲を超えているというのもね、ホント、よくある。

    でも、こんなあるあるをちゃんと書いていながら、希望の持てる終わり方ができているのも素晴らしい。

    中学生になれば一般書も読めるし、ラノベなんか漫画並みに面白いと感じるだろうけど、この本はそういう子ども達にも十分訴える力のある作品だと思う。

    • nabeken1220さん
      はじめまして
      むこう岸、読ませていただきました。
      涙もろいのは生まれつきですが、樹希のけなげさに何度も涙を誘われました。
      日本は幸せな国だと...
      はじめまして
      むこう岸、読ませていただきました。
      涙もろいのは生まれつきですが、樹希のけなげさに何度も涙を誘われました。
      日本は幸せな国だと思います。いまだに世界では戦争が続いています。戦争孤児もたくさんいます。

      生活保護に関して、幸せな国だから行えることですが、先進国アメリカ(3年ほど住んでいました)においてさえ、路上生活者はふつうにみられます。何度も小銭をせびられました。

      社会保障の一つである年金額(厚生年金ではなく)は、40年払い続けても生活保護費にかないません。
      近所で事例があったのですが、やくざな方で、豪邸に住みながら、車もベンツで生活保護費を受給しています。役所の方を脅しているようです。

      ともかく、いろんな事例があることだと思います。一つの切り口として、素敵な作品だと思います。
      2019/11/12
  • 一気に読んだ。ひりつくような現実に子供の頃からさらされて育った樹希には金持ちで私立中から転校してきた和真の甘ちゃんさが鼻につく。和真も、生活保護を受けている家庭の子という樹希に対して恐れや苦手意識があり、避けていた。しかし、お互いの事を少しづつ知るようになって、相手の事を理解しようとし始める。
    生活保護というキーワードだけで中学生にはハードルが高い。大人だって知らない事だらけだ。
    知ることで身を守ることが出来る。それが知れるだけでこの本のメッセージの半分は伝わっていると思う。生きるために必要な事をやるだけなんだよね。

  • 『むこう岸』というタイトルに惹かれて手に取った本。
    難関私立中で落ちこぼれ公立中に転向してきた和真と、生活保護を受けながら母と妹の三人で暮らす樹希が、出会うことからこの物語は始まる。

    広くて深い川の向こう側とこちら側。
    「貧しい生活レベルの人」「恵まれた家で育ってきたくせに」と反発する二人がどうなっていくのかとハラハラしながらページをめくった。
    二人を繋げる「カフェ・居場所」があって良かったと思う。世話焼きなマスターがいて、先生と呼んでくれるアベルくんにも出会えた。樹希にとっても唯一安らげる居場所がここ。穏やかに時間が流れる空間にいると、人は落ち着いた気持ちになり心を開いていくように思う。

    「生活保護家庭の子は、大学に行っちゃいけないの!」不条理な制度に納得がいかず自分で調べ始めた和真を応援したくなった。
    「生活保護制度には例外や裏技がある、理解しづらい制度も知らなければ損をする、生活保護法は無差別平等」だと和真から教えて貰い、樹希は家族と将来の自分のために動き始める。

    生活保護だけでなく、ヤングケアラー、いじめ、人種差別、格差などの問題を抱える本作だが、児童書なのでわかりやすい。光が見える終わり方にも好感が持てた。
    「生活保護法 第一章 第二条『すべての国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる』」これを読んだとき、ぼくは人間を信じてもいい気がしたんだ。
    和真の言葉が心に響いた。

  • 生活保護家庭の樹希と裕福な家庭の和真。
    出会わなければ、お互い知り得ることのなかった異なる境遇と悩み。
    知らなかった世界を知ることは、自分の世界を振り返ってみることになる。
    和真が父親に言い返した場面は、やっと言えたねの母親の気持ちと重なる。けれど次の母親の言葉はリアルで悲しい。
    登場する大人たちの中に、少しづつ自分の姿をみては心が抉られる。
    「人間って捨てたもんじゃないかも」か…
    子どもたちがそう思える大人でありたい。

  • 『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』
    『みんなはアイスをなめている』を読んだ後の本作品。

    生活保護制度に対して、中学生の素直な感覚が書かれているように思えました。とても考えさせられました。樹希も和真も、希望を持って生きていける社会にしていきたいです。

    作品からの抜粋
    ・「結局、制度というものは、知らなければ確実に損をするってことだね」

    ・生活保護法第1章第2条「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による歩行を、無差別平等に受けることができる」

    ・「貧乏は自己責任だと言う人もいるけれど、この法律はそんな風には切り捨てない。努力が足りなかったせいだとか、行いが悪かったせいだとか、過去の事情は一切問わない。ほんとうに困窮している人々には、すべて平等に手を差し伸べようという…。これを読んだとき、ぼくは人間を信じてもいい気がしたんだ」

    ・きみは施しを受けているんじゃない。社会から、投資をされているんだよ

  • 素晴らしい作品。子どもたちにぜひ読んでほしいと思う。立場の違う者同士の苦しみを描いた作品。明日への希望が持てる。
    表紙イラストがもっと明るければ良かった。手に取りづらい。

  • すごく骨太で迫力のある物語。
    貧困と「生活保護」を真正面からとりあげているけど、裕福で「恵まれた」家庭の山之内くんがけっして幸せではないこともしっかり描いているのがとてもいい。
    そして物語を動かすのも山之内くん。くそまじめで不器用だけど、おちこぼれのアベルにいっしょうけんめい勉強をおしえ、樹希の負い目の原因である生活保護のとてつもないわかりにくさに真正面からかじりついて、理解しようとつとめる。

    そうやってカフェ「居場所」にひんぱんに出入りしていたことが、ある事件をきっかけにしてばれてしまい、山之内家の両親は激怒するんだけど、そこで一歩もひかずにいいかえす山之内くん。骨太。表面的に波風が立たないようにみんなが暮らしている家で、ドボーン!とでっかい岩を池に投げこむのって、ほんと勇気がいると思うんだけど。

    樹希にしても山之内くんにしても、とにかく児童書の家庭問題は、親を選べないことと、ひとりでは生きていけないことに起因している。でもそれがまたうっすらとした希望にもなりうる。現状に負けず、タフに成長していけば、親のもとから離れられるのだから。ふたりにとって、その道筋が垣間見えたのがうれしかった。

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著者プロフィール

兵庫県西宮市生まれ。大阪教育大学卒業。『あしたも、さんかく』で第54回講談社児童文学新人賞に佳作入選(出版にあたり『あしたも、さんかく 毎日が落語日和』と改題)。第5回上方落語台本募集で入賞した創作落語が、天満天神繁昌亭にて口演される。『むこう岸』で第59回日本児童文学者協会賞、貧困ジャーナリズム大賞2019特別賞を受賞。国際推薦児童図書目録「ホワイト・レイブンズ」選定。ほかの著書に、『ケロニャンヌ』『レイさんといた夏』『おしごとのおはなし お笑い芸人 なんでやねーん!』(以上、講談社)、『あの日とおなじ空』(文研出版)などがある。日本児童文学者協会会員。

「2021年 『セカイを科学せよ!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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