- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062586542
作品紹介・あらすじ
現在の日本史学は、ペリー来航を実際以上に過大評価しているといわざるをえない。これが、本書の立場です。ペリー来航が日本史にとって重大な歴史的事件であったとしても、それがそのままアメリカ外交の歴史にとっても重大な事件であったことを意味するわけではありません。にもかかわらず、日本人あるいは日本史の研究者は、ペリー艦隊の派遣がアメリカ外交史上でも重大事件であると思いこんでいたのではないでしょうか。
アメリカにとって最大の目的は、東アジア貿易でイギリスに対抗すること、その手段として太平洋蒸気船航路を開設することにありました。だからこそ、その航路上に位置する日本列島が、石炭補給地、遭難時の避難港、そして新市場として着目されたわけですが、それはいわば「点」にすぎません。ペリーがやったことは「点」の確保であり、続く「航路=線」の開拓の模索がなければなりません。そして合衆国はたしかに、ペリー艦隊の派遣以外にも手を打っていたのです。
アメリカ海軍は日本近海も含めた北太平洋海域一帯の測量を目的に「北太平洋測量艦隊」を派遣していました。司令長官は海軍大尉ジョン・ロジャーズ。この艦隊は1853年6月にアメリカ東海岸のヴァージニア州ノーフォークを出航しました(その7ヵ月前に、ペリー艦隊が日本へ向けてまさに同じ場所から出航)。さらに1854年12月には鹿児島湾、翌1855年5月には下田、そして6月に箱館を訪れています。しかも下田では、幕府に向けて日本近海測量の認可を求めるということもおこなっているのです。老中阿部正弘以下の幕閣は驚愕し、じつは開戦も辞せずという瀬戸際にまで追いこまれました。
日本開国にかかわる幕末外交史研究において、この艦隊について検討されたことはほとんどありません。ペリーおよび1856年に来日した初代総領事ハリスについては必ず言及されますが、まさに「ペリーとハリスのあいだ」のの「ロジャーズ来航」はごく一部の研究者に知られるのみで黙殺されたかっこうであり、まさに「忘れられた黒船」といっていいのです。それはいったいなぜなのか……?
本書は、これまでほとんど本格的に検証されることのなかった測量艦隊の、具体的な来日の経緯と国際環境について明らかにし、日本近代外交の起点ともいうべき開国の歴史を、これまでとは異なる観点で描きなおすことをめざします。
感想・レビュー・書評
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黒船について学校で学んだことは、1853年7月浦賀沖にペリー艦隊が来航し、翌年3月に再来航して日米和親条約が締結されて日本の鎖国が終わったこと、1856年7月にアメリカ公使のハリスが下田に入港し、1858年に日米修交通商条約が締結されたという流れである。さらに、アメリカの日本に開国を求めた目標は、蒸気船の石炭補給地、捕鯨船員らの避難港、新たな市場の確保という3点にあったということだ。
本書は、「すべての道はペリーに通ず」で良いのかという幕末史におけるペリー来航の評価に対し、アメリカでの調査に基づき日本の開国の経緯の研究結果をまとめたもの。ペリーとハリスの間にアメリカの北太平洋測量艦隊が、1854年に鹿児島湾、1855年に下田と函館に来航し、下田来航時には江戸幕府に対して日本近海の測量許可を求めた史実を紹介しており、知的刺激を受ける本。
測量艦隊で起用された帆船、蒸気船は以下。いずれもウィキペディア(英語)で検索可能で、当時太平洋で活躍した船のイメージが掴める。
ヴィンセンス号
Vincennes(1826) Boston-class Sloop. 711t.
ジョン・ハンコック号
John Hancock(1850) Steam-tag. 234t.
ポーポイズ号
Porpoise(1836) Brig. 228t.
フェニモア・クーパー号
Fenimore Cooper(1853) Schooner. 95t.
ジョン・ケネディー号
John P. Kennedy(1853) Supply ship. 350t.
本書を通読して感じたことは、帆船が活躍した時代、特に江戸時代に、日本とアメリカの二国間だけを見るのではなく、近隣のロシア、中国、東南アジア諸国も頭に入れて、また太平洋の開拓の歴史的な流れも理解しながら、日本開国の世界史的な意義について学ぶとことは面白いと改めて思ったことだ。
例えば、ペリー来航前のアヘン戦争(1840年〜1842年)では欧米諸国の中国における活動が活発となり、アメリカとしてもイギリスに対抗すべく中国市場に速力を上げてアクセスするため、北太平洋を横断する蒸気船航路の開設が求められたことなどだ。
アメリカ国籍の帆船の最初の中国航海は、エンプレス・オブ・チャイナ号(1783年、360t, フルリグド・クリッパー)にて達成されたが、太平洋におけるアメリカのクリッパーから蒸気船への転換の流れの理解の一助にもなった。
参考までに、本書の著者の論文がネットで検索できる。
「アメリカ北太平洋測量艦隊による海図とその目録」
http://www.let.osaka-u.ac.jp/geography/gaihouzu/newsletter10/pdf/n10_s5_1.pdf詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
東2法経図・開架 210.59A/G72w//K