イギリス 繁栄のあとさき (講談社学術文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062922241

作品紹介・あらすじ

今日、イギリスから学ぶべきは、勃興の理由ではなく、成熟期以後の経済のあり方と、衰退の中身である――。
産業革命を支えたカリブ海の砂糖プランテーション。資本主義を担ったジェントルマンの非合理性。英語、生活様式という文化遺産……。
世界システム論を日本に紹介した碩学が、大英帝国の内側を解き、歴史における「衰退」を考えるエッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • イギリス 繁栄のあとさき

    川北稔さんの、記念碑的名著。川北さんと言えば、近代世界システム論という新たな歴史観を提唱し、南北問題の解決の困難さを論じたエマニュエル・ウォーラ―ステインの日本語訳を行い、自らも『世界システム論講義』などの本を出す、世界システム論の第一人者だ。
    その川北さんが、史上2番目のヘゲモニー(覇権)国家となったイギリスが、覇権を握るところから、現代に至るまでを様々な観点から論じると共に、そこから得られる教訓を、どう日本に活かすかということが書いた本が、本書である。

    いささか、専門用語が多くなってしまったが、ここで最も重要な概念である近代世界システム論を簡単に解説すると、歴史とは「各国が平行に、そして独立して」に進んでいくのではなく「水平的に、関係性の中で」進んでいくというころを提唱した一つの歴史観である。
    前者は、ヘーゲルの弁証法をルートとするマルクスの発展史観である。歴史が、いくえの段階を通じて発展していく、階段の様なイメージ。例えば、産業革命を起こした後に、金融サービス業を確立した国は、農業を基軸とする産業構造を持つ国に対して“先進”した国であり、農業を基軸とする産業構造を持つ国は“発展途上”であるとする考え方だ。
    我々が無意識に使っている先進国・発展途上国という言葉は、実のところ、この歴史は単線的に進むという価値判断を孕んだ言葉なのだ。
    では、歴史が「水平的に、関係性の中で」進んでいくということはどういうことか。16世紀以降、大航海時代を皮切りに、カリブ海やラテンアメリカはヨーロッパの経済圏に組み込まれていく。西ヨーロッパを中心に商業化・工業化が進んでいく中で、エルベ川以東の東ヨーロッパやラテンアメリカは西ヨーロッパに食料や原材料を供給する第一次産業にシフトしていく。一つの経済圏の中で、西ヨーロッパの産業か高次化していくことにより、それ以外の国の産業が低次化していくという国際的な分業体制が形成されていくという仕組み、近代世界システム論と呼ぶのだ。
    実際、発展史観では、この時期に見られたエルベ川以東の低開発化や農奴制の復活を説明できない。教科書的には再版農奴制と書いているところもあるが、歴史は発展していくという理屈では、農奴制の復活を説明できないのである。
    私は中高大とバレーボール部に属していたが、バレーボールにおける花形は点取り屋のスパイカーである。しかし、当たり前だが、チーム全員がスパイカーではチームは勝てない。
    レシーブをするリベロがいて、トスを上げるセッターがいて、初めてスパイカーは点を取ることが出来る。ここにも、チームの総力を向上させるための分業化のメカニズムが働く。レシーブをするリベロは、点を取るスパイカーに対して“遅れて”いたり“下手”なわけではない。スパイカーになった選手が、スパイカーになるその過程で、レシーブに専門化したのである。Vリーグでも、人気やファンが多いのはスパイカーであるが、ここでいう人気やファンを「富」に置き換えると、世界システム論は理解しやすい。所謂「先進国」は自らの役回りによって、「富」を集積し、「後進国」は搾取されている。
    近代世界システム論の示唆は、南北問題の解決方法の難しさにも及ぶ。南北問題を解決しようと思った時、今の後進国が産業の高次化を行おうとしても難しいのである。そもそも、後進国が産業の高次化をするということは、現在の先進国の産業構造を一部低い次元に落とすことになる。イギリスは徹底した農業のアウトソース化により、食料自給率は低い水準にしているが、アウトソースしている後進国が農作業をしなくなると、イギリスは今まで工業に割いていたリソースを割いて、自ら農業を行うか、別の国を見つけて、その国の産業の低次化を進めることになる。


    随分と世界システム論について話すぎてしまったが、本書で興味深いところは2点ある。イギリスの「ジェントルマン資本主義」と「文化のヘゲモニー」である。

    イギリスの産業革命において「ジェントルマン」の担う役割が大きいということである。まず、ジェントルマンは経済合理主義者ではなく、自らの社会的威信を価値基準の上位に置く人々である。一国の産業が発展する上で、必要になるのが、大量の公共財である。この公共財をいかにして早期に形成していくかということが、国の産業の高次化のボトルネックともいえる。往々にして、公共財の担い手は国家である。しかし、公共財を国家が担うということはつまり財源の必要性から重税が課される。重税が課されると消費行動は落ち込み、結果として公共財は出来ただけになってしまう。一方、民間でこれを担おうとする場合にもゴリゴリの経済合理主義者は短期的に採算の合わない公共事業に手を出さない。そこで、社会的威信を価値基準の上位におく、ジェントルマンの出番なのである。ジェントルマンは持ち前の地代や証券により得た巨万の富を、自らの社会的威信の向上の為に、公共財に使ったのである。まさに「ノブレス・オブリージュ」である。ジェントルマンによる公共財への投資は、イギリスが小さな政府で発展できた理由なのである。

    余談だが、公共事業を国家としては、ほぼ0円で形成した国がある。旧ソビエト連邦だ。ソ連は、政敵や捕虜を大量にシベリアに送り込み、無賃&無限労働させることで公共財を形成したある意味“最強”の経済合理性を持った国である。そのソ連という国が持ち前の最強の経済合理性をもってヘゲモニーを取ったかということは、もはやここに書く必要はないだろう。

    本書は、後半でイギリスはそもそも衰退しているのか?という命題について考える。川北さんの答えは、イギリスは衰退をしているものの、その衰退の期間が異常に長く、その「粘り強さ」に学ぶべきものがあるというものだ。日本はもうすでに下り坂を下っている。人口減少社会の中で、いかに発展するかという議論はあまり適切ではないとすると、いかに衰退期間を長く、「粘り強く」その角度を緩やかにとどめるかという議論が必要になる。では、イギリスはいかにして「粘り強く」衰退を耐えているのかと言えば、それは世界に発信できる文化を挙げることができる。文化の最たるものは英語である、同じ英語を使う超大国があることは幸運でこそあるが、イギリスに生まれる限り、世界中に「英語教師」という雇用があることは世界を見渡しても類を見ないアドバンテージである。音楽であれ、文学であれ、生活文化であれ、世界中に人々は今なおイギリスに魅了される。ハリー・ポッターを知らない人や、ビートルズを知らない人は、なかなかお目にかかれない。ハリー・ポッターを知ろうと思ったとき、ビートルズの歌詞を理解したいと思った時、世界中の人々の英語への欲望は駆動する。その欲望は、イギリス人の雇用を生み出すのである。この世界に発信できる文化という圧倒的なアドバンテージがイギリスの粘り強さの根源である。日本が下り坂を「転げ落ちていく」のか「ゆっくりと下っていく」のかの鍵を握るのは、まさしく文化なのである。そう考えた時に、現在の日本の大学教育における理系重視と文系軽視は嘆かわしいことである。無論、理系と文系という分け方が適切ではないかもしれないが、日本はもっと独自のカルチャーとその発信方法を明確に目標に定める必要がある。

    そして、最後に川北さんは東アジアの発展について語る。東アジアの発展を語る上で、近代世界システム論というフレームワークそのもの自体を懐疑する。実際、資本主義の指標を中心におく世界システム論は、環境破壊などの外部不経済を起こしてきたことは否定できない。アジアの発展といった時に、そういった環境へのインパクトや、ブラック労働に対する人権意識などの、無形(短期的には)の指標を組み込んだ新たな物差しは必要になると語っている。
    川北さん、歴史学とは未来学であると語る。まさしく、未来を語る為には歴史への視線が必要なのである。とても読みごたえのあり、面白い本であった。

  • 二十年前に書かれた、川北史学の基本線を記した本。
    英国社会の実相はジェントルマン支配であり、これまでの世界史教育では産業革命が過大評価されている、と筆者は言う。これを敷延すると、工業は必ずしも国民経済の豊かの指標ではなく、金融資本や文化の蓄積も重要な要素だから、先進国の産業空洞化も恐るに足りず、ということになる。
    20年後の観点でこの主張を検証すると、日本の産業空洞化は更に進み、経常収支も脅かされるようになったが、日本のカルチャーは世界に評価され、日本経済はポスト工業化時代をそれなりの温度で歩んでいる。米国ではアメリカファーストを掲げるトランプ政権が成立し、イギリス国民はブレグジットを選択した。いずれも工業の空洞化に業を煮やした選挙民の反乱であったが、ニューヨークと中部工業地帯、ロンドンとイングランド北部の格差は無視することができないという点では、彼の警告は二十年経って火の目を見たというべきだろう。

    もう一つ、世界システムの中核国が周縁部に低開発国を作り出す、という論点がある。イギリスは砂糖はカリブ海に、綿花と茶葉はインドに、ゴムはマレーシアに、生産を強要して付加価値を自らが独占しつつ、現地の産業や人材の育成には配慮しなかった。現代でも先進国企業の工場が発展途上国に展開するが、工場は次第に付加価値を高め、国自体の経済成長にも繋がり、最早発展途上国という言葉は聞かれなくなった。
    低開発地域は低開発のまま放置されるという命題は、18世紀のカリブ海には当てはまるが、同時期のアメリカ南部には当てはまらない。そして21世紀に東・東南アジアに形成された分業ネットワークは、植民地時代のモデルで説明できるほど単純ではない、ということなのだろう。

  • イギリス近代史の大家である川北稔氏の著書。
    著者の関心は近年日本の経済的衰退が問題となっているが、これを歴史的に見た場合にはどのように考えられるのか、という点である。
    そこで、かつて大英帝国として世界中にコモンウェルスを築き繁栄したヘゲモニー国家イギリスの衰退期を紹介した。

    従来イギリスの衰退は産業革命以後の工業の衰退が指標となって論じられてきたが、川北氏は近年イギリス史で盛んとなっている「ジェントルマン資本主義論」を以て批判する。
    というのも、ウィリアム・ペティの法則「第一次産業→第二次産業→第三次産業」も踏まえて産業革命と呼ばれる程の大きな変革は存在しなかったとしている。

    また、これまた近年歴史学では盛んに活用されている「近代世界システム論」による国際社会の分析も行っている。いわゆる搾取する側とされる側という役割分担によって世界の秩序は構成されている。
    これは現代の国際社会における経済発展においても、搾取する側・される側の役割は存在しているらしい。

    この「近代世界システム論」において、ヘゲモニー国家として存在したオランダ、イギリス、アメリカはどれもが衰退への途を経験している。
    その中で、イギリスの衰退は「粘り腰」のあるものであり、なぜ「緩やか」な衰退が可能なのか。ここに日本が今後衰退を「緩やか」にしていく秘訣が隠されているとした。
    それは、海外に輸出できるような「文化遺産」(生活文化)があるかどうかである。日本の確固たる文化を、世界に発信できる時、日本は衰退した後も影響を保ち続けれるのである。

    以上が簡単な要約であるが、著者が指摘したように日本にきちんとした生活文化を発信できるだけの文化的感受性があるのか否か。私は、まず国内のちょっとした文化を見つめ味わい、各々の文化的感受性を高めていかなければ、上辺だけのグローバリズムに阿る薄っぺらい文化となってしまうだろうと思う。

    イギリス史からの日本人へ警鐘を鳴らした一冊と受けりたい。

  • ダイヤモンド社(1995)の文庫化
    https://calil.jp/book/4478200351

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/741059

  • 講談社学術文庫版への序
    はじめに 不況か「衰退」か
    第1章 近代世界システムのなかのイギリス
     1 オランダからイギリスへ
     2 砂糖入り紅茶と産業革命
     3 世界システムのゆくえ
     4 世界システムの表裏
     5 カリブ海の悲劇
     6 エコロジカルな危機からの脱出
    第2章 「ジェントルマン資本主義」の内側
     7 経済合理主義の落とし穴
     8 時短のゆくえ
     9 人間は国の富か、扶養すべき負担か
     10 誰が老親を養うのか
     11 イギリスに関西はない
     12 日本に農村はあるか
    第3章 文化の輸出と輸入
     13 大英帝国の「日の名残り」
     14 生活文化の輸出国へ
     15 刑務所と作法書の交換
     16 ジョン・ブル印と芸者印
    第4章 ヘゲモニーの衰退はどのようにして起こるか
     17 オランダのヘゲモニーの衰退
     18 「イギリスいまだ衰退せず」
     19 二つの世紀末
     20 「産業革命」はあったのか
     21 アジアは勃興しているか
     あとがき





    2014.10.04 池田信夫blogより
    2014.12.09 読了

  • 本書は、イギリスの栄枯盛衰を例にとりながら、「世界システム」論、すなわち世界は、繁栄を謳歌する先進国=中核地域と、中核地域に食料・原材料・エネルギー源などを供給する周辺地域=低開発化された地域が相補いつつ一つのシステムを形づくっている、という説を説いている。そして、周辺地域を低開発化することで維持される「近代世界システム」が存続し続けることがもはや不可能になりつつある、と警鐘をならしている。
    各国がそれぞれセパレートに発展する「一国史観」が真実でないとすると、やはり、経済成長し続ける資本主義、特に金融を中心とした現在の行き過ぎた金融資本主義は、早晩崩壊していくしかないのかも知れない。インド、ブラジル、アセアン、アフリカなどの経済発展の行方はどうなるのだろう。

    十九世紀のイギリスの繁栄、その根幹は世界を牛耳るシティの金融にあった(稼ぎ頭は産業革命により発展した製造業ではなかった)というのはちょっと悲しい。

  • かつてのイギリスの繁栄は、ほんとうに植民地経営により成り立っていたのか。

    クルーグマンによって国家経済における貿易の影響力の小ささが指摘されているなかで、貿易こそが世界各国の地位を規定したとする世界システム論は、自分のなかでやや説得力を失っている。

    もちろんそれで奴隷貿易や砂糖プランテーションの事実が消えるわけではないし、周辺国が輸出のための産業に依存していないと言い切れるわけでもない。
    だが、本書にはその影響を測る数値が出てこない。

    確かにインドの低開発化とイギリスの工業化は同時に進行したし、アメリカの衰退と東南アジアの台頭は相関があるように見えるが、その因果は本書内では証明されない。

    とすると、本書は歴史社会学の域を出ず、事象を学ぶことは出来るが、経済を学べるとは言い難い。納得感のある論ではあるが、その真価をどこまで斟酌できるのか。読み手の力量が試される。

  • 世界システム論の方法論がイメージできました。

  • [ 内容 ]
    今日、イギリスから学ぶべきは、勃興の理由ではなく、成熟期以後の経済のあり方と、衰退の中身である―。
    産業革命を支えたカリブ海の砂糖プランテーション。
    資本主義を狙ったジェントルマンの非合理性。
    英語、生活様式という文化遺産…。
    世界システム論を日本に紹介した碩学が、大英帝国の内側を解き、歴史における「衰退」を考えるエッセイ。

    [ 目次 ]
    第1章 近代世界システムのなかのイギリス(オランダからイギリスへ;砂糖入り紅茶と産業革命 ほか)
    第2章 「ジェントルマン資本主義」の内側(経済合理主義の落し穴;時短のゆくえ ほか)
    第3章 文化の輸出と輸入(大英帝国の「日の名残り」;生活文化の輸出国へ ほか)
    第4章 ヘゲモニーの衰退はどのようにして起こるか(オランダのヘゲモニーの衰退;「イギリスいまだ衰退せず」 ほか)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

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著者プロフィール

1940年大阪市生まれ。京都大学文学部卒業、京都大学大学院文学研究科博士課程中退。大阪大学大学院文学研究科教授、名古屋外国語大学教授、京都産業大学教授、佛教大学教授などを経て、現在、大阪大学名誉教授。著書に『工業化の歴史的前提』(岩波書店)、『洒落者たちのイギリス史』(平凡社)、『民衆の大英帝国』(岩波書店)、『砂糖の世界史』(岩波書店)、『世界の歴史25 アジアと欧米世界』(共著、中央公論新社)、『イギリス近代史講義』(講談社)、訳書にウォーラーステイン著『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)、コリー著『イギリス国民の誕生』(監訳、名古屋大学出版会)、イングリッシュ/ケニー著『経済衰退の歴史学』(ミネルヴァ書房)、ポメランツ著『大分岐』(監訳、名古屋大学出版会)他多数。

「2013年 『近代世界システムIV』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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