袋小路の男 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062758840

作品紹介・あらすじ

高校の先輩、小田切孝に出会ったその時から、大谷日向子の思いは募っていった。大学に進学して、社会人になっても、指さえ触れることもなく、ただ思い続けた12年。それでも日向子の気持ちが、離れることはなかった。川端康成文学賞を受賞した表題作の他、「小田切孝の言い分」「アーリオ オーリオ」を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 【袋小路の男】
    男女間の心地よい関係って、愛情か友情かとか、セックスしたいかしたくないかとか、結婚するかしないかとか、何もかもがふたつの選択肢で気持ちよく割りきれるものではないよね。
    小数点以下にずらずら並ぶ、割りきれない数字のあちら側とこちら側で踏み越えられない境界線があるからこそ、持続可能な男女の関係というものもあるはずだ。
    それは端から見れば「もう、そんな人やめなよ」と必ず言われちゃう関係なんだけど。

    “「あなた」は、袋小路に住んでいる。つきあたりは別の番地の裏の塀で、猫だけが何の苦もなく往来している。” P9

    「私」が高校の先輩である「あなた」に初めて会ったのは、学校ではなく新宿昭和館のそばにある薄暗いジャズバー「エグジット・ミュージック」だった。
    あなたを探すことが私の学校に行く目的になったけれど、あなたはあまり学校にいなかった。だから私も教室を後にすると街へあなたを探しに出ていった。

    あなたは私の名前は何度でも忘れた。電話番号のメモもすぐにどこかにやってしまった。
    なのに会えばあなたはいつも私に説教した。勉強しろとか、部活やれとか、軽い煙草に変えろとか、それから世の中っておまえが思っているよりもずっとイヤなものなんだよ、とか。
    あなたは説教をひとしきり終えると、煙草に火をつけ、神経質そうにまばたきをしながら言うのだった。

    「で、おまえ、名前なんだっけ」

    私の想いを知りながら、あなたは決して私と付き合おうともしないし体に触れることもしない。私とあなたのはっきりしない関係はダラダラ続いていく。

    あなたは私の欲しくない言葉を言う。
    でもその後に私が嬉しくなる言葉を言う。
    そして、やっぱりあなたを嫌いになりたくなるような言葉を言う。
    だけど、やっぱり私があなたから離れたくない言葉を言う。
    ずるいよね。

    私は大学に進学して、社会人になって、あなたと出会ってから12年がたったけれど、あなたの指一本さえ触れることもなかった。

    “厳密にいえば、割り勘のお釣りのやり取りで中指が触れてしびれたことがあるくらい。手の中に転がりこんできた十円玉の温度で、あなたの手があたたかいことを知った。” P54

    私はただその関係を続ける。
    そうやって、私とあなたの間には小数点以下の数字が並び続けるのだろう。ずらずら、ダラダラ、ずるずる…
    けれど私は決してあなたを袋小路に追い詰めない。でもあなたが袋小路から出ていったら、私はどうするのかな。今さら失うなんてこと怖いよね、だけどなんとなく私は絶望はしなさそうだ。

    あなたは今でも袋小路の男のままだ。

    【小田切孝の言い分】
    「袋小路の男」のストーリーを三人称で語り直したもの。
    「あなた」が小田切孝、「私」は大谷日向子。
    「私」の語る物語のスピンオフとして「あなた」から見た物語が描かれる作品は見かけるけれど、一人称を三人称で語り直した物語を読むのは初めてかも。
    まず感じたのが「私」と「あなた」が「大谷日向子」と「小田切孝」という名前を持つ人物になったことで、二人の距離感が立体的になったなぁってこと。
    「私」と「あなた」の間にあった割りきれないからこそ心地のよい境界線。それを三人称の視点で眺めたとき、境界線はガラスの壁だったことに気がついたんだ。
    お互いの姿は見えるし何をしているのか分かるから安心なんだけれど、あなたに触れない、あなたの声が聞こえない。見えているの近づけなくて悶々とする。でもガラスを割ったら怪我するでしょ、痛いのは嫌だよね…、そんな感じ。

    【アーリオ オーリオ】
    この物語も大切なのは距離感だった。
    清掃工場の中央制御室で働く哲は、兄の娘の中学3年生の美由をプラネタリウムに連れていくことになる。
    星に興味をもった美由は天文学に詳しい哲と手紙の交換、文通を始めることにした。
    日々のあれこれを手紙に綴る美由と、星の話をほんの数行だけ返事に書く哲。
    哲にまっすぐ自分の考えや思いを伝える美由の手紙の内容と、手紙の文字となった宇宙を通すことで自分の感情がダイレクトで美由に届くことを避けるかのような哲。
    手紙の届くまでの距離を「3光日」と表した美由の哲へのほのかな恋心を感じずにはいられない。

    “今日、私は新しい星を作りました。私だけにしか見えない星です。たったの3光日の距離にあります。名前はアーリオ オーリオ。” P163

    哲は優しくて孤独で独りの世界にいる人で、自分から誰かに近づこうとはしないし、自分の世界に誰かが入ってきて、そして出ていっても追いかけるような人じゃない。
    だから物語の幕切れはあっけないものだったのだけれど、かなり好みのストーリーだった。
    哲もかなり好きだなぁ。
    池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』もだけど、物理とか数学とか、宇宙とか光の速さとか難しい公式とか、会話をしている途中に何気なくふと口をついて出るような男性に憧れているからなんだけどね。

  • 『袋小路の男』と『小田切孝の言い分』は微妙な距離感の男女の12年間をこちらとあちらから見た話。男も女もどっちもしょうもないなと思うけどこの切なさが少し羨ましくもある。『アーリオ オーリオ』は中二の姪美由が眩しくて愛おしい。

    • miyacococoさん
      111108さん!読まれたんですね~(*^^*)あの男の静かな暮らしが興味深くて。姪っ子との交流があって良かった~って謎のおばさん目線で読ん...
      111108さん!読まれたんですね~(*^^*)あの男の静かな暮らしが興味深くて。姪っ子との交流があって良かった~って謎のおばさん目線で読んでました。
      2023/12/17
    • 111108さん
      miyacococoさん、コメントありがとうございます♪私勘違いしてmiyacococoさんの本棚と思い自分の『末裔』レビューのところにこの...
      miyacococoさん、コメントありがとうございます♪私勘違いしてmiyacococoさんの本棚と思い自分の『末裔』レビューのところにこの本の感想書いてしまいました!『アーリオオーリオ』感想で同じ謎のおばさん目線(私はおばあちゃん目線ですが)になってるところ嬉しかったです笑!
      2023/12/17
    • miyacococoさん
      111108さん(^-^)全然気が付かなかったです~普段タイムライン見てないからかも。謎のおばさん(ここはあえておばさんでいいんです!)目線...
      111108さん(^-^)全然気が付かなかったです~普段タイムライン見てないからかも。謎のおばさん(ここはあえておばさんでいいんです!)目線仲間、私も嬉しいです♪
      2023/12/17
  • 大谷日向子の心境はさぞ辛いだろうなと思う。

    読んでいる私からすれば、日向子と小田切、お互いの胸の内を読者として知っているから、これはこれでいい関係かもしれないと思うけれど、片思い中の当人にとっては、たまったもんじゃない。ただ、答えが出たら、そこで何かが終わってしまうかもしれない怖さもあり、改めて恋愛の複雑さを思い知る。

    はっきりさせていないが、これは恋愛でしょう。
    日向子はわかりやすいし、小田切にしても口は悪いし、駄目な部分も多々あるが、クズでもない。日向子への気遣いを持とうとしている時点で、「それだよ、あなたの~は」、と私は思ってしまうが、人の恋路に口出しは無用。だって、相手の心の内を微妙に勘違いしながらも、それでもなんとかなる人間の奥深さを感じたし、絲山さんの書く、人間心理の描写の巧みさもすごい。

    それに、辛いだろうなと思う場面もあるが、それと対照的に心底楽しそうだなと思う場面もあり、そこでの幸せそうな日向子を見ていると、求めたいものがあるから、辛いことにも耐えられるのかもしれないなんて思い、そういえば遠距離恋愛していた頃、仕事終わりに、夜中車を走らせて待ち合わせしたことをふと思い出したが、なんでこんなことしてんだろうとは微塵も思わなかった。だから分かる部分もすごくあるし、私も当時の自分の世界が崩壊するのがすごく怖かった。

    ちなみに、もう一つの短編「アーリオ オーリオ」は、まだ見ぬ世界の夢と不安に揺れ動く中学生の姪と、それによって違う未来が見えようとしている孤独な男との、ささやかな交流が味わい深い作品となっております。

    小田切を庇うわけではないが、印象的な場面をひとつ書いて終わりにします。小田切の生き様を考えると、プロポーズのようにも聞こえてしまうが。


    「ありがとう」
    消え入りそうな声で日向子が言うと、小田切は、
    「俺がこんなとこ来るの、最初で最後だろうな」
    と言った。それから声のトーンを変えて、
    「最後にしてくれよ」
    と低く笑った。

  • 最近、積読を積極的に消化しようキャンペーンをやっていて、この本も随分と前に古本屋で購入してあった本。
    まず、袋小路の男と小田切孝の言い分。
    デカダンス的な男女の何とも割り切れない十数年。2人が、世の中で名前がついている関係にならないのは、2人がどこまでも自己愛から抜け出せないエゴイストだからかなと思います。別にそれが良いとか悪いとかじゃなくて、2人はその自己愛の依存関係が心地良いのだから、そういう関係性もあるのだろうけど。臭いモノを、臭いとわかっていながら何度も嗅いでしまうような、そんな気持ちで読み進めてしまった物語でした。
    私が好きだったのは、アーリオ オーリオの方。
    中年独身男と姪っ子の文通のお話なのですが、中学生の伸びやかな、ともすると宇宙大の思想と、まだ何者にもなっていないただ歳を重ねた少年としての哲が、手紙を通して触れ合う様が美しくて、美しくて、夢中になって読んでしまいました。大人になれば、何かの役目や責任を引き受けなければなりません。それは社会にとって必要不可欠な尊いことなのだけど、親であるが故に子供の将来を心配するがゆえの制限は、1人の人間であるはずの親の思考そのものにも制限を与えていて、本来自由であるはずの思考の世界がどんどん枠にはまっていってしまうものなのだなぁと思いました。それが普通の大人になるということなのかもしれませんが、その不自由さに敏感でありたいし、その制限の逃げ場を常に用意しておきたい。それが私にとっては、読書であり、音楽であり、映画であると思いました。

  • 新聞の読書コーナーでその存在を知り、「ピース又吉がお勧めするスゴ本25選」に入っていたので買うに至った一冊。
    二人の微妙な距離感を描いた三つの短編。同じ男女をアングルを変えて描いた『袋小路の男』と『小田切孝の言い分』は、恋人とは呼べない男と女の微妙な距離感が印象的。仕草の意味もクセも知り、一緒にいれば無言でもいい、でも身体を合わせるどころか手をつないだことさえない。ややもすれば辛くて苦しいものになりそうな二人の関係を淡々と描いているのに、なぜか明るい空気さえ漂って、こんな関係もアリだよね、と思わせてしまう。
    『アーリオ オーリオ』は、清掃工場に勤める男と姪の中学生との手紙のやり取り。特に40代男子はこの微妙な切なさにやられる可能性大。

  • 純愛というのは はたから見ると時に滑稽なものだ。
    家柄だとか身分だのが足かせになった時代でもなく、20歳を超えた社会人が 純愛してる と言うのはどちらかに相当の「思い込み」みたいなものがなければ成立しない。

    主人公の「私」も過分に思い込みの激しい人物だが 当人はそれに気がついていない。(その気付かなさ加減は2章で語られるが)

    「私」が格好いいと思い続ける「あなた」は定職に就かず(就けず)作家を夢見、酔って自宅の窓から飛び降りて入院などし、何よりいい年をして母親の比護の元実家で暮らしている。(これって結構格好悪いよ)こういう男というのは ある程度の年齢以降例外なくルックスも急激な下降線をたどる。
    「私」だって、付き合う男はどれもこれもよりによって・・、というような輩だし、こんな2人が私の友人だったとしたら「どうぞご勝手に」としか思えない。
    そして 心では「でも要は 彼女じゃタタナイってことよね。それはきっとこの先もずっとじゃんね?」と気の毒に思うだろう。
    ここの往生際を自分で解する勇気というのが 女には必要だと思うのだが・・。

  • 最近仕事忙しくて本読めなかったけど、合間に読みました。短編が3つ。1つ目と2つ目は同じ登場人物の話。恋愛小説ですが、心理描写は細かくしているものの、全体的には淡々と簡明に書いている印象。共感とかはなかったけど、詩的で良いんじゃないでしょうか。

  • 久々に読んだ絲山秋子さんの小説。
    この、想像力を掻き立てられるタイトルに惹かれた。
    2人の人物の間の距離感が心地良いようなもどかしいような、そんな3つの短編集。

    高校の先輩である小田切孝に出逢ったその時から、大谷日向子の想いは募っていった。
    大学に進学し、社会人になっても指さえ触れることもなく、微妙な距離にある間柄のまま、ただ想い続けた12年。それでも日向子の気持ちが離れることはなかった。

    表題作の「袋小路の男」と続く「小田切孝の言い分」はまったく同じ2人が主人公の物語。
    表題作は“あなた”と“私”で綴られていて登場人物の名前は一切出てこず、「小田切孝の言い分」で2人の具体名がようやく出てくるという、面白いつくり。
    表題作は日向子目線で綴られているから、あくまで日向子が思うことと彼女から見た小田切の姿が描かれていて、小田切は身勝手で自立心もあまり無いように見えるのだけど、どこか憎めない部分がある。
    そして引き続くもう1つの物語は日向子と小田切が交互に語り部になっていて、小田切が思っていることや感じていることを知り、さらに憎めない感が高まる。
    ものすごく、巧妙なつくりだわ、と思う。小田切を嫌いになれない…この小説の日向子の心境になってしまう。

    キスもセックスもないどころか、まともに触れあったこともないまま、それでも会うことはゆるく続いていった12年。
    その間に女は現実的な仕事を得たけれど、男は物書きというものを、夢と呼んで良いのかも分からないくらいの温度で追い続けている。
    未来がうっすら見えるような見えないような、というところで、どこにも着地しないままのラストが素晴らしい。結果が出ることばかりが、物語のすべてではないと再確認。
    そしてラストシーンで小田切のことが益々可愛くなるという…。

    3つ目の「アーリオ オーリオ」は、40歳間近の役所勤めの男(物語内では清掃工場に配属されている)が、中学3年の姪をサンシャインのプラネタリウムに連れて行ったことがきっかけで、星の世界を交えての文通を始める、という物語。
    LINEでもなくメールでもなく手紙という、書いて出してから相手が読むまで少なくとも2~3日のタイムラグがある交流の仕方が、光が届くまでタイムラグがある星とリンクする。

    思春期真っ盛りの美由が叔父の哲に対して手紙で語ることは、おそらく両親には話してはいないこと。親ならばごちゃごちゃ口出しすることも、哲は静かに受け止めてくれる。
    恋ではないけれど淡い恋にも近いような関係が、星の世界とも相まってとても美しい。

    遠すぎず近すぎず。現実にもたまにあるこういう関係を保つのは、どちらかが踏み込むよりも、実は困難だったりする。と、思う。

  • 最初の2つは同じ登場人物を視点を変えた話で、そんな構成ありかよ!最高。と思いました。絲山さん2冊目にして何となく男の登場人物の傾向が分かった気がする。どっちつかずでダメだけど、セックスや結婚がセットにならない、友達とも恋人とも違うぬるま湯のような関係が心地よい。十円玉の温度で手のあたたかさを知る、すごい一文だった。アーリオ オーリオは美由の瑞々しい感性がが光る作品だった。時間のかかる手紙でのやりとり、哲と美由の距離感と星の話がリンクして美由の淡い恋心が流れ込んでくるようだった。かなり好き。

  • 読書開始日:2022年9月19日
    読書終了日:2022年9月24日
    所感
    【袋小路の男】
    【小田切孝の言い分】
    小田切孝は虚勢を張る。
    つい弱音を吐くと、メッキが剥がれ、人が離れていく。
    わたしは小田切孝がハリボテだと気づいているが、愛しているから離れない。
    小田切孝もそれに気づいているから離れない。
    でも近づきすぎると、小田切孝が自身の弱さを目の当たりにし、わたしもわたしで小田切孝の弱さを受け止めきれないかもしれないと不安に苛まれ、先に進まない。
    それでも時間をかけ、進まないことこそが二人の関係性とお互いが気づき、袋小路のぺんぺん草になった。

    【アーリオ オーリオ】
    素敵なお話のようだったけど、理解ができなかった。
    きっと自分は譲側であり、小島側なんだと思う。
    でも哲のような、自然の中でも見えない自然にまで興味を示せる人間は、好奇心があってカッコイイと思う。

    袋小路にはまってる。
    反時計廻りに回った
    なんて無謀なんだろう、なんて素敵なんだろう

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著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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